第28話「夏の到来」
夏、ひぐらしが鳴いていると思えばいつの間にか油蝉がせわしなく騒ぐころになってしまった。あれ?ここら辺にいるセミは油蝉じゃないんだっけ?あと知っているセミなんてクマゼミぐらいしか知らん。ひぐらしのように美しいといいえる音を出すセミならば覚えてやらんこともないが、ただの騒音しか出さない害虫など覚える気力がもったいない。そしていつの間にか夏休み間近である。
「この学校、夏休みだけは長いんだなー。」
「そうさなー。」
教室はクーラーをつけてくれないのでものすごく暑い。窓を開けて流れ込む風を浴びて大林大将とともに涼んでいた。最近は大林、石田、野良、などのクラスメイトと話すことも増えてきた。まあそんなことはどうでもいい。暑い。いまだ夏休みも始まっていないというのにこの暑さ、これからこの自称避暑地はどうなってしまうのか。一流の田舎町をうたい、都会の人が住みたい田舎第一位とか聞いたことあるけど、俺なら住まない。暑い。暑い暑い暑い。ていうかクーラーつけろよ!
「!」
夏休み前の最後のテストが終わり気が抜けていた。大林と暑い暑いと下らない愚痴を言い合っていたのだが、誤算として強く吹いた風が教室においてあったプリントの束を吹き飛ばしてしまった。確かに涼しかったけど、それは頼んでない。
「「………。」」
スッ
見なかったことにしようと大林がゆっくりと窓を閉じた。まあ見なかったことにできないけどね。結局散らばったプリントを片付ける羽目になった。早く帰りたい…。
大林は重度のゲーム廃人そしてラノベオタクである。そして石田は重度の鉄道オタクだ。類は友を呼ぶとは言うけれど、自分の周りにはまともな奴が来ないのだろうか?
「そ、それで昨日189系の写真を撮ったんだけど…。」
「お、おう。」
帰り道、石田に鉄道の話をされていた。彼は俺と同じくコミュ障の気があるのだが、趣味の話になると話が弾むようで急に饒舌になる。彼はいわゆる撮り鉄だ。特に189系という車種が好きらしく見つければ必ず写真を撮るという。これがとても才能があるようでいくつもの大会で受賞している。彼の話を聞いていると、突然電話が鳴った。ちょっと待ってと石田に告げて電話に出る。主はもちろん咲だ。
「もしもし。」
『もしもし。こちら咲。応答せよ。』
「知ってる?先に声出したの俺。応答すでにできてる。」
『…返事がないただの屍のようだ。』
「おい勝手に殺すな。これでも心臓の鼓動の強さは医者の折り紙付きで強いんだよ。」
『そ。で、用件だけど。』
「なんだ?」
『鶴田さんが「今日暇だからリハビリ今日やっちゃおうよー!」って。』
「そ、そうか。っていうか何それ物まねか?似てるんだが。」
『…そ。いいから、さっさと来て!』
あ、照れた。こいつそういえばあった時からちょくちょく変なことするよな。まあ楽しいからいいんだけど。
「わかった。じゃあこの後すぐ行けばいいのか?13時半くらいには着くと思うけど。」
『ん。それでいいと思う。じゃあね。』
「ああまたな。」
電話を切る。
「病院から呼び出しを受けた。」
聞かれてはないが一応報告する。
「あ、足の怪我のことか?」
「そそ。今日リハビリ来いってさ。」
杖がなくてもそろそろ歩けるらしいが、怖いので杖を常備している。どうも膝を動かそうとするとうまくいかない。何か引っかかっている感じだ。これが取れれば歩けそうな気がするんだけどな。というか筋肉つければしっかり走れる気もする。それができないから完治しないってことなんだろうけどさ。なのでリハビリいらない気がする。あの人スパルタなんだもん。
「そういえば、お前はすでに老人だったな。」
大林の存在感が薄くて気づかなかった。いたのか大林。
「誰が老人だ誰が!老人つったら髭の石田君だろ。」
「ひどくね?」
「老人=髭 髭=石田君だろ?つまり老人=石田君だ。剃れよ。」
「気が向いたらな。」
老人とはいかずとも、正直こいつらは俺よりずっと大人に見えるのは事実だ。なんせ二人は自分よりも5センチ以上背が高い。余計大人びて見えるわけだ。なんでこいつらこんなにでかいんだろう。萌やしのくせに。
「はあ…背、伸びたいなあ。」
「もう手遅れだ。」
「やかましいわ!」
病院に着くと鶴田さんが待っていた。
「今日はどうしたんですか?リハビリは明日の予定だって気がしますけど。」
「いやあ、今日の仕事終わって明日もはとんど休みだったから、どうせならいっそ全部休みにしたいなあって思って。」
「…看護師に仕事が終わるとかあるんですか?」
勤務時間は一つの仕事が終われば次々と仕事を押し付けられそうな気がするけど。
「そうよ!どうせ明日行ったら仕事押し付けられて休みにならないんだよ!今日千明君のリハビリってことにすれば、仕事減るし明日休める!」
「ぶっちゃけましたね。」
ってことは今日は「これからリハビリの仕事があるので」とか言って仕事押し付けられそうなところを逃げてきたのだろう。ほんとこの人こういうことには頭が回るな。…あれでもなんでこの人俺が今日学校が午前中までだったこと知ってるんだろう?咲に電話かけさせるタイミングもちょうどよかったし、何?エスパー?怖いから聞かないでおこう。
「それで咲に連絡させたわけですか。いいんですか?患者さんを私的に利用して。」
「なあに千明君、もしかして、お姉さんのアドレスが欲しいの?」
「いえ全く。」
「ちょっと待っててねー。」
「あ、ちょっと!」
確かにアドレスを交換していないから咲に連絡させたんだろうけど、それなら家に連絡すればいいのでは?そっちは知っているわけだし。いや、さすがに「明日仕事したくないので、リハビリ今日に前倒しでお願いします。」とか親に言えないか。…つまりこれからもこういう鶴田さんの自由な行動に振り回されないといけないのか。もう仕事すればいいじゃん。若いころの苦労は買ってでもしろとかいうじゃん。俺は楽したいけどな。そのあと、本当にアドレスを交換した。そしてリハビリのために使っている部屋へと向かう。
「千明君?」
「はい?」
歩いている途中に鶴田さんに呼び止められた。
「もー、左足はしっかりついても大丈夫なんだから、杖任せに歩いちゃだーめ!杖は保険だよ保険。」
「はあ…。」
これからそのリハビリに行くのでは?
「筋肉のつき方も不均等だしよくない!」
本当にどうしたんだろうこの人。そりゃずっと寝てたら筋肉も落ちようとも。その為のリハビリでは?
「ので!」
鶴田さんは急に指さしたのはトレーニングジムルーム。こんな部屋あったんだ。
「行くよ!」
「はい!?」
自由すぎるだろ。鶴田さんに引きずられてトレーニングジムに足を踏み入れた。ジムというとランニングマシーンとか、ダンベル持ち上げる台とか、そういうものを想像するがここには本当に多種多様のトレーニングマシーンがそろっていた。ここ本当にジムなんじゃないだろうか?いや、ここ病院のはずなんですけど。ちょっと広すぎじゃないですかね?っていうかお年寄りたちがなんかすごく元気なんですけど。ランニングマシーンでいい汗かいているんですけど!?
「じゃ、まずこれね。」
「…え?」
渡されたのは片手用ダンベルだった。なんかすごく重い。五キロよりぜった重い。
「これを使って左手百回!」
「はい?」
鶴田に数えられながらゆっくりとダンベルを持ち上げてはゆっくりと下げるを繰り返す。ゆっくりというのが思ったよりきつい。
「じゃ、次は腹筋百回ね。」
百回持ち上げ終わるとすぐに次のトレーニングが課せられた。訳の分からん台にあおむけになってⅤ字腹筋という足を上げて行う腹筋を百回行う。つらッ!こんなの陸上部の夏休みぐらいしかやんないようなトレーニングだ。今までもリハビリしていたとはいえこんな病み上がりの時にやるようなものじゃない。
「じゃあ次は背筋百回!」
「次は首の筋肉鍛えるよ。」
「次体幹!」
「ぎゃあああ…。ぎゃあ…。」
「もう少し頑張れ!はいのびのびー。」
「ああ…あ…。」
最後のラストスパートとして体の筋肉をこれでもかというほど伸ばさせた。もともと体が硬いので絶望的に痛い。でももう叫び声上げる元気もなくなった。だめだ…死ぬ。
「お疲れさまー!」
「…お疲れ様です…。」
あれ…おかしいな…。俺これでも普通の人間より鍛えてたはずなのに、すっごく疲れた。恐らく部活の顧問よりもしごかれた気がする。立てない。鶴田さんが水の入ったコップを持ってきてくれたので、ぼーっとしながら飲み干した。
「あー、だめだよ千明君。もしかしたら毒が入ってるかもしれないんだから、しっかり確認しないと。」
「もし入ってたら鶴田さん完全に首どころか前科者ですね。もしかしたらその方が世界は平和になるかもしれません。」
「な、なんだとー!私はすごーく世のためになっているでしょ!千明君っていう世界の財産をしっかり調教してるんだから!」
「世界の財産っていうのは嬉しいですけど、調教って何ですか?俺犬や猫じゃないんですけど。せめて矯正にしてくれません?」
「んーでもほら千明君の根性も体もしっかりと治していくつもりだから、調教だよ。まだまだ体の筋肉のつき方とかバランス悪いからね。」
「…俺そんなに根性腐ってますかね?っていうかバランスってどのぐらい治せばいいんです?」
「えっとね、私の握力は両手ともども55キロだよん。」
「…本当ですか!?」
強くないですか?俺の握力は右手57キロ、左手47キロ。足して104キロつまり平均52キロ。あれ?負けてる?看護師ってなんかすごい。
「だから次回もお姉さんが鍛えてあげよう!師匠て呼んでもいいんだよ?あーでもやっぱりお姉ちゃん♡がいいなあー。」
「鶴田さんって自由ですねー。」
「えへへ。」
「ほめてないです。」
鶴田さんはいつも明るい。今日のきっとつまらなかったであろうリハビリ?の仕事もずっと楽しそうにしていた。ずっと明るくふるまえるのはすごいことだと思う。それなりにエネルギーを使うし、楽しくないことでも明るくふるまわなければならないのだから到底自分にはまねできないことだ。
「じゃ帰ろうか。」
「はい。」
その才能は少しうらやましく、妬ましかった。
「あそうだ、千明君の根性のことだけど、」
「はい?」
「別に腐ってるわけじゃないよ?でもちょっと浮気性の気がありそうだから、そこを直した方がいいかも。十人は多いんじゃないかな?」
「浮気も何も、俺が誰かと付き合うなんて十年たってもあるかわかりませんよ?っていうか十人は当然多いです。二人もアウトでしょ。」
「将来いい男になって独り身だったら、お姉さんがもらってあげるよ!だから心配ナッシング!」
「…鶴田さんは…ないです。」
「な、何をー!」
「痛いです!つねらないでください!痛い痛い!」
だめだこの人と話してると頭おかしくなりそうだわ。俺が浮気性?生まれてこの方他人を好きになることなんてそうそうなかったんですけど。中学校上がってからそういう感情とかめっきりなくなってたし、んー、やっぱまず浮気のしようがないな。っていうか痛い痛いさすがに跡がつくから放してください、放せえええ!
帰る、というのは自宅に帰るという意味ではない。咲の病室に行くことだ。いつも間にか病院内ではそこに行くことを「帰る」というようになっていた。(俺と鶴田さん限定である。)母が迎えに来てくれるまではまだ時間があるので、あそこで少しくつろごう。
「おっと。」
「わっ!大丈夫?」
思った以上に体が疲れていたらしい。よろけたところを鶴田さんが支えてくれたおかげで転ばずに済んだ。
「すみません。」
「モー気を付けないと。」
それにしてもこの人力強っ!!体重60キロくらいあるのに片手で支えられてしまった。やはり握力55キロは伊達じゃない。
「何…してるの?…千明?」
冷たい声がした先には咲が立っていた。病室から歩いてきたらしい。何してるって鶴田さんに支えてもらっているんだけど、咲からは鶴田さんの背中が見えているから抱きしめられているようにも見えなくはない。咲の右手に力がこもる。
「ちょっと待て咲!何する気だ!?」
体勢を立て直した時には近づいた咲のこぶしが天高く振り上げられていて…
「咲ちゃん。」
こいこい。鶴田さんが呼ぶ。咲が一旦停止した瞬間、彼女は俺ごと咲を抱きしめた。
「「なっ!?」」
二人が驚きの声を上げるが彼女は気にしない。
「ギュー!」
わざとらしく口で効果音をかけながら鶴田さんに一分半以上抱きしめられ続け、俺たちは完全に無抵抗になる。そしてゆっくりと離れた彼女はにやりと笑った。
「じゃ、お邪魔だろうから私は行くねー。」
そそくさと歩いて行ってしまった。俺たちは呆然と立ち尽くす。
「…咲、俺初めて勝てる気がしない人間にあった気がする。」
「…ん。そうかも。」
なんていうか、もし修羅場というものがあったとしてあの人がいれば一瞬で何とかしてしまいそうだ。いや、冗談だよ冗談。ただ大人の余裕というか、すべて彼女の手の平の上にいるような変な感覚があった。自分でもどういうことかよくわからん。
「…ま、戻ろうか。」
「ん。」
咲の病室まではまだ距離がある。二人で帰ることにした。
「で、どうしたんだ?ここまで歩いてくるなんて。」
「…今日は調子が良かったからなんとなく。そしたら千明が抱き合ってて。」
「その言い方だと俺が複数人いるみたいだな…。っていうかあれはただ転びそうになったところを支えてもらったんだよ。」
「ふーん。」
そういいながら咲は俺の背中をつまんできた。思ったより力が強い。
「痛い痛い。」
「千明。」
こちらはまだ痛みに苦しんでいるというのに咲はいつも通りの調子で俺の名前を呼ぶ。
「ん?どうした?」
「明日も、来る?」
うつむきながら彼女は問いかける。そういえばあの院長が言っていた。咲の両親は彼女を捨てたのだと。事実、咲の病室に見舞いに来るのは自分ぐらいだろう。(あ、俺の母親もちょくちょく来てるよ。)こうして問いかけてくるということは、少しは彼女の心の支えになっていると自惚れてもいいのだろうか?
「ああ、当然な。」
「ん。」
いつのまにか、背中の肉をつかんでいた手は服まで後退し、二人で歩き始めた。所詮は他人だ。ただ偶然出会って、話すようになって…。俺は彼女を助けるために生まれたわけでも助ける力があるわけでもない。本当はこんな時間に意味などないのかもしれないが、俺との出会いなど無価値かもしれないが、それでも俺は彼女に少しでも幸せを感じさせられる存在でいたいと思う。自分勝手だろう。あまりに傲慢だ。だけど俺は咲にもあいつにも本当の笑顔で笑ってほしいのだ。
ああ、誰を殺せば、本当の幸せは手に入るのだろう?
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