第53話「お泊り会」

「こんにちは。」

「こんにちはー。咲ちゃん寝てるから静かにね。」

「はーい。」

 鶴田さんは口に人差し指を当てる。それも自分の方じゃなくて俺の方。昔から他人に触られるのは抵抗があるけれど、この人の性格には勝てない。文句は言わなかった。

「じゃ、ちょっとここ任せちゃうね。できる限りすぐ戻ってくるから。」

 そういって鶴田さんは病室を出た。咲はよく発作的に過呼吸になることがあるようだが今は安らかに眠っている。さあ、咲が起きるまで静かに待とう。俺はラノベを手に取ってゆっくり読み始めた。


 咲が目覚めたのは午後三時くらいだった。いつから寝ていたのかは知らないけれど本当に眠り姫のようだ。

「…鶴田さんじゃないのか。」

「なんだその反応は?呼んだのは咲だろうが。」

「突っ込み長…。」

「やかましいわ。」

 まったく、寝起きでも失礼な奴だ。もしこれが旭だったら関節技きめてるぞ。やり方知らないけど。すると咲は両手を上に伸ばした。

「ん?」

「起こして。」

「へいへい。承知しましたよお嬢様。」

 皮肉交じりに行って起き上がらせる。軽い。うちの姉よりも軽いかもしれない。

「ん。」

「まったく。おまえな、俺じゃなかったら確実に襲われてるぞ。ラノベでよくあるだろう?」

「んー。」

 こいつ聞いてないな。咲はまだ眠そうで起き上がらせたはいいが動く気配がない。壁にでも寄りかからせておくか。

「千明。…ちゃんと支えて。」

「おい俺が壁役かよ。」

「ベッドに乗ってちゃんと支えるの。」

「はいはい。」

 後ろから抱きしめるかのように咲を支える。体温高いな。でも今日は比較的調子がよさそうでよかった。

「これ好き。」

「そりゃよかった。」

「千明。なんか話して。」

「話?…昔々あるところにおじいさんとおばあさんが…。」

「そういうのじゃない。」

 ぴしゃりと断られた。こいつ自分から言ったくせに。

「なんだよ。これからジャンヌダルクとか出てきて面白いのに。」

「なんでジャンヌ…?桃太郎の流れだし…。」

「実は俺、ジャンヌダルクの生まれ変わりなんだよ。」

「ふっ…何それ。」

 まあ前に大林と話している間に生まれたほら話なのだが、思ったよりも面白くできたのでいつか話したいと思っていたのだ。断られたら仕方ないが。

「なら何の話がいいんだよ?」

「初恋の話…とか?」

「ふむ、それはまだ幼い、小学生のころだった。」

「あ、言うんだ。」

「なんだよ。これもダメなのか?」

「ん。あんまり興味ない。」

「次だめなら怒るぞ?」

「ん。なら…千明って兄弟いるんでしょう?その話…。」

「まあな。確かに姉が一人いる。」

「どんな人?」

「咲の十倍重症なオタクだよ。名前はリンって言って…」

 そうして俺たちは鶴田さんが来るまで雑談をした。前までならラノベを出せとせがんだくせに何でもない話をたくさんした。咲はそれだけでよかったのだろう。


 それから数時間して咲はまた眠ってしまった。ので鶴田さんと売店の飲食スペースで夕食をとることになった。

「本当にいいんですか?俺があそこで寝泊まりして?」

 ここのおにぎりはコンビニよりずっと安い。そのうえ味は劣らないのだから素晴らしいと思う。このチャーハンおにぎりはさすがのおいしさだ。

「なあに?千明君は何かしたくなっちゃうのかな?」

「はいはい。鶴田さんだったら何かしますよ。トンカチとかで。」

「え!?それはちょっとマニアックすぎというか、エロ過ぎっていうか、まだ早いっていうか(´∀`*)ポッ」

「あんた一体何考えてるんですか?」

 本当に一回トンカチで頭殴ってもいいかな!?多分死なないしもしかしたらアナログテレビみたいに馬鹿が治るかもしれないから。

「千明君なら大丈夫。咲ちゃんの頼みなんだし、今更怖気づいちゃだめだよ?」

「…わかりましたよ。」

 鶴田さんはサンドイッチをほおばる。俺はあんまりパン類は食べないのだが、タマゴサンドっておいしいよな。たまには食べたくなる味ではある。

「でも、千明君とこんなに長く関係が続くなんて思ってなかったなあ。人生って不思議だね。」

「そうですね。俺は病院なんてかかっても半年続いたことすらなかったですから。こんな毎週病院に通うことになるなんて思ってもみませんでした。」

「だよねー。でも、こうして千明君と会ってたくさん話して、私もっと千明君のこと好きになったな。強いところも弱いところもけち臭いところもひねくれているところも知って。」

「それありがとうございますっていうべきなんですか?暗にディスられているだけなきがするんですけど。」

「でも一番うれしかったのは思いやりと、信念があったことだよ。私はそれに一番救われたな。」

「救われたって、俺は鶴田さんのために何かしたわけじゃないですけどね。」

「女の子ってね、別に救ってもらおうとしても救われないこともあるし、そんなこと思わないことにだって救われることがあるんだよ。まあまだ千明君には早いかもしれないけどね!」

「そうですね。何を言っているのかさっぱりわからない。」

 するとそうだと鶴田さんは俺の肩を抱いた。そして耳元でつぶやく。

「千明君が大人になったら私を愛人にしてくれないかな?」

 なんだか物凄く爆弾発言をしてきた。

「何危ない発言してるんですかあなたは。」

「うーん、私結婚したくないし、でも男の人と付き合いたいからさ、千明君の愛人ってことにすればいい感じの関係築けるかなって。」

「それ俺が恋人と鶴田さんに刺されて死ぬオチになるじゃないですか、嫌ですよ。」

「そんなことないよ。私は愛人で十分だし、千明君は愛人がいても大丈夫な恋人探せばいいんだよ。ほら、咲ちゃんとかなら許してくれるでしょ?」

「いやいやいや咲を巻き込まないであげてください。」

「あ、でも私が愛人になること自体はそんなにいやじゃないんだ?」

「…まあ鶴田さんは嫌いじゃないですし美人ですけど…年がな…。」

「なーに―!?」

「あ、痛いですつねんないでください!痛い痛い痛いっての!」

 つねってきた頬を鶴田さんは撫でる。

「でも、もし私が普通だったら恋人にしたいくらい千明君は魅力的だよ。だからあんまり自分を嫌いにならないで。」

「別に嫌いじゃないですよ。好きでもないけど。」

「まったく捻くれてるな君は!」

 私が普通だったらか…なんだかんだで俺とこの人は少し似ているのかもしれない。だけど彼女の方が少し大人なのだろう。けれどほんの少しだ。どこかの漫画の言葉を引用するならば俺も彼女も大人になるピースをいくつか落としてしまったのだろう。だからきっと執着してしまうのだ、分不相応の理想に。


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