第54話「月明かりに照らされた死神」

 歯を磨き病室に戻ると意外にも咲が起きていた。全体の明かりは消えデスクライトだけが光っている。

「千明…どこ行ってたの?」

「夕食をとってたんだよ。咲は寝てたし騒がしくしないように外でな。」

「別にここでよかった…。」

「そうか、じゃあ朝食はここで食べるよ。」

「………ん。」

 咲は最近自分では食べれないらしくて点滴を打っている。どうも食べても戻してしまうらしい。そこら辺のこともあってここで食べることは憚られていたのだが、咲がいいというならいいだろう。

「鶴田さんは?」

「今日は女子寮に戻ったよ。明日一番に来るってさ。」

「そ。」

 もう時刻は八時だ。まだ寝る時間でもないし、咲はどうだろうか?先ほど起きたばかりでまだ眠くないか?

「何かするか?」

「ん。千明、さっきみたいにして。」

 俺はお父さんか?とは思うが先ほどと同じように咲の背もたれになる。ちっちゃい体だ。足なんて俺の腕より細いんじゃないだろうか?本当よくこんな体で生きていけるものだなあ。

「ずっとこうしてたい。」

「ずっとって、トイレとかどうするんだよ?」

「ここで漏らす?」

「女の子が品のないこと言うんじゃありません。」

「千明はこうするの嫌?」

「別に。お前みたいな可愛い娘を抱きしめるのが嫌なわけなかろう?役得だよ。」

「そ。…なんだかラノベみたいだね。」

「そうだな。」

「私異世界転生してみたい。千明は?」

「別にやってもいいが、ゆる―い世界がいいな。ほのぼのとしていてハートフルな。」

「ん。それがいい。」

 そうして一時間ほどまたくだらない話を続け、また咲は眠そうになってきた。

「そろそろいい時間だしねるか?」

「ん。このまま寝る?」

「それはさすがにまずいな。俺が押しつぶしたら困るだろう?咲が健康になったらやってやらんこともないがな。」

「そ。…でも手はつないでて。」

「…ああ。わかった。」

 電気を消して俺は用意されていた簡易ベッドに横たわった。隣を向くと咲の顔がある。ガキンチョとはいえ年の近い女の子と一緒に眠るとは変な気分だ。

「お休み。咲。」

「千明も、おやすみなさい。」

 咲の寝息が聞こえてから、ゆっくりと眠りに落ちた。





























ゴソゴソ…



































 何か音がする。ものを捜しているような音だ。今寝ているのが病院だということを

思い出しながら何かと音の方を向く。



















「…っ!?」




 その瞬間首の左側に鋭い痛みが走った。今まで感じたことのない体験に一気に意識が覚醒する。急速に回転した脳はある人物をとらえた。




















「咲…!?」







 虚空を見つめる鋭い目、右手に持つ小さな刃物、暗い病室で月明かりに照らされる彼女は死神のようにも見えた。あの刃物は前に渡したフルーツナイフだ。



















「…。」

 使うってそういうことかと少し落胆したが、先ほどまでの恐怖は消えていた。首の傷は大したことはない。咲などいくらでも対処できる。だからこそ、話を聞くべきだと思った。

「どうした?」

 いつもの調子で問いかける。

「千明…一緒に死んで。」

 咲の答えは一見どこかのヤンデレヒロインのようだ。けれど震えた手、泣きそうな顔からして、多くの思案があったことがわかる。

「ふむ、理由を聞こうか。」

 なぜか怒りは沸いてこない。咲の答えが理不尽だとも思わなかった。むしろ…

「だって…先生が薬も効かなくて…ドナーもなくって…どうしようも…ないって…。一人で死にたくないよ。」

 今だ俺にナイフを向けて震えながら咲は答えた。

「ふむ。」

 つまり咲はどうせ死ぬなら俺と一緒に心中したいということらしい。無理心中ってこんな感じなのだろうか?昔はそんなニュースを聞くと「一人で死ねよ」等と考えていたが、咲のこととなると思わなかった。むしろこの愚かなガキンチョをとても愛しく思う。

「なるほどな。」

 さて、これからどうするべきか?

「咲、ちょいと失礼。」

「え?」

 刃物を無視して咲を抱きしめる。うん。分かってはいたけど抱き心地はいい。安眠できそうな気がする。困惑している咲に言葉をつづけた。

「咲。これから一つ提案をする。それが納得できなかったらすぐに俺をそれで刺し殺せ。」

「え?」

 うわーこわい。腹部あたりにあるナイフの存在感がやばすぎる。いつ殺されるかわからないこの状況、殺すにしても痛くない殺し方がいいんだけどな。

「いいな。」

「…分かった。」

「ありがとう。」

 咲の頭をなでる。そしてずっと考えていたことを話し始めた。

「後一週間待ってほしい。それですべてを決める。もしそれで咲のドナーが手に入らなかったら殺してくれ。一緒に死のう。手に入って咲が助かったら、一緒に生きよう。それじゃだめか?」

 俺の持てる手札をすべて使って咲のドナーを手に入れる。失敗すれば死、まさかこんなデスゲームになるとは思ってなかったけど。

「…嘘。そんなこと言って、千明も私を捨てるんでしょ?」

「それなら今すぐ咲を突き飛ばして逃げるだろ。大声出せば済むことだ。今いる意味なんてないだろう?」

「で、でも…。」

「言ったろ?納得できないなら今すぐ殺せ。」

「…。」

 流れはすでに俺のものになっていた。だから俺は俺が伝えたいことを伝えようと思う。

「咲はどうしたい?今すぐ死にたい?それとも、少しの可能性でもすがりたい?」

 ささやく声は俺のものとは思えないほど柔らかなものだった。何故だかわからない安心感。咲が生きていようと死んでいようと俺は取り残されないそんな約束が暗にされていたからだろう。


「私は…。」


 それでも咲に生きて欲しい。わがままだけど、自分がなしたことで咲が生きてくれるというのなら気分は最高だろう。


「私…は…!」


 カランと硬い音がする。そして咲は俺の体を引きはがした。






























「…私は千明の言うことなんて信じない。」



















 ダメだったらしい。まあそれも仕方ないだろう。ここで殺されるのも一興…

「…ん?」

 そう高をくくっていたのだが、両頬に温度を感じて意識の方向を戻す。そこには咲の両手が添えられていた。

「…信じて欲しい?」

 どう表現すればわからないが、その声には多くの感情が混ざり合っていた。期待、不安、恐怖、希望…だが、聞かれたなら答えねばなるまい。

「そりゃな。」

 今日は騙す予定がないので信じて欲しいところだ。










「なら…キスして。」











「へ?」

 咲はそんなことを言ってきた。キスだと?突拍子のなさも極まりすぎて頓狂な声を出してしまった。

「できるの?」

 キスって言ったんだよなこのマセガキは?

「どうなの?…」

 じっと見つめる咲。その顔はあまりにも真剣で、どうにも冗談ではないらしい。だが聞いておいた方がいいか。

「…咲、そんなんでいいのかよ?」

「え?」

 咲は目を丸くする。驚いているのはこっちなんだけどね。

「いや、どう考えても俺得すぎないか?通報とかしないよね?どう考えてもデメリットが見つからないんだが。」

「え?あの…。」

 子供とはいえこの美少女にキスしてといわれるなんて戸惑わないわけがない。一歩間違えれば犯罪者だ。良かった俺まだ十六歳だ。

「嫌じゃ…ないの?」

「え?なんで?」

「だって…こんなだよ?髪はないし、肌は荒れてるし、すぐ吐くし…。」

「そりゃ病気のせいだろう。それでもお前は美少女だし。」

「それに、わがままだよ?」

「ガキは甘えれるだけ甘えたほうがいいんだよ。そうしなきゃ大人になって荒むしな。悪いことしたなら叱ればいいい。」

「それに…それに…!」

「それで、咲はしたいの?」

 やばいな、まさか生きているうちに俺がこんなこと言うとは思ってもみなかった。

「…うん。」

 咲は少しうつむいたままそう答えた。ほんのり頬に赤みがさしているようにも思える。そこまで言うなら覚悟を決めよう。

「…目は閉じたきゃとじろ。」

「閉じない。まだ信用してないから。」

「む…気恥ずかしいな。」

「早く。」

「…。」

 数秒間を置いて咲にキスをした。何も感じないかと思ったら、存外気持ちのいいものだった。なるほど、だからキスをする者は多いのか。数秒、いや数十秒経って急に思い出したように口を放した。

「………。」

「………。」

 咲、目を背けられると困るんだけど。つーかお前がやれって言ったんだろうが!こっちだってものすごく恥ずかしいのにさらに羞恥心が増すじゃないか。

「これで信じてくれるのか?」

「ん、一週間待ってあげる。」

 咲はまだ目を背けている。月明かりに照らされた顔はやっぱりほんのり赤い気がした。本当にかわいらしい子だ。この子のことを思うととても心が温かくなる。きっと旭の好きな男女の愛でも、血縁の家族愛とも違う、けれど自分でも驚くが咲に対してそれによく似た何かが自分にはあるらしい。

「よし、なら、俺も頑張らなきゃな。」

「…。」

 ジトっとまだ咲が睨んでくる。

「どうした?」

「足りない。…もう一回。」

「ん?あむっ…」

 咲はもう一度自分にキスをしてきた。そしてどんなことをするか聞きもせず、ただ俺を信じてくれたのだった。

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