第12話 眠れぬ夜に……
眠れない――
理由はわかっている。
結婚が間近に迫っていること、そしてアタシ自身がそのことに納得できていないこと。それを誰にも言えないでいること……
責任の大半は自分にあるのかもしれない。だから、アタシはアタシ自身にイラついてるんだ。
だけどどうしたって納得できないことはある。それは橋口さんと
「ホント、最悪だ……」
体を起こし隣に目をやった。
そこには可愛らしい寝顔の楡金ちゃんと、楡金ちゃんに抱きついて寝ている卯佐美ちゃん。
猫みたいな楡金ちゃんと忠犬のような卯佐美ちゃん――
とても幸せそうだ……
2人の幸せそうな姿を見て、ふと、先日楡金ちゃんが卯佐美ちゃんの寝相の話をしていたことを思い出す。相手の寝相を知っているということは、この2人はもしかするとそういう関係なのかもしれない。
それに比べてアタシときたら……
「はぁ……」
布団を抜け出し、外套を引っ掛け部屋を出る。
「さっぶっ――」
比較的温暖な気候のこの村も冬の夜とあっては例外だ。
吐く息が白く広がって消える。
暖かいミルクでも飲んで気持ちを落ち着けよう。そしたら眠れるかもしれない――
そう考えて廊下を歩いていると、開け放たれた戸板の向こうで小さな光が動いているのが見えた。光だけじゃなく、微かに声も聞こえてくる。
それが気になって外に出てみることにした。
アタシはお化けとかそういう類のものはまったく信じていない。だから暗い場所をひとりで歩くのも平気だ。
石橋を渡り、野点のスペースに向かって歩く。すると、そこにいたのは橋口さんだった。こちらに背を向けて、携帯に向かって話をしている。さっきの光の正体はどうやらその光が見えていたようだった。
「ええ。心配しなくても大丈夫です。計画は順調です。それでは」
直ぐ傍で電話をする彼。
この距離ならその声もはっきりと聞こえる。
計画……? 一体何の話をしているのだろう?
彼は電話を切った。さっきの一言だけではその全容はつかめない。
「うわっあ!! お――、ビックリさせないでくださいよ」
携帯をしまってこちらに振り返った彼がアタシに気づいてひどく驚いていた。
音もなく背後に現れたアタシを見て驚いた……それもあるだろうけど、驚いた理由はきっとそれだけじゃないはず。
「ねぇ、計画って何?」
「聞いていたんですか? ――申し訳ありませんけど仕事の話なのでいくら茉莉さんといえども内容を明かすことはできません」
嘘だ――
直感的にそう思った。
「こんな夜遅くに仕事の電話?」
――そんあのあるはずない。
橋口さんは村役場で働いている。この村の役場の仕事がこんな夜遅くまでかかることがないことくらい理解している。
「ええ。そうですよ」
きっとその言葉も嘘。だけどアタシにはその嘘を覆せるだけの根拠がない。だからこの話はこれ以上深く追求できなかった。
「そうなんだ。真面目だね」
これは皮肉だ。嘘に対する仕返し。
「話は変わるんだけどさ――」
そこまで言って、言葉を続けるべきか否かためらった。
――橋口さんはアタシと結婚することをどう思っているんだろう……?
これまでそのことを直接ぶつけたことはない。彼だって本当は結婚が嫌なのかもしれない。だからアタシ以外の女の人と……ってのはあるかもしれない。
「どうかしたんですか?」
黙っていると、彼が訝しげな声で訊いてくる。
「あのさ――」
――言おう……言ってしまおう……言ってしまえば楽になる。
「アタシと結婚するの嫌だよね?」
「いいえ」
即答だった。ひどく落ち着いて冷静な態度。
ちょっとくらい動揺したりするものだと思ってたけど……
それはもう覚悟を決めている人間の態度だ。
――だったらなんで浮気なんて……
先日、大友町で橋口さんが京と一緒に歩いているところを偶然目撃した。だけど、彼が彼女と歩いているところを見たのはあれが初めてじゃない。過去に何度か目撃している。
「嘘だよ……だって、この前女の人と腕を組んで歩いてたでしょ?」
「……見ていたんですか? でも、あれは仕事の話をしていただけですよ?」
「ただの仕事相手と腕組んで歩くの!? 変だよそんなの!?」
彼の悪びれない飄々とした態度が癪に障ってついつい声が大きくなる。
すると彼はやれやれと言ったふうに深い溜め息をついた。
「もし仮に、彼女と僕が仕事以上の関係だったとして、それがなにか問題あるんですか? 少なんくとも浮気にはならないでしょう? なぜなら、僕と茉莉さんは許嫁ではあるが恋人同士ではない。――違いますか?」
アタシたちは婚約者なのに彼氏彼女の関係ではないという端から見れば歪な関係だ。でもだからって、結婚を直前に控えている状況でほかの女性と付き合ってるっていうのは気持ちのいいものじゃない。
アタシと結婚してからも影でコソコソその関係を続けられでもしたらたまったものではないし、常にそういう疑念を抱いたままの結婚生活なんて幸せなはずない。
わかっている――これがものすごく自己中な考え方だというのは。最初に父さんの言いつけどおり中学卒業と同時に結婚していればこうはならなかったのかも知れない。
アタシが自由を求めたばかりにアタシはつらい思いをするハメになってるだけなのかも知れない。
それでも……
「橋口さんの言い分はわかった。でも、このことは父さんに相談するから」
アタシはその場を後にしようと踵を返す。
すると、アタシの肩がものすごいでつかまれ、無理やり反転させられる。
「ちょっと!? な、なに!?」
「それはダメだ!!」
このとき初めて彼は感情的になっていた。眼鏡の奥の瞳が怒りに満ちた眼差しでアタシを凝視する。ここまで感情的になっている彼を見たのは初めてかもしれない。
それは同時に、アタシのやろうとしていることが彼にとって都合が悪いということを表していた。
「それで婚約が解消にでもなったら僕の計画が台無しじゃないか!!」
計画……
またその言葉。
「計画って――」
両肩を捕まれ激しく揺さぶられ言葉を最後まで口にできなかった。
アタシは逃れようと彼の手を弾いた。そのタイミングがちょうどベクトルがアタシの後方に向かっているときだったため必然的に後ろの方に倒れる。
「はっ!?」
受け身も取れずアタシは背中から地面に倒れて、後頭部に強い衝撃を受けた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます