第30話「子ども扱い」

 梨はいい。リンゴより剥きやすく、酸化して変色しにくい。鶴田さんに許可がもらえたので、俺は咲への見舞いの品として梨を持ってきた。今は一緒に持参したフルーツナイフで剝いているところだ。

「千明うまいね。」

「そうか?慣れだろなれ。」

 小さいころから果物食べたさにいくつものフルーツを切ってきた。料理はそうやらないが、これだけなら中級者には届いてると思う。

「ふーん。」

 ま、咲が料理に興味を持つには小さすぎるか。うちの姉みたいに本当に何もやらないというのはさすがに困るけど、まだ大丈夫だろう。

「ねえ千明、そのナイフくれない?」

「ん?なんで?」

「いつか使う。」

 ふむ、まあ別にいいか。あれかな、もしや自分で料理しようとか考えてる?いやさすがにないか。梨はいくつか持ってきているので自分で剝こうという魂胆か。

「えらいな咲は。」

「…子ども扱いしないで。」

 いつか咲の手料理が食べられる日が来るのだろうか?想像がつくようなつかないような。さすがにそんなにこの交友関係は続かないか。けれど少し楽しみかもしれない。彼女の病気が治って、そして彼女が作った手料理を食べられたなら、うまい下手にかかわらず俺は嬉しいだろう。あー、さすがにマンガに出てくるようなメシマズ(猛毒レベル)は勘弁してください。

「前から思ってたけど、千明、私を何歳だと思ってるの?」

 咲が少し不機嫌な様子で睨んでくる。まあ子ども扱いしていることは認めるけど、小学校低学年に対するようなものではないと思うのだが、まあここは少し高めに設定して答えるか。

「12歳ぐらい?」

「もう14。」

 久々にこんな強い口調の咲にあった気がする。え14?俺と年齢が3つしか違わないの?あ、今月で俺は17歳です。誕生日いつか知らないけど、一か月前にはもしかして2つしか違わなかったのか?俺もっと年下だと思ってた。小学4、5年生くらいじゃないかこの見た目。まあ小学4年生がどんな見た目とかわかんないけど。

「誤差だろ。」

「全然違う!」

 怒られてしまった。いやまあ認知症の検査において2歳以下の年齢の齟齬はセーフって言ってたからきっと問題ないのだが、子供にとってはだいぶ違うのかもしれない。確かに俺にプラス2歳したらほぼ成人だしな。

「悪かった。」

「ん。」

 丁寧に梨を切り分けていく。芯にひとかけらだけに残すときれいに切れる。何度も失敗して得た教訓だ。嘘です母に教えてもらいました。それにしても咲がムキになるなんて珍しい。ついついいたずら心でからかいたくなってしまう。

「咲、はいあーん。」

 切った梨をひとかけら爪楊枝で刺して咲に差し出す。子ども扱いと言ったらこれだろう。自分自身に年下の家族がいるわけではないのでわからないが、多分年下を甘やかすときはこれをするイメージがある。ラノベの知識である。さてさてムキになった咲がどんな反応を見せるのか。

「あーん。」

 咲は一瞬のためらいもなく顔を近づけ、梨を口に入れた。

「ん…おいしい。」

 …不意打ちだ。絶対ムキになって怒ると思ったのに。

「どうかした?」

「いや、別に…。うまいならよかった。」

 天然なのか計画的な犯行なのか、危険なこの子。見た目がガキンチョでなかったら傾城されていたかもしれない。だめだこっちが恥ずかしくなってきた。とりつくろわなければ…。

「ホレもう一個。」

「ん。」

 恥ずかしさを隠そうとさらに咲に餌付けする。なんだろう、小鳥のヒナに餌をやる親鳥の気分になってきた。爪楊枝に梨を刺す時点で彼女が口を開けているものだから、さらにそのイメージが強くなる。やめろかわいい。同い年だった結構ホレてるかもしれない。退院した後変な虫がつかないように教育した方がいいか?鶴田さんに頼んでおくか?…でももうちょっと眺めていたい。その後咲はきれいに梨を完食した。本当に病弱な妹を看病している気分だ。実妹を溺愛するラノベの兄たちの気持ちがわからなくもな…わかっちゃだめか。このように無条件に助けになりたいと思わせてしまうのが妹キャラの魔力かもしれない。あ、不思議なもの一個見つけたな。もちろん旭に報告はしない。だっていじられるもの。

「おーい!元気してるうー!?」

 恐らくこの病院で一番元気であろう鶴田さんがやってきた。

「こんにちは。」

「あれ!?梨かなこれは?千明君が剝いたの?」

「ええ。」

 残ってるのは芯だけだったと思うけど。

「じゃ、これも―らい!」

 そういうと鶴田さんは瞬く間に芯に残ったか肉をたいらげた。(そういえばまだひとかけらだけ果肉が残ってたな。っていうか食べるの早すぎない?暗〇教室の原さんかな?)

「ごちそうさまー、ジャーねー!」

 そして嵐のように去っていった。

「…なんなんだあの人?」

「…知らない。」

あの人の行動はどうしても読めない。見回りに来てまだ仕事があるから速攻で戻ったと考えることもできるけど、正直いきなり早食い芸を見せつけられた気しかしない。

「ねえ千明。」

「ん?」

「その手の袋何?」

 左手にあるのは小さい水色の袋。今日来てからずっと手に提げていたから気になっていたのだろう。

「これはカメラだよ。あるやつに咲のこと話したら写真を見たいっていうからさ、もしよかったら撮らないか?」

 前にした旭との約束だ。まあ咲の意思次第なので、もしいやがられたらなかったことにするつもりだが。

「学校の奴ら?」

 学校の人=嫌な奴という理論が咲の頭にはあるのかもしれない。あからさまに嫌な顔をしている。

「いや、この病院にいるやつ。無菌室にいて外に出れないんだよ。」

「…エイズ?」

「いや、違うらしいけどな。」

 真っ先に思いつく米それ。今思うと女性に対していきなり「エイズなんですか?」は失礼だったな。だけど近年若者の性病の件数は増加しているらしいし気を付けることは大事だろう。性病にはなるくせに少子高齢化ってどういう社会なんだこの世は…。まあ憂いてもしょうがない。そういう人間とはできる限り関係を持たなければいいのだ。ほかの男に抱かれた女と付き合うとか嫌だしな…。

「で、」

 咲はさっきより眼光が鋭くなりこちらをにらんできた。すみません変な思考にふけっていました。っていっても数秒だけどね。

「それ、女?」

 お嬢様目が怖いです。やっぱり相手のことは気になるか。まあ当然だよな。俺も写真見せていい?でも相手は教えないとか言われたらむかつくし。あ、でもまずは旭の時みたくはぐらかしてみるか。

「どうだろうな。」

「女か。」

「ちょっと待てなぜわかった?」

 一瞬だった。旭の時もだけどなんでそんなにすぐ理解できてしまうんだ?そんなに俺ってわかりやすい?

「千明の性格上、男なら即答する。」

「もうすでに俺の性格完全に把握されてるのかよ。」

 ボッチだったからもしかして俺って人に理解されない性格なのかもって思ってたのに。でも別に女だからはぐらかそうとしたわけではないしな…。

「写真、別にいいけど、その女の写真はないの?」

「…。」

 旭の写真はないわけではない。院長への脅しのために何枚かとった。けれど正直あの姿はあまりにも痛々しい。いくつかはあいつピースとかしてたけど。「かわいく撮らなきゃだめだからね!まあ旭ちゃんはどんな時もかわいいけど♡」とか言ってた。うーん…。

「あいつの写真はあんまり見て気分のいいものじゃないからお勧めできないな。」

 見せてもいいが、そこまで見せたいものではないというのが俺の気持ちだろう。気分がよくないのはどうやらあいつの悪乗りを思い出すことも要因にあるようだが。

「そ。ならいい。」

「そっか悪いな。」

 咲の理解が早くて助かる。旭に興味を持ったとしてまあ会えないことはないんだろうけど、なんか旭の方は若干嫌がっているように思うんだよな。なんていうか「見てみたい」けど「会いたくはない」みたいな。古語で行ったら大体一緒の意味のはずなんだけど。あ、いや結婚するって意味もあったけど、それは忘れよう。

「なら、私のスマホでとる。」

 咲は手慣れた手つきでスマホを手に取り開く。

「ん。」

 そしてこっちに来いと手で呼んできた。

「ん?」

 のこのこと近づくと咲は自撮りの状態でスマホを構え、

「はい。」

 パシャ、俺事自撮りを行った。女子ってこういうことなんか得意だよなと思う。

「じゃ、千明の携帯に送っとく。」

「サンキュー。」

 咲は素早い動作でスマホを操作する。たった二か月だというのに完全にスマホをマスターしているのだ。これが現代っ子の力か。

「その子、いつ退院するの?」

「…そうだな、多分一生ここだと思う。」

「どういうこと?」

「どうしようもないことってあるだろ?」

「そ。ハイ送った。」

「おう。」

 咲はありがたいことにそう深く追求しては来なかった。そう興味のないことだったのかもしれない。

 咲から送られてきた写真を見る。自分は写真写りが悪いので、余りこうして写真を眺めることは好きではないのだが、さすがスマホの最新機種、超高画質である。ひとまずミッションクリアといえるだろう。さて、彼女の願いは後いくつ叶えられるのか、そう考えると少し気分が重くなる。少しずつ少しずつ終わりが見えてくるのだ。きっとそんな暗い心境のせいだろう。どうしようもないという言葉を聞いた咲が笑った気がしたのはきっと、ただの気のせいだ。

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