第34話「花火①」

 本当に許可されるとは思っていなかった。鶴田さんに「夜に咲と花火でも出来たらいいなと思うんですが」と言ってみたらすぐに「なら裏庭でやろっか。許可とってくる―。」ってあっさり。夢が実現したのはいいのだが、余りにも事の運びがよすぎてちょっと怖い。正直敷地内じゃダメって言われそうだから、病院近くの駐車場で手を打ってもらおうと思ってたのだが、まあ駐車場も敷地内なんだけど。ということで今日、花火を買ってきて咲の元へ早めにやってきた。滅茶苦茶暑かったのですでにバテバテである。

「ふいー。」

「お疲れ。」

 椅子を二つ並べて寝転がる。早く来たのには大したことではないが一応理由がある。うちの母も前から咲と仲良くなったのでこの花火イベントも一緒にやるということになったのだが、母は絶対買わないような花火を買ってきたのだ。別に買って怒られるわけではないが自分で買った方が後ろめたさがないものではある。

「ほんと暑いな今世は。地球は温暖化している。」

 ただ少し早く来すぎたかもしれない。まあ咲との小説タイムもあるのでちょうどいいはちょうどいいのだ。

「そんなに暑いんだ。あ、ほんとだ。」

 咲がこちらの首を触ってくる。この冷房病にでもなりそうな天国にいる彼女の手はすごくいい感じにひんやりしていた。

「だろ?咲の手はすっごくいい感じだ。気持ちいい。」

「なら、もう少し冷やしてあげる。」

 そういってわざわざ手の甲をこちらの頬にあててくれた。天国だ。窓一つ隔てただけで天国と地獄が存在している、なんと世界は数奇なものか。

「すごくありがたいが、まだ汗まみれだから汚れるぞ。」

「別にいい。むしろいい匂いするから。」

「そっか、悪い。ちょっと眠いからこのまま寝るな。」

「…いいよ。」

「ありがとさん。」

 急に来た眠気にこの何とも言えない気持ちの良さ、歩きの疲労もあってか瞬く間に意識は心地いい闇の中へと落ちていった。


 ふっと意識が戻り曖昧ながらも覚醒の準備を始める。俺は昔から寝穢いというか起きるまでに結構長い時間をかけてしまうタイプだ。良く軽い二度寝もする。ただこの瞬間に限り少しやばいと感じ覚醒を急いだ。

「あ、起きた?」

 目を開けると目の前に咲の顔があった。それに眠る前のようなパイプ椅子の固い感触がなくなり、自らの下にはやわらかい布団があることを認識する。つまり俺は彼女のベッドに寝ていた。

「???」

 不覚にも赤面してしまった。どういうことだ!?俺に夢遊病の気はなかったはずだが、もしや勝手に動いて咲のベッドにもぐりこんだというのか。やばいこれは事案だ。

「わ、悪い!」

 驚きながら咲から離れようとベッドから降りようと(気が動転してしまってそのまま落ちようとした)したところ背後にも別の感触があった。

「女子二人と同衾ってちょっとエッチだよね。」

 背後からしたのは鶴田さんの声だ。訳が分からなくて言葉にならない。咲も若干顔が赤いがこれはどういうことだ?考えられる可能性としては二つ、俺が実は夢遊病で寝ながらここに潜り込み、そのあと鶴田さんもベッドに入ってきた、もしくは鶴田さんが寝ている男子高校生を軽々持ち上げベッドに移したのち自らももぐりこんだのどちらかだ。どう考えても後者の方が可能性が高い。

「鶴田さん、なぜこんなことを?仕事はどうしたんですか?」

「もちろん今日は休みだよ!せっかくの花火イベントで私だけ仕事なんて嫌だしね。」

「あー、なるほど。」

 俺は夏休みなので関係ないが、花火計画をこの日に設定したのはそういうわけなのか。すると後ろから腕が伸びてきてこちらの腰に回る。

「それでー、どう?安眠できたでしょ?」

 後ろの柔らかい感触に体が硬直した。

「確かに熟睡してましたけど…。」

 ベッドに三人が寝ているこの状況は何なのだ!?近いし恥ずかしい。結構広めのベッドだとは思ってたけど三人乗るレベルとは思わなんだ。

「千明?何してるの?」

「何もしてないから、されてる方だからねこっちは。」

 咲が俺の硬直具合にいぶかしげな反応を示しているがこっちはそれどころじゃない。まだであってせいぜい三か月なのになれなれしいんですけど!?いやとも言えないのでどうしようかすごく悩む。

「咲ちゃんも枕にしてみなよ。千明君結構鍛えてたから触り心地いいよー。今なら何の抵抗もできないし。」

 そういって鶴田さんは腕を抑えてきた。この人本当に力強い。恐らく勝ちうる右腕は体とベッドに挟まれ、その20%筋力がない左腕では本当に抵抗のしようがなかった。

「…ん。」

 そういって咲までこちらに近づき腕をまわしてきた。もうどうしようもない。心臓が破裂しそうだ。元陸上部からすると言いすぎなのはすごくわかっているけどね!

「あ、心臓の音がする。」

「人の心音訊いてると癒されるらしいよー。どんな感じ?」

「すごくバクバクしてる。」

「千明君、女の子に慣れてないからって緊張しすぎだよ。可愛いなあ。」

「緊張…してるんだ。」

 田舎のボッチ系高校一年生が慣れているわけがない。ましてや二人の女性に抱き着かれればこうなるのは当たり前だ。そうだ、念仏を唱えれば心は落ち着くはずだ。仏教徒じゃないけど(俺は神道です)。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、咲も鶴田さんも美人ではあるが歳少なすぎと多すぎの対象外。こんなことされても問題なし問題なし。」×3

「へ―千明君、美人はいいけど、歳多すぎってどういうことかな?」

「…対象外ってどういうこと?」

 やばい、声漏れてた。

「え、いえ別に…ストライクゾーンに入っていなければ緊張の必要はないと言い聞かせていただけで。」

「「は?」」

 心臓バクバクから一気に止まりました。すると冷ややかな声が聞こえてきました。

「ちょっと失礼なんじゃないかな?私たち、そんなに魅力がない?」

「…むー。」

 後ろから凍えるような殺気、目の前から無言のつねり攻撃、気づかぬうちにここは拷問部屋になっていたようだ。

「魅力がないわけではなく…ほら年齢的な話ですよ。鶴田さんは大人すぎますし、咲は子供すぎるというだけで、俺はちょうど中間ですから。」

「世の中には二十、三十歳差での結婚だってある中で何ぬかしてるのかな?咲ちゃんと千明君は二歳差、私とだって七歳差。全然問題ないじゃない。ほらほら!」

「子供すぎるって私は全然子供じゃない。いつも言ってるでしょ?」

 鶴田さんは腕に力を込めて締め上げてくる。咲ももはや跡が残りそうなほど背中をつねる力が強くなる。そのせいで二人とも密着してきていろいろ困る。いや天国とも言い切れなくはないけど、痛いのは嫌です。あと苦しいのも嫌なんです!

「降参します!別に歳の差は関係ありません。お二人とも大層魅力的ですのでほんと色々辛いんです。なのでせめて力緩めてください。」

 歳の差云々の前に女性にこうして抱きしめられるような状況に理性が飛びそうになることは言うまでもない。っていうかそれを回避するための念仏だったんだよ!

「ふーん、じゃあ罰として千明君にはもう少しこうして抱き枕になってもらおうかなー。」

「ん!」

 慣れてきたのかどうか知らないけれど、咲はこちらの胸あたりに顔をうずめてきた。鶴田さんまで体を押し付けるように抱き着いたままなんか寝息が聞こえてきた。

「…どういえばいいかわからんが、腕がしびれるなこれ。」

 下敷きになった右腕が大変しびれてきた。うまく腕を出そうとすると、咲に手を取られた。

「…。」

 勝手に枕にしてきやがった。そしてこちらからも寝息が聞こえ始める。だめだ逃げようがない。

「…二度寝しよ。」

 俺みたいなボッチはこんなことされると本当に自分に気があるのではないかと錯覚してしまうわけだが、現実においてそんな浮いた話は一度もないエリートボッチはその錯覚に飲まれないように頑張るのだ。前に鶴田さんが俺に浮気性の気があるとか言ってたけど、俺の意思関係なしにくっついてきたのだからこれについて俺は絶対に悪くない。だが、腕がしびれる以外は結構心地いいのでもう少し堪能しようと思う。ということで二度寝した。

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