第29話「お願い」

「「by any means」で「決して」とか「どうしても」って意味になる。どんな理由があっても!って感じ。例えば私はどうしても魚が好きになれん!ならI don't like fish by any means.はい復唱。」

「アイドントライクライク、フィッシュバイエニーミーンズ。」

「棒読みはだめだって!ハイもう一度!」

 旭は意外にも勉強ができる。教えることに関しては微妙だが、知識がとても豊富だ。

「はい次、read this book as carefully as possible.同格のアズアズの中は形は変わらないことに注意だよ!はい復唱!」

なんかやたらと復唱させたがる。その方が覚えやすいというがどちらかというと楽しんでる気がする。あんまり話す訓練って学校じゃやらないし、全然うまく言えない。

「Ms Asahi is very very beautiful ! I love you!はい復唱!」

「おいちょっと待て、なんだその例文は。」

「旭ちゃんはほんとに滅茶苦茶美しい!俺は君が大好きだ!思ったことは素直に言わなきゃだめだよ?」

「思ってない。」

「またまたー。」

 うぜえ…彼女は自分をからかうつもりで言っているのだろう。乗りの良い人なら同じように軽い気持ちで好きだというのだろうが、そうそういいたくはない。自分の言葉の重みがなくなってしまう気がするのだ。

「んもー。ま、今日はもういいや。英語は終わりにして違う話をしよう!」

 彼女は背伸びしながら話を替える。そういえば、旭といて会話が途切れたことってないな。どんだけ話題持ってんだよ。…いや前は…っていうか今も話してるのって結局俺だけになってる気がする。彼女は決まって

「それで千明君、学校で友達はできましたか?」

 妙に落ち着いた雰囲気を漂わせて彼女は問う。そうだ、彼女の「話題」の大半は「会話」ではなく「質問」なのだ。俺という個人のことを彼女は執拗に知りたがる。

「い、いっぱいいるよ。当然だろ…。」

 えーっと友達だっけ?友達って何ですかね?まず友って字ってどういう意味があるんでしたっけ?何回か話せば友達なんですかね?いつになったら友達でいつになったら知り合いなんですかね?大林君とか石田君とかは友達に入るんですかね?仲いいって何ですかね?俺コミュ障だから知らないんですけど。

「あー、嘘ですね。」

「うるせー。」

 大体俺はあいまいなものは苦手なのだ。たった数回あっただけでいきなり肩組んで来るやつとか大っ嫌い。なんなの?パーソナルスペースってものがないの?ATフィールドないと人は何とかっていう液体になっちゃうんだぞ!せめて確認とってください、俺はあなたを友達だと思っているから肩組んでいいですかって。俺は十中八九丁重にお断りするから。しっかりした線引きを決めて欲しいものだ。

「うーん、いくらなんでもさすがに仲のいい友人が大親友の旭ちゃんだけじゃダメじゃない?もっと社交的にならないと。」

「いつから親友になったんだよ?っているからな友人くらい。この病院にだって…。」

 こいつが大親友ってのはさすがにないが、たしかに友人といってはいいくらいではあるとは思う。少なくとも険悪な中ではないし、知り合いくらいの関係ならばそう毎週わざわざ会いには来ないだろう。ということはもう一人くらい俺にも友人といえるやつはいる。こいつは案の定食いついてきた。

「ええ!?どんな人なんだい!?男の子?女の子?」

 なんだその驚き様は。まるで俺には友人のできる可能性など万が一にもないみたいじゃないか。一応言っておくけどこれでもコミュ障なりに世渡りしてるんだよ。中学とかのクラスメイトなんて覚えてないけど、なんだかんだで話してはいたし。クラス活動もしっかりやっていた。

「さあな。」

「あ、女の子か。」

 めんどくさいので適当に返すと、俺の言う友人が女性であるとなぜか気づきやがった。なぜだ?こいつ心が読めるの?鶴田さんなの?

「ふーん、仲はいいんだろうね。どんな子なの?」

  どんな子か…。お察しの通りそのもう一人の友人とは咲のことだ。俺にとって咲とはどんな人物なのだろう?まあ俺のイメージなどあくまで俺の主観と偏見からできた虚像に過ぎないのだろうが、俺が思う霞ヶ丘咲とはどんな子か…。

「…妹にしたいランキング一位とか?」

「あははなんだそらー!」

 そりゃそうだ。そんなランキングあるわけがない。だけど俺からすると彼女とはあまり友人という関係性ではないと思う。もう少し親しみを込めてもいいだろう、だが恋人みたいな感じではない。だって相手がガキンチョだし。そんな子を表すとしたらラノベ的には妹が一番だろう。俺みたいな年下の兄弟がいない男の悲しい幻想である。兄と妹は何となくいい関係そうだと思ってしまうのだ。そんな斜め上の回答に旭は笑った。

「そっかあ、妹か。千明君。今度その子の写真とか見たいな。」

「ん?…まあ本人がいいって言ったらな。」

「うんお願いね。千明君。」

 お願いか、彼女にお願いされるのはこれで二度目だったか。こいつは頭がいいから俺がこの病院にいるといったことは覚えているだろう。だというのに会いたいといわないのはなぜだろう?案外職員にいやあ工藤先生とかに頼めば許してくれそうだけど、…まあいい。彼女の願いはできる限りかなえたい。彼女が殺される12月までは。

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