第31話「不思議の探索」

 不思議なものを捜してほしい、旭の最初の願いをかなえるべくちょくちょく俺は不思議なもので何か知っているかと知人に聞いて回っている。俺が通っている長坂学園のクラスメイトにも話を聞くことにした。大林、石田と聞いていったのだが、大林からはドイツ戦車の性能のすばらしさ、石田からは189系の造形美の美しさをとても熱心に説かれた。こいつらもしかして「不思議なもの」=「普通では考えられないくらい素晴らしいもの」という思考回路にでもなっているのだろうか?一つ言えることはどちらも人工物であるので彼女の要求を満たさないのである。さて後頼みの綱は野良君だったのだが、案外面白い話を聞けた。

『不思議なもんかー、トリマ一つネタがあるぞ。』

「何でもいいよ。頼む。」

『二年前くらいだったかネットで話題になってたんだけど、千葉で吸血鬼に襲われたみたいに血が抜かれて死んだ女性が出たって話がある。首に歯形があって、そこから人のDNAが検出されたんだけど、犯人は特定できなかったらしい。』

「ほんとかよそれ、聞いたことないんだけど。」

『なんでも一度はネットに死体の写真まで流出したんだけど、今はほとんど消されてるんよ。警察が隠蔽しようとしたって話もある。』

「ほとんどってことはまだ残ってるってことか?」

『URL送ったるよ。そこに詳しい情報も載ってるし。正直今の世の中本物と偽物って区別つかないけど、ネット民はこれが本物で吸血鬼が本当にいるんじゃないかって思ってるやつも多いぞ。』

「なるほどな。じゃあお願いするよ。」

『うい。違法サイトだからワンクリック詐欺に気を付けて。』

「おー。サンキューな。」


 ということで野良君から送られてきた違法サイトを見てみる。一応ウイルスかかってもいいごみパソコンがあるのでそれで見てみる。「恐怖!現代で起きた千葉の吸血鬼事件!」という見出しで書かれている記事だ。20××年、千葉のある地区で20代女性の変死体が発見された。発見当時女性の血液はほとんどすべて抜かれており、損傷としては首にあった二つの噛まれたのような傷とそして胸の肋骨を破り、心臓がえぐられていたところだという。どうやってかはわからないが、検死の結果、血液の大半は首から抜かれたものだと思われるという。又死因は失血死。つまり何者かが首から女性の血液を抜いて殺害したのち、胸を引き裂いて心臓を取り出し持ち去ったのだという。それだけ大それたことをしでかし、かつ犯人らしきDNAも発見されているにもかかわらず逮捕には至っていない。写真も載っていた。若い女性が胸がえぐられた状態でぐったりと壁に立てかけられながら座っている。胸からの出血はあまりないからか妙に中身がよく見えてしまって気分の悪い写真だ。だがどうしても検死中に撮った写真には見えない。うまく説明できないが、妙に生々しいというか、ついさっき死んだようなそんな死体に見える。さてこれが吸血鬼だといわれる理由だが、まず首の噛み傷は人の犬歯の位置と大体一致しており、さらにDNAも人間のものと酷似しているらしい。そして首の動脈を正確に噛み歯を差し込み、血を抜き取った。まさに吸血鬼だということだ。人の血液量は一般的に4,5リットルだといわれている。まあ仮に血液の重さが水と同じとしても5キロ、もし吸血鬼が飲んだとすれば、大食い選手並みだろう。っていうか水中毒とかにならないのだろうか?または別に飲むことがなかったとすると、犯人が吸血鬼出なかったとすると、この犯行の理由がわからない。人間殺人の動機というのはいろいろありそうだが、殺し方はそう多いものではないだろう。ただ殺すことが目的ならばできる限り手間は惜しむし、発見されたくないなら工夫を凝らすだろう。苦しめて殺すなら血液を抜くというのはどれだけの苦痛なのか俺はよくわからない。どうしてわざわざこんな殺し方をしたのかが説明できないのだ。「食べるため」という吸血鬼犯人説はある意味動機を単純明快にする。だがそれ以降犯行が行われていないことも考えるとそれも少しおかしいのだが。

「うん、まあよくわからん。」

 サイトの画像だけ取って後で旭に送ってやろう。これが不思議なものかどうかはよくわからないが、一つ言えることがある。


 「不思議なもの」=「素晴らしいもの」は間違っている。


「って感じだ。満足か?」

「ええ!?大事件じゃないか!」

 わざわざメールで情報を送ってやったというのに、旭は俺に説明してもらうまで見ないと駄々をこねいちいち概要を説明する羽目になった。その話を聞き終わると彼女は大げさに驚く。

「イヤー恐いなー。でも犯人は誰なんだろ?千明君?千明君?それとも千明君!?」

「俺一択じゃねえかいい加減にしろよ。そんなことするか!」

「だって千明君陰キャだからやりそうだなって。」

「コンにゃろ、もし陰キャがみんなそんな大それたことできる力があるなら陽キャは滅亡するし、この世界は平和だっての。」

 調子に乗りやがって。手刀を食らわせてやりたい衝動を抑えながらも平静さを保つ。こぶしが厚くなる感覚を味わっていると、旭がわざとらしく心配げに言った。

「千明君も気を付けなよ。ボクが犯人だったら千明君を必ず狙うね。」

「何故狙う必要がある?まずこの犯人の動機も何もわからんだろうが。」

「まあボクの主観だけど、もしボクが外で千明君を見つけたら捕まえて部屋に閉じ込めてあんなことやこんなことを…。」

「やめろ怖いこと言うな!」

 こいつ俺に何かうらみでもあるのだろうか?ゼスチャーが完全に殺る気なんですけど。すると「冗談だって。」と彼女は楽しそうに笑った。あくまで楽しそうだ。けれど以前よりはましになった気がする。

「それで、例の物は手に入ったのかな?」

「ん?ああ、忘れてた。今送るよ。」

 彼女のパソコンに咲の写真を送った。ぽんぽんと話題がそれていく彼女だが、そんな話の仕方も悪くないと思っている自分がいる。話題がそれていくくせにちゃんと前の内容も覚えているからだろうか?旭はパソコンを開き、送られてきた写真を興味深そうに眺めている。そして数秒後、

「何この子!?可愛い!!」

 まるで巨竜の咆哮のように叫んだ。うるさい、ちょっとびくってしちゃっただろうが。

「え、うそ、うそでしょ!?この世にこんなかわいい子がいるなんて!目つきは鋭いけど大きいし、スラってしてるのにぷにっとしてて、なんか、なんかかわいい!!」

 こいつ本当に説明が下手だな。まったく何言ってるかわからん。それにしてもずいぶんな気に入りようだ。本人に会わせたらどうなってしまうのか、きっと咲の方が引くな。

「ボクが男だったらもうすぐにでも求婚するね!ああー可愛すぎるうううう!!」

 床をゴロゴロと転がってうっとうしい。「世界一の美少女」を自称する旭のことだから、「私の次にかわいい」とか強がったりするのかと思ったら予想外の反応だった。顔を覆い隠しながら転がる姿からどうやら頭がおかしくなっただけかもしれないが。それから数分、彼女の息が切れるまでそのゴロゴロと奇声はやまなかった。

「はあ…はあ…。まったく、千明君がこの子に勝らずとも劣らない美男子だったらなー。」

「るっさいあほ。」

 いきなり俺をディスってくるな。どうせ俺は目つきが悪いだけのメガネ男子だよ。

「それで、この子の名前は?」

「咲。」

「咲、咲ちゃんかー。うん、ツーショットなんて仲いいじゃないか。」

「急に撮られたんだよ。」

「ふーん、そっかあ。」

 何をにやにやしてんだこいつ。鶴田さんみたいな顔でむかつく。

「千明君はこの子と付き合ってたりするの?」

「んなわけあるか。ガキンチョだぞそいつ。」

「えー、でも14歳ぐらいに見えるけど?」

 なんで大して人とかかわっていないくせにそんなに鋭いんだよ。ジャストフィットじゃんか。

「そもそも俺は一度も誰かとつきあったことなんざない。」

「そうだよねえ、モテなさそうだし、ふてぶてしいもんねえ千明君は。」

「やかましい。」

「でも、好きなんだろう?」

「…嫌いじゃない。だけどきっとお前が思うような「好き」じゃない。俺にはそういうのはまだわからん。」

 なぜ思春期の奴らはこう色恋沙汰が好きなのだろう?少子高齢の時代にはいい傾向なのだろうか?だが「好き」=「愛してる」は違うだろう。それを=で結びつけてしまう短絡的思考が、気持ちの悪い人間関係を作り上げていることを俺は知っている。だから俺は言葉を選ぶのだ。自分の周りにはすぐに付き合い、すぐに別れるバカップルはたくさんいた。それはバカも秀才も関係なくいた。彼らの恋やら愛やらはその程度なのだ。そんなものは持ちたくない、そんなだから友達ができないのかもしれないが。あ、この場合は恋人か。てかせめて就職するまではいらんわ!養えないし。

「でも、千明君に好意をよせられた子は幸せだろうなあ。」

「…何言ってんだ?お前らが喜ぶのは美男子の好意だけだろう?」

「う…根に持たないでよ。さっきのは冗談だから。」

「知るか。」

 別に根に持っているわけではない。けれど少なくとも旭の言っていることがおかしいのはわかる。昔から人に好かれた記憶などないし、懐いているとはいえ咲だって俺が好意を持っているとしたら引くだろう。

「ぬ、ぬぬ…、でも本心だよ。君に好かれた子は幸せさ。」

「はあ?なんで?」

 自分よりいい男なんて多いだろう。長身で運動ができて、勉強ができて優しくてなんていくらでもいそうなものだ。

「君は情が厚い男だからね。…愛が深い。」

 まるで幾千もの愛を見てきたかのように彼女は言う。気づかれることすらないようなひと時の風で消え去る炎のような存在のくせに、なぜそんなに強く断じれるのだろうか。たった数か月で彼女に俺の何がわかるというのだろう。…これはさすがにラノベっぽいセリフすぎるな。

「そりゃないな、俺は結構な薄情者だろ。」

「そんなことないよ。私のためにいっつも頑張ってくれるじゃないですか。きっと咲ちゃんの為にもいっぱい頑張ってる、普通そんなに生真面目な人いませんよ。」

「別に頑張ってなんてないよ。俺はいつも俺が楽な範囲でしか動いてない。リスクなんて全く取れない。だから頑張ってるとは言えない。」

「捻くれてるな~。でもボクは感謝してるんだ。ありがとう千明君。」

 わけが分からない。彼女に感謝されることなどほとんどないだろうに。俺が薄情者じゃない?そんな馬鹿なことがあるはずがない。


 だって今まさに、お前を見捨ててる。


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