第40話「歌」
いつものように旭と話すこの時間、彼女はポンっと手をたたきこちらに質問してきた。
「千明君、前に趣味は作曲とか言ってたよね?」
「言ったかそんなこと?」
「言ったよ。ほら初めて会った時趣味のこと聞いたでしょう?」
「そういえばそうだったな。」
あの時はあの時でほかのことが衝撃的過ぎたせいか会話内容なんてすっぽりぬけてしまっていた。
「何か歌ってよ―自作の歌。聞きたいな。」
「お前な、それは結構どころかものすごく恥ずかしいことだってわかる?」
「いいじゃんボクだけにさ。だめかい?」
「…旭がそれと同じぐらい恥ずかしい何かをするなら考えてやらんこともない。」
自作の歌を自分で歌って誰かに聞かせるなんてそれこそ拷問のようなものだ。伴奏があるわけでもないアカペラでは盛り上がらないのでそれこそ場がしらけて気まずくなるのだ。だが彼女に端に否定を返しても持ち前の強引さで押し切られそうだ。これで何とかなるとは思わないが、相手にもダメージがあれば少しは気が楽だろう。
「恥ずかしいことですかー。あ、私の裸でも見ます?それかトイレしているところ見せればいいですかね?」
「反応に困る返しをするな。そんなことはしなくていいっての。」
「ええ!?この旭ちゃんの裸を見たくないの!?世界一のヌードだよ!?…もしかして千明君…ゲイ?」
「んなわけあるか!…そりゃ女性の体に興味はあるけど、そんなことをさせたいわけじゃないってことだ。そうだな、次会うときに一時間ぶっ通しで歌ってもらおうか。パソコンがあるのだからカラオケもできるし、そのくらいなら俺の労力にも見合うだろ?」
「はいはーい。じゃあ千明君の好きな歌も教えてね。天才の旭ちゃんが華麗に歌い上げてあげよう!」
「へいへいがんばれ。」
小学校の時に合唱をしていた俺から言わせれば、一時間も歌い続けるのは大変だと知っている。ふはははは苦しみやがれ…その前に俺の番か。
「でも、ボクの裸が見たくなったらいつでも言ってね。君ぐらいしか見せたい相手いないから。」
「…ま、気が向いたらな。」
いきなりセックスアピールをされても困るだけだ。死が明確に近づくことで種の存続の本能が働いているのかもしれない。ただそれに便乗して欲望を満たすような外道にはなりたくはない。すると旭は手をたたいて言った。
「さ、交渉も済んだことだし歌って!カモンカモン!」
「…やりづら…。はー…じゃ一曲目から。」
テンションについていけず、気分はダダ下がりなのだが約束したからには仕方がない。前に作った歌を歌ってみるのだった。
「貴方が嫌いです。
会いたくないのです。
本音を、隠して、笑うのは楽しいですか?
私は嫌いです。
貴方のその顔が。
何を求めているので、す、か?♬
友達も作らずに
誰かを疑って
「裏がある」そう思い
自己満足ですか?
他人にはいい顔して
信じちゃいないくせに
笑って、笑って、笑って、あざ笑う…
そう
万年偽善者みたいなふりをして
いっつも「やっぱりつまらないや」って言って
馬鹿にする。
ホントは楽しいものなんて何にも知らないくせに
どうせ手に入れられない何を欲してい、る、の?♪
私は嫌いです。
私が嫌いなのです。
醜態、晒して、生きるのも疲れました。
生きるのは嫌なのに死にたくもないのです。
一体、どうすりゃいいので、す、か?♫
友達に合わせる日々、
空虚な日常で
「楽しいです」
そんなの嘘
罵詈雑言だらけ。
表では友達です。
裏ではただの屑。
見捨てて、貶して、忘れて、また笑う…
そう
万年誰からも必要となんかされなくて
いっつも「やっぱりいらないや」って言って捨てられる。
ホントは必要としたことなんて一度もないくせに
なぜか私は生きてるどうして何のた、め、に?♩
どうして生きるの?どこで生きるの?どうやって生きるの?
生まれてこなくても良かったのに
貴方が嫌いです。私が嫌いです。
自分をなぶって死ぬのは許せないな。
ずっと生きていられるような妄想繰り返して
いっつも「幸せになりたいな」って思って閉じこもる。
ホントはすべてが怖くて震えるいるだけなのに
ホントは誰かにずっともっともっと求められたい。
もしも月に祈って願いが叶うなら
私も貴方みたいに綺麗に真っ赤に輝、き、た、い、の、で、す。🎶」
ということで歌い終わった。結構昔に考えた曲だ。こういう時はむしろ堂々と歌った方が恥ずかしくないのだ。旭はぱちぱちと手をたたいて喝采した。
「なんか千明君みたいな曲だなー。」
「別に俺はこんなに悲観的じゃないっての。歌の批評は聞きたくないからいらん。」
「なんでさ?ボクは好きだよこういう感じの捻くれた歌。」
「こういうのはボーカロイドみたいな機械に歌わせておけばダメージないしネットの批評なら俺はダメージ喰らわないけど、直に歌って直に感想言われたら泣きそうになる。」
「なるほど、ボクに聞いてもらえて感動の涙ってことか!」
「違う。」
なんとなく陰鬱とした気分の時に作った曲なのだが、詩としてもあまりいい出来ではないだろう。やはり自分のポエムを人に聞かれるというのは恥ずかしいことなのでさらに批評されたら死にたくなる。
「でも千明君って地声低いのに、歌うときは結構高くて美声なんだね。」
「はいはい、どーせいつもの俺は低いデスボイスだよ。」
「そんなこと言ってないだろう?いつもの君の声だって僕は大好きだから。」
「あっそ。」
こっちが恥ずかしがっていることを察してか旭が妙にたたえてくる。そんな世辞はいらないんだよ。もうどっちにしろ恥ずかしいんだよ。まあ酷評されないだけ気は楽だけど。
「さ、千明君もう一曲!」
「まだやるのかよ。もうよくないか?」
「だめ。」
「…って言っても後一曲ぐらいしか歌はないからな。」
「へいかもんかもん!」
「うざい。」
俺は音痴ではないが、特別歌がうまいわけでもないだろう。そんな歌を聞いても楽しいことなどないだろうに、なんというか意地の悪いやつである。
「じゃあ二曲目。」
はあ、この歌いだしが本当にやりづらい。俺はすっと大きく息を吸って歌い始めた。
「風の舞う空
流れる雲を
目を開き、手を広げ
天を仰いだ。♫
過ぎ去る日々の中で
すでに明日は
遠い過去の日…。
ボクは何を残しただろう?
誰かを傷つけてはいないか?
伝えたい。
あふれる昨日にもがく君に。
伝えられない。
時がたつごとに重みが増す。
高鳴る胸に思いを乗せて
悲しみにおぼれてる君を包んで
何もない僕
見つけた光
守りたい
助けたい
明日を未来を。♩
時間は流れ
私も年を取る。
近い明日に
誰がいるのでしょう?
ボクは何を手に入れただろう?
君に何を送れただろうか?
幸せな日々が過ぎるたび
明日が怖くなるけれど、
嵐が来ても私がいるよ。
絶対に一人じゃない、
さあ前を向いて。
漂う雲は風に吹かれて
雨の日の悲しみもきっと晴れる。
晴れた空の下、
走り続けて
今、
君のことを思う。
あの日で会えたこと
共に過ごせたこと
その全てに…
ありがとう。♪
ありがとう。🎵」
歌い終わって恥ずかしいので突っ伏した。もう立てない。メンタルHP略してMPはもうゼロだ。旭はというと先ほどと同じように拍手して喝采している。
「…。」
「…。」
「…。」
「なんか言えよ。」
「ああごめん。いやあ、ちょっと聞きほれちゃった。」
「世辞はいらん。」
「違うよ。本当に聞きほれたんだって。なんていうか、いい歌だね。」
「そうか?なんだか言葉が軽くて俺は好かん。」
「自分で作ったのに?」
「自分で作ったからだよ。」
「ふーん。そっか。でも、ボクはすごく気に入った。千明君の新しい一面が見られてうれしかったよ。」
「これだけ恥ずかしい思いしたんだ。約束はたがえるなよ。せいぜい苦しみやがれ。」
「まあボクは天才だから、歌の十曲や二十曲くらい軽ーく完璧に歌っちゃうから安心しなよ!」
「はいはい頑張れ頑張れ。」
「ちゃんとできたら褒めて褒めて!」
「犬かお前は。」
でもまあ久しぶりに大声出して歌ったせいか、ちょっとだけ気分が晴れた。何かと暗い気持ちになりがちな今日この頃、またどこかで歌ってみるのもいいかもしれない。だがどちらかというとストレス源除去を目指したいものだ。それができたら苦労はないのだけど。
「…。」
「どうしたの?」
「いや、別に。」
こいつらが普通の人生送れてたらな…。
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