第49話「走馬灯にも似た回想」
千明が退院した後、平日にちょくちょく千明の母である奈美さんがこの病室に訪れるようになった。
「こんにちは咲ちゃん。」
「…こんにちわ。」
気恥ずかしい。鶴田さんとくらいしかまともに話してこなかった一年と少し、千明ならともかく、年上の女性と話すことには少しむずがゆさがあった。
「今日はこんなの持ってきたんだけどやってみない?」
奈美さんが持ってきたたのは編み物キットだった。
「…やります。」
奈美さんの助言を受けながら編み物スポンジを作った。何度も同じ作業を繰り返すだけだが、案外楽しい。そういえば何もしないのが退屈だと感じるようになったな。今までは何もしていなくても何も感じなかったから、だがらかもしれない。とても楽しい。
「どう、ですか?」
「うまいうまい!咲ちゃん器用ね。」
「そうでしょうか?」
褒められるのなんていつぶりだろうか?うれしい。スポンジ製作に慣れてきたころ、こんなのはどう?とマフラーの編み方も教えてくれた。そういえば千明の貸してくれた小説のヒロインが主人公にこうしてマフラーを編んでたな。
「…奈美さんは、大丈夫なんですか?ここのところよく来ていただいて、ご迷惑では?」
奈美さんにも家庭がある。私なんかのために時間を浪費してしまうのは…。
「全然大丈夫よ。やることは全部やってから来てるんだから。」
一瞬の考えるそぶりもなく断言される。この返答の速さは親子そろってだ。
「そうですか。」
「そうよ。」
マフラーの編み方もようやくコツがわかった気がする。糸がほつれているから直さないと。
「咲ちゃんはまじめね。」
「…そうでもないです。」
奈美さんは静かにほつれを治す様子を見守ってくれる。ヒステリックにわめいていたあの女教師とは別物だ。自分を捨てていった母とも違う。そういえば、千明には話していないけど、どうしてこんなに自然に自分の家庭事情を話してしまったのだろう?鶴田さんとも違う、母である人だからこそ言えたのかもしれない。
「少し、うらやましいです。千明が…。奈美さんのようなお母さんがいて。」
はっと口をつぐむ。何を言っているのか。私はまだあの両親に未練が合うとでもいうのか、断ち切ったと思っていたというのに。すると奈美さんはくすくすと笑った。
「いっそ咲ちゃんが千明のお嫁さんになってくれればいいのにね。」
「なっ!?」
何を言って?千明は確かに友達だけどいや友達…なのかな?いやそうじゃなくて…。
「ふふふ。」
私の顔を見て奈美さんは楽しそうに笑う。
「千明ったら本当に咲ちゃんのこと大好きなのよ。いつもムスッてしているのに咲ちゃんの話をするときは笑ったりして。」
「えっと…あの…。」
ぽんぽんと頭を撫でられた。
「大丈夫。咲ちゃんはいい子だから、好きになってくれる人はいっぱいいるわ。」
「…そうでしょうか?」
「そうよ。」
本当に何でここに来たらいやなことがないのだろう?今までは死んでもいいって思えるくらいいやなことしかなかったのに。
そう今までは死にたいだけだった。気怠い頭は。ぼんやりと耳元から聞こえる音声を聞き流す。白い天井をただ見つめるのは目を閉じることが怖いからだ。死にたくない。今は何曜日だっけ?気が遠くなるくらい長く感じられる。
「会いたいよ……千明…。」
会ったのはつい前の日であることを彼女は忘れている。
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