第3話 憂鬱な彼女

 以前わたしの事務所に泥棒が入ったことがある。そのときの被害はほとんどないに等しかったので警察には届けなかった――盗まれた物が物だけに警察に言うのが恥ずかしかったというのもある――けど、今後も同じようなことがあるといけないので我が事務所にもセキュリティサービスを導入することにした。

 だから今回は2人で出かけても大丈夫。


 わたしと明里は必要最低限の荷物を持って集合場所へ向かと、そこにはすでに茉莉がいた。


「ってかさ、寒すぎ」


 茉莉は縮こまるようにして両腕をこする。


 この時期、早朝は零度を下回ることも珍しくなく、風は冷たく、地面に薄く積もった雪は歩くたびにバリバリと音を立てる。


「そんな格好で来るからだよ」


 茉莉は先日と同じ格好をしていて、その姿は見ているこっちまで寒くなってくる。


「いや、だって、アタシの住んでる場所はそれなりにあったかいし、こっちがこんなに寒いとか知らなかったし」


 茉莉の話によると彼女の家はずいぶん南の方のにあるらしく、ここから新幹線で約7時間ほど近くかかるという。


 ……どんだけ遠いんだって話。


 でも、こっちの2人分の往復の交通費は茉莉が出してくれるらしいのでお金の心配はない。ちなみに飛行機で行くこともできるんだけど、茉莉は飛行機が苦手ってことなので電車になった。


「あの、速く駅に向かったほうがいいんじゃないですか? 建物の中は暖かいでしょうし」


「サンセ――ッ!?」茉莉は早足で駅の中に向かおうとして、「――んぎゃっ!!」盛大に滑ってころんだ。


 …………


 新幹線に乗り、二人がけの座席を回転させ向かい合わせると、わたしと明里が隣り合って座り、向かいに茉莉が座った。


「はぁ……災難。もう雪国は嫌い」


 茉莉がぶーたれて、チラッとわたしの隣に視線をやる。


「そういえばさ。アタシまだその子のこときちんと紹介してもらってないよ」


 そう言われるとそうだ。わたしはお互いにお互いを紹介することにした。


「こっちは卯佐美明里うさみあかり。事務所に住み込みで働いてもらってるの」


「一緒に住んでるってこと?」


「うん」


 茉莉はふ~んと値踏みするように明里を見て、よろしくと声をかけた。


「かなりの美人さんだけど、どうやって引っ掛けたの?」


「引っ掛けたって……ナンパしたわけじゃないよ。――まぁ、とあることが切っ掛けで」


「そのとあることってのを聞いてるんだけど?」


「それは秘密」


「ええー、ケチー」


 ケチでもいい。これは明里のプライベートに関する問題だし。細かく話すと長くなるし、なにより明里は当時のことを思い出したくないだろう。


「でね、明里。こっちは来米茉莉くるめまつり。高校の同級生」


「そうだったんですね。――ということは学生時代の八重様のことを知ってらっしゃるんですね」


「おや? 興味あるの?」


「はい。八重様はほとんど昔のことを話しませんし」


 明里にしては珍しくちょっと食い気味だ。


「そうだねぇ。ちょっと変わった感じだったね、楡金ちゃんは」


「茉莉に言われたくない」


「まぁ、変わってるといえば学校自体が変わってたし、変わった学生しかいなかったのかもね」


 それは言い得て妙だと思った。当時のことを思い返してみると確かにわたしが深く関わった人たちは茉莉を含め変わっている人ばかりだったように思う。


「変わった学校……ですか?」


 明里が小首をかしげた。


 わたしと茉莉が通っていた高校はいろんな意味で変わっていた。


 場所は人里離れた森の奥にあって、生徒の中には幽世なんて揶揄する人もいたほどだ。毎年入学できるのは40人前後で、つまり全校生徒合わせても約120ほどしかいない。途中で辞めてしまう人もいるので実際はもっと少ない。

 これだけでもかなり変わってるのに、それに輪をかけて異質なのは入学の条件だ。

 まずは筆記と面接。これはどこの学校でもほぼほぼ当たり前に行われるので別段不思議ではない。ただし、点数がよくても合格するとは限らないというところが“ミソ”なのだ。

 筆記の点数がよくても面接がダメだと……とかそういう意味ではなく、両方ダメでも合格する場合があるってこと。だから、何を基準にして合格の判断がなされているのかがまったくわからない。


 それがわたしと茉莉の通っていた高校だった。


 ……というのは表向きの話で、実はその学校が変わっているのにはちゃんとした理由があるんだけど、その理由を言ったところで2人が信じてくれるとは思わないし、わたしにはそれを口にできない理由があるので黙っておくことにした。


「ま、アタシと楡金ちゃんはそんな変な高校のルームメイトだったわけ」


「ルームメイト……」


「そそ。だからプライベートなこととかも結構知ってたりするよ」


「ちょっと、余計なこと言わないでよね」


 そう言うと、茉莉が「ちぇっ」とわざとらしく唇を尖らせる。


 茉莉の場合面白がってあることないこと誇張しそうだし、明里は明里で何でもかんでも信じそうだし。


「……ってかさ、初めて会ったときも思ったんだけど、様付けで呼ばせてるってどうなの? 楡金ちゃんってそういう性癖の持ち主?」


「違うから! そもそも性癖って何さ!」


「いやぁ、そういうプレイの一環かと」


「ぜぇぇぇぇったい、ないからっ!!」


「わかってるよ。楡金ちゃんそういう系の話苦手だったもんね」


 茉莉がハハハとおちゃらける。


 それから電車の中での他愛ない会話が続く。


 しばらくすると会話も自然となくなり、朝早かったせいか明里はわたしによりかかるようにして寝息を立て始める。


 茉莉は窓枠に肘をついて外の景色を眺めていた。


 わたしも一緒になって窓の外に視線を向ける。外の景色に雪がないのを見て、随分と遠くへ来たんだと実感する。


「後どのくらいかかるの?」


 わたしの質問に茉莉は外を眺めたまま2時間くらいと教えてくれた。


 どこか遠くを見つめアンニュイな雰囲気を漂わせる茉莉。わたしの記憶の中には彼女のこういう姿はない。


 ……10年も会っていなかったんだからそりゃ変わりもするだろうけどさ。


「楡金ちゃんさぁ……」


「ん?」


 茉莉は相変わらず外を眺めたままだ。


「彼氏とかいるの?」


「んな!? いるわけないでしょ!!」


 思わず声を上げて否定すると、隣で眠る明里がほんの少し身じろぎする。


「別に全力で否定することでもないでしょ?」


 茉莉がわたしを見て目を丸くする。


「た、たしかに」


 わたしってば何をムキになってるのか……その理由は自分でもよくわからない。


「じつはさ……アタシ結婚するんだよね」


 いきなりのカミングアウトに脳の処理が追いつかず。「え? ああ……そう……」と、そっけない返しをしてしまっていた。


「反応うっす!」


「えっと……おめで、とう?」


「なんで疑問形なの?」


 それは――


 茉莉が嬉しそうじゃないからだ。だから言葉に迷いが出た。


 茉莉は「はぁー」と盛大に溜息をついて語りだした。


「アタシさ許嫁いいなずけがいるんだよ――

 それを聞かされたのは自分がまだ10歳のころで、相手は2つ上。最初は中学を卒業したらすぐに結婚って話だったんだよ。

 そう言うと驚くかも知れないけど。アタシの家は結構複雑でさ、古い風習の残る村の村長の家なもんだからいろいろあってね。

 だけどアタシはそれに反発した。

 幼いながらにその風習が時代にそぐわないことは理解してたし。

 それに結婚したらいろんなものに縛られちゃうし、もっとたくさん遊びたかったから。

 そしたら親はこういう条件を出してきた。相手の男性が30になったら、つまりアタシが28になったら絶対結婚すること。それまでは自由にしていいって。

 当時のアタシにとってはまだまだ先の話だったんだよ。後18年間好きなように生きれるって思ったらそりゃうんって返事しちゃうよね。でも気づいたらさ……もう28なんだよ……」


 それがさっきまで茉莉が憂鬱だった理由か……


 でも、今の話には重要な部分が抜けている。


「結婚嫌なの?」


「え?」


「いや、だって、全然嬉しそうじゃないから」


「そうだね、嫌……ではないかな……相手の男の人と何度か会ってるけど優しくていい人だし。ただ、やっぱり不安はあるよ」


 まあそうだろう。


 結婚ってのは人生にとって今後の未来を左右する大事な選択だ。不安がない人のほうが珍しい。


「ふぅ……でもなんか、楡金ちゃんに話したらチョットだけスッキリした」


 茉莉の憂鬱な表情は少しだけ明るくなっていた。


「ぁ……」


 思えば、探偵などどこにだっているのだからわざわざ長時間掛けてわたしの所を訪ねてくる必要などないはずなのだ。すると、依頼はついでで本当の目的は誰かに今の話を聞いてほしかったのではないだろうか?


 それがたまたまわたしだった……


 そう考えると、わたしは茉莉の中では不安を打ち明けられる友人だってことだ。


 なんかちょっと嬉しくなった。


「楡金ちゃん……なんかキモいよ……」


「え!?」


 どうやら嬉しさが顔に出てしまっていたようだ。


 ――だからって、キモいってのは酷いんじゃないかな……

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