第32話「正直夏に入院してたかった」

 最高気温最高気温最高気温。毎日のように更新されている気がする今年の最高気温。もううんざりだ。炎天下の中杖を突きながら思った。東京のような蒸し暑さではないものの、直射日光によってかぶっている帽子は溶けんばかりに高熱を帯び、塗っておいた日焼け止めクリームはすでに蒸発していた。家から病院までの道のりは田舎道かつ山道であり、こうして歩くとゼ〇ダの溶岩の床レベルでハートがすり減っていく。地獄とはここにあったのか、そう思っていると携帯が鳴った。見てみると珍しく大林からだった。

「…なんだろ?」

 開いてみると簡潔に書いてあった。

『今日は長坂の神社で夏祭りだけど行くか?』

「無理です。」

 速攻で返信した。


「ふーん、行かないでいい?…本当に?」

 咲はラノベを読みながら涼しい顔で聞いてくる。こちらは体の芯まで熱されているというのに、本当にこの病院涼しい。天国だ。

「もう行く元気もないよ。町の祭りだって何年も言ってないしな。別にいいだろ。」

 田舎の祭りは物価が高すぎるのだ。焼きそば一個五百円とかぼったくりにもほどがある。東京なら五十円だというのに…本当ですよ?あ、でも確か大林が長坂の夏祭りで地元特製の黄金饅頭とかいうすごい和菓子があるって言ってた気がする。黄金ってどのくらい黄金なんだろ?あとで金払うから買っといてもらおうかな?

「じゃあ今日は一日いるの?」

「ああ。宿題も終わって暇だしな。」

 夏休みの宿題はえぐい量だっが、旭のもとでコツコツやっていたら案外すぐ終わった。あいつ教えるのは下手だけどやる気にさせるのはうまいんだよな。

「そ。」

 ちょうどいいところまで読み終えたのか、咲は一度本を閉じた。本好きではあるがずっと読んでいると目が疲れるらしい。

「その帽子ボロボロね。」

「ん?これか?」

 手に持っているのはオレンジ色のアルファベットでヴァージニアとか書かれて青色の帽子だ。つばの部分の布が破れ方もぐにゃぐにゃだ。ボロボロといわれても仕方がない。

「十年以上使ってるからな。ま、ぼろくもなるさ。」

 父の仕事仲間だった外国人にプレゼントされたものだが、それからずっと使っている。服とかはすぐに小さくなってしまったが帽子は大きさを変えられるので便利だ。

「新しいのにしないの?」

 帽子をとってみながら言う。一見何かの鑑定士みたいだ。

「使えるならまだこっちを使うさ。結構愛着がわくもんだぞ?」

「そ。…わたし、そんなに使い続けれたものないな。」

 すると咲はその帽子を深々とかぶった

「どう?」

  つばを片手で抑えながら上目づかいで見る姿はどこかのダンサー小学生に見える。似合うかどうかということだろうか?正直に言うと普通にかわいいと思うが、

「咲にはちょっとでかすぎるな。」

「ん。私もそう思う。」

 夏祭り、ラノベとかでは定番のイベントだ。花火やら屋台やら言ってみると楽しいが実をいうと、一人で行くとすぐに興が覚めてしまう。でも咲がよくなったら誘ってみてもいいかもしれない。案外思いっきり楽しみそうだ。…旭ならその場に行くだけで興奮を抑えなれないだろう。

「ふむ、ならそうしてみようか。」

「何?」

「いや、咲はあんまりここから外とか出れんだろ?病院祭とかはあるけど、花火とか見ないんじゃないか?」

「…ん、見たことないかも。」

「え?ほんとに?」

「写真ではあるけど。」

「そ、そうか。」

 まさかそんなやつが旭以外にいたとは…確かに自分で買わなかったり、祭りで見なかったりすればそういうこともあるかもしれない。

「だからさ、この夏休みに病院の庭とかで花火できないか鶴田さんに聞いてみようかなって思ったんだよ。何とかしてくれそうだし。」

「本当!?」

 咲は目をいきなりきらきらと輝かせた。ここまで喜んでくれるとは、結構花火に興味があったのだろうか?

「花火イベント…悪くない。」

 イベントって間違っていないんだけどやめようか、すごくラノベの構成をほうふつとさせるから。この数か月でラノベに毒されすぎに見えるから。

「まだ決まったわけじゃないんだから、あんまり期待するなよ?」

「ん。でも、ありがとう千明。」

 本当に天使のような笑顔を向けられ、少し照れてしまった。


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