13.疑惑1

 耳を澄ませると、微かに声が聞こえた。タニャーシャと、フードの人だ。声質が少しガラッとしているが、音程が高めのため、男女の判断が付きにくい。でも口調が女性っぽかった。だから女性だろう。

 タニャーシャは困ったような顔をしながら頭を下げて懇願していた。微かに「もう少し、もう少しだけお待ちください。お金は何とか、しますから」と聞こえて来た。

 あのフードの女性の雰囲気が、どことなくお母さんをひどい目に遭わせた奴らに似ていた。多分、借金の取り立てか何かなんだと思う。このまま飛び出してしまいそうになったが、何とかこらえた。もし相手が本当はテロ組織の一員だとした場合、飛び出した途端に試験どころではなくなってしまう。最悪、私が殺されてしまうことだろう。


 結果、私は何もできず、ただ隠れていることしかできなかった。それにしても、なぜ借金があるのだろうか。ちょっと考えればいくつか考えが浮かんでくる。


 この施設自体ボロボロだ。余り裕福な場所ではないんだろう。それに比べて子供たちは純粋で元気いっぱい。私から見ればかなり羨ましいと感じる程であったが、裏ではジリ貧なのかもしれない。

 タニャーシャが一人で支えて、何とか保っているのだろう。


 は、もしかしたら、お金の返済のためにテロ組織に情報を売り渡してっ! その考えが浮かんだ瞬間、タニャーシャを信じるべきか分からなくなった。


 どんなに優しい人でも裏の顔は絶対にある。笑顔の裏で何を考えているのか分からない、それが人間という生き物だと貧しく過ごしていた時に学んだ。


 彼女は、一体どっちなんだろう。


 結局、フードの女性とタニャーシャの話が終わる前に考えがまとまらなかった。結局何も分からず、疑問だけが残っただけだった。


 その後、もやもやしながら子供たちの相手をしていた。あのフードの女性らしき人と会話していたこと以外は、全く普通に見えた。笑顔で子供たちの相手をして、元気に明るく振舞って、そしてどこか疲れていそうに見えた。疲れていそうに見えたのは、もしかしたら私があの現場を目撃してしまったからそう見えるだけかもしれないけど。


「ハクレイ、今日は泊っていくでしょう?」


 タニャーシャに声をかけられて空を見上げると、茜色に染まっていた。今から帰るのも難し。かといって宿をとるお金がない。でも、止まってしまって良いのだろうか。それとも、本当に善意で見ず知らずの私を……。


 私の仕草が迷っているように見えたのか、タニャーシャが「遠慮しないの。今日は泊りなさい」と無理やり連れて行かれた。

 迷っていたのは本当のことだけど、かなり強引な人だと思った。


 夜の食事は、豆と芋が中心の食事だった。安価で売られている食材だけど、温かくておいしかった。この子供たちにとってここは、私にとってのグランツ研究所と同じなんだろうなと感じたら、ちょっと寂しくなった。だって、ここではグランツ研究所みたいに人殺しの訓練なんてしないだろうし、平和に楽しく、暮している。


 まあ、私はちょっとだけおいしいものを食べたり、高価なグランツ研究所の新製品を使わせてもらったりしてるから、高価な暮らしをしている対価としてちゃんと働かないといけないとは思っているけど。


「ハクレイ、今日はありがとね」


「別に大したことしてない」


「そんなことないよ。ハクレイと遊べて子供たち皆喜んでいたし、私も空いた時間に仕事出来たし、万々歳」


 あの怪しいフードの女性との会話が仕事なのだとすれば、一体何の仕事をしているんだと問いたい。


「あ、夜は危ないから絶対に外に出ないでね。これは約束して頂戴」


「どうして? まあ、変なことがなければ外に出ることなんてないと思うけど」


「会った時にも言ったと思うけど、この村では神隠しが起きるの。よなよな子供が消えていくのよ。その時、大きな音と叫び声が聞こえるけど、夜が過ぎればみんな普通に暮らしている。まるで消えた人なんて元々いなかったみたいに」


「何それ怖い」


 記憶からも抹消されて、そんなこと超常の存在じゃないとできやしない。いや、絶対にできないという訳ではないのかもしれないけど。もしかしたら他人に干渉できるような危険種がいて、グランツ研究所がそれで実験を繰り返せば実用レベルのものを作り上げることは出来ると思う。

 なんだかんだ言って、あの研究所の技術力や研究力は異常なほど高い。そのあたりはある意味で信頼している。


 でも、だからこそ変なのだ。ちゃんと実用レベルのものを作ってきたのなら、神隠しという単語すら出てこないと思う。消えているという事実を誰かしらが知っていなければおかしい。私はそこに、妙な違和感を感じた。

 本当にグランツ研究所が作ったものだとして、こんな中途半端なものを世の中に出すかな。私にはそう思えない。


 あの研究所で暮らし始めて間もないけど、どれだけ凄い場所なのかは肌で感じ取れる。危険種という人類の敵の素材を使ってさまざまな科学技術を生み出している。人の生活は生んだ技術の数だけ豊かになり、兵器は国を強くする。

 帝国の豊かな暮らしの一部をあの研究所が提供しているといっても過言ではない。

 きっと、帝国で一番凄い研究所だ。プライドもそれだけ高いだろうと思う。

 そんなグランツ研究所であるならば、もっとすごいものを作るはずだ。間違っても、中途半端に記憶に残るようなものを作るはずがない。


 なら、この神隠しはいったい何なのだろうか。それに、人がいなくなっているのに、村がそこまで騒いでいないように見える。いくら考えても答えは出ない。


 とりあえず、私は考えるのをやめた。馬鹿な私じゃいくら考えたって答えなんて出てこない。


「で、ハクレイ、夜は外に出ないって約束してくれる?」


「え、あ、うん」


 頭の中で思考を巡らせていたら、突然タニャーシャに話かけられた。そのせいか、思わず肯定の言葉を返してしまう。

 まあ、夜は外に出るけど、正直に言わなくてもいいだろう。


 個人的に、タニャーシャはいい人だと思う。この人が裏切り者だと信じたくない。というか、私みたいな見ず知らずの子供にまで手を差し伸べて……、普通の人なら絶対にありえない。そんなことあるわけがない。


「じゃあ、そろそろ寝なさい。もういい時間だし、あまり夜に明かりをつけていると、神隠しにあっちゃうかもしれないわよ」


「でも、外には出てないよ?」


「それでも、注意することを怠っちゃダメ。分かった!」


「うん、わかった」


 タニャーシャの言いつけ通り、私は寝床に着く。子供たちとタニャーシャは大部屋でいつも寝ているらしいが、部屋がキツキツだそうだ。タニャーシャが私に寝る場所を譲ってくれたのだが、そこまでしてもらうことは出来ない。場所まで取ってしまったら遠慮のない我儘な子供になってしまう。個人的にそれは嫌だった。

 だから私は別の場所を確保してもらい、そこで寝ることになった。

 皆が寝静まった頃、行動を開始しよう。

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