第4話 午後の一幕 前編
7時間にも及ぶ長旅。時刻は午後1時を回っていた。電車を降りた場所は
ここから村行きのバスに乗るという茉莉の案内に従いバスの停留所へ向かう。そしてその停留所の案内に書かれていたのは『来米村』の3文字。
……来米村……?
「来米村ぁっ!?」
来米といえば茉莉の名字だ。
わたしは隣に立つ茉莉の方を向いた。
「なんで今さら驚くのよ。アタシ電車の中で村長の娘だって話したじゃん」
たしかに言っていた。だけどわたしが驚いたのはそこじゃない。村の名前が茉莉の名字と同じという点だ。
それはつまり、これから向かう場所は正真正銘“茉莉の村”ってことなんだから……
――――
わたしたちがバスに乗り込むとバスは直ぐに出発した。乗っているのはわたしたち3人だけだった。
走ること約30分バスは徐々に人里から離れて行き長いトンネルを抜けると『来米村にようこそ』と書かれた看板が出迎えてくれる。
窓から見える景色は山と田んぼに畑が目立った。そんな殺風景な中を走ってバスは一際目立つ家の傍で停車した。
バスを降りてすぐにわたしは大きく伸びをすると冷たい風が耳朶を打った。だけど我慢できないほどじゃない。むしろ厚着しているせいでちょっと暑いくらいだ。
「あれがアタシん家だから」
茉莉が指差す方向にあったのは停留所の直ぐ側にあった家。こんなところで降ろされた時点で何となく予想はしていたけど、いざそう言われると驚きを隠せない。
その家は端から端までどのくらいの距離があるかわからないほどのカサヘイに囲まれていた。その塀垣の向こうに見える家も和風な造りをしていて物凄く大きい事がわかる。
家……というよりも屋敷と言ったほうがイメージぴったりだ。
「反則だ……」
何がどう反則かは自分でもよくわからないけど、なんとなくそんな言葉が口をついて出た。
「んじゃ、ついてきて」
茉莉の後ろに続いて門戸を抜けると、景色が一転する。
庭園だ。
足元、家の玄関に続くまでの道には綺麗に玉砂利が敷いてあって、そうでないところは緑の芝に覆われている。芝には松が植えてあったり灯籠やマメツゲがある。奥の方には野点を目的としたスペースなんかも見える。
玉砂利の絨毯の途中にはアーチ状の石橋があって、その下を鯉が優雅に泳いでいる。
そんな浮世離れした光景にただただ圧倒されてしまっていた。
「あ、そうだ!」
茉莉が思い出したように振り返る。
「楡金ちゃんが探偵だってことは家族に内緒にしてあるからさ。友だちが家に遊びに来たっていう体でよろしく。卯佐美ちゃんもね」
「うん」「はい」
わたしたちは同時に返事をした。
茉莉が玄関の扉を開けると中もやっぱりすごかった。和風な造りの内装。玄関も広ければ廊下も広い。
戸を開ける音を聞きつけたのか、割烹着姿の60代後半くらいの女性が姿を見せる。
「おかえりなさい。茉莉さん」
「あ、トミさん。紹介しとくね。この2人が今日からうちに泊まる友だち。背がちっこいほうが楡金八重ちゃんで、美人さんのほうが卯佐美明里ちゃんね」
「楡金さんと卯佐美さんですね。よろしくおねがいしますね」
トミさんと呼ばれた女性が腰を深く折って頭を下げる。
「いえいえこちらこそ」
それにつられるようにわたしも深く腰を曲げて礼をした。
「んで、楡金ちゃん。この人はトミさん。うちのお手伝いさんの一人。アタシが子どもの頃からお世話してくれてるの」
お手伝いさん……
どこまで言ってもお金持ちなんだなぁと思わされる。しかも、一人ってことは複数人いるってことだし。
「それじゃあ、アタシは2人を客間に案内するから」
茉莉が言うと、トミさんはかしこまりましたと廊下の奥へ消えていった。
「一応伝えとくと、この家に住んでるのはアタシと両親の3人と、お手伝いさんのトミさんと心愛ちゃんの5人。両親と心愛ちゃんに関しては見かけたとき改めて紹介するね」
説明を聞きながら家に上がり、わたしたちは茉莉の案内で客間へと移動した。
案内された場所は玄関を上がって左手に伸びる廊下沿いにある一番奥の部屋だった。反対側は縁側になっていて玄関側に見た庭園が見える。
障子戸を開けて中にはいると、12畳ほどの和室だった。テレビやエアコンもあって、さながら旅館の一室を思わせる。
「楡金ちゃんたちは布団でも大丈夫だよね? まぁ、無理って言ってもベッドないからあれなんだけどさ」
わたしは問題ない。明里も大丈夫ですと返事をした。
「んじゃ、アタシも部屋に荷物置いてくるからチョットだけ待っててね」
茉莉が早足で部屋を出ていった。
とりあえず持っていた荷物を部屋に置いて畳の上に大の字になってみた。
畳の距離が近くなると独特の匂いがした。
「は~、これがい草の匂いってやつ?」
「八重様。おそらくこれかと……」
明里の方に首を向けると、壁際の飾り棚の上を指差していた。
和室の香りの芳香剤が置いてあった。
四つん這いになって近づいていって、芳香剤に向かって鼻を鳴らすと同じ匂いがした。
「なんだ……そういうオチか」
「ところで、脅迫状の件はどうするつもりなんですか?」
「そうなんだよねぇ」
わたしは胡座をかいて腕を組んだ。
正直な話。こっちは警察以上の捜査ができるわけじゃないから、警察が匙を投げた事件をわたしが解決できるかって言うと正直微妙だ。
茉莉と相談した結果、わたしと明里がここに
1週間でどこまでやれるかわからないけど、やれるだけのことはやるつもりだ。
人間誰しも完璧はありえないわけで、警察もそれは同じ。彼らが見落としているなにかに気付ける可能性だってある。
わたしの考えだと脅迫状の送り主は茉莉のお父さんである蓮司さんに
その理由は脅迫状に切手が貼られていなかったことだ。
切手が貼られていなかったということは犯人は直接郵便受けに脅迫状を入れてるいる可能性が高いからだ。
最初の半年は警察が張り込みをしていたという話で、その間も脅迫状が送られてきていたということは監視の目を掻い潜っていたということにほかならない。
それができたのは犯人が警察から疑われない人物で、茉莉のお父さんから信頼されていた人物である可能性が高いってわけだ。
そうなると今知りたい情報は茉莉のお父さん――蓮司さんの人間関係を知ることだ。
茉莉が客間に戻ってきてから、わたしは早速自分の考えを茉莉に話した。
すると……
「交友関係か……アタシもよく知らないんだけど、役場に行けばわかるかな?」
茉莉の返答は芳しく無くなぜか疑問形だった。いきなり役場に押しかけて村長の交友関係を教えてくださいなんて言ったところではいわかりましたとはならないはずだ。
その時ぎゅ~っという不思議な音が聞こえてきた。音の出どころは明里のお腹だった。
当の本人は恥ずかしがる素振りすら見せず、何事もなかったかのように正座している。
いつもの無表情の明里だ。
「そういえば何も食べてないよね。外に出てみる? ついでに役場にも行ってみればいいしさ」
空気を読んだ茉莉が提案すると、わたしはそれを了承した。
…………
茉莉の家をで徒歩で15分程でいろんなお店が並ぶ場所へとたどり着いた。商店街って表現で合ってるんだろうけど、村なのに街ってのもちょっとおかしな表現だなって思った。
昼過ぎの商店街は特に賑わうこともなく人の数はまばらだった。少し歩いてその理由をすぐに察することができた。商店街内に並ぶ店の何件かはシャッターが下りたままだった。早々に店じまいとかではなく営業そのものが行われていないのだ。
茉莉いわくここ数年で次々と店が潰れていっているらしい。理由は経営者の高齢化と隣町である大友町にある大型のスーパーやデパートの影響とのことだった。
「おや。茉莉ちゃんじゃないかい」
八百屋の前を通り過ぎるとそこにいたおばちゃんに呼び止められた。2、3言葉を交わし離れると、また別の店で呼び止められる。
「おぉ、茉莉ちゃん。お父さんによろしく言っといてよ」
「あら? 今日はお友だちと一緒なのね」
「茉莉ちゃんの白無垢姿楽しみだよ」
「今日もこうやって商売ができるのは全部来米さんのおかげだよ」
などなど、次から次へと声をかけられ、そのたびに少しだけ立ち止まって話をする。通常営業している店はそれなりに元気にやっているようだ。
それにしても驚いたのは茉莉の人気ぶりだ。村長の娘ってのは伊達じゃないみたいだ。
極めつけは「おぉ……来米さんとこの」と、自転車に乗った警官がわたしたちの前で止まって話しかけてきたことだ。
50代後半くらいの男の人だ。
「どうも」
茉莉が軽く頭を下げる。
「珍しいねぇ、お友だちかい?」
「ええ。そうです」
「それじゃあ。巡回の途中だから。また何かあったらいつでも相談してよ」
そう言って、警官は自転車を漕いでわたしたちから離れていった。
「何かあったらって……何かあったの?」
すると茉莉は何言ってんのとキョトンとした表情を向ける。
「脅迫状の件でしょうが」
「ああ……」
「さっきの人が半年間家の周辺を巡回してくれてた人だよ」
「え? そうなの?」
今の人はどう見ても交番勤務とかそういう感じの人だ。
わたしはてっきり、ちゃんとした――って言うと失礼だけど――警察署に努めている警官が巡回していたのだとばかり思っていた。
「ないない、ないって。いくらうちの父さんが村長だからってそんな高待遇あるわけないでしょが」
言われてみればそうなんだけどね――
「さっきのおじさんだって村長のためだって言ってわざわざ勤務外に見回りしてくれたんだよ」
「へぇ」
蓮司さんの人徳ってやつだろう。
再び歩いて、「あ、2人とも着いたよ」と、茉莉が一軒の店の間で立ち止まった。
その店は年季を感じさせるところだった。
店の前にレストランと書かれた立て看板が置いてあったけど、中はレストランと言うよりも食堂という言葉がぴったり来るような場所だった。
お客さんの姿はない。
テーブルも色の褪せたところがあったりして、イスも四足の丸イスで、座面が破れて中身が見えている箇所があり、こういうところからも年季のほどが伺える。
わたしと明里が隣り合って向かいにテーブルに付く。
茉莉は店に入るなりセルフの水を人数分持って来て向かいに座った。
メニューから食べたいものを選ぶと、茉莉が席を立って厨房を覗き込んで「おばちゃーん! ラーメン3つね!」と叫んでメニューを伝える。
呼び出しベルを押して店員さんを呼ぶのが当たり前な生活を送っているわたしにとってそれがすごく新鮮に映った。
出来上がったラーメンがカウンターに載せられそれを茉莉がテーブルまで運ぶ店員さんがいないので基本セルフということらしい。
3人で黙々と食事をしていると、明里が「あの……」と茉莉に話しかけた。
「うん?」
「先程白無垢という言葉が出ましたけど。来米さんは結婚するんですか?」
……そういえば、電車の中でその話をしたとき明里は寝ていたんだっけ。
「うん。まぁね」
茉莉はちょっとバツの悪そうな顔をして答えた。
「いつ頃結婚するんですか?」
電車の中で結婚の話を聞いたとき茉莉は面白くなさそうな顔をしていた。だからわたしはこの話は掘り下げない方がいいと思って何も聞かなかった。だけど、明里は茉莉の心情に気づいてないのかお構いなしのようだ。
「結婚は4月の予定」
「え!? 4月!?」
驚いたのはわたしだ。
4月といえばもう2ヶ月後だ。28になったら結婚すると言っていたから当然今年中だと予想はしていたけど、まさかこんなに早くだとは思ってなかった。
「相手はどのような方なんですか?」
明里がさらに質問を続ける。決して人見知りってわけじゃないけど、知り合って間もない人にこれだけ話を広げるのは珍しい。
「まあ……いい人かな……」
その受け答えはやはりどこかぎこちなかった。
流石に今ので明里も何かを察したのだろう。「そうなんですね」と言って、それ以上結婚の話題に触れることはなかった。
「にしてもさ、茉莉って結構な有名っぷりだね」
微妙な空気を変えようと、わたしは別の話題を振った。
「いくらお父さんが村長だからって、こんなに声とかかけられるもんなの?」
「ん? まぁ、そもそも人口の少ない村だし顔が知れてるってのはあるかも」
言われてみれば、茉莉に声をかけてきた人たちは有名人に声をかけるというよりも近所の知り合いに接するような感じだった。狭いコミュニティ故にみんなが家族同然のような感じなのだろうか。
「繰り返すけど、この村ってさ人が少ないんだよね。働き口もほとんどないから若い人はみんな外に出て行くしさ。年々人口が減ってるの。だから何度も隣市との合併話が持ち上がってるんだけど父さんはそれを頑なに拒んでる」
茉莉は話を区切ってラーメンをすする。
「みんなさ。嫌なんだよ、くっつくの。もちろん利点もあるんだろうけど、合併したら当然吸収される形になるわけで。そうなると、村の抱えてる予算は全部あっちと一緒くたにされるでしょ? するともうこっちには回ってこなくなるんだよ。都市開発優先。こんな僻地に住んでる住民のことなんて後回し。村のみんなはそれを恐れてる」
茉莉はでも――と続ける。
「みんなも絶対わかってるはずなんだよ。このままじゃダメだって。今の来米村は沈みゆく船と同じだよ。リゾート系の誘致話もあるんだけどそれすらも父さんは突っぱねててさ。ほんと、どうなっちゃうんだろうね……」
この村の事情はいろいろと複雑なようだ。
「ですが、リゾート地の誘致は村の活性化につながるのではないですか?」
「それは一理ある。だけど大半が今の状況に満足しちゃってるんだよ。だから
壊されたくないんだよ。ほら、昔の人ってちょっと頑固なところあるでしょ? 懐古主義みたいなやつ」
明里と茉莉は話の続きに花を咲かせていた。
大半が満足しているということは村民のほとんどが村長の判断を支持しているということだ。逆に誘致に賛成している人は村長をよく思っていないかもしれない。
……脅迫状の送り主はそういう人かもしれない。
程なくして食事を終えて、わたしたちはレストラン(?)を後にすることにした。わたしたちが食事をしている間、お客さんは誰もこなかった。
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