第9章

Up & Down【上と下】


日に日に、ヒナタとは差がついて行った。

恋愛面でも、サッカー面でも。

俺とヒナタはスタートラインは同じだったはずなのに。

思えば、小学校の時に取り組んできた量が異なっていた。

ヒナタは、遊ぶことなく、ひたすらにサッカーに打ち込んでいた。

カードゲームや、テレビゲームなんかに興味を削がれなかった。

もちろん僕だってサッカーに飽きたわけじゃない。

ヒナタとサッカーだって毎日のようにしていた。

小学校4年の頃には、僕が考案した朝練を開催し、メニューだって一生懸命作った。

思えば、あの時が一番サッカーに打ち込んでいた。

いや、違うか。

あの頃、楽しいと思えていたのはサッカーじゃない。

友達みんなの中心でいられることに、楽しさを感じていた。

僕はいつだって、まわりのめを気にし続けていた。

そんな、薄汚れた気持ちでするサッカーなど続くわけがなく、一年もすると、自然消滅してしまった。

その頃から、ヒナタは僕らとは違うサッカークラブに通いだした。

僕らの通うサッカークラブとは一段も二段も上のサッカークラブ。

当然、周りもツワモノだらけ。

そんな奴らとヒナタはつるむようになった。

ある日、僕はひさびさにヒナタに誘われて、サッカーをすることになった。

小学校6年の時だ。


「ヒナタ、今日の午後サッカーするんだよな?」

その日は、午前授業の日で、午後はまるまる自由だった。

「うん。一時に校庭集合な」

僕らは廊下で話していた。

薄暗い廊下。

地面は紫色にひかり、まるでさつまいもの上に立っているみたいだ。

なんだか、居心地が悪い。

「校庭?いつものところじゃないの?」

ヒナタと僕が住むマンションの向かいには、大きな公園があった。

土日には野球少年たちが集まり、周辺マンションにその声を轟かせている。

それぐらい広いグラウンドがあった。

そこを僕らは、ロケット公園。通称ロケ公と呼んでいた。

名前の由来は、遊具の形がロケットだから。

見たまんま表現する感受性しか、僕らには備わっていなかった。

「ああ、あいつらの家からだと、ロケ公遠いんだよね」

え?あいつら?

今日は、僕とヒナタだけじゃないの?

「ああ、今日は、俺のクラブの友達も来るから」

そんなの、聞いてないよ。


「なあ、まだ来てないの?」

僕とヒナタは一時過ぎになり、校庭に集まりパス練をしていた。

ポスッと子気味良い音を立て、リズムを刻みながらパスをする。

「ちょっと遅れてるみたいだな」

僕は、願っていた。

あわよくば、このまま来ないでくれ。

今更、新しい友達なんていらないんだ。

乗り気じゃなくても、ヒナタの誘いを断るほどの読経を持ち合わせておらず、おずおずと来てしまった。

そんな情けない心情を打ち砕くかのように、遠くで「ヒナタ」と呼ぶ声がした。

「お、来た来た」

ヒナタはスタスタと声のする方向へと歩いていく。

「遅いじゃんかよ」

「ごめんごめん、相沢が遅れやがったんだよ」

「は?マッスーだって遅れただろ?嘘つくなっ」

3人で盛り上がっているそこだけが、温度が上昇し、僕のいる木陰の温度を吸収するかのように、ただひたすらに、孤独だった。

「あいつは?」

相沢と呼ばれていたダミ声の小太りの青年が僕を指差し、ヒナタに話しかけている。

「同じクラブだった…」

「あぁー!あいつね!」

食い気味に答える。

相沢は、偉そうにズタズタとこちらに歩いてくる。

「よろしくな!俺、相沢」

若干無愛想に手を差し出してくる。

少しホカホカとした、それでいてゴツゴツとした手は強烈な匂いを放っていた。

「あいつは、桝谷。マッスーって呼ばれてる。一番うまい、もちろんサッカーがな!」

マッスーが片手をあげる。


それから、4人でサッカーをしたが、基本3人で話していた。

僕に話しかける時も、だいたいヒナタを経由する。

ヒナタも気遣ってくれているのか、たまに話しかけてくるが、それが見え透いていて、余計に孤独感を増やしている。

そして、3人、特に相沢とマッスーは桁違いにサッカーがうまかった。

ボールなんて取れやしない。

ひょいひょいと避けられてしまう。

ああ、これじゃクラブのみんなも歯が立たないだろうな、と思った。

相沢というやつは、ゴールキーパーだったようで、どうりで握手の後に僕の手がベタベタするわけだ。


そして、その相沢と、マッスーが後の部長と副部長になるとは、誰も予想していなかっただろう。

B選の僕らのグループに、相沢やマッスーがいるわけが無く、ヒナタも含め3人はA選で練習していた。

B選の僕らはいつもA選に劣等感を抱いていた。

いつの日か、「俺A選いけるわ」という自虐ネタがB選で流行るぐらいに、ネガティブな奴らが集まっていた。

程なくして、ヒナタはカトウと付き合い始めた。

相沢もマッスーも気づかぬ合間に彼女を作っていた。

B選の奴らにもポツポツとは付き合っている奴らがいたが、A選ほどではなかった。

それも劣等感を抱いていた原因だ。


「なあ、おまえも思い切って糸永に告ってみろよ」

他人事のように、ヒナタが言う。いや、まあ他人事なんだけど。

「ヒナタはいいよな、向こうから来るもんな」

「いや、俺だっていくときゃいくぜ?」

そんなたわいない話をするのが楽しくて、悲しかった。

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