10.試験
「お前ら、これをつけろ」
訓練を初めてからどれぐらいたったのだろうか。教官が突然、首輪のようなものを渡してきた。
「犬の首輪? これをどうするんだろう」
ムクも同じことを考えているようで、首を傾げている。
最近、人を裁くのも慣れてきて、最速で完了することが出来た。その他手入れ、下処理、出荷準備まで完璧だ。ムクも最近は笑顔でさばけるようになっている。だから訓練道具や、人殺し、拷問道具をくれるならわかるんだけど、首輪とか……。ちょっと意味が分からない。
「それはチョーカーだ。首に着けるファッションアイテム。最近帝国で流行っている」
「ファッションっ! おしゃれ!」
「ムク、過剰反応しすぎ。ばっかじゃないの」
「ハクレイ、お洒落だよ。憧れないの」
「憧れなーい。別にお洒落したところでおなかは膨れないしね……」
と、じゃれたトークをしていると「ごほん」と大きな音が聞こえた。やばい、ちょっとやり過ぎた、そう思って二人で教官に向き直ると、案の定青筋を立てていた。
まるで青鬼のような教官の厳しい罰という名の拷問を受けることになった。このチョーカーを渡してくれた理由を教えてほしいものなのだが、教官はご立腹の様子。私達がいくら言ったところで何も変わらない。
厳しい修行を終えてぐったりとしている私たちに、このチョーカーが何のために渡されたのかを教官が話始めた。
正直、疲れているので後にしてほしいという気持ちをぐっとこらえながらも、話を聞いた。
「まずはこのチョーカーをつけてもらう」
「「はい」」
私たちは教官に言われるがまま、首にチョーカーをつけた。
「このチョーカーは小型爆弾になっている」
「え、ちょっ!」
「すぐに外さないとっ」
私とムクがすぐに取り外そうとしたところで、教官に待ったがかけられる。どうやら特別な外し方をしないと外れないらしい。
「すまない、話す順番を間違えた。これは小さな発信機だ。これをつけたお前たちがいつ、どこで、何をしているのか、こちらで把握することが出来るアイテムだと思って貰えれば大丈夫だ」
「教官…………」
ムクが馬鹿なことを言い始めようと察した私は、とっさに口を押え、「続きをお願いします」と言った。こいつ、一体何を言うつもりだったんだ、とは心の中で思うけど、実際に口には出さない。教官も頭に青筋を浮かべているが、気が付かなかったことにする。
「お前らには試験を受けてもらう」
「試験て言うのは、あの試験ですか?」
「ハクレイ、試験ってどの試験?」
「さぁ、私にもわからない」
「駄目じゃん……」
などとくっちゃべっていると、私とムクの間をものすごい勢いで何かが通り過ぎた。ゆっくりと後ろを向くと、さっきまで使っていた死体の頭が壁にめり込んでいた。
「お前ら、私語は慎め。うっかり殺してしまうところだろう?」
私たちはコクリと頷き、静かに正座する。私たちの行動を見て納得した教官は満足そうに語りだした。
「お前らの技術はだいぶ向上したからな。そろそろ実践をしてもいいころだろう。お前らをグランツ研究所の外に出してやる。そこでターゲットを殺してこい。お前らを採点するものが陰ながら見守っている。高得点だったらご褒美をやる。まあ頑張れ」
「「ご褒美っ!」」
教官の甘い言葉に一瞬惑わされたが、ここはグランツ研究所。どうせろくでもないご褒美に決まっている。カシラ、ハツ、モモ、きっとそんなんに決まっている。
私と違って、ムクは妄想に更けていた。一体何をもらえるんだろう、こんなものだったらいいなとか。あまりにも無邪気過ぎてちょっと笑える。こんな地獄にいるのに、あんなに無邪気に笑えるムクが、ちょっとだけ羨ましいと思った。
「それぞれ違う課題を与える。まずはムクからこっちにこい」
教官はそう言って別室に先に行ってしまう。ムクは「え~ハクレイと一緒じゃないの~」と不満そうだ。私だってちょっとぐらい不満を感じているけど、試験というからには一人でやらなければいけないのではないだろうか。
「ムク、文句を言ってないで早く行ってよ。あとがつかえてる」
「うえぇ、ハクレイひどいっ」
「ひどいはどっちよ。これでご飯遅れたらどうするの」
「うっはぁやべぇ。じゃあ行ってくるね」
ムクが行ってしまった後、今日の訓練の後片付けを始める。そこそこ時間がかかるものだと思っていたのだが、ムクはあっさりと帰ってきた。ちょっとだけ気怠そうな雰囲気を出している。向こうの部屋で一体何があったのだろうか。
「ハクレイ~、教官が呼んでるー」
「一体何があったの。すごく疲れているみたいなんだけど……」
「それが聞いてよっ! と、言いたいところなんだけど、それを言ってしまうと怒られるので、言わないことにする」
意味深な言葉にちょっと引っかかりながらも、私は教官がいる部屋に向かった。
三回ほど扉をノックする。マナーなんて知らないけど、教官がノックしろよと言ったので適当にやった。中から「入ってこい」という声が聞こえて来たので、扉を開けて中に入る。中では教官がふわふわの椅子に深く腰掛けていた。
「まずはそこに座れ」
教官に言われるがまま、私は椅子に座る。腰が沈み、ふわふわだ。ちょっとだけ気持ちいい。これ、欲しい。なんて考えていると、教官がテーブルにあるものを取り出した。それは一枚の写真と長い文章が書かれた紙。手に取って読むふりをする。まだ文字に不慣れなので読める風を装うが、半分以上内容は分からない。
「そこに書かれているのは敵の詳細だ。ハクレイ、その反乱分子を殺せ。それが今回の試験だ」
文章はよく分からないので写真を見た。きれいな女の子だった。私より少し年上っぽい。こう、よくいる宿の看板娘的な、そんな雰囲気を感じられた。
「それで、この子は何をしたんですか?」
「そこに書いてあるだろう。読んだらわかる」
「…………」
「…………読めないか?」
私は小さく頷くと、教官に大きなため息をつかれた。これから怒られるのではと、若干不安になる。大丈夫だろうか? なんて思ったが、それは私の杞憂だった。
「伝令は文章で送られてくることが多い。しっかりと読めるようになり、すぐに覚えられるようにしろ。今後苦労するぞ」
「すいません……」
「別に怒っているわけじゃない。お前は優秀だ。だからこそ、今回の試験には期待している」
「期待にこたえられるよう頑張ります」
「その意気はよし。今回のターゲットはその写真の女だ。そいつは帝国の平和を脅かす犯罪テロ組織の一員だ。組織名は、なんといったかな? 敵の名などいちいち覚えてられん。まあ組織名なんてテロ組織程度でいいだろう」
「なるほど……了解です」
「この女は、テロ組織に情報を流している裏切り者という報告があった。これは帝国にあだ名す行為、実に許しがたい。即刻この女を処分する必要がある」
「それが……試験内容ですか?」
「そうだ、お前にはこれから研究所の外に出て、この女を殺して帰ってきてもらう」
ちょっとだけうれしいという気持ちが芽生えたがすぐに萎えた。この研究所は狂っている。逃げ出せるなら逃げ出したい。でも、私が外に出る時は首輪をつけられることだろう。
これでは逃げられない。これは仕方がない。
私は絶対に幸せになる。今ある道は、この研究所でたくさん評価されること。
この試験、絶対にクリアして見せるっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます