11.反逆者の少女1

 指令を受けて研究所を飛び出した私は、プランナ村という小さな村に向かっていた。そこに今回のターゲットがいるらしい。私は馬鹿だから、いまだに文字が読めない。だから必死に情報を頭の中に叩き込んで、もらった紙を食べてから村に向かって出発した。別に覚えられないことが悪いことじゃない。しっかり仕事出来れば大丈夫。そうやって自分を落ち着かせる。


「ムクには迷惑かけちゃったかな……」


 実は読み書きはムクの方が出来る。私が読めなかった紙に書かれている内容を、ムクはあっさりと読み取った。そこで必死に教えてもらいながら、内容を丸暗記して、今に至る。

 あれだけ教えてもらったのだから、きっと文字も覚えられたと思うのだが、やっぱりまだ覚えられない。今まで発音していた言葉を可視化されても、ピンとこないのだから仕方がない。


 できないことは置いておこう。それよりも試験についてだ。もし情報が正しければ、そのプランナ村にいる少女、名前は確かタニャーシャだったかな。タニャーシャはその村で孤児の面倒を見ている。それだけ聞くととても立派な人に見えるが、それは隠れ蓑だった。周りにいい顔をしつつ、帝国人の笑顔を曇らせるようなことをやっている。

 不審な組織に情報を売り、孤児を増やし、運営するなんて最低な奴だなと思った。

 それに、あのキラキラした帝都の人達が不幸な目に遭うのが許せないという気持ちもある。きっと平和に暮らしている人たちがどう考えているのかまでは分からないが、私にとってあれはとても幸せそうに見える。そんな幸せな人達を不幸な目に遭わせるのは絶対にあってはいけないこと。


「よーし、頑張るぞっ!」


 無駄に声に出して気合を入れたら、近くに人がいたみたい。ちょっとだけ恥ずかしい。

 気を取り直して進むこと数十分、目的地であるプランナ村が見えて来た。

 騎士が常駐しているみたいで、守りはしっかりとしている。ほのぼのとしてとても平和そうだった。

 こんな場所にもひどいことする奴がいるんだ。そう思うとなんだか悲しくなる。人の心ほどわからないものはない。

 すんなりと村の中に入ることが出来た私は、少し中を散策することにした。といっても、村は非常に小さいのですぐ見て回れるだろう。

 あ、宿も探さないと。そういえば宿のお金、もらってない。野宿か……それとも日帰りで帰ってこいということか。教官のことだから、後者だと思う。


 特に何もない平和な村だったので、さっと見て回る。怪しいところも何もない。私が暮らしていたとこよりもいい村だと思う。

 ぶらぶらとしながら目的地を探す。もちろん、タニャーシャがいるとおもわれる孤児院だ。でもいったいどこにあるのだろうか。正直、どれも同じ建物に見えてよく分からない。孤児院というものをそもそも見たことがないので、どんな場所なのかすらも分からないけど。何だろう、今日中に試験をクリアできない気がしてきた。

 沸々と不安が込み上げて、どうしようと考え事をしているその時だった。


「ねぇ君」


 突然、後ろから声をかけられた。振り返ると、ターゲットであるタニャーシャがいたので、心臓が高く跳ねる。びっくりしすぎて声が出なかった。これでは不審がられてしまう。


「ごめんね、急に声をかけて。びっくりさせちゃった?」


 私はコクリと頷いた。いきなり知らない人に声をかけられてびっくりする子供を演じる。いや、演じる必要もなくその状況なのだが、前もって情報を知っている分言動には気をつけないと……。


「えっと、あの、その、えーっと」


 と言っても、私はムクと教官、ドクター以外とあまり話さないので、なんて返せばいいのか分からず、おろおろとしてしまう。

 それが逆に不審がられないかと不安になった。でも、そんなことはなく、逆に笑われてしまう。


「あっははは、どうしたの、そんなにきょどって」


「そ、その、いきなり声をかけられたから」


「ほんとごめんね。この村ってさ、見ての通り人が少ないの。だから知らない人が来るとすぐにわかるんだ」


「そうなんだ」


「君、村の外から来た人でしょ? 気を付けたほうがいいわよ」


 タニャーシャは私の耳元に顔を近づける。急に近づかれたのでびっくりして反撃しそうになった。周りに人の気配はないけど、こんなところで暴れたら確実に騒ぎになってしまう。これでは試験どころではなくなってしまうので、ぐっと我慢した。


「この村では神隠しが起こるの。ある一定周期で女の子や小さな男の子がいなくなるの。この村に滞在するなら、あなたも気を付けてね。もうそろそろ神隠しが起こる時期だから


「うん、わかった。ありがとう」


 神隠し、一体なんだろう。別に試験のために来たのだから私には関係ないのだけれど、世の中不思議なことがあるんだなと、思った。

 神隠しについて考えだして、ふと、この情報が私を惑わす嘘なのでは? と感じてしまう。だってタニャーシャは敵だ。もしかしたら私のこともわかっているのかもしれない。

 だから嘘の情報を掴ませて……それで神隠し? なんか変な気がする。本当に心配して忠告してくれただけなのかな?


「だから私と行きましょうっ! 迷子でしょ? 私が親御さん探してあげる」


「うわぁっと」


 急に近づいて手を握られた。何だろうこのテンション。すごくやりにくい。ちょっとだけムクの姿を思い出す。

 こんな人が、帝都に住む人たちを苦しめているなんてとても思えなかった。何かしらの理由がありそうな気がする。


 じゃなきゃ、こんな人が反乱軍に通じているなんてありえないと思った。

 とりあえず握られた手を振り払う。


「あの、私は迷子じゃありません!」


「あら、そうなの?」


「えっと、帝都から遊びに来たんです。えっと、なんとなく?」


「来た理由が疑問形なのは怪しいわ。でも、この村に来たところで何にもないでしょう」


「はいっ!」


「そこは……元気よく返事されると困るわ。一応、私この村に住んでるのに」


 タニャーシャは残念そうに項垂れる。そして「暇してるならちょっと来なさい」と言われ、再び腕を引っ張られた。一体どこに連れて行かれるのだろう。ここでやってもいいが、人目があり過ぎる。これでは教官に怒られてしまうので、私はぐっと我慢した。

 私はなされるがまま、タニャーシャに連れて行かれるのであった。

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