最終話 帰省
蓮司さんは応急処置の甲斐なく中に救急車の中で息を引き取った。その後の検査によれば外傷は一切なく、溺死だったそうだ。あの浅い池で溺れ死ぬというのはにわかに信じがたいことだけど警察がそう言うならそうなのだろう。また、亡くなった蓮司さんの衣服の袖から安西さんが探していた廃工場の鍵が見つかったそうで、これはこれで謎であった。
蓮司さんの死、そして蔵で見つかった鹿谷さんの遺体。この2つの点から真っ先に疑われたのが橋口さんだった。しかし彼にはれっきとしたアリバイがあり犯人ではないことが証明され、蓮司さんは不慮の事故、鹿谷さんは自殺ということで処理された。
一方で、わたしは別の可能性も考えていた。村役場の前で蓮司さんと行ったやり取り。心愛ちゃんが蓮司さんを池に突き飛ばして、その後自分は自らの命を断ったのでは、と。――しかしそれも、当の心愛ちゃんが帰らぬ人となってしまった今では、真相は闇の中だ。
もしかしてわたしが余計なことを話してしまったからそれぞれが思い切った行動に出てしまったのかもしれない。それだと、結局わたしのやったことは、場を引っ掻き回して、死ななくてもよかったかはずの命を死に追いやってしまったことになる。
でも、こんなわたしを茉莉は「脅迫状の依頼をしたのはアタシだし、みんなに伝えたのもアタシだから」と許してくれた。
結局わたしは煮え切らない思いを抱えたまま帰省することになった。
――――
大友駅。帰省するわたしと明里の見送りに来てくれた人はまさかの安西さんだった。そしてもうひとり松永さんの姿もあった。茉莉はというと蓮司さんが亡くなった後のゴタゴタで忙殺され見送りにこれるような状況ではなかった。その代わりに来たのが彼らだ。
「いやぁ、探偵だったんだって? 一言くらいってくれればよかったじゃないか。――あ、そうだ! 今度探偵が主役の映画ってのもいいなぁ。うんうん」
わたしの心情など露知らず。安西さんが軽快に言う。そして彼はああでもないこうでもないとひとり自分の世界に旅立つ。
退院したばかりで頭にはまだ包帯を巻いているけど本人はすっかり元気を取り戻したみたいだ。
「えっと、申し訳ないですけど、映画とか出ませんよ」
「え? ああ、そう?」安西さんはがっくとうなだれる。しかしすぐに調子を取り戻して「――おっと! そうだった。そうだった。実はな、思い出したんだよ!」
「思い出した、ですか? 何をです?」
「おれが気を失う瞬間に口走った“妙齢の女性”が誰か教えてくれって言ってたろ? それを思い出したんだよ!」
「か、監督!? ……えっと、その話は――もう……!!」
なぜか松永さんがあたふたして安西さんの話を遮ろうとする。
その松永さんの行動はまったくもって謎だったけど、すでに脅迫状の件は解決してしまっているので、正直わたしももう聞かなくてもいいと思っていた。
だけど、別にいいです――とは言えず聞くだけ聞くことにする。
「それがな……実は見たことない女だったんだよ」それから安西さんはその女性の特徴を身振り手振りを添えて列挙する。「短い黒髪で、赤くて白の水玉のワンピースに厚手の黒いコートを羽織っていた。それからなんと言っても特徴的だったのは目だ。その女は目を閉じて歩いていた」
「それは、目の不自由な方ということでしょうか?」
明里が質問する。
「いや、杖はついてなかったからな。おそらく開けているかどうかわからないくらいのキツネ目だったんだろう」
わたしは安西さんの言葉を頭の中で反芻する。
黒髪。赤いワンピース。キツネ目。その3つの特徴から、わたしの中にひとりの人物が浮かび上がる。
――まさか……ね? 記憶の中にあるひとりの女性とその特徴がピッタリ一致している。
わたしがその人を写真で見たのは今からおよそ10年前、わたしがまだ高校生だった頃だ。その写真に写っていた女性は20代前半くらいで、その写真は少なくとも当時の時点で20年以上前に撮影されたものだということがわかっている。だから軽く計算してもその女性はいま50歳以上ということになる。その女性を安西さんが“妙齢の女性”と表現するのはおかしい。
「……てことは別人か」
仮に同一人物だとしてもその人がここにいる理由がない。
「八重様。何か?」
「え? あ、ううん。なんでも」
「どうだい? 知りたがってたみたいだが、お役に立てたかい?」
「えっと……まぁ、それなりに」
本当のことは言わずに言葉を濁した。
「ほらっ、ほらっ、皆さん! もうすぐ、電車が出発じゃないですか!?」
松永さんが急かすように言う。
どうして松永さんがそんなに焦ってるのかは不思議だった。とは言え、電車の出発時間が迫っているのは事実だったので、わたしと明里は安西さんたちに一応お礼を言って電車内に乗り込んだ。
座席に座ると程なくして電車が動き出す。
窓の外で手を振る安西さんとハンカチで額の汗を拭う松永さん。
「そう言えばあのとき松永さんは何をしていたのか聞きそびれましたね」
隣に座る明里が窓の外の2人を見ながら言う。
あのときというのは明里が橋口さんを尾行していたときのことだ。
明里の質問に対してわたしは、深く考えずに「気にしなくてもいいんじゃないかな」と答えた。
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