第13話 意外な再会

「つまり、言い争いみたいになって後ろに倒れたと……」


「うん」


 茉莉の話を聞く限りでは不慮の事故って感じだ。


 だったら橋口さんはわざわざ嘘なんてつく必要なかったのに。あまりのことに冷静さを失い自分が疑われるとでも思ったのだろうか。でもその嘘のおかげで彼の口から『石』というワードが飛び出たのも事実だ。


 安西さんのところへ行っていた晶子さんが戻ってくる。真剣な表情をしていたわたしたちを見て、「何かあったの?」と首をかしげる晶子さんになんでもないと答える茉莉。


 わたしは晶子さんと入れ替わるようにして病室を出ることにした。


 ――――


 病院の外に向かう途中で、反対側の廊下からこちらに向かってくる歩いてくる見知った顔を見かけた。


「あれ? 鹿谷さん?」


 もしかして鹿谷さんもお見舞いかな――と思ったが、すぐにそれはないなと思い直す。


 鹿谷さんの茉莉に対する態度を見ればそういうことはしなさそうだ。それに彼女の歩いてくる方角は病院の入り口のとは別の廊下だ。そしてそれは安西さんのいる病棟とも違う。つまり彼女自身の病気か、あるいはまったく別の誰かのところに行っていたかだ。


「あ……」


 どうやら鹿谷さんもこちらに気づいたみたいだ。


「どうも。えっと、どこか具合でも?」


 いきなり相手の病気を探るような発言はどうかとも思ったが、彼女は茉莉ほどではないけれど、わたしに対してもどこかよそよそしいので、会話の糸口がつかめなかったというのが本音だ。


「えっと……その……失礼します!」


 鹿谷さんは頭を下げてそのまま病院の出入り口の方に走って行ってしまった。


「うぅん。さすがに失礼だったかな」


 なんとなく天井からぶら下がる案内板に目をやる。鹿谷さんがやって来た廊下の方角にはと表記されていた。


 ――――


 病院を出てバスで駅まで来ると、来米村行のバスが来るまで結構な時間が空いた。もともと来米村行のバスの本数が少ないから仕方ない。どこかで時間を潰そうと考えていると明里から携帯に着信があった。


「どしたの? もしかして何かあった?」


『はい。どうやら橋口さんはタクシーでどこかに向かうようで、これ以上の追跡は無理になりました。それと、ひとつだけ気になることがありまして……』


「あ、待って。今からそっちに帰るとこだから話は合流してからにしよう」


『はい。わかりました』


「じゃ、また後でね」


 電話を切った。


 今朝、わたしは明里に橋口さんの監視をお願いしていた。今の電話はその報告だ。


 橋口さんには昨晩失言したという疑惑がある。そこで、どうして鹿谷さんの仕掛けた罠の存在を橋口さんが知っているのかという疑問にぶち当たったわけだ。

 そして2人は先日蔵の影で人目を忍ぶようにしてコソコソと話をしていたのをわたしと明里が目撃している。そこで考えついたのは2人が裏で繋がっているのではないかということだ。


 正直に言えば、屋敷中に罠を仕掛けて蓮司さんを殺すということを鹿谷さんが考えついたとは思いにくい。なぜなら彼女にとって蓮司さんは雇い主で、蓮司さんが亡くなったら自分の仕事に影響が出る可能性だってあるからだ。最悪の場合解雇だってあり得る。

 だけど橋口さんにいいように丸め込まれて犯行に及んでしまったと考えれば納得できないこともない。その確証を得るために明里に橋口さんの尾行を任せたというわけだ。


「さてと……」


 わたしは改めてどこかで時間をつぶそうと歩き出したタイミングで、道路を挟んだ向かいの歩道を歩く女性の姿が目に留まった。


 その女性は先日橋口さんと腕組みして歩いていた女性で間違いなかった。これはチャンスと思いわたしは彼女の後をつけることにした。


 少し距離をおいて尾行を続ける。街は相変わらず人で賑わっているが、彼女の姿を見失うほどではない。


 それにしても、今の彼女は前回とは雰囲気が違って見えた。男の人と腕を組むような甘える感じの女性ではなく、できる女、キャリアウーマンと言った感じだ。


 そんな疑問をいだきつつ尾行を続ける。


 先程かかってきた電話で明里が橋口さんが車でどこかにでかけたと言っていた。もしかして彼女と会うためじゃないだろうか。


 しばらく尾行を続けていると、彼女は道路沿いに止まっていた1台の車の傍で立ち止まった。黒のセダンで、後部座席のドアガラスにはスモークが貼られている。


 そのドアが開いて中から出てきたは――


「えっ? マジ!?」


 意外すぎる人物だった……


 …………


 瓜生辰雄うりゅうたつお――去年の夏、ひょんなことから知り合うことのなった恰幅のいい男性。たった一代で花屋敷グループを築き上げたひとでその会長を努めている。簡単に言ってしまえばお金持ち。


 なんと車から降りてきたのはその彼だったのだ。


 あまりの出来事に、わたしは隠れるのも忘れて立ち尽くしてしまっていた。そしたら、彼がわたしの存在に気づいて声をかけられてしまったのだった……


「いやぁ、まさかこんなところで探偵さんに会えるとは思ってなかったぞ」


 辰雄さんはガハハと豪快に笑う。


 わたしは今、なぜか辰雄さんと同じテーブルについて昼食をご馳走になっていた。この席にはもちろんわたしが尾行していた女性も一緒だ。


 ――どうしてこうなった……って、考えるまでもなく自分のせいなんだけど。


「あの……そろそろ彼女が誰なのか教えていただけないでしょうか? 探偵という話でしたが……」


 辰雄さんの隣りに座っていた女性――島津しまづさんが尋ねた。


「おぉ! すまんすまん。えっと彼女は……えっと、名前、なんじゃったかの?」


「覚えてないんですか……」


「うむ。仕事柄多くの人間と合うからの、歳のせいもあって1回や2回会っただけでは名前を覚えられんのじゃ」


 そしてまた、ガハハと豪快に笑う。


 でもそれは仕方のないことだ。あのときは事が事だったし、人にとっては記憶から抹消したい出来事でもあるだろう。


「楡金八重です」


「おお。そうじゃったそうじゃった」


 すると今度は隣の女性が自己紹介してくれる。


「私は島津京しまづみやこといいます。花屋敷系列の会社で働いています」


 島津さんが改めて自己紹介してくれる。ここに来るまでに瓜生さんが何度も彼女を島津くんと呼んでいたので今さら感はあった。


 花屋敷系列の会社という濁した言い方をしたけど、普通に会長と会って話ができるってことは島津さんはそれなりの地位にいるってことだ。


「ところで島津くん。例の件はどうなっとるのかのぉ」


「会長。このタイミングでその話は……」


 島津さんは一瞬だけわたしの方を見た。


「うん? なにかまずいのかの?」


「会長……」


 島津さんがため息交じりに落胆する。これには完全に同情する。


 普通は部外者であるわたしの前で仕事の話なんかしない。どうやら辰雄さんはそれをわかっていないようだ。


 そんなでも会長をやれてしまうのは瓜生さんの持つ人徳故だろうか。


「まぁ、いずれ知れることになるんじゃ。構わんじゃろ? ――なぁに、君に責任を追わせるようなことはせんよ」


「会長がそうおっしゃるなら」


 島津さんはコホンと空咳を入れると。


「少々厄介なことになっているようです。ただ、彼の方には私のからいくつか対処法を提案しておきました。恐らく予定が遅れることはないかと思います」


「うむ。昨日の報告を受けて一時はどうなるかと思っとったがこれで安心じゃな。――いやぁ、あの広大な土地にゴルフ場ができるのが楽しみじゃな」


「ゴルフ場?」


「うむ。実はのぅ――」


 島津さんが「それ以上は」と辰雄さんの言葉を遮った。しかし、辰雄さんは「まぁいいじゃないか」と話を続けてくれる。誰かに話したくてうずうずしている感じがこっちにまで伝わってくるが、ハッキリ言ってその態度は経営者向きではない。


 これでよく会長職に就けたよね……と思う。黒い噂もまことしやかに囁かれているようあるようだし、いろいろと勘ぐってしまう。


「ここの隣に来米村というところがあっての。そこにゴルフ場を建設予定なんじゃ」


「……ぅん!?」


 わたしは自分の耳を疑った。


「でも、来米村の村長はリゾート施設の誘致には反対しているって話では?」


「ほほぅ。よく知っておるの。でもそれは現村長の話じゃ。後任が決まっておる何某なにがしとかいう男は賛成派じゃぞ。しかも今年の4月には村長になることが決まっとるっちゅう話じゃからの」


 後任の男……間違いなく橋口さんのことだ。


「そんな話、噂でも聞いたことないですけど」


「そりゃ理由があるからの。今その話を公にしてしまうと、現村長の耳に入ってしまうかもしれんじゃろ? そうなると後任の件がご破談になるかもしれん。そういう理由で口止めされてるんじゃ」


「会長は今その話を無関係の人間にしているわけですが」


 島津さんの冷静なツッコミが入った。


「おお! わしとしたことが。ガッハッハッ――」


 辰雄さんが頭頂部をペシッと叩いておちゃらけてみせた。


 まさか茉莉が話してくれた橋口さんが言っていた『計画』ってこれのことなんじゃ……


 だが、まだそうと決まったわけではない。ここはなんとしても話を聞き出すべきだ。


「あの、瓜生さん――」


 わたしが追求しようとしたところで、黒服の男性が瓜生さんに近づいて耳打ちす

る。


「うむ? そうか、わかった」


 瓜生さんはいつになく真剣な表情をして椅子から立ち上がった。


「ガッハッハ! わしも色々忙しくての。急用ができたのでここらで御暇するよ。ああ、金はわしが払っておくから2人は心ゆくまで楽しむといい」


 島津さんが立ち上がって姿勢を正して瓜生さんに向かって腰を折る。


 わたしは折角のチャンスを不意にしてしまったことでただ呆然と座っていることしかできなかった。


 その場に残されるわたしと島津さん。さっき知り合ったばかりの彼女との間には気まずい雰囲気が漂う。わたしは別に人見知りってわけではないけれど島津さんはなんだか話しづらいオーラをまとっていた。


 鉄の女。明里とはまた違った意味での寡黙な美人という印象だ。


 それでもわたしは訊かなければならない。むしろ瓜生さんより島津さんのほうがより詳し事情を知っているに違いないのだ。


「あの、ちょっといいですか?」


「何かしら?」


 目も合わせず返事だけをする。


「島津さんって、橋口さんと恋人同士なんですか?」


 聞いた瞬間彼女は睨みつけてきた。


 それでもわたしは怯まない。


「はは。そんなわけないですよね。だって橋口さんは今度茉莉と結婚するって言ってたし。もし島津さんと恋人同士だったら浮気してるってことになっちゃいますよね?」


「あなた、あの女と同じで性格が捻じ曲がってるわね」島津さんはずっとわたしを睨みつけたまま言う。「この前あの女と一緒にいるのを見たからいろいろ知ってるんでしょう? 探偵って話だからあの女に浮気調査でも頼まれたってところかしら?」


 あの女というのは間違いなく茉莉のことだ。そしてこの前というのは安西さんのお見舞いの帰りのことだろう。ということはつまり島津さんはあのときこちらの存在に気づいていたってことだ。


「なるほどなるほど。つまりこの前偶然町で見かけたとき島津さんが橋口さんと腕を組んで歩いていたのは茉莉に対する当てつけだったわけですか」


「だったらなに?」


 剣のある鋭い声。図星ってことだろう。


「いえいえ別に」と口では言いつつも、内心ではこの人も相当正確が捻じ曲がってるなと思っていた。ここで互いに罵り合いみたいなことを始めてしまっては何の意味もないので口にはしなかった。わたしの目的はあくまで計画の全容を知ることだ。


「まあ別にそれはいいんですけどね。たださっきの瓜生さんの話を聞いている限りだと来米村のリゾート地の計画如何によってはは島津さんの進退にも影響が出るってことですよね?」


 相変わらず睨みを効かせたままの島津さんだけど眉根がほんの僅かに反応したのを見逃さなかった。

 いつも感情表現の乏しい明里の表情を読み取っているのでそういうのには慣れてる。


「もしも橋口さんの計画が頓挫しようとしてるって言ったらどうします?」


「ふんッ。カマをかけようというつもりなら無駄よ。彼からは順調だという報告を受けているもの」


「ええそうでしょうね。彼はそう言うでしょう。なぜなら彼自身計画が頓挫しようとしていることに気づいてませんから」


「どういうことかしら?」


 島津さんの表情に陰りが見えた。


 そこでわたしは彼女にこう宣言した。


。それが嫌なら、ちょっと協力してくれません?」

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