第3章
Sin & Punishment 【罪と罰】
「俺、実はさ…」
池田が何か言いにくそうにして身体をなじっている。
「別れ話出したときにさ…」
嫌な予感がする。
それ以上言うな。
お願いだ。
黙ってくれ。
早く注ぎ終われよメロンソーダ!
と見当違いな怒りを露わにしつつ、その言葉を聞いてしまう。
「東。泣かせちまったんだ」
ああ、そんなこったろうと思ったよ。
お前は俺にどうして欲しいんだよ。
怒ればいいのか?慰めればいいのか?同調すればいいのか?からかえばいいのか?
どうすればいいのかわからないからこそ、聞きたくなかった。
なんで斎藤が荷物番なんだ。
押しっぱなしのメロンソーダから液体が溢れ出し、網状の金属部分を一瞬濡らし、緑に染め、すぐ混沌とした内部に染み込んでいった。
「そうか」
そう言うしかなかった。
僕は少しベタついたメロンソーダが入ったコップを持ちそそくさと斎藤が待つテーブルに向かった。
背中に視線を感じながら、僕は不自然な歩き方をしないように意識してテーブルに向かった。
何も知らない斎藤は能天気に
「なー、このエスカルゴってやつ気持ち悪くねえ?カタツムリだぜ?」なんて言ってくる。
お気楽なやつだな、いや、こいつに罪はない、誰だって間違いを犯す。誰だって気づかぬ間に透明なナイフで誰かをズタズタに切り裂いていることなんてざらにある。
「食用だろ」
とつれない返答も気にせずお子様メニューの間違い探しに夢中になっている。
そこに池田が帰ってきた。何もなかったかのように、まるでのっぺら坊のように。
「ほい、作ってやったぞ。そら」
混沌とした禍々しい色を放つその飲み物は果たして健康に被害はないのかと疑ってしまうほど不穏な雰囲気を放っていた。
「池田…お前何入れたんだよ」
呆れと可笑しさをまぜこぜにしたような調子で斎藤が言う。
「ええと、山葡萄とコーラとリプトンと…忘れた。」
責任感のへったくれもないその池田の顔がさっきまでの陰鬱とした池田と重なる。
本当にこいつは身勝手な都合で別れ、泣かせたのか?
僕が混乱していると池田も間違い探しを始めた。
混沌ジュースは酸っぱいようだ。
間違い探しも残り二個になり、「これじゃね?違う?」とさっきと同じところを指摘した池田を横目にバイトのウェーターが注文した品を運んで、次々とテーブルの上に並べていく。
気持ちも何も込められていないのだろうと感じるほどに毎回毎回容姿と味が一緒な料理たちに少しの同情と侮蔑をくれてやる。
この大量生産品め。
ひとしきり食べ終わり、会計を済ませ、外に出た。
カラオケ?と3歳児のような一語文を池田が放つと、斎藤が金欠を理由に丁重に断った。
結局各々は帰路につき、その日は解散となった。
駅からの家までの道のりはまるで出来損ないの映画のように都会と切り離され田舎の雰囲気を強くしていく。
尻すぼみのようなその帰り道はまさに、"行きはヨイヨイ帰りは怖い"といった調子である。
いくつかの勾配を踏破し片道15分の道を行くと見えてきたのはソルトランド。
なぜこのような名前がついたのかはわからないのだが、その他にもいくつもの"ランド"と名のつくマンション群が立ち並ぶ住宅街に僕は住んでいる。
いくつかのエレベーター、階段、坂を抜け家に到着する。
「ただいま」
「あら、おかえり、早かったね。」
母さんが迎えてくれる。うちの家系はごく一般的な3人家族で共働きである。
風呂を済ませ自分の部屋にこもる。
何気なくスマホを眺めていると数少ないトークフレンドの通知が増えた。
斎藤から来ていた。
『なあなあ、知ってる?池田の噂』
思い当たる節はあるが、斎藤を絡めると思い当たる節はない。
な、ん、の、こ、と?し、ら、な、い
と今は誰もがフリック入力なのに時代遅れのガラケー打ちでメッセージを送信する。
少したち斎藤からメッセージが返ってきた。
僕は思わず息を飲んだ。
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