第35話「花火②」
「っ!」
急に背後で鶴田さんが動いた。俺は何となくその状況を察知している。母が来たのだ。急いで鶴田さんはベッドから降りようと転げ落ちた。
「わっ大丈夫ですか?」
「だだっだだだだっ大丈夫ですはい!」
超動揺してる。それもそのはずだ。母はすでに数分前からここに来ていたのだから。どうやら鶴田さんは本当に寝落ちしてしまっていたらしい。俺はさっき一度寝ていたこともあって足音にすぐ気づいたが、鶴田さんは知らないうちに患者と男子高校生とともにベッドでグースカ寝ている醜態をさらしたわけである。
「えええええっとこれはそのののの!」
動揺しすぎだろ…。まあある意味犯罪者とも言えなくはない。性別が逆であったらすぐに通報ものだ。まあこの世は暗黙の女尊男卑の世界だからそんなことにはならないだろうけど。時計を見るともういい時間だった。外ももう暗くなり始めている。寝すぎといっても過言ではないだろう。
「咲ー。そろそろ起きろー。」
「…あと五分。」
ラノベのテンプレ発言いただきました。仕方がない。待ってやろうじゃないか。二人の方を見てみると鶴田さんが必死に弁明していた。まあ黒なのは明らかなんですけどね。ほとんどこちらにもたれかかっている咲を抱き上げ体を起こす。これだけ密着していたらもうこのくらい構わないだろう。母もなんかにこにこしてるし。
「…。」
手持無沙汰なので咲の頭を撫でてみる。やわらかい髪質だ。そしておさまりのいい彼女の体は本当に抱き枕として愛用したいくらいだ。それにしてもずっと顔をこちらの胸にうずめているが息苦しくはないのだろうか?
「咲ちゃんまだお眠?」
母が咲を覗き込んだ。
「いやほぼ起きてるけどなんかまだこうしてる。そういえば、夕飯どうする?花火するのは七時くらいって話だけど。」
「コンビニで買ってきたよ。おにぎりとかつ丼と麻婆豆腐買ってきた。」
「ふいふい。ありがと。」
「…ご飯?」
「お、起きたか。」
「ん。」
やっと離れたかと思うと今度はこちらを背に座ってきおった。
「こんばんわ咲ちゃん。」
「奈美さん。こんばんわ。」
ちなみに奈美とは母の名前だ。起きてるかと思ったけどまだ咲はポーっとしている。
「咲ちゃん、夕飯もらってきたからみんなで食べよっか。」
いつの間にか鶴田さんが咲の分の病院食をもらってきていた。寝ぼける咲を鶴田さんに渡すことで、やっとベッドから解放されるのだった。
夕食をみんなでとった後、裏庭に出た。病院と森の板挟みにあっている場所でいい感じに暗く、広く、花火にはうってつけだった。
「じゃあ咲ちゃんこれ持って。」
鶴田さんが咲に手持ち花火を持たせてやり方を説明している。その間にろうそく二つに火をつけ準備を終えた。咲たちが花火に火をつけに来る。
「こう?」
「そうそう。火が付いたら人に向けないように注意ね。」
咲の持っている花火に火がともる。すると過ぎに黄色が主な光がはじけた。
「おお!」
初めての花火だというがすごく喜んでいるようだ。穴が開きそうなほどずっと凝視している。ということで俺たちも各々自分の花火に火をつけた。いろいろな色の花火がその姿を現す。その光は長くは持たないがわびさびを感じる趣のある美しさだ。
「ねえねえ!これ見て!」
そういって声の方向に目を向けると、鶴田さんが場所を広く取って二本の火のついた花火を持ちまわるように踊りだした。
「必殺マジカルシャワー!」
鶴田さんが回るたびに零れ落ちる二色の光がまじりあい綺麗な光の雨を生み出していた。それにしても距離を十分にとっているし配慮はしているのだろうがこの人小学生か!
「きれいだとは思いますけど、危ないことを咲に教えないでくれます?」
「マジカル…マジカルシャワー…ぶふっ!」
感嘆するより咲は鶴田さんのキメ台詞がツボに入ったらしい。口を押えて笑いをこらえてる。こらえきれてないけど。母というと大人に対してのせいかなんとも言えない顔をしている。
「…すみませんでした。」
とぼとぼと花火が消えて戻ってくる鶴田さんが若干可哀そうになった。その後もみんなで手持ち花火を楽しんでいると咲がこちらに来た。
「綺麗だね。」
「そうだろ?なんせ純国産のお高いやつだからな。」
「ん。ありがと千明。」
「おう。」
すると咲がこちらにもたれかかってきた。花火は消えたので危なくはないがちょっとびっくりした。
「たまにまたこうしていい?千明の匂い…安心する。」
「別に拒みゃしないよ。」
「ん。」
「(*^-^*)」
「(*^▽^*)」
咲はしばらくそのままこちらにもたれかかっていた。とてもかわいらしかったがその他二人がすごくニコニコしていてちょっとイラっとした。
手持ち花火がなくなると地面において使う噴出花火を用意することにした。説明が難しいが、噴水の花火版を想像してくれればいいだろう。十センチ四方ぐらいの箱から一メートルくらいの炎の噴水が勢いよく噴き出す。時間がたつごとに少しずつ音を、色を変えて俺たちの目を楽しませてくれるのだ。
「やっぱり夏は花火だよね!」
「まあ俺の場合はスイカですかね。花火じゃ腹は膨れませんし。」
「でも心がいっぱいになったよ。私からもありがとう千明君。咲ちゃんとこうして花火が見れるなんて少し前までは思いもしなかったから。本当にうれしいんだ。」
こうしてみてみると鶴田さんは結構な美人、というか咲や旭に匹敵するレベルである。あまりクラスメイトに美少女がいなかったりいても話さなかった気がする俺はその微笑みだけで結構ドキッとしてしまった。
「千明、花火終わっちゃうからちゃんと見る!」
そのままボーっとしていると立つことにつかれたらしく車いすに座った咲に腕を引っ張られた。花火は確かに最期らしく盛大に輝いていた。なぜか炎は終わるときにひときわ輝くものなのだ。
「悪い悪い。」
最後が一番美しいのなら最後まで見なければ損だろう。炎が完全に消え去るまでしっかりと見届けた。
「じゃあ最後はこれだよね。」
ということで母が取り出したのは線香花火。うちではこれがいつもの締めくくりだ。一つずつみんなに渡し火をつけた。咲はしゃがみたくないようなので車いすの横から花火を垂らしている。
「咲ちゃん、じっとしてなきゃだめだよ。これからできる火の玉が消えるまでじっとしてないと落ちちゃうから。」
「ん。」
線香花火の着火した部分は徐々に丸まっていき真っ赤な球を形成した。しばらくしてぱちぱちと音を立てながら火花が散りだしまさに花火らしくなった。無言でじっとその花火を眺める。その時間は咲といつも二人で過ごす小説の時間と同じような心地よさがあった。よく考えてみると今まで他人と過ごす花火というのは花火で「遊ぶ」ことはしたけれど「鑑賞」してはなかった。こうして風情のあるものを誰かと共有するのは一種の意思疎通なのかもしれない。だから言葉がなくてもこんなに穏やかな気持ちになるのだろう。
「あ。」
考えるという雑念が入っていたせいかポトっと火球が地面に落下してしまった。それに対して鶴田さんが笑う。
「あーあ落としちゃった♪あ。」
雑念が入ったせいだろう。鶴田さんも同じように火の玉が落ちてしまった。
「鶴田さんも人のこと言えませんね。」
「ま、まあまだ咲ちゃんたちが残っているし…。」
ということで咲の線香花火を見てみる。すごく手がプルプルしている。
「…手が疲れた。あ。」
そうだこの子もやしっ子だった。ずっと同じ体勢をしていることがきつくなってしまったのだろう。やっぱり落としてしまった。
「あとは母ちゃんだけか。」
最後に残った母の花火をみんなで凝視した。内心落とせ落とせと思ったが母は微動だにせず、最後の最後まで線香花火を堪能した。
「「おおー。」」
二人が感嘆の声を上げる。畜生、最初に落としてしまうとは情けない。だけどとても綺麗だった。
ということで花火は終わりだ。
「じゃ、片づけるか。」
「うん!」
「?千明も花火持ってきてたけど、あれはしないの?」
片付けようと花火の入ったバケツを持とうとすると咲がそう声をかけてきた。
「あ、そういえばいくつか持ってきてたね。」
「あーそれですけどね、よくよく考えてみると結構音が大きいのでいいのかなーと怖気づきまして。」
「チー、そんなの持ってきてたの?」
買ってきたのはお手軽な打ち上げ花火とロケット花火。うちではあんまりこういうのは買わないが特にロケット花火は打つのが楽しいので毎年勝手に買っては遊んでいたのだ。ただここは病院の敷地なのでさすがにヤバイと花火を始めてから思った。
「打ち上げ花火はいいと思うな。せっかくだしやろうよー。」
「いいんですか?」
「今までのだって結構音大きかったし誤差だよ誤差。」
「まあいいならいいんですけど。」
ということでまずはロケット花火を取り出し瓶に設置する。
「それじゃいきますよ。」
導火線に火をつけるとじゅーっと音を立てながら導火線が燃えていき、本体に火がともった。プシュッとロケットが発射され空に飛び出したかと思うとパンと大きな音を立てて爆発した。
「おお!」
咲が歓喜の声を上げた。こういう花火はどちらかというと男の方が喜ぶ代物なのだが、意外だ。
「わ、私もやってみたい。」
「いいけど気をつけろよ。」
「ん。」
「じゃあまずは私とやってみよっか。」
咲は車いすから降りて瓶に花火を設置する。ちなみにだがうちでやるときは瓶など持ってこずに土を盛り上げて発射台を作っていた。鶴田さんと一緒に火をつけると先ほどと同じようにロケットが空高く飛び上がり爆発した。
「「おおー!」」
まるで姉妹かのように同じ反応をする二人。こう評判がいいと買ってきて本当に良かったと思う。それから残り三発咲に発射されてしまった。
「ふう。」
やり切ったと達成感に浸っている咲。無言でロケットの発射作業を進める彼女の姿には一種の職人じみたものがあった。なんというか…すごかった。これ一つで判断するのは難しいかもしれないが、彼女はどちらかというと少年漫画のようなものの方が好きなタイプかもしれない。これから持ってくるラノベも少しその方向で考えてみよう。
「じゃあ本当の最後でこれを使いましょうか。」
簡易型打ち上げ花火を設置する。予算の都合上一個しか買わなかったがこれだけで花火を五発も打ち上げるというのだから別に構わないだろう。火をつける。
「…。」
「…。」
「…。」
「…あれ…出てこないね。」
「そーですね。」
「一回ちゃんと点火してるか見てみよっか?」
「危ないのでもう少し待ちましょう。」
「はーい。」
それからもう少し待つと、筒から光が飛び出した。ひゅーんっと音を立てて空え舞い上がり、大きな火の花が開いた。まさに花火だ。
「おー。」
「たっまや―!」
「…かっぎやー。」
鶴田さんがなんか叫んだので便乗してみる。
「たまや?かぎやって何?」
「花火を発展させた昔の人たちの屋号だよ。屋号っていうのは一族とかに着けられる称号みたいなものね。」
「へー。」
パンっ!また花火が打ちあがる。
「たっまや―!」
「…たっまやー。」
「…。」
「やらなくていいの?」
無言でいると母が訊いてくる。
「別に一回やったらいいでしょ。むしろこの時代にもこんな掛け声するの?」
正直ド〇フの漫才ぐらいでしかこんなのきかないと思う。
「場所によりけりじゃない?」
「そうなんだ。」
うちは花火大会に行くことはないのでよくわからない。っていうか何のためにやるんだろう?多分これはたまやもかぎやも関係ない気がするんですが…。
「…千明もやる!」
いきなり咲に袖を引っ張られた。別にやっても仕方ないと思うのだが、こういうおは日本人特有の空気読んで場に流された方がいいのか。
パン!
「「たーっまやー!」」
「がーぎやー。」
パン!
「「たーっまやー!」」
「「かーぎやー!」」
パン!
「「たーっまやー!」」
「「かーぎやー!」」
……のどか疲れた。
全ての花火が終わり片付けも終えた。時刻も夜八時を回りもうお開きにもいい時間だろう。
「千明君。本当に今日はありがとう。楽しかったよ。あと、千明君のお母様もありがとうございました。」
鶴田さんが深々とお辞儀をする。
「いえいえ。」
「好きでしたことですから。」
こう何度も感謝されるとむしろ困ってしまう。ほとんど俺は何もしていないのだ。
「千明。すっごく楽しかった。」
咲がそう言って笑った。八重歯をのぞかせながらまるで無邪気でやんちゃな子供のような笑顔で、こちらもつられて頬が上がってしまう。
「ああ、俺も楽しかった。今日はサンキューな。」
「ん!こちらこそありがとう。」
そうして今日は解散した。なるほど、花火とはこういうものか。花より団子とは言うけれど、団子は腹を満たし花は心を満たしてくれる。だが俺からすれば彼女たちの向けてくれた今日の笑顔こそ最も輝いていたと感じた。キザったらしいとは思うがここまで内心喜んでしまうとそれが真実なのだと思う。こんなにも心洗われる行いであるのならまたしようと思った。彼女の病気が完治したら、今度はもっと大きな花火を見に行きたいとそう思った。
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