第36話「花火③」

「よう。」

「やあやあ千明君じゃないか。一昨日ぶりじゃないか。」

「そうだな。」

「昨日は連絡もなかったじゃないか。どうかしたんじゃないか?」

「…もしかしてお前怒ってるのか?」

 昨日は咲の花火イベントのために一日使ってしまってここには来なかった。今日の旭は何というか、いつもより人形然としているいうか、笑っているがいつも以上に目が笑っていない。

「昨日は連絡もなかったじゃないか。どうかしたんじゃないか?」

「繰り返すな、どこの壊れた人形だよ。連絡も何もいつもいつ来るなんて連絡してないだろ。」

 最近は夏休みということもあって毎日決まった時間に来てはいたけれど、そういう約束があったわけではない。そこに何か文句を言われても困る。

「そりゃそうだけどさ、ボクだって怒ることくらいあるさ。何も言わずにいきなり来なくなったら…もう来ないかもって思うじゃないですか…。」

「悪かったよ。昨日はいろいろ用事があってな。」

「へー、どーせ咲ちゃんとイチャイチャしてたんだろう?ボクのことなんてほっておいてさー。」

 こいつこんなすねるキャラだっけ?まあ昨日咲といたのは事実なので何とも反論しづらいのだが。

「まあ気分が悪いならこれやっても意味がないな。持って帰るか。」

「?何それ?」

 俺の手にはビニール袋が下げられている。彼女には中身が見えない。

「さあ?つまらん愚痴を吐いてる奴にはいらんものさ。」

「…見せて。そしたら考えるから。」

 仕方がないので中身を見せてやる。

「あ、あああああああ!!!」

 旭がものすごく興奮している。変態的な意味じゃないよ多分。ただこいつが喜ぶだろうと思って持ってきたのだ。

「は、花火!?」

「そーだよ。」

 持ってきたのは大量の手持ち花火とその他もろもろだ。昨日鶴田さんと相談して咲のための花火イベントができたわけだが、実はもう一人にもお願いしていたのだ。

「工藤先生が火災報知器切ってくれるっていうからさ。あとで掃除しなきゃいけないけどそれならここでやっていいってさ。」

 屋内で花火など前代未聞だろうが、ここは換気扇もしっかりついているし燃えるようなものもない。報知器さえなければ花火もできるだろうと思ったのだ。こっちも簡単に許してもらえて俺もびっくりなのである。

「ほっほほほほほ本物!?本物の花火なのかい!?」

「そうだよ。」

 こいつ興奮しすぎだろ。そんなに見てみたかったんだ。まあ良かったかな。

「で、気分のすぐれない奴にこれはいらんかと思うのだがどうだ?」

「すこぶる快調です!花火!はっなっび!」

 速攻で機嫌が直りやがった。まあずっとぶすっとされていたらこちらも企画のし甲斐がないからな。できれば楽しんでもらいたい。

「なら、まずはこれからやろうか。」

 そういって取り出したのは黒いタブレット状の花火だった。旭は首をかしげる。

「何それ?マグネット?」

「これは蛇花火っていうんだよ。まあ地味ではあるけど見てて面白いんだ。」

 床に蛇花火を設置する。

「じゃ、火をつけるぞ。」

「はーい。」

 火をつけると煙を放ちながら黒い物体が大量に生成され、蛇のように伸びていく。

「おー、なるほど。」

「終わりだ。」

 黒い蛇の残骸が残り終わり。何とも地味だがなんとなく見入ってしまう。それが蛇花火だ。

「すごいね。あのちっちゃい花火からこんなになんか変な物体が…なんていうかうん〇みたいだね。」

「淑女がはしたないこと言うな。」

 まあ確かに見えなくはないのだがそれを言うと途端に下品に思えてしまう。蛇だから。超蛇だから。

「あと二つあるけどどうする?」

「やる。」

 しばらく二人で見入っていた。無言で見てしまうのは仕方がない。


「じゃあ次はこれだ。ねずみ花火。」

「ねずみ花火?また珍妙な。」

 次に取り出したのは輪っかのような曲線を描いたカラフルな物体である。

「結構一般的な家庭用花火だけどな。今じゃあんまりやる人いなのかもしれない。まあ俺は他人のことなんて全然知らないからわからないけど。」

「あ、あれでしょ。ねずみみたいにチューチュー音が出るみたいな。」

「さてどうだろうな。やってみたほうが早いだろ。」

 ということでねずみ花火に火をつける。そのまま床に放置すると煙と火の粉を発し、その後ネズミのように走り出した。

「おっと。」

 足元にネズミが来たのでとっさによける。そしてひとしきりネズミは走り終わるとパンっと音を出して破裂した。

「わっ!驚いた。」

「ねずみだろう?」

「うん。すっごくおもしろかった。」

「あと十一個ある。」

「一気につけてみようよ。絶対面白い。」

「よし。」

 ということで十一個をまとめて並べ火をつけてみた。十一匹ののネズミが床中を駆け回り、大変になったことは言うまでもない。

「うへえ、ここの換気設備がよくなきゃこんなことできないな。煙すぎる。」

「そしたらスモーク千明君だ。でも花火から逃げ回る千明君面白かったね。」

「花火を楽しめ花火を。…次からは本当に花火っぽいやつだ。」


 そういって取り出したのは針金に小さな綿が付いたものである。

「この綿に備え付けられている薬品を浸して、これで火をつける。少し部屋暗くするな。」

「じゃあこっちもそうするねー。」

「…へえ、出来るんだ。」

「そのぐらいの自由はあるのですよ。トイレのときとか真っ暗にしてる。」

「なんていうか大変だな色々と…。」

 綿に火をつける。すると緑色の炎が彷徨う魂のように闇から現れた。針金のおかげで上下することで人魂感が出ている。

「これは…銅の炎色反応だね!」

「成分表は見てないけどそうかもな。」

「ストロンチウムは深赤、カルシウムはオレンジ、ナトリウムは黄色、カリウムは赤紫、バリウムは黄緑。」

「マグネシウムとベリリウムは反応しない。」

「「化学基礎!」」

「そういえばルビジウムとセシウム、フランシウムとラジウムは?」

「知らん。」


 色々変な花火をやったが品切れなのであとは咲ともやった普通の手持ち花火と噴出花火だ。

「さあ本命だ。やるぞ。」

「はーい。」

 手持ち花火に火を灯した。それと最近知った話だが、手持ち花火についている花びら紙と呼ばれるビラビラした紙は点火用のものではないらしい。花火を保護することが目的のようで点火する際はこれを引きちぎってから火をつけるのが正しいらしい。無言で鮮やかに輝く光の雨を眺める。

「…。」

 旭は花火を眺めていた。彼女は今何を考えているのだろうか、いや、きっと無心だろう。ならば何を感じているのか。最初にあった日から俺はそれがわからないのだ。喜んでいる?楽しんでいる?落胆している?悲しんでいる?わからない。複数の画像を並べると無意識のうちにその二つを関連付けてしまうクレショフ効果なんていうものがあるけれど、この花火という一見楽しいような場面と結びつけてもどうしてか彼女が楽しんでいるように思えないのだ。それはもしかしたら彼女の運命を知ってしまっているからかもしれない。どうもこのままでいるのはつらかった。

「必殺マジカルシャワー!」

「ぶふっ!」

 適当に花火をまわしながら鶴田さんの最終奥義を発動してみた。

「え?何それ…くふっ…必殺?マジカル…くふふ。」

「ある人がやってた必殺技だな。」

「なんで千明君がやってるのさ?ちょっと待ってツボにはまった…あはははは!」

 まさかの効果覿面だった。いや、この後どうしようかとか何も考えてないんだけど、どうしよう。

「千明君。もう一回。…もう一回やって…あはははは。」

「やらない。」

 少し緊張が解けたのでもう一本使おうとしたその時、

ブーブーブー!

 けたたましくサイレンが鳴り響いた。そして

ザーーー!

 防火装置が作動したのか天井から大量の水のシャワーが降ってきた。もちろん俺はその水をばっちり受けてしまった。そしてしばらくするとシャワーは停止した。

「…」

「…」

「…」

「あははははは!びっしょり!びっしょりじゃないか千明君!」

「おまえな、めんどくさいカースト上位の女子軍団じゃないんだからこんなことでいちいち笑うなっつうの。」

「だって、さっきまで大丈夫だったのにいきなり…大丈夫、水も滴るいい男っていうだろう?」

「やかましいわ。」

 それにしても、確かに工藤先生に頼んで防火装置は切ってもらってたはずだ。誰かがつけたのか…これやばいかな…。すると桑田先生が血相を変えて走ってきた。

「!?」

「…どうも。」

「な、何をやっているんだ!」

 やっぱり怒られた。まあそうなるか。病院の中で花火やっているとか普通おかしいし。

「えーと、一応工藤先生に許可をもらって、旭に花火を見せようとしてたんですよ。」

「許可だって?」

「ええ。」

「…。」

 桑田先生は頭を押さえて考え込んでいる。当然といえば当然なのだが、俺は悪くないはずなので待ってよう。

「…もしかして、火災報知機が切れていたのはそれでなのか…。」

「ということは、付けたのは桑田先生でしたか。」

っていうか遠隔操作式だったんだ。

「…。」

「…。」

「すみませんでした。」

「いやいやいや!謝らないでくださいよ!ほら、ふつう切れてたら付けますよ大事!報知器超大事!」

 九十度通り越して百二十度ぐらい曲がったお辞儀をされて動揺しないわけがない。この部屋の担当とかってどうなっているのかは知らないけれど、ホウレンソウぐらいちゃんとやってもらいたいものだ。幸いまだビニールに入っている花火は無事そうだ。続けはられそうだが、

「桑田先生、もしかして今休憩時間ですか?」

「…うん。それでこっちの棟に来たんだ。」

「それでしたら、桑田先生もやりませんか?花火。ちょっとこの量一人で消費するのは大分大変なんですよ。同時にたくさんつけたほうが見栄えもいいですし。」

「あ、いいね!ボクもそれがいいと思います!」

「まあ少しけむ臭くなってしまうかもしれないですけど、こういう経験はなかなかできないと思いますよ?屋内でそれも病院の中での花火ですよ?いかがでしょうか?」

 桑田先生は少し考える仕草の後、ゆっくりとうなずいた。

「わかった。なら僕も一緒にやらせてもらうよ。」

「わーいわーい!」

 旭がわざとらしく飛び跳ね喜ぶ姿に少々イラっとしつつも桑田先生に報知器を切ってもらい、花火を渡した。

「じゃあ、花火を付けたらボクのまねして!必殺、マジカルシャワー!」

「必殺、マジカルシャワー!」

「やるんですか!?」

 桑田先生は旭の無茶な悪乗りにも気前良く付き合ってくれていた。大人の余裕とでもいうのだろうか、俺なら絶対にやらないことも器用にこなしている。

「リルルん♪リルルん♪マジカルビーム!」

「リルルん♪リルルん♪マジカルビーム!」

「…すげー。」

 もう花火そっちのけで俺まで観客になってしまっていた。どこの魔法少女のまねか知らないが、正直ものすごくポーズが決まっている。見よう見まねでこなす桑田先生すごい。それしか言えない。前までのコミュ障どこ行ったんだろう?

「さすがのイケメンだよね!千明君も見習うように!」

「無理。絶対無理。」

「そんなことないよ!世界に光を!輝けラヴリーバスター!」

「いや、やんないから。」

「えーやってよおおおお!」

「やかましいつううの!」

「ぷっ!あははは!」

 俺と旭がやり取りしていると、急に桑田先生が笑い出した。

「え?どうしたんですか?」

「あ、いや、旭さんがこんなに生き生きしているところ初めて見たからさ。本当に仲いいんだね。こっちまで楽しくなってしまって。」

「大体いつもこんなですよ?」

 別に仲がいいというわけではないと思うが、だって話し相手がいないだけで旭ならだれとでもある程度仲良く話せるだろうし。コミュ力高いから。

「そーですよ!旭ちゃんはいつでも輝く太陽のような存在なんですから、いつだって生き生きしてるんです!」

「うん、ごめんごめん。じゃあ次はどんな必殺技をすればいいかな?」

「えーと、じゃあ次は…」

 俺は二人が戯れる様子をつにもたれかかりながら眺めた。まるで親子のようにまるで友人のようにまるで恋人のように彼彼女らは笑顔で戯れる。なんとなくこれが正しい花火イベントのように思えた。思いっきり笑って鑑賞して遊んで、どれも花火の正しい使い方だと思う。旭の仮面の違和感は今はない。最初であった二人とはかけ離れたその笑顔に俺は少しうれしく、そして激しく落胆した。


 やっぱり、俺などここには必要ないじゃないか。


 だけどもう少しだけこの一場面を眺めていたい。

 

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