第38話「人間嫌い」
「っていうことで満足か?」
「んー五点。」
「なんでだよ。」
久しぶりに仕入れた「不思議なもの」の報告を終えたのだが、また彼女は不満足らしい。持ってくる話が殆どグロイというんは確かにそうだが、五点はないだろう何点満点か知らないけど。
「友達とせっかく話したんならもっと会話を広げようよ。もったいない。」
「饅頭からどう話し広げろっていうんだよ。「饅頭って丸いね。」「饅頭って癒されるね。」「饅頭うまうま。」「…饅頭…粒あん…神なり。」とかしか広がんないよあいつとは。」
「…それって千明君が言うんじゃないんだよね?その人いったいどれだけ饅頭好きなの?」
「知らんが、俺が知っている奴の中では一番信仰しているな。あいつが饅頭の世界に行ったら発狂して死ぬんじゃないか?うれしすぎて。」
「類は友を呼ぶっていうけど、やっぱり君の周りには変な奴が集まるのかもね。」
「俺はまともだっつうの。あんな異常な執着とかもってないから。」
「えー、旭ちゃんにずっとメロメロじゃないですかー♡」
「…けえるわ。」
「ちょっと待ってよー!」
まあ旭の冗談は置いておいて、大林の場合は戦車と饅頭、ラノベなわけだがあれほど何かに熱中できるというのはすごいことだろう。俺も色々やっている日課はあるけれどあそこまでのめりこめる物は持っていない。
「話がそれたが、別にわざわざ話さないといけないわけでもないだろう。丁度いいんだよこのくらいが。」
「そうかな?ボクだったらもっと話したいけど。」
「それは個人差だ。」
「千明君が人間嫌いの気が強いってこと?」
「なぜそうなる?」
「僕に友達を作れ―とか言われるといやそうにするし、基本的に人間が嫌いだからボクみたいな美少女としか話そうとしないのかなって思ってさ。」
「一応言っとくが顔がきれいだからって俺はわざわざ話そうとは思わないぞ。」
別に人間=嫌い、というわけではない。だが、今までかかわってきた人間の半分くらいは確かに好きではなかったし、そのまた半分は嫌っていたと思う。
「多人数でいるのは嫌いなんだよ。俺は日本人しか知らないが、奴らは多人数になるといきなり傲慢になる。多人数で弱者だから俺たちの意見を聞かない奴らは悪なんだと、理不尽な存在になることがある。そうなった集団に誇りはない、矜持はない。そんな人間に属そうなぞと俺は思わない。」
「別に友達を作ったってそうなるってわけじゃないだろう?」
「無理に増やす必要はないってことだ。俺は本当に信頼できるやつが二、三人でもいりゃいいんだよ。道を誤ったら正してくれるくらいの奴じゃなきゃ話にならない。本当に信頼できない友人なんてゴミみたいなものだろう?」
「そっか、君はそういう捻くれたやつだったね。」
「俺ほどピュアな男はそうそういないと思うぞ?なんせ妥協しようとしないから汚れない、結局ボッチだから交じりもしない。つまりピュアだ。」
「あはは、それ只の頑固なボッチじゃん!」
「へいへい。そりゃ皆俺に都合いいやつだったらそんなことにもならんのだろうけどね。やっぱりそれも気持ちが悪いし、このくらいがちょうどいい。」
「そーだね。ボクみたいな君に都合のいい女は重宝してこそ意味があるものね。」
「しない。」
「またまたー。」
確かにどんなくだらない話でもしっかりと聞いてくれる彼女は俺にとって都合がいい存在かもしれない。まあそれ以外にやることがなくて暇つぶしとしか思ってはいないだろうけど。
「そういやお前の都合の悪い人間、前に行ってたいやな奴ってどんな奴なんだ?」
ふと疑問に思ったことをぶつけてみた。すると旭は珍しく渋い顔をして、わざとらしくため息をついた。初めて見る表情に少しだけ加虐心がそそられてしまう。
「まったく、乙女のデリケートな部分に触れようとは君もデリカシーがないなー。」
「生憎なくても今まで生きてこれたからな。別に嫌ならいいよ。」
「ま、別にいいけどね。又千明君にも恥ずかしい話聞いてやるさ。」
すると旭は横になって床に寝そべった。
「…嫌な奴っていうのはね、ボクのお母さんのことなんだ。」
「?お前母親いたんだ。」
「そりゃいるさ。ボクは小さいころからそのお母さんに会う機会は何度もあったんだけどね、いつも嫌味ばかり言うんだ。『なんでお前みたいなやつがこの世にいるんだ。』『気持ち悪い。』『消えろ。』って。ボクは生まれようと思って生まれてきたわけじゃないのにそんな言い草ないだろ?彼女がボクを嫌う度、ボクは彼女が嫌いになっていった。」
お前なんか生まなきゃよかったそういう発言をする親は結構いるらしい。生むと決めたのは自分であるはずなのに勝手なことだ。確かにそんな悪意を向けられ続けて好きでいられるはずもない。
「なのに今でも時折顔を見せるんだ。そして嫌味を言って帰っていく。前なんて『やっと死んでくれてせいせいする。もう二度と生まれてこないでね。』だってさ。ボクもかっとなっていろいろ罵詈雑言を吐いてしまった。」
「なるほどな。ひどい話だ。」
そういえばそうなのだ。旭たちは誰かによって生まれさせられた。そして実験台となって、外を知らないまま殺されていく。自分の子供だから何をしてもいいという儒教的な考え方に俺は一種の怒りを覚える。ましてや会うたびに自らの子供にそんな暴言を吐いて何が楽しいのだろう。本当に嫌いならば無関心を貫けばいいものを。
「俺は、お前が生まれてきてよかったと思っているよ。誰が何と言おうと俺は。……こうしてお前と出会って、話して…不満はあるが、少なくとも後悔はしていない。」
「ふふっ、それはプロボーズかな?千明君もついにボクの美しさを認めちゃった?」
「ばーか。俺がプロポーズするときは、相手の一生を背負うって決めたときだけだよ。そうじゃなきゃ本物じゃないだろ。」
「そっか、ならプロポーズされた人はきっと幸せだね。」
人の命は軽い。やろうと思えば片手で奪いえるほどに軽いものだ。彼女を生み出した者たちが彼女の存在意義を否定したとしても、俺は認めよう。その時点で彼女はかけがえのない価値あるものになれるのだから。都合がいいやつは数人でも構わない。たった一人でもいれば俺たちは救われるはずだ。救えると思いたい。
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