第5章

Friend & Go 【友と登校】


「どうしたの?汗びっしょりじゃない。」

僕は汗を拭いたつもりだったが、拭い残しがあったようだ。

母さんは妙に勘が働く時が多々ある。隠し事をしてもすぐバレる。

ので僕は何でも母さんに相談するようにしていたので母さんは何でも知っているのだ。

生きている化石ならぬ、生きている電子辞書。

「そうちゃんの夢を見た。」

「まだそんなこと気にしてるの、早く忘れちゃいなさいよ。」

「う、うん…。」

そんなに軽く忘れられるような出来事ではないのだ、あれは。

母さんはサバサバしたところがあってメリハリがついている、と言えば聞こえはいいがはっきり言うと"空気が読めない"のだ。

"空気を読み"すぎるこの社会も幾分おかしいのだが少しは読んでほしいものだ。

僕は手早く湯気が出ている熱湯の味噌汁を飲み干し最後の一口を終わらせた。

「ご馳走さま」

「…………はーい。」

母さんはなぜか返事をするまでに間が開く。

歯磨き、トイレ、持ち物の確認、弁当をスクールバッグに入れる、扉を開ける、水筒を忘れ戻る、持ち物の確認、諸々を済ませ学校に歩を進めた。

僕の通う高校、"翠巒高校"までは一時間あまりかかる。

この高校は有名高校(実名は避ける)二つを合わせたような名前でよくからかわれる。

'お前、〇〇高校なんだって?え?翠巒?なんだよ普通じゃん。'

のように。

この高校の名前をつけた人はきっと性格が悪いだろう。

この高校の最寄駅は僕の家から一駅なのだが、なぜ一時間かかるかって?

悪魔の仕業だよ。

なんてことを考えていたら最寄駅に到着。ここからはバスになる。

バス停まで歩いていると、ときたま友達に会う。

今日もそうだった。

「よっ!」

後ろからど突かれ誰かと思えば金生だった。

金生は二年生になり仲良くなった友達だ。

やたらと背が高く、目が細い。

「珍しいな、金生がこの時間て。」

「あー、色々あってな、火事になった。」

「は?」

あれ、は?、なんてデジャヴ。

突飛な金生の言動に僕の頭はまさに火事。心地よい風が吹き僕の頭は鎮火が完了した。金生、お前の方の火事はどうだい?

「トースターが壊れて、煙がすごくてね。いやー、焦ったー。」

と、やけに落ち着いた様子で言う。金生とは元来こういうやつなのだ。何を考えているかわからない。

まあ、わからないほうが楽しいのだけれど。

「大袈裟に言いやがって、大したことないじゃないか。」

などとぬかしながら僕らはバスの列に並んでいた。

バスは長蛇の列で、まるで雨上がりの浮腫んだ巨大なミミズのようであった。

それでも今日はいいほうだ。雨が降ると向かいにあるスーパーまで列が伸び、下手したらディズニーランドより長いんじゃないのかと思うぐらいになる。

二台バスが到着し、後方の空いているバスに僕らは乗った。

バスの運転手に定期を慣れた手つきで見せ奥へ奥へと進んでいく。この工程も慣れたものだ。高校に入りたてのウブなひよこちゃんだった僕は定期の見せ方すら分からず、上級生の見よう見まねで乗り越えてきた。

思えば僕はこれまで先駆者の真似ばかりして、自らが進んで先駆者になろうとはしなかった。いつも二番煎じだった。

これからもきっとそうだろう。いつだってトップにはなれない。上には上がいるのだ。現実はいつも厳しい。

「何難しい顔してんだよ、それよりさ《クロタコ》の最新刊の発売日が決まったぞ!」

金生はいわゆる"オタク"というやつで、しかし読者諸君が思うような本気のオタクではない。

片足突っ込んだ程度のオタクだ。

画して自分もオタクかもしれない、なぜならばこの話題に一花咲かすことができるからだ。

「ああ、知ってるよ。しかも予約特典のポスターもついてくるらしいじゃん」

「まじかよ、そこまで知らなかったわ」

などとオタクトークの花が枯れたところで僕ら翠巒高校のバス停についた。

ここから翠巒までは5分とかからず比較的近場である。

少々の坂道を登り、校門をくぐると無数のイチョウが眠たそうに僕らを出迎える。

無論、表情などわかるわけはない。

イチョウ並木を抜け階段を下ると教室に到着。

チャイムがなる1分前、計算通り。

僕と金生は同じクラスなので、並んで教室に入る、D組だ。

2-D、それが僕らの組、真ん中の真ん中である。

学年主任が独特の喋り方で朝礼を始める、終わり皆が礼をする。

これは外国では異常な光景らしい。外国から見た外国なんて大概が異常であろう、何を騒ぐ。僕も立派な日本国の奴隷である。

朝礼と一時限目までは5分ほどの間があり、一時限目の教材をロッカーから漁っていると隣の組のそらがやってきた。

「なあ。」

あ、忘れていたよ…。

金生、昨日を火事で消してくれ。


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