閑話「ジュリーとサラとジューンと」

 ゴシック建築のような巨大な屋敷の一室、西洋的な気品に満ちるその場所で彼はペンを走らせていた。燃え尽きたような灰髪に赤い瞳を携えた少年らしき男だ。残念ながらもう少年と言っていい年齢にはないのだけれど。そこにまだティーンエイジャーとも言えない幼い少女がやってきた。

「ジュリー!」

「おっと、いきなり抱き着くなよサラ。描き損じたら大変なんだから。」

「何かいてるのー?」

 サラと呼ばれた少女は彼の手先にあるものを覗き込む。そこには二人の女性の絵が描いてあった。

「あ、これジューンだ!ジューンだよね?」

「そうだよ。結構うまく描けてるだろう?」

「…むー、そうだね!ふんっ!」

「なんだ?」

「なんでほかの女の子書いてるのー!」

 サラはジュリーの頭をわしづかみにして大きく振った。

「別にいいだろ?数少ない趣味なんだよ。一応言っておくけど、女性だけ書いているわけでもないからな。まあ周りに女性が多いせいで描く対象も偏っているけどさ。サラの絵もあるぞ?」

「本当!?」

 こういう時嫌がられるものではないかと彼はこの趣味を公表はしていなかったのだが、まさか喜ばれるとは毛ほども思っていなかった。サラはきらきらと目を輝かせて歓喜の声を上げている。そして見せて見せてとせがんだ。

「…下手でも文句言うなよ。」

「うん!」

 ジュリーはぺらぺらとスケッチブックのページをめくりサラの書いてあるところを開いた。漫画チックな絵だが、それはサラの特徴をよくとらえている。青みがかった黒の短髪に長袖のジャケットとショートパンツを身に着けた活発そうな少女だ。そして、こちらから見て右目の八つに裂けた特異な瞳がとても印象的である。

「…ねえジュリー。」

「なんだ?」

「私の目って変?」

 サラは彼の顔を覗き込んだ。ジュリーはふっと微笑むと彼女の右頬を撫でていった。

「確かに変だな。俺はこんな瞳を今まで見たことはない。」

「そうだよね…。」

「だけど別にそれが悪いというわけではない。俺が今まであった人間のだれも持っていないお前の目は、別にお前のかわいらしさを損なうものじゃないからな。」

 ジュリーは彼女のしっかりと見つめてまた微笑んだ。

「だから変という言葉はふさわしくはないだろう。サラの瞳は誰も持っていない『特別』なんだ。」

「特別?」

「そう超特別だ。とても魅力的だよ。」

「そっか!ありがとジュリー!」

 サラは彼に再度抱き着き思いっきり抱きしめた。サラが満足そうに頬づりをしていると、バンっと勢い良く部屋の扉が開いた。

「あら駄犬。やけにおとなしいから自慰にでもふけっていたのかと思ったわ。」

「そう思うならもう少し自重して入ってきてくれませんか?ノックぐらいしましょうよ。」

「あ、ジューンだ。」

 入ってきたのは白いショートカットに空色の瞳を携え適当にメイド服をだらしなく着こなした女性だ。彼女はサラを見ると頬を緩ませていった。

「あらサラ、こんなけだものの部屋にいたらすぐに襲われてしまうわよ。私の部屋で朝まで過ごした方がいいわ。」

「いや。」

「つれないわね。まあいいわ。時間はたくさんあるもの。」

「…それでいかがしましたか?」

「モモセが貴方を呼んでいたのよ。サボっていないで仕事をしなさい。」

「俺は普通に休憩時間を過ごしていただけなんですがね。いつもメイドの仕事をしていないのはジューンさんじゃないですか。」

「聞こえないわ。…で、何をしていたのかしら?サラを抱いていたのなら私にもおこぼれを頂戴。」

「間違ってはいないですけど、違います。普通に絵をかいていただけです。サラが見に来たので見せていたんですよ。」

「ジューンの絵もあるよ。」

「あらそうなの、見せてみなさいな。」

 ジューンはスケッチブックを手に取るとぱらぱらとめくった。

「これはエリザベート様、でこっちはモモセね。それでこれがサラ、…あら、結構うまく描けているじゃない。」

「それはどうも。」

「さすが日ごろ私たちをいやらしい目で舐めまわしているだけあるわ。」

「いやらしいものは描いていないはずですがね。」

 ジュリーは椅子から立ち上がるとサラを下ろした。

「では俺はモモセさんの手伝いに行ってきますね。サラ、また後でな。」

「はーい。」

「ねえ貴方。」

 部屋を出ようとするとジューンがまた声をかけてきた。

「なんですか?」

「私の隣に書いてあるこのかわいこちゃんは一体誰かしら?」

 ジュリーはその質問にまた笑った。

「それはもちろんあなたの知っている方ですよ。」

「そう。なら、きっといつか会えるわね。」

 

 ジュリーが出て行った後、ジューンはスケッチブックを棚に戻し暇そうにしているサラを抱きしめた。

「ぬー…。」

「さてサラ、まだ夕食まで時間もあることだし勉強を進めるわよ。」

「えー。」

「あの男の教える分も終わらせてしまいましょう。きっと仕事がなくなって悔しがるわ。」

「…そしたらジュリーと遊ぶ時間が増える?」

「そうね。頑張った分増えるわ。」

「…わかった。」

「でももう少しこの天国を満喫してからね。」

「はいはい。」

 サラは彼女が言い出したら聞かないことはわかっているので諦めて抱きしめられる。しばらくしてふいに疑問に思ったことを聞いてみる。

「ねえジューン。ジューンの絵の隣にいた女の子って誰なの?」

 まだ未完成でしっかりとはわからないが、この屋敷にいる誰でもないことはわかった。

「そうね、まあ私も直接の面識はないから誰とも言えないわね。でもそうね、ひとつだけ忠告してあげるわ。」

「忠告?」


「あの男に惚れるなら注意しなさい。本当に困るくらいあれは気が多いから。」



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