第6章

Two & Choice 【二択と選択】


「池田のこと、聞かせて?」

僕は観念して、そらにそう答えた。

池田は東と別れ、東の友達に悪い噂を流された。"泣かせた"と。

もともと軽音部にも敵は大勢いる。

池田は敵を作りすぎた。相当肩身の狭い思いをしているだろうに、僕じゃ到底考えられない。

「なあ、お前は何も知らないのかよ?池田が、泣かせたってなんだ?」

そらは片眉を吊り上げ僕に聞いてくる。

どうすればいいのか、RPGだったら二択の選択肢を僕にくれるだろう。

・嘘をつく

・真実を話す

僕にはその二つの選択肢は容易には選べなかった。

この二つの選択肢は、実質的にはそらか池田、どちらかを選ばなくてはいけない。

嘘をつけばそらを裏切ることになる。

真実を話せば池田を裏切ることになる。

一般論で言えば、池田を裏切るのが鉄板であろう。

池田は実際にやったのだ、女子にひどいことを…。

その時、僕の脳裏にはそうちゃんがよぎった。

僕は…。

だからこそ、容易には池田を裏切るというカードを切ることができない。

過去の僕が池田と重なるからだ。池田を裏切るということは、過去の自分を裏切ることになる。

頭がぐるぐるとしてくる。冷や汗が出て視界に映るものの色をはっきりと認識できなくなっていく。

世界がモノクロになっていく。

そうちゃんと池田が2人して僕を暗闇に突き落とす。

2人は手なんて差し伸べてくれない。現実は助けてなんてくれない。

「おい…大丈夫か?」

そらが心配そうに僕を気遣う。

ああ、だからこそそらを裏切ることもできないのだ…。

そらは優しすぎる。今に限っては、その優しさは仇となる。

僕は三枚目のカードを使うことにした。

joker、時間。

「あ、もうチャイムなっちゃうから行くな。ごめん、続きは帰りに。」

「お、おう。」

僕らは互いの教室に帰っていった。

嘘をつくとは心苦しいものである。巨大な大蛇が体に付きまとい、正常な判断ができなくなる。辻褄が合わなくなり、バレる。少なくとも母さんには、バレる。母さんはスナイパーのように僕の心のほつれを射抜いてくる。

そらは、そんなこと、しないよな…?

僕の教室のドアはまるでブラックホールに見えた。吸い込まれるように、見とれてしまうように、真っ黒で大きくて、終わりだ。

そらの教室のドアは、光に包まれていて、神々しくて、希望に満ちているように見えた。

見かけは同じドアなのに、始まりと終わりに見えた。

ああ、そうだな。そらには真実を話してみるか。

放課後、僕とそらは毎日一緒に帰る。

僕らの高校から最寄り駅までは中途半端な距離がある。

故に二つの帰る手段がある。

バスで帰ると快適だ。しかし、列が長く、それまでが地獄。

歩いて帰ると、辛いがバス代が浮くし、早い。

僕らはいつも歩いて帰る。そらが定期を持っていないのだ。

「今日、朝どうしたんだ?変だったぞ。」

そらは気を遣ってか、池田の話をしてこない。

やっぱり、母さんとは違う、よな?

「嫌な夢を見たんだよ。」

「へえ、どんな夢?エッチな夢か?」

「ばか、そんなんじゃない。」

そらには、もう、言っちゃおうかな。

僕の中でぶちんと鎖が切れる音がした。

「そうちゃんが夢に出てきた。」

「えっ!?」

そらはあからさまにニヤニヤしている。

オーバーリアクションすぎるんだよ、そらは。

「そうちゃんって、1人目?だっけ、2人目?」

「1人目。」

僕は毅然として答える。

母さんとの冷戦で僕もいくらか嘘が上手くなってしまっている。いや、いいことじゃないんだけどさ。

僕はそらに2人の女子の話を大雑把に話している。

1人目は失敗しちゃった、そらちゃん。

2人目は成功した、うらちゃん。

失敗する以前から付き合っていたことになってしまっているが、実際は付き合ってなどいない。

これからだった。

ああ、まだ未練が残っている。

でも都合がいいので、そらには誤解したまま通している。

だって、体裁ってものがあるだろ?

人間とは嘘をつく生き物だ。何が本当で何が嘘かなんて、境界線があやふやだ。

そんな世界で生き抜くことは至難の業。

真実を話せば楽になるかな?

僕はそらにそうちゃんのことを全て話そう、そして盛大にばかにしてもらおう。

それでも一人で過去の過ちを熟成するよりは、幾分かマシだろう。

これまで話してこなかったことを人に話すことは容易ではない。

僕も少しの甘えが欲しい。

僕の失敗を聞きたいのか聞いて、それでも聞きたいのなら話そう。

無理無理話すことじゃない。

意を決して、僕はそらに軽く聞いてみた。

「なあ、俺とそうちゃんのこと、ちゃんと聞きたい?いや、別に聞きたくないならいいんだけど…」

僕の話している途中でそらは勢いよく遮り、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、

「聞きたいッ!聞きたいッ!」

とはしゃぎはじめた。

ああ、そうだった。そらが聞きたくないはずはなかった。

時は中学一年生に遡るー…。



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