第11話 月夜に啼く

 わたしは明里に呼ばれ目を覚ました。


「う……ん? 朝?」


 頭の中でアレヤコレヤと考え事をしているうちに眠ってしまっていたようだ。


「違います。今は夜の11時過ぎです。まだ日付は変わっていません。とにかく起きてください。来米さんが大変なことになってるんです」


「来米さん……? って、茉莉?」


 寝ぼけながらの対応に対し明里が首を縦に振った。体を起して横を見ると、茉莉が寝ているはずの布団には誰もいなかった。


「茉莉……は、どこ行ったの?」


「じつは……」


 明里の話を聞いてわたしは飛び起きてパジャマ姿のまま外へと飛び出した。


 明里は誰かの叫び声で目を覚ましたらしい。その際、茉莉がいないことに気づきひとりで外に出たら、庭の方で何事かを叫んでいる人がいたそうだ。

 玄関から外に出て声のする方に近づいてみると、野点用のスペース――赤い絨毯の上に仰向けの状態で気を失っている茉莉がいてた。そこには橋口さんの姿もあり彼は必死に彼女に呼びかけていたそうだ。

 明里はすぐさま救急車を呼んでその後でわたしを起こしに来たとのことだった。


 わたしと明里がその場所に行くと蓮司さんと晶子さん、トミさんに鹿谷さんの姿もあった。

 蓮司さんはただ突っ立て茉莉を見下ろしている。その隣にいるトミさんは拝むように手をこすり合わせていた。彼女なりにの無事の祈り方のようだ。

 鹿谷さんはちょっと距離をおいたところでこちらを見ないように顔をそらして立っていた。

 晶子さんは茉莉の体を揺すって必死に呼びかけていた。その悲荘な叫びからかなり動揺しているのがわかる。


「あまり動かさないほうがいいですよ。もし頭を打っていた場合は反って逆効果になる場合もあります」


 明里が言うと、晶子さんはその手を止めた。


「一体……何が起きたのかね?」


 蓮司さんの声は心なしか震えているように感じた。


「2人で話がしたいと言われ、ここで話をしていたんです。話が終わって茉莉さんが家の中に戻ろうとして石につまずいてそのまま頭を打ったみたいなんです」


「そうか……救急車は呼んだのかね?」


 明里がはいと頷く。


「――ならそれを待とう」


 そう言って蓮司さんは泣き崩れる晶子さんの肩を抱いた。


 わたしは橋口さんの言葉に違和感を覚えていた。


 石につまずいた――という言葉が引っかかった。


 家に戻ろうとして石につまずいたのなら、普通うつ伏せに倒れるんじゃないだろうか? それとも橋口さんが茉莉を仰向けにしたのだろうか? 仮にそうだとしても、前方に倒れるようにつまずいたのなら反射的に手が出て気を失うまでには至らない場合が多いはず。

 それに、辺りは暗闇に包まれていて、周囲の状況などほとんどわからない状態だ。夜空には星と下弦の月が出てはいるが、その明かりがとても心もとない。その状況下で橋口さんはなぜ石につまずいたと断定できたのだろうか。


 たしかに今日のお昼にここを調べたときつまずくきそうな石があったことにはあった。実際わたしもそれ躓いたのだから。加えて、その石は昼に明里と2人で取り除いたはずだ。だから今は絨毯の下に石なんてないし絨毯の周りは手入れの行き届いた芝に覆われているので少なくともつまずきそうな石はない。


 なのにどうして橋口さんは石につまずいたなどと言ったのか……


 考えられる理由としては、ってことだ。


 絨毯の上でうつ伏せに倒れる茉莉にすがる晶子さん。その直ぐ横には橋口さん。目が夜の闇に慣れてくると、彼の表情が薄っすらとだけど判断できるようになる。心配そうな表情を浮かべる橋口さんの態度は果たして本心なのだろうか……


 その後、茉莉は救急車で病院へ運ばれることになり、晶子さんが付き添うことになった。幸い救急車の中で意識を取り戻したらしいが、1日だけ入院して検査をすることになった。


 …………


 翌朝、わたしは茉莉の入院している病院へと赴いた。茉莉が検査入院することになったのは安西さんが運ばれた病院と同じだった。


「いやぁ、ゴメンねぇ、こんなことになって」


 茉莉がたははと自虐的な笑みを浮かべる。


 昨晩茉莉に付き添って救急車に乗って来たはずの晶子さんは今、安西さんの様子を見に行っている。だから、この病室にはわたしと茉莉しかいない。


 ちなみに、明里には別件を依頼してあるので病院には来ていない。


「いいよ気にしなくて」


「アタシは大丈夫だって言ってるんだけど、先生が検査しろって言ってさ」


 病院の先生ってだいたいそんなもんだ。ここで、茉莉をそのまま帰して何かあったら、それはこの病院の信用問題にも関わってくるから。


「でも今日だけでしょ? だったら我慢すれば。少しくらい」適当な励ましの言葉をかけて、わたしは本題に切り込む。「――でさ。昨日のことなんだけど。何があったか覚えてる?」


「あ……ぁ」


 途端に茉莉の表情が陰る。


 茉莉が気を失うまでに一体何があったのか……


 わたしはその時の状況を橋口さんの口からしか聞いていない。だから茉莉からも聞く必要があった。


 茉莉は昨晩の出来事を話し始めた。

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