第55話「太陽と月」

 自分は月のような人間だと思っていた。教皇権は太陽 皇帝権は月、あれみたいなものだ。自分は誰かに照らされなければ存在できない。そう思っている。けれど太陽の名をつけられたのは二度目だった。

『なら、火輪だな。うん。火輪にしよう。』

『かりん…ですか?』

『かっこいいだろ?私の友達にゲームが大好きな奴がいるんだが、彼が教えてくれた名称からとったんだ。』

『かりんって何ですか?』

『悪い悪い。説明してなかったな。火の輪とかいて火輪。転じて太陽のことだよ。かっこいいだろ?』

『…それは、私には似合いません。』

『そうかな?ま、仮の名前なんだから気にするなよ。いつか、君の大切な人が本当にぴったりの名前を付けてくれるさ。』

 黒い長髪のあの人はそう笑って言っていた。あの人のまねをして髪を伸ばして、口調を替えて、私は太陽のような人になれただろうか?その名前を付けた理由は聞けなかった。いつの間にかいなくなっていたあの人は恋する乙女で自分なんかよりひどい世界にいて、それでも太陽のように笑っていた。さて、今目の前にいる彼はどうだろう?苦しそうで、悲しそうで、けれど覚悟を決めて不敵に笑っている。きっと私が過去も未来も空っぽな大して輝けない青白い太陽ならば、彼は過去に未来に押しつぶされてそれでも輝き続ける赤黒い月だろう。彼は私に言う。

「旭。どうせ死ぬなら、俺のために死んでくれないか?」

 正反対なのにどこか似ている彼に私は言う。

「はい!」

 彼のために死ねるなら何よりも幸福だ。


 首元にナイフをつくつけられたことがあるだろうか?私はあまり経験がない。今ナイフを突きつける彼の首からは血の跡が、服は白から一部赤く変色していた。彼は私に要求する。

「自家骨髄移植の応用です。ドナーがない以上一番可能性がある方法だとは思いませんか?」 彼が言っている理論は以前の論文によく似たものだった。咲の正常な免疫細胞のみを超免疫不全人間である旭に移植し、生産させ、ドナーとして用いるというものだった。

「失敗すれば俺は咲に殺される予定です。もう後がないんですよ。またやらないとぬかすならあんたを殺してほかの人を使います。」

 正気じゃない。すでに後先のことなど考えていないのだろう。彼が欲しいのは私の肯定だけだ。だが

「不可能だ。私たちのもとに来た時にはすでに発病していた。その時の血液が使えるかもわからないうえに、正常な細胞とがん細胞を分けることなんて…。」

 どう考えても不可能だ。今の咲の血液内の正常な細胞は一割もない。昔採決した血液でさえガン細胞が含まれてしまっているのだからどうしようもないのだ。

「それでもやってください。大丈夫あなたはただ了承すればいいだけだ。だってこの後を主導するのはあなたじゃない。」

「…!?君は…!」

 紫電の悪魔は見下した目で私を見た。

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