第48話「復讐」

 学校の授業の前の休み時間、俺は石田君の元を訪れた。

「石田君、ちょっと手伝ってほしいことがあるだけど、いいか?」

「い、いいけどなんだ?」

「サンキュ、なに、写真部の腕を借りたいだけさ。」


 西目によると、原田達にいじめられる日は頻繁にあるらしい。場所も大体決まっていて、今日はそこに呼ばれたようだ。わざわざのこのことそこに行くということは、何か弱みでも握られているのかもしれない。まあそんなことなぞどうでもいい。俺たちはそのいじめ現場を撮影し警察に渡す。そして告訴すればよいのだ。一日だけじゃだめだというのなあ何日でも撮ればいい。何、西目にとってはそれが日常だ。多消費が伸びようとも問題あるまい。今日は一戦目の戦いだ。ちなみに、彼女の伝えてきたことはすべて信用しない。俺たちは西目の後をつける感じで行動することにした。裏ひられる前提で行動していたが、煮しめは普通に言った通りの場所に行き原田達がしっかり待ち構えていた。

「昨日はお愉しみだったみたいね忍。」

「…。」

「おい、何とか言えよ!」

 西目が沈黙を貫いていると、女の一人が髪をつかんで返事を強要してきた。典型的!絵にかいたような悪役ですね。

「XXちゃん汚いよー。そいつレイプされたんでしょ?」

「あ、そうだったーごっめーんww。」

 そういって手を離すと、

「よ。」

 腹を蹴り飛ばす。クリティカルヒット!西目はうずくまって嘔吐した。

「汚ねえな。」

 うわあ、見ているだけでも気分が悪いな。三人はその後も割とえげつない暴行を繰り返す。傷害罪確定ですね。石田君はこういうの苦手そうだな。まじめだから出てこないでくれて助かる。ちなみに石田君を呼んだのは、より高画質な映像を入手するためだった。どうも俺の持っているデジカメは古いせいか性能が悪い。あの強姦魔どもの映像も、ぎりぎり顔がわかるかぐらいだったのでできればより良い画質にしたかったのだ。一応俺も撮ってるけどね。その後数分殴ったり暴言を吐いたりした後、原田達は満足そうに帰っていった。

「石田君お疲れさま。」

 石田君に伝えると出てきた。西目はまだ立ち上がらない。

「大丈夫か?」

「…はい。」

「おい白矢…これどうするんだ?」

「ありがとな。SDカードだけ渡してくれる?後このことは他言無用な。今日の仕事はこれだけだからもうダイジョブだ。また今度礼するよ。」

「わ、わかった。」

 ま、別に行ってもいいんだけど、それで石田君に迷惑があったとしてもオレ責任取れないからこうするのが一番だろう。

「立てます?」

「はい。」

「じゃ石田君、またな。もしかしたらまた頼むかもしれないけど、たぶんないから安心してくれ。」

「お、おう。」

 俺のデジカメで再生できるか見てみたところ画質がいいのなんの。さすが写真部。手振れもほとんどない。礼は奮発しないとな。うちに大量にある電車模型を一つくらいあげてもいいかもしれない。さて、あとは西目両親に証拠を突き付けて警察に動いてもらえばいいかな。訴えがあれば刑事告訴はできなくても民事ぐらいには持ち込めるんじゃないだろうか。知ったことじゃないけど。


 そして俺たちはそのまま西目の家に向かった。行ってみるとあらびっくり大きく立派な家だった。俺の家も結構でかいと思っているけれど、それよりまだでかいかもしれん。話が話だけに一応西目に聞いておく。

「覚悟はできたか?」

「…はい。」

 西目は扉を開いた。母親は専業主婦らしく家に大体いるようで好都合だった。

「おかえりなさい。あら?その子はお友達?」

 人当たりのよさそうな人だ。こちらに笑って話しかけてくる。だからこちらも笑っていった。

「初めまして。僕は千明と申します。この足の落とし前をつけに来ました。」

 俺は別に作り笑いとかわざわざするようなタイプではない。だからその時の顔はきっと醜悪で悪魔のようなものだったと思う。


 ことをすべて説明しきるころには母親は完全に青ざめていた。動画を見ながら石のように固まり絶句している。

「これだけ見ていただいてもわかるでしょうが、完全に犯罪レベルです。あ、このお楽しみというのが強姦ですね。証拠映像ならちょっと画質悪いですけどここに…。」

「もう………結構です。」

「そうですか。」

「……少し娘と話をしたいのですが…。」

「わかりました。外に出てますね。」

 自分でも驚くほど無機質な声だ。母親の最初にあった明るさは完全に消え失せている。うつむく西目を横目に外に出た。もう十月の下旬に差し掛かっている。夜の外は少し肌寒い。学ランもないな。明日からはコート着てこう。それにしても、他校の男子生徒を使って強姦させようとするとは陰湿ここに極まれりという感じだなあ。今までもそうして強制性交をさせられてきたのだろうか?あの西目という女は。女性には申し訳ないけれど、ほかの男に抱かれた女を抱こうとは思えない。どんな理由があってもだ。そうして彼氏とか夫とかに拒絶されて自殺する女性もいるとか聞いたことあるけど、生理的嫌悪感は簡単に拭えるものではない。どんなことがあっても愛し続けることが愛だというのだろうか?きっとその人がこの世界で一番代えがたいものならば妥協するのかもしれない。けれどもっと明確にいいものがある可能性があるのなら、俺はそちらを目指してしまうだろう。だから俺はたぶんどんなに愛した人間でも一つの基準点を越えてしまえば無関心になってしまう。それが白矢千明という人間だ。やっぱり俺に愛なんてないのかもしれない。いや、まず人間という獣に真実の愛などという高尚すぎるものはそもそも持ちえないのかもしれないな。なら、俺は何を求めればいいのだろう?

「…。」

 すでに日は落ている。星を見てもレンズ越しでぼやけているからか何も感じない。

「旭は、これが夢なんだよな…。」

 レンズ越しでない夜空はどんなものだったか、もう覚えていない。美しいものだっただろうか?この世界はあいつが夢見るほど美しいだろうか?

「…。」

 手をかざしても星はつかめない。何にも興味が持てない俺なんかよりもこの命を使うべきなのは生きたいと願う彼女たちだろう。西目を襲った奴らにも思った。何故あいつらが生きているのだと。どうして命を受け渡すことができないのかと。もしできるのならあいつらの為ならこの命くらいささげても構わないというのに。あんな奴ら皆殺しにして、全て捧げてやりたいのに。あいつらは死んでいくのか?

「…。」

 気づけば時刻は十九時を過ぎていた。親には遅くなるといったけれど、一応連絡した方がいいだろうか。だがタイミングの悪いことに西目の母に呼ばれてしまった。

「娘を助けていただき本当にありがとうございました。」

 母親は深々と頭を下げた。

「?…どういたしまして?」

 何かしただろうか?別に問題を解決したわけでもあるまいし、助けたなんて大げさもほどがあるだろう。っていうかそろそろ帰りたいんだが。

「これは警察に届けます。」

 SDカードのことだろう。ああそういえばあの背高女たちを追い詰めるためにこんなことしたんだったな。警察に届ければ何かしらの罰が下るだろうと信じたい。そこはもう任せるつもりだけど、頑張ってね。

「聡明な判断だと思います。」

 学校に報告しても大体うやむやにして解決=処罰にはならないからな。本当によくできたお母さんですね。

「…あなたの足の治療費も必ず…。」

「…いえ結構です。その代わり、ちゃんといじめっ子たちに落とし前付けてくださいね。」

 両親には申し訳ないけど正直これ以上この人たちの相手とか面倒くさい。そんな時間あるのなら咲たちのところにいたいのだ。

「では。」

 後のことなど知ったことか。それは彼女たちの問題だろう。背高女どもへの復讐はこれで終わりだ。

「送っていきます!」

「いや…。」

  何度も断るのはさすがに感じ悪いかな?それに駅の道筋分らないし、その方が助かる。

「お願いします。」


 西目に連れられて駅へと向かった。西目の最も近い駅は塩崎駅で近くに大きなショッピングセンターがあるので夜でもものすごくきらびやかだ。そんな夜を男女二人で歩くのはちょっと補導されそうで怖いな。

「そういえば、あんたなんでいじめられるようになったんだ?やっぱり気が弱いとか?」

 俺もどちらかといえばいじめっ子に目を付けられるタイプだったが、俺の場合は協調性がなくていじめっ子の意向に背くことが多かったから邪魔だったみたいな感じだったと思う。なんとなく気になってしまって聞いてみた。

「…あの人たちは小学校の時に同じクラスだった人で、私は…その時すごく悪いことをしてしまって…それで転校したんです。中学は違ったけど高校で再会して…その時から目を付けられるようになりました。…ほかの人に話したらあの時やったことをみんなにばらすって。」

「へえ。そんなにやばいことしたんだ。」

 小学校の悪行?蛍光灯割りましたな。トイレの床を磨くブラシを持ち上げたらちょうど柄が当たったんだよね。ほかにもいろいろやった気はするけどそんなに気にすることなんてあるんだろうか?

「…動物を殺して遊んでいたんです。あの時は生き物が死んでいくところを見るのが楽しくて捕まえた動物とかペットの犬とかたくさん殺したんです。」

 聞いてないけど言ってくれました。もしかして人のペットとか殺したのか?そりゃ事件にもなりそうだ。でも

「なんだそんなことか。」

「え?」

「いや、正直すごいことしているはいるけど、子供のころ遊びで蟲とか殺すことなんてたくさんあるからな。過激な動物愛護団体じゃあるまいし、蟲だったらよくて動物はだめなんて言えないから。まあ人様のペットとか殺してるならそりゃ問題だけど。…でも今はやってないんだろう?」

「…はい。もう絶対しません。」

「ならいいじゃんか。子供は無知だし残酷だけど、そこから学んでしっかりとした大人になるなら正常だろう?そりゃばれてちょっとは印象悪くなっるかもしれないけど、いじめられていることを我慢しなきゃいけないほどのもんじゃない。価値観に違いはあるかもしれないけどな。」

「そうでしょうか?」

「大事なのは今だそうだからね。過去ばっかりつつく奴なんてむしろ馬鹿にしてもいいくらいだろ。」

 法律的、感情的に過去はぬぐえないものも多いと思う。ただ悪いが俺は俺が大切なもの以外はどこでどうなろうとも知ったこっちゃない。この西目がしたことくらいであれば俺は大して気にしないだろう。

「だからさ、これからはもう過去にこだわって今の自分を傷つけるようなことはやめろ。きっとあんただけじゃなくてあんたのことを大切に思っている人の今も未来も傷つけてしまうから。それが一番やっちゃいけないと思う。」

「…はい。」

 あー説教臭いこと言ってしまった。ちょっと涙声で返事してきたしやばい俺まで訴えられたりしないかな?

「本当にごめんなさい。私が逃げたせいで私のせいであなたをそんな体にしてしまった。一生消えない傷をつけてしまった。…それなのにまた助けてもらって…本当にごめんなさい!」

 駅に着くと西目がそう言って頭を下げてきた。いや、怪我したのは自業自得だし、いじめをばらしたのは逆恨みの復讐のためで助けるつもりとか皆無だったからね。はあとはいえこれからもこうしていちいち謝られたらこっちの気が持たない。小説の言葉を引用して、もう一つ助言でもしてみるか。

「人は謝罪より感謝の方がうれしいらしいぞ。」

「?」

「一般論だけど。」

 咲と一緒に読んだ小説のヒロインが言っていたセリフだ。

「…ありがとうございました。」

「おう。ありがたく思え。」

 ふつうは気にするなというところだろう。だがどうせ人間恩など忘れるものだ。わざわざ念を押す必要もあるまい。むしろ恩を売っといた方がこの先いいかもしれないからな。…そろそろ電車が来そうだ。もう遅いのでこれには乗りたい。気分がよいので最後にあと一つ。

「最初は疑ってたんだよ。あんたが連絡してきた時きっと保身のために嘘をつくだろうって。呼び出されたなんて言葉全く信じなかった。」

「…。」

 人は植え付けられた恐怖にそうそう簡単にあらがえるわけがない。ならば楽な方向へ逃げるのは当然だと思った。

「けどあんたは本当のことを言って俺たちのことをばらさずに耐えきった。あんたすごいよ。」

 まああの三人組より俺の方が怖かったからなんてことも考えられるけど、でもそのあとの報復とか考えたら俺なら怖気づくかもしれない。だけど彼女はそれができた。

「だからあんたはこれからも大丈夫だよきっと。」

「…はい。」

「じゃあな。」

 ホームへと足を運ぶ。彼女はこれからどう生きるのだろうか。いじめっ子たちがずっと牢の中とはいくまい。報復におびえて身をかがめ続けるだろうか?知ったことじゃないけれどまあ大丈夫だろう。彼女は杖など使わずに、自らの足でしっかり立っているのだから。ちゃんと歩いて行ける。

 

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