第15話 茉莉の決断

「だいたい古いと思わない? 男が村長にならなければいけないなんて時代錯誤もいいとこでしょ。それに義理とは言えアンタは村長の娘なんだから資格は十分なはずよ」


「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそんな事言われても。ってかなんでそれが京のメリットに繋がるわけ?」


「簡単よ。アンタが村長になって私が橋口と進めてた計画を引き継ぐのよ」


「はぁあ!? できるわけないでしょそんなこと!」


 父さんが保守的な行動を取っていたのは、それが村の総意だからだ。仮にアタシが村長になったとしても村のみんなの考えが変わるわけじゃない。つまりどうやったって無理だ。


 アタシが弱音を吐くと京はこれみよがしに盛大なため息をつく。


「情けないわね。アンタには村民を説得しようとかそういう考えはないわけ?」


「そんなこと言ったって……アタシは家が嫌いでずっと遊び歩いてたし。そんなアタシの言うことなんか村の人が聞いてくれるわけない」


「そんな事ないよ茉莉」楡金ちゃんがアタシの方に手をおいた。「初めてこの村に来たとき商店街に行ったでしょ? そのときの商店街の人たちはみんな茉莉に優しく声をかけてたじゃん」


「それはアタシが村長の娘だからで――」


「心配しなくても大丈夫よ」


 京が遮るように言う。


「橋口だってそんなことぐらい重々承知だった。だったら彼はどうやって村の人達を説得するつもりだったと思う?」


「それは……」


 たしかに京の言うとおりだ。橋口さんだって状況は一緒のはず。いくら父さんの推薦で村長になれたとしてもみんながそれに従うとは思えない。


「橋口は抜け目なく用意周到な男よ。彼はアンタの父親に内緒で村の人達と話をつけてたそうよ」


「そうなの?」


「少なくとも私にはそう話してた。嘘かもしれないけど。――そして、アンタのお父さんに関してはさっき彼女が話したとおりってことでしょ?」


 楡金ちゃんの話。橋口さんが心愛ちゃんを利用して父さんを殺そうとしていたというあれだ。村のみんなを説得済みの状態で父さんがいなくれば、反対するものはいなくなる。それはたしかに理にかなっている。


「とにかくやると言ったらやるのよ。アンタが村長になれば橋口にはアンタの父親を殺す理由がなくなる。つまり父親の命を救えるってことでしょ。それがわかってるのにやらないのはアンタが父親を殺すも同然じゃないかしら?」


 嫌な言い方をする。アタシを焚きつけようとしてわざと言ってるんじゃなくて、京はもともとこういう人間だ。


「わたしは今後のことは茉莉に任せるよ」


 楡金ちゃん……


 何もしなければアタシは橋口さんと結婚させられて、父さんは殺されてしまう。


 決して仲がいいわけじゃなかったし、時には死ねばいいとさえ思ったこともある。だけどそれはあくまで一時の感情であって本気じゃない。でもそれが今現実になろうとしてる。


 アタシはどうすべきか。決断のときだ――


 …………


 病院から帰るとアタシはすぐにみんなに声をかけた。仕事中だった父さんや橋口さんにも無理を言って集まってもらった。ママとトミさん、心愛ちゃんも一緒だ。


「で? 改まって話というのはなんだ? まさかここに来て結婚は嫌だとか言うつもりじゃないだろうな?」


 苛立ちを含んだ険のある声で父さんが言った。もちろんそのことにも関わってくる話だ。


 段取りとしては最初に橋口さんの悪事を暴露して、その次にアタシ自身の考えを父さんにぶつける。こういう手はずで行こうと考えていた。


 だけど――


「それを決めるのはアタシじゃなくて父さんだよ」


 父さんの言い方が気に食わなかったアタシはついつい反抗的な態度をとってしまった。


「なにぃ?」


 訝しげな、それでいて鋭い眼光を向けてくる。


「言っておくが――」


 それから父さんは、来米家とは何かを語りだす。この村の歴史がどうだとか、先祖代々から続くしきたりがどうのとか。


 くどくど、くどくど――


 話があるのはアタシの方で、父さんの御高説を聞くためにみんなを集めたわけじゃない。


「茉莉。聞いてるのか? だいたいお前はだな――」


「だあああああああっ!! うっっさあぁぁぁぁぁぁっっっい!!」


 父さんの言葉を遮るようにして叫ぶと、ここに集まった全員がキョトンとした顔でアタシを見ていた。


「さっきから聞いてれば言いたいことばっか言っちゃって! ――いい!? アタシは父さんの道具じゃないし!! この村の未来のための生贄になるつもりもない!! それでもこの男と結婚しろって言うならしてやるわよ!! ええしてやりますとも!! でもね――」アタシはビシッと橋口さんを指差した。「この男に村長を継がせないわ!!」


 売り言葉に買い言葉的な感じでついつい勢いに任せて宣言してしまった。最初に想定していた手順はもうめちゃくちゃで自分でもよくわからに事を口走っていた。


「な、なにを言い出すんだ! そんな権限がお前のどこにある!?」


 アタシは勢いのままに反論する。


「ないわよっ! でもね、父さんにだってないはずでしょ!? これまでの村長選はみんな空気を読んで――まぁ、誰もやりたがらなかっただけかもだけど、立候補者がひとりしかいなかっただけでしょ? だから常に不戦勝だったってだけ。本来なら村民が決めることなのよ! だから、アタシも立候補するわ!!」


 胸を張り、親指を立て自らを差す。


「なん……だと……?」


「そ、そんな――!?」


 面食らう父さんと橋口さんをよそに話を続ける。


「だいたい、男が村長をやらなくちゃいけないなんて言う決まりはないんだし、今の時代そういうのは古いのよ。ナンセンスよ!」


 京が言っていたことをそっくりそのまま言葉にした。そこからのアタシは、マシンガンのように捲し立てた。


 まず、実は楡金ちゃんが探偵で、アタシが彼女に脅迫状の送り主の特定を依頼していたことを教え、それが誰だったのかを暴露した。それから楡金ちゃんからもたらされた橋口さんの裏切りとも呼べる悪行や、心愛ちゃんを利用して父さんに危害を加えようとしていたこと、毎週家に届いていた脅迫状がそれに付随するものだということも。そして、極めつけは心愛ちゃんとの関係だ。

 最後にポケットからスマホを取り出して、楡金ちゃんからもらっておいた動画を再生してそれを父さんの目の前に突き出してやった。


『橋口さんは最低野郎だと来米さんに報告しないといけません。これは証拠です』


 最後に卯佐美ちゃんの辛辣な一言がスマホから発せられた。


 それでも言い逃れようとする橋口さんに対してアタシは京からもたらされた情報と京との関係も暴露した。これにはさすがの橋口さんも閉口するしかなくなったようだ。


「さあッ!! どうするの、父さん!!」


 アタシは肩を怒らせ父さんに迫った。


 場はシンと静まり返る。怖いものを見たような表情を張り付かせる父さん。茫然自失の橋口さん。俯いたまま涙をこぼす心愛ちゃん。トミさんは両手をこすり合わせ仏を拝む。ママだけはニコニコした表情でアタシを見ていた。


 ――やったわ……やってやったわ……


「これで……よかったんだよね? 楡金ちゃん……」

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