第14話 和解への道

 アタシが病室で帰り支度をしてると、楡金ちゃんが帰ってきた。


「あれ? もう帰れるの?」


「なに言ってるの楡金ちゃん。――検査のために一日だけ泊まるって話だったでしょ」


「あ、そう言えばそうだった」


 そう言う楡金ちゃんはどこかソワソワした感じだった。


「なになに? あ、もしかして退院祝いとか?」


 そんな楡金ちゃんに向かって、アタシはちょっとだけイタズラっぽい笑みを見せる。


「うん? うーん。まぁ、そうとも言えるかも」


「え!?」


 アタシは予想外の答えに面食らう。


「じつはね。脅迫状の送り主がわかったんだよ。ちょっと聞いてくれる?」


「……マジで!?」


 ここが病院だということも忘れてアタシは大声で驚いてしまっていた。


 そして楡金ちゃんは脅迫状についての話を始める。


 ――


 まず脅迫状に関する根本的なことからおさらい。茉莉の家に送られてきていた脅迫状には切手や消印がないことから、それは直接ポストに投函されていたと考えられる。

 脅迫状のことを警察に相談したことで、村の駐在所に勤務する警官が不定期に見回りに来ていた。それは約半年間続き、その間も脅迫状はポストに投函され続けていた。それが週に1回だったとして、半年続いたとしたらその数はおよそ24通分。

 警官がいつ見回りにくるかは警官側に任されており、こちらから指示を出したわけではない。

 そうなると、犯人が外から直接郵便受けに脅迫状を入れようとした場合、運悪く鉢合わせすることもあったはず。でもそうはならなかった。

 以上のことから、ものすごく単純に考えれば内部の人間の犯行と考えられる。もちろん犯人が偶然見回りの警官と会わなかっただけかもしれないけど、内部の人間なら警官の巡回などあってないようなものだ。

 じゃあなんでわたしが内部の人間の犯行だと思ったのかだけど、それは今回来米家で起きたの一連の事件のせいだ。


 一連の事件というのは、安西さんが倉庫内で頭を怪我した事件と石橋が崩れてわたしが池に落ちた事件のことだ。

 これはどちらも偶然起こった事故に見えるけれど、いろいろ不自然な点があった。

 安西さんの事故で言えば、蔵の棚の上にあった桐箱が不自然に迫り出していた形跡があったし。わたしの方で言えば、石橋の崩れた部分は明らかに自然ではない切断面をしていた。

 それらの細工を外部の人間がやったとは到底思えない。明らかに内部の人間の犯行だ。

 そしてこれらは、安西さんやわたしを狙ったものではなく、本当は蓮司さんを狙ったものだったはずだ。


 じゃあ、一体誰がそれをやったのか――

 来米家の使用人のトミさんの話によれば、鹿谷さんが使用人として屋敷で働き始めてからしばらくして、屋敷内の清掃はほとんど全部彼女がやっていたそうだ。

 そのおかげでトミさんはその他の仕事に専念できてすごく楽になったと喜んでいた。

 つまり、蔵の棚上の仕掛けや石橋の細工は鹿谷さんにしかできなかったってわけだ。だから一連の犯行は鹿谷さんということになる。


 ――


 楡金ちゃんは実に堂々としていた。冗談で言っているわけじゃなさそうだ。


「つまり……心愛ちゃんが父さんを殺すためにわざとそういう罠を仕掛けていたってこと?」


 楡金ちゃんは静かに首を縦に振った。


「でも待って。心愛ちゃんが家に来る前からそういう罠が仕掛けられてたってこともあるんじゃない?」


 しかし楡金ちゃんはそれはないと首を横に振った。


「それだと脅迫状が送られてくるようになったタイミングと合わないんだよ。現に来米家に配達される郵便の確認作業は今鹿谷さんの仕事になってる。つまり彼女なら自分の好きなタイミングで脅迫状を郵便物の中に忍ばせられるんだよ」


 来米家には村長である父さん宛の重要な書類が届くことがある。それを盗まれないようにと郵便受けは常に鍵を掛けるようにしている。その鍵を持っているのは父さんと心愛ちゃんだけだ。


「――それに鹿谷さんが家に来る前から罠が仕掛けられていた場合犯人はトミさんってことになる。仮にトミさん以外の誰かだったとしたら屋敷の掃除中にトミさんが気づいて直してるはずだし」


 そう言われて、アタシは納得するしかなかった。


「でも……やっぱりおかしくない? 本気で父さんを殺したいと思ってんなら直接やればよくない? だって、心愛ちゃんならいつでもそれができたはずじゃん?」


「まぁ、ただ殺すだけならそれでもよかったのかもしれないけどさ、自分が犯人だってバレたら意味ないでしょ? だから“事故”に見せかける必要があったんだよ。そして、そんな回りくどい方法をとった理由は他にもある」


「他にも?」


「そう、鹿谷さんは命令されてたんだよ」


「命令……って、誰に?」


 楡金ちゃんは一瞬だけ言葉をつまらせでもハッキリ「橋口さん」と言葉にした。


 その言葉を聞いて、ものすごく腑に落ちた自分がいた。驚愕とか悲壮とかそいう感情は一切わかなかった


 アタシが気を失う前に彼が言っていた“計画”という言葉。つまりそれがそういうことなんだ。でもわからないこともある。なぜ心愛ちゃんが橋口さんの命令を素直に聞くのかだ。


 すると、楡金ちゃんはアタシの疑問に答えるようにスマホをこちらに見せてきた。何の真似かと思ってその画面を見る。突然始まる動画。その場所はアタシの家の裏手にある安西のおじさんが怪我をした蔵だった。カメラがズームになって、そこにいる2人の人物が判明する。橋口さんと心愛ちゃん。画像はちょっと荒いけど2人の特徴はちゃんとわかる

 さすがに距離があるのか2人の声までは聞こえない。代わりと言っては何だけど楡金ちゃんと卯佐美ちゃんの声はバッチリ入ってる。

 そして次の瞬間あたしは自分の目を疑った。


「うそ……」


 なんと橋口さんと心愛ちゃんがキスシーンが映し出された。


 『橋口さんは最低野郎だと来米さんに報告しないといけません。これは証拠です』という卯佐美ちゃんの声を最後に映像は止まった。


 最低野郎……なんてピッタリな表現なんだろう。


「つまり、京以外にも手を出してたんだ。しかもうちの使用人」


「うん、そういうこと。だから鹿谷さんは橋口さんの指示に従った。で、そういう関係性ってことは鹿谷さんのほうが橋口さんに好意を寄せていてそれを利用したってとこだね」


「最っっっっ低!!」


 アタシは腹が立って拳をベッドに叩きつけた。


「その意見まったくもって同意するわ」


「?」


 突然別の誰かの声がして部屋の入口に顔を向ける。そこにはアタシが一番会いたくない人物が腕を組んで立っていた。


 …………


 アタシと島津京は中学時代の同級生だった。


 来米村には小学校しかないから中学は必然的に大友町の学校に通うことになり、村の子どもたちは中学では肩身の狭い思いを強いられる。理由は村の子どもたちはよその町の子たちとの交流がまったくないからだ。


 その中学はいわゆるマンモス校で、複数の小学校から子どもが進学してくる。とはいえ、同じ地域に住んでいる者同士であれば多少は気心の知れた仲となるが来米村の人間はそうはならない。


 そんなわけで、とにかくナメられちゃダメだと思ったアタシは中学デビューってやつをやらかした。髪を染めて耳に穴を開けて制服を崩して着こなしスカート丈もめちゃ短くして――


 それもあってかアタシの思っていたようなことにはならなかったが、別の意味でものすごく目立ってしまっていた。その時アタシと大揉めに揉めまくった相手が京だった。


 京は真面目を絵に描いたような人だった。何よりも学校の校則を遵守することを最優先に考え、自分のみならずそれを人にまで押し付けてくるような、漫画に出てくる口うるさい委員長タイプの人間だったわけだ。


 アタシだけじゃなく素行の悪い人間にはとことん噛み付いていった。一度、不良の子たちの間で京に一泡吹かせてやろうみたいな話が持ち上がったけどそれは実行されなかった。京と同じ学校出身の生徒から、京は剣道を習っていてめちゃくちゃ強いという話がもたらされたからだ。実際中学でも彼女は剣道部に所属していた。結局不良の面々は彼女に対して何一つ抵抗することができなかった。それが彼女の行動をさらに助長させ、ほとんどの不良は矯正されていった。


 だけど、アタシはそうはならなかった。いつまでも事あるごとに反発し、これがフィクションの世界ならなんやかんやあって最終的に仲良くなったりするところだけど、最後の最後卒業するまでずっと仲が悪いままだった。


 アタシが京を嫌った理由はいくつかある。中でも一番大きな理由は、京が自分のやり方を人に押し付けてくるワケだ。


 『あなたみたいなクズと同じ学校に通っていると思われたくないからよ。私の進学に響いたらどう責任取るの?』――と、これはアタシが直接京に言われたセリフだ。


 嘘でも「あなたのためを思っていってるのよ」と言われれば納得しないこともなかっただろう。けど実際は人のことなんかどうでもよくて、自分のことしか考えてないその言葉にカチンと来たわけだ。意地でも自分を貫き通してやると思ったキッカケでもある。


 ――だけど結果はどう?


 京は望んだ通りの進学校に入っていい大学出て、聞けばあの有名な花屋敷系列の会社に入ったというではないか。それに比べてアタシは家から逃げるようにして遠くの全寮制高校に入学して卒業後は大学にもいかずフラフラ遊び歩いて……


 楡金ちゃんとの出会いは別にしたても、今のアタシには誇れるものなど何一つない。自分が不幸だなんて言うつもりはない。アタシ以上に不幸な目に遭っている人は世の中たくさんいる。そうとわかっていても自分の今の境遇を嘆かずにはいられなかった。


 悪いのは他の誰でもない自分なのに、誰かに当たり散らしたくて仕方ない――そんな理不尽な思いを抱いたまま今に至る。


 そんなときに、極めつけと言わんばかりに橋口さんと京の浮気(?)現場を偶然見てしまった。


 何も言えなかった。一番の理由は惨めな自分を京の前に晒したくなかったからだ。中学の頃に反発しあっていたあのときのアタシはもういない。


 こんなアタシを見れば京は必ず勝ち誇ったように言うだろう「ほら言ったでしょ? 私の言ったとおり真面目にやってればよかったのに」って。


 だからアタシは逃げた。京からも現実からも……


 …………


「なんであんたがここにいるの!?」


「彼女に呼ばれたからよ」


 京が視線を移した先には楡金ちゃんがいる。


「どういうこと?」


 アタシが訊くと、楡金ちゃんはこれまでの経緯を説明してくれた。どうやらさっきアタシに話した推理に至れたのは京のおかげもあるようだった。


「私もまさか彼が自分以外の女性に手を出してるとは思ってなくてね。しかも何やらキナ臭い事になってるらしいじゃない。だからここはひとつ協力してあげようと思って」


「協力ぅ!? ふざけんじゃないわよ!! 今までアタシの邪魔ばっかりしてきたくせにどの面下げて――」


「まあまあ、落ち着いてよ茉莉。それにここは病院だから」


 言葉の途中で怒りを顕にするアタシを落ち着かせようとする楡金ちゃん。楡金ちゃんはアタシと京の仲の悪さを全然わかってない。


「言っておくけど、あなたが彼の婚約者だと知ったのは彼と付き合うようになってからよ」


「何をぬけぬけと! だったらなんで京が橋口さんと付き合うことになったわけ!?」


 方や寒村の次期村長で方や花屋敷グループのエリート。どう考えたって出会いの機会などない。


「それはあれよ。私が出世するために彼を利用しようと思ったのよ」


「出世?」


「そう。花屋敷グループの上層部はほぼ9割は男で構成されてる。そんな場所に何の後ろ盾もない女が入っていこうと思ったらそれなりの結果を出すしかない。でしょう?」


「結局自分のためってわけね。昔っから変わってない」


 すると京は呆れたように息をつく。


「確かに自分のためってのは認めるわ。だけどどうせ働くなら給料が良い仕事に就いた方がいいに決まってるし。同じ仕事なら人に使われる仕事より人をアゴで使う仕事の方が楽でしょ? だから私はそのために利用できるものは何でも利用する。それだけよ」


「だったらアタシのことなんて放っておいて勝手にやればいいでしょ!」


「そうね。本来はそうするつもりだったんだけど……邪魔が入ったのよ。――ね」


 京が楡金ちゃんを睨むと、楡金ちゃんはたははと不自然な笑みを浮かべる。


「協力しなかったら私の計画を潰すなんて言うもんだから。協力せざるを得ない状況なわけよ。わかった?」


 わかった? ――と訊かれても、さっぱりわからない。そもそも協力というのがいったい何に対しての協力なのか不明だ。


「茉莉は橋口さんとの結婚嫌なんでしょ? だから島津さんが橋口さんがやってきたことをすべて蓮司さんに打ち明ければ、彼はたぶんもう村長にはなれない。そうすれば茉莉も結婚しなくてよくなるでしょ?」


「楡金ちゃん……」


 まさか楡金ちゃんがそんな事を考えてくれていたとは驚きだ。


 楡金ちゃんがさっき言った脅迫状の件。あれはあくまで状況証拠から彼女が導き出した答えに過ぎない。だけどそこに京の証言が加わればそれは確固たるものになる。そういう魂胆なんだろう。


 でもそれだと……


「京にメリットがない」


 橋口さんが村長になれなかったら当然京の計画も頓挫する。そんなことにこの京が協力するとは思えなかった。


「あるわよ。メリットなら」


 アタシが首を傾げると、彼女は言った。


「アンタが村長になればいいのよ」


「……は?」


 それはまったくもって理解不能な提案だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る