6.お食事会
私がこの施設に入って一週間が経とうとしていた。すぐにやることが部屋が割り当てられた当初は、やるくとがたくさんあるのだろうと思っていたが、割とそうでもなかった。
いきなり自宅療養を言い渡され、一週間の休みをもらったのだ。ついでに同室の子と親睦を深めるといいと、ドクターが言っていた。
何もすることがないと退屈だし、一週間は長いなと最初の方は感じていた。でも、気が付けば最終日になっている。時間が過ぎていくのは本当にあっという間だ。
「という訳でハクレイ、お料理パーティーをしようっ!」
「何がという訳よ……」
この一週間、ムクとずっと一緒だった。ことあるごとに遊ぼうと誘ってくる。最初は、初めてのお友達と遊ぶということに舞い上がっていた。けど、ムクの元気が有り余っているせいか、私の体力が全く追いつかなかった。正直、ちょっとしんどいと感じる。
「今日が最後の休みだよ? 明日からいろいろと始まるんだから、今日ぐらいゆっくりしておいたほうがいいんじゃないの?」
「ふふふ、違うんだよ、ハクレイ君」
「あ、うん」
こういう時のムクは非常にめんどくさい。私を言いくるめようとあれやこれや説得してくる。抵抗するのも無駄だと思った私は、素直に話を聞くことにした。
「明日から本格的に始まるから、今日を楽しい日にするのよっ!」
「明日から本格的に始まるから、今日はゆっくりと休むんじゃないの?」
「違うよ、違う、ハクレイは全然わかってない。本格的に始まっちゃったら、いつ休めるか分からないでしょっ。だから今なの。今やらなきゃ、いつやるっていうのよっ!」
服を掴まれ、鼻息を荒くしたムクが顔を近づけてくる。「近い、近いから」と言いながら、私はムクの顔を遠ざけよとした。
いつ休めるか分からない、か。確かに、ムクの言う通りだと思う。正直、明日からどんなことをやるのか、よく分かっていない。
どれだけつらくとも、幸せになるためならいくらでもがんばるつもりでいる。でも、始まるのは明日からだ。だったら今日ぐらい、ムクに付き合ってもいいかもしれない。
いや、ずっとムクに付き合っていたような気がするけど……。
「んで、料理パーティーってどうするの。私、料理なんてできないんだけど」
「そこらへんは大丈夫。もうすでに料理が出来ているからねっ」
「いやいや、待って。その料理、どっから持ってきたの」
「食堂から持ってきた」
「それ、持ってきていいの?」
「さぁ、ダメなんじゃない? でも持ってきた。私、頑張ったっ!」
満面の笑みを浮かべながらピースしてくるムクの顔を見て、私は溜息をついた。まさか盗んでくるとは……。これ、怒られるんじゃないだろうか。
この料理をどうしようかと思い悩んでいると、突然扉がノックされた。
あまりにも突然だったので、心臓が飛び出るかと思った。私とムクの目が合う。ムクは、目で私に『どうしよう』と訴えかけて来たので、私は大きくため息をついて扉に向かった。
はいと声をかけながら扉を開けるとドクターが立っていた。
「すいませんドクター。こんな格好で」
「いや、大丈夫だ。ふむ、一週間で顔色もだいぶ良くなったんじゃないか」
「その、そんなに悪そうな顔をしていましたか?」
「まあ、元々栄養が不足気味だったからな。いまは置いておいていい。今回はその件できたわけじゃないからな」
「では、どうしてここまで?」
そう返答しながらも、心臓が飛び出そうなほどドキドキしていた。グランツ研究所の最新設備を使うまでもなく、ムクが料理を持ち出したことはバレていることだろう。それに、研究関連で何か用があるのならば、私たちを呼び出せばいい。ドクターが直接来る必要なんてない。これを言ってしまえば、ムクのお説教の為にドクターがわざわざ来る必要もないのだが……。
「明日から本格的に教育が始まる。それに必要な物を持ってきてやっただけだ」
ドクターが紙袋を二つ差し出したので、私はそれを受け取った。
「わざわざありがとうございます。でもどうしてドクターが直接?」
「私は君に期待しているからな。是非とも頑張ってほしいと激励を言いに来た」
「その、ありがとうございます……」
「君はやればできると信じている。頑張ってくれ。では、私はそろそろ行くとしようか」
ドクターが立ち去ろうとしたので、私は深く頭を下げた。去り際に「今回は見逃すが、食堂から料理を持ち出すときは事前に申請をしておきなさい」と言われ、私は笑って誤魔化した。
やっぱり完全にばれていたらしい。
ドクターを見送って部屋の中に入ると、ムクが「どうだった」と聞いて来た。こいつ、私に対応させて逃げようとしていたな。よし、ちょっとからかってやろう。
「それがね、すっごい怒ってたよ。ムクがやったこと完全にばれていて、鬼の形相で探しに来てた。何とか誤魔化せたけど……これからどうしようっか?」
「どどどど、どうしよう、私どうなっちゃうの、本当にどうしよう~~~~」
その慌てようが面白くて、私は、ぷっと噴き出してしまった。それに気が付いたムクがほっぺを膨らまして文句を言う。騙されたほうが悪いと適当にあしらって、私はムクが持ってきた料理に手を付けた。
「もう、脅かさないでよっ! マジでビビったんだけど」
「注意されたのは本当だよ。勝手に持ってっちゃダメなんだって」
「……この後怒られる?」
「今回は見逃してくれるらしい」
「っほ、よかった。これで私も安心して食べられるよっ!」
「もしかして、先に食べた私に全責任を押し付けようとしていた?」
そう言うとムクは笑顔で「うん」と答えた。その返答に呆れながらも、とてもいい笑顔を向けられてしまったので、怒るに怒れなかった。
***
あれから二人でどんちゃん、とまではいかないけど、楽しい時間を過ごした。楽しいと感じるとあっという間に時間が過ぎていく。食事会を始めた時はまだ空が明るかったのに、今は茜色に染まっている。もうすぐ日が沈み終わり、夜の静けさがやってくる。
「とうとう明日からね」
「そうね、ハクレイは不安?」
「私は、ここに来た時からずっと不安を感じているよ。今の状況も信じられない」
「実はさ、私も同じなの。すっごく不安。ただの汚い孤児だった私が、こんな場所にいること自体信じられないけど、夢じゃないんだよね」
「え、ムクも不安を感じてるの。能天気なことばっかり言ってたから、てっきり何も考えていないんだと思ってた」
「ちょ、それひどくないっ!」
ムクがムッとした後、二人して笑い合った。そして、こんな日常が続けばいいなとも思った。ムクは初めてのお友達だし、この一週間一緒にいて楽しいと思った。
私の中で、ムクの存在がどんどん大きくなっていくのを感じる。だからこそ、ちょっとだけ怖いと感じた。お母さんを失った時と同じような体験をいつかするのだろうか、そう思うたびに不安が胸の内側からこみ上げてくる。
「どうしたのハクレイ? なんか怖い顔してるよ」
「え、そんなことないよ」
私は慌てて誤魔化した。でも、ムクはそんなのお見通しだったみたい。
「実はさ、あんたの事情知ってるの。ドクターに教えてもらった」
「…………うん」
「私もね、同じなんだ。両親が死んじゃって、いく当てがなくて野垂れ死にそうなところをドクターに拾ってもらったの」
「そうなんだ。じゃあさ、ムクは不安を感じないの? 大切な人をまた失うかもって思うとさ、私は不安だよ」
「私はそこに不安を感じていないよ。むしろ二人なら乗り越えられるって思ってる。でも、私って結構どんくさいから、ハクレイの足を引っ張っちゃうんじゃないかなって、それで不安を感じてるだけ」
「そっか、ムクは強いんだね。私は羨ましいよ」
視線を落とすと、ムクが私の腕にしがみついて来た。びっくりはしたけど、そんなムクを私は受け入れた。
「大丈夫、なるようになるよ」
その言葉を聞いて安心し、今日を終えた。
明日からの訓練……きっとムクと一緒ならーー。
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