第3話
ドォオオオオオオーン!
まるで隕石が落下してきたような、ものスンゴイ音が、研究所の裏にある廃工場から響いてきた。
「な、なにごとだ!」
全裸で血まみれの中浦和博士が叫ぶ。血まみれなのは、勉造の改造手術で返り血を浴びたからだ。だが、端から見れば猟奇殺人の犯人並に怪しい風袋だった。
「行ってみましょう博士!」
「待ちたまえ真咲ちゃん」
「どうしたんですか博士? 気にならないんですか」
「いや、非常に気になるよ。だが、困ったことにワシは全裸で血まみれだ。流石にこのまま外に出るわけにはいかん。三度目の逮捕は流石に留置所では済まないだろうからね」
「そうですか。分かりました。じゃあわたしちょっと見てきますね」
「うむ。よろしく頼むよ」
中浦和博士が見送る中、真咲ちゃんは廃工場へと向かった。
もくもくと土煙を立てる廃工場の中に入った真咲ちゃん。そこで真咲ちゃんは全裸で倒れている少女を発見した。
だがその少女こそ、異星人が送り込んだ刺客ロボ、メカポコちゃんなのであった。
もちろん真咲ちゃんはそのことを知る由も無かった。
「どうしたの。大丈夫?」
メカポコちゃんに近付く真咲ちゃん。だけど一メートルくらいまでは近付けたが、それ以上は近寄れなかった。
熱いのだ。シューシューという蒸気を発しながら立ち上がるメカポコちゃん。全裸だが皮膚が赤熱化して真っ赤になっており、まるで一時間くらい熱湯風呂に浸かっていたときのように火照っていた。
「あなた、なにもの?」
ようやく異変に気付いた真咲ちゃん。死んだ魚のようなメカポコちゃんの瞳に生気が漲る。
グポポポォォォォン!!
なんかヤバイ。真咲ちゃんの直感がそう訴えた。メカポコちゃんの瞳が光る直前、真咲ちゃんはしゃがみ込んだ。
ビビビビビーーッ!
メカポコちゃんの瞳から怪光線が発射され、直線状にある物質をドロドロに溶かしてゆく。
『ヤバイ、マジヤバイ。逃げろ……』
さまよえる大いなる宇宙の意思が、真咲ちゃんにそう告げた。
「わかりました。でも一撃だけ。専守防衛ですっ!」
真咲ちゃんはそう言うと、持っていた金属バットをメカポコちゃんの延髄に叩き込んだ。
ゴキンッ! という凄まじい音を立てて、メカポコちゃんが吹っ飛んで行く。いままで数知れず、バットで人やモノをブン殴ってきた真咲ちゃんだが、この肉を叩くのとは異質な感触に戸惑った。まるで電柱か鋼鉄を叩いたかのような鈍い感覚。
金属バットを見ると、九〇度に折れ曲がり、ひしゃけていた。人間相手ではこうはならない。
ビリビリとしびれる腕から金属バットがポロリとこぼれる。
「なんてヤツなの……」
これだけの打撃を与えたというのに、メカポコちゃんはダメージを感じさせずに立ち上がってきた。
「さようならストロングマックス」
真咲ちゃんは愛用の金属バットをメカポコちゃんに投げつけると、廃工場から逃げ出した。
ランナウェイ真咲ちゃん!
一方。中浦和博士は、御手洗勉造の身に起こった事実を好意的に受け入れさせるべく、洗脳商法ばりのセールストークを展開していた。
「つまり君は選ばれた民なのだよ。一億人の中の一人。まさに奇跡の巡り合わせ。いや、世の中に偶然なんてない。全ては必然なのだよ。はっきり言おう。君は異星人の魔の手から地球の平和を守るためのセンシティブウォーリアーとなったのだ!」
「なんですって!」
「宇宙の巫女である真咲ちゃんによってその類希なる才能を見出されたんだよ君って奴は。もう君しかおらんのだよ。ナンバーワンよりオンリーワンだ。君が地球最後の切り札なんだ。君がやらねばみんなが死ぬ。君も、君の愛する者すべてが宇宙の塵と化してしまうのだよ!」
「そうだったんですか……。わかりました。やりましょう。もともとそういう運命の元に生まれてきたんじゃないかと常々思ってたんです。自分はその辺の凡才とは違う。特別な存在じゃないかって……。いままでだって、他人と比べてどこか浮いてるなって思ってたんです。やっぱりだ。やっぱりボクは非凡で卓越した才能を持っていたんですね。ようやく理解しましたよ! ボクは運命を受け入れますよ」
「うむ。君はとても物分かりがよろしい。さすが真咲ちゃんが見込んだだけのことはある。君の身体は殆ど機械となってしまったが、なあに嘆くことはない。それどころか嬉しい機能が満載で困ってしまうかもしれんぞ。とりあえず脳みそと舌と、チンポと睾丸だけは生身のままだ。逆にそれが弱点でもあるわけだがヒーローたるもの弱点の一つや二つくらい持ってないとイカンだろう。それに生体部分を残したのにはワケがある。つまりだ。オナニーやセックスも、いままで通り支障無くできるように配慮してのことなのだよ。それどころか、指先バイブレーターなどの追加機能によって、女性を簡単にイかせることが可能となったんだよっ!」
「マジですかっ!」
「マジだとも。君の身体の機能は、君の脳に学習させてある。『スペルマンコール』と唱えれば脳内に使い方のヘルプが立ち上がるだろう」
「スペルマンコール……ですか? うわっ! なんか頭に入ってくる。す、すごい、これはすごい。すごすぎですよ!」
体内の宿る秘密のスペックを知った勉造は、早速指先バイブレーターを始動させた。
ヴヴヴヴヴ……。
一秒間に一万回の振動が指先を震わず。勉造は思わず生唾を飲み込んだ。
「その秘技をくらってよがらない女は不感症だっ!」
中浦和博士は吐き捨てるように叫んだ。
「すごいッス。これ、すごいッスよ!」
震え続ける指先に感動する勉造。だが油断するな。戦いはこれからだ。
振動させろ! 勉造。
「博士! 大変です!」
地下室に真咲ちゃんが飛び降りてきた。
「ん? どうかしたのかね。真咲ちゃん」
「い、異星人の、侵略者と思われる奴が襲ってきました。ストロングマックスが、わたしのストロングマックスが殉職してしまいました。うううっ」
ポロポロと涙を流し、悔しがる真咲ちゃん。
「敵ですか博士?」
勉造が中浦和博士に問う。
「うむ。真咲ちゃんの予言は外れたことが無い。ついに来よったわ。忌々しい異星人め」
「早速ボクの出番ですね」
「うむ。やってくれるか?」
勉造は黙って頷いた。そうしてそのまま表に出ようと歩き始めた。
「ちょっと待った。これを身に着けてゆき給え!」
中浦和博士は衣服の入ったトートバッグを勉造に向かって投げ付けた。
「心遣い感謝します」
よくよく考えたらこの二人は素っ裸のままだった。
全裸で血まみれの中年独特の弛んだ身体の中浦和博士とは裏腹に、勉造は改造されてはいたが成長過程の中学生らしくほっそりとしたユニセックスな身体をしていたので、真咲ちゃんはちょっとドキドキしてしまった。
そんなふたりが見守る中、勉造は渡されたコスチュームを身に着けた。
「うむ。とてもよく似合っているぞ」
「素敵です!」
その格好は、一言で言い表すなら変態という言葉がカチっとはまる。それくらい下品で暴力的なコスチュームだった。
豹柄Tバックパンツは女性用なのか、勉造のイチモツを辛うじて収納していた。ちょっと動けばお稲荷さんは丸見えだ。恐らくこのTバックは中浦和博士が試着してみた奴なのだろう。
黒地にエナメル系の糸で刺繍が施されたパピヨンマスクは、勉造の正体を隠すには丁度良かったが、非常に怪しい。怪しすぎる。
極めつけは紫のシースルーマント。ようはスケスケマントのことだ。もうなんといって良いのか分からない。その豪華三点セットをまとった勉造は元々の変態ぶりに更に磨きがかかったように輝いていた。
「コレ……。いいッスね。気に入りましたよ!」
本人もいたくお気に入りのようだ。類は友を呼ぶ。変態は変態を呼ぶのだろう。
「それでは行ってくれるな」
「はい。愛戦士ベンゾー。出撃します!」
「勉造さま。がんばってくださいっ」
真咲ちゃんが恋する乙女の視線を勉造に贈る。勉造は指先バイブでそれに応えると、地下室の階段を駆け上がった。
出撃せよ勉造!
地上は地獄絵図と化していた。
焼け野原。そんな表現がしっくりくる。ビルや家屋が倒壊し、炎上していた。
街は壊滅状態に陥っていた。
「なんてことだ……。ぜ、絶対ゆるさねえぞ異星人めっ!」
この被害の中に愛するポコちゃんや幼女たちがいるかも知れないと思うと、勉造の怒りのボルテージがみるみる膨れ上がって行く。
「うおおおおおおおっ!」
勉造の怒りにシンクロし、中浦和博士の研究所から飛行用ユニット、ジェットボーイが飛んでくる。
「とうっ!」
勉造のジャンプに合わせて、ジェットボーイが胴体にドッキングする。そうしてそのまま勉造を大空へと連れて行く。
空から見ると、さいたま市の被害が甚大であることが良く分かった。ビルや家屋の倒壊どころではない。大きなクレーターまでできている。ガス管が爆発し、至る所で二次災害が起こっていた。
「なんてこった! 敵は、異星人のクソ野郎はどこだ?」
その時、逃げ惑う人々を嘲笑うかのように、怪光線の光が炸裂する。
ビビビビビーーーーーーッ!
罪もない人々がバタバタと倒れてゆく。その光景はシャレにならない。
「見つけたぞ!」
勉造は怪光線を発する物体めがけて急降下した。
アスファルトに叩き付けられるように着地する勉造。だが改造され、脳と舌とチンポ以外は機械の身体にされた勉造はビクともしない。
「そこまでだ極悪異星人め!」
土煙が舞う中、勉造は異星人に向かって啖呵を切った。
戦え勉造! 愛と、自由と、正義のために。
土煙が収まり、視界が良好になったとき、勉造は目の前に立つ異星人の姿を見て、打ち震えた。
「ポ、ポコちゃーん!」
そう、姿形がポコちゃんそっくりな、異星人の殺戮ロボ、メカポコちゃんを前に、勉造はその使命を忘れた。
その刹那。メカポコちゃんの瞳から怪光線がほとばしり、勉造の胸部に直撃する。
「ぐはぁ!」
空中をきりもみしながら回転する勉造。そのまま頭からアスファルトに激突し、陥没する。
廃虚のさいたま市に、上半身を地中にめり込ませて逆立ちするという奇妙なオブジェが出来上がった。
地中に埋まった勉造は考えた。いくらポコちゃんが人間離れした可愛らしさを持ってきたとしても目からビームは有りなのかどうか。
ポコちゃんはうんこやおしっこはしない。そう結論付けている勉造ではあるが、目からビームは無しだろうと思った。
「偽者かっ!!」
地中よりぼこっと飛び出してメカポコちゃんに突進する勉造。
「アルティメティックアトミックファイナルエンドパーンチ!」
勉造の黄金の右が唸る。そのパンチの繰り出されるスピードによって、空気中に舞った粉塵が酸素を爆発させ、その炎を拳に宿して繰り出される必殺のフィニッシュブローだ。
その勉造のパンチがメカポコちゃんの頬にヒットする瞬間。
「ボクには出来ないっ!」
寸前のところで虚空を斬る必殺バンチ。空振りの風圧で崩壊しかけていたビルが崩れ落ちる。
そんな勉造を尻目に、メカポコちゃんは絶妙なフットワークで懐に潜り込むと、渾身のコークスクリューパンチを放った。
ただのコークスクリューではない。一秒間に二万回転のひねりを加えたフィニッシュブローである。
勉造はガメラのように大回転しながら吹き飛ばされ、静止するまでビルを三つ突き破った。
コンクリートの瓦礫から立ち上がる勉造。そのダメージは軽微だが、心に負った傷は深い。愛するポコちゃんに拒絶されたのだ。たとえ偽者でも変りはなかった。そのショックは計り知れない。メンタルケアが必要だった。
「ポコちゃん。ポコちゅわあぁん……」
ボロボロと涙する勉造。その涙は血のように赤い。というより、文字通り血の涙を流していた。涙は血液が濾過されて流れるもの。改造手術によってそのへんの機能を省略された勉造は、血の涙を流すしかないのだ。
「偽者だってことは分かってるんだ。でも、でもボクにはできないよ」
異星人にとってはまさにタナボタ。メカポコちゃんに唯一対抗できる勉造の弱点を逆手にとっているのだ。
もちろん。当の異星人はそのことを知る由も無い。
立て勉造。立ち上がるんだ!
地上をモニタしていた異星人の片割れは、勉造の出現に少なからず驚いていた。
「構造自体はたいしたことねっけどよ、随分とタフな造りだべ」
「おい、これだけ攻撃してんのに、まだくたばらねーのかこの野郎は!」
「馬鹿だなあオメは。構造がシンプルつーことは、壊れにくいっつーことだべ」
「っていうかこの惑星の材質ってば硬過ぎだろ。惑星セピウズのパキューラ並みに堅いぜ。フォトンビーム二五六発ぶっぱなしても壊れねーんじゃねーか?」
「んだな。いろんな不純物が混ざってるからそうなったんだべな。原始人の生活の知恵だべ。これはまんず勉強になるべ」
「勉強になるべじゃねえよ。どうやって倒すんだよ!」
「まあ待つだよ。理由はわからねんけど、向こうに攻撃の意思はねえみたいだべ」
「そ、そうなのか?」
「んだ。そのモデルとなった人型に畏怖してるのかも知れね。チャンスだべ」
「だからどうやって攻撃するんだよ!」
「まんず射精させてやればいいべ」
「はあ? なに言ってんだよテメエは。狂ったか?」
「落ち着くだよ。辺境銀河ガイドラインによるとだな、この惑星の原住生物は交尾すると絶頂を迎えて死んでしまうらしいだ。惑星サモーンにも似たような習性の原住生物がいたべ。あれと一緒だべよ」
「なるほど。そういうことかよ。なら合点がいったぜ。ここの住人は一丁前にも俺らと同じで雌雄別らしいが、この人型のモデルはあいつと同性なのか。それとも異性なのか?」
「運がよかったな。どんやら異性らしいみたいだ。そのロボでやつの生殖器をしごいてやりゃ精子ひり出して死ぬべ」
「なんかきたねえな。まあいい。いっちょうやったるか」
すさまじい勘違いをやらかしたまま、異星人たちはほくそ笑んだ。辺境銀河ガイドラインの出版社はミンメイ書房となっていた。
ガイドライ嘘ばっかり!
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