第2話 来訪者 後編

 来米茉莉くるめまつり――高校時代の同級生兼ルームメイト。そして、わたしの数少ない友だちのひとり。


 わたしの通っていた高校は全寮制の女子校でちょっと変わった学校だった。どう変わっていたのかの詳細は割愛するとして、さっきのレンタルショップで会ったあの女性が茉莉だったのだ。


 あの頃から10年も時が経ち、大人になってるし、当時から化粧とかする子だったけどその腕は上がってるし、当時の髪はセミロングのストレートで色は金色だったはずだ。


 わたしの記憶の中の茉莉と目の前の茉莉は別人。そりゃ気づくわけない。楡金ちゃんという呼び方に懐かしさを覚えていなかったら今でもまだ疑っていた可能性すらある。


 そんな茉莉を引き連れ事務所に戻り、応接用のソファに座ってもらい、わたしはお茶を出した。


 明里は自分のデスクで作業中だ。


「そりゃあアタシだって最初は気づかなかったよ。髪染めてるし大人っぽくなってるしね。でも卯佐美ちゃんだっけ? あの子が八重様って呼んだのを聞いてピンときたんだよね」


「八重なんて名前結構いると思うけど?」


「まぁね。でもほら、そ~れ」茉莉はわたしの胸を指差した。「それを見たらねぇ。ってかさぁ、あれからまたおっきくなってない?」


 口に手を当て、いやらしい笑みを浮かべてクククと笑う。


 このからかい方は当時から変わってない。茉莉は紛うことなき茉莉だった。


「うっ……なってないから!」


 わたしは両手で胸をかばった。本当は高校を卒業してから少しだけ成長したんだけど、それを言ったらまたからかわれるに決まってるので嘘をついた。


「にしてもさ、ほんとに探偵なんだね。アタシマジ驚いた。学生時代にも似たようなことして遊んでた記憶あるけど、さっきのあれとか結構様になってたよねぇ」


「それはもういいでしょ!」


 レンタルショップでの騒動を思い出し照れくさくなって、ついつい言い方がきつくなる。


 知り合いに自分のああいう姿を見られるのはかなり恥ずかしい。


 わたしはわざとらしく咳をして。


「おほん! ――で、さっき言ってたわたしに用って何?」


「ああ、そうだったそうだった」


 茉莉はブランド物のバッグを膝の上においてゴソゴソとやりだした。そして出てきたのは茶封筒。


「これ、見てみて」


 それを受け取って裏を返してみると、シールを剥がした後があった。封筒を開けると中から二つ折りの紙が出てきて、それを開いた。


「なにこれ!?」


 思わず顔をしかめる。


 それを見た第一印象はズバリ脅迫状……というか脅迫状そのものだった。


 紙には『来米蓮司を殺す』という文字が並んでいた。その文字は手書きではなく、パソコンやワープロでもない。新聞や広告に印刷された文字を切り貼りして作られた文章をさらにコピーしたものだった。

 

「なんかさ、ザ・脅迫状って感じでしょ?」


「うん」


 新聞の切り貼りで脅迫状を制作するメリットはいくつかある。

 ひとつは筆跡を隠すため。理由の大部分はこれ。パソコンやワープロがなかった時代はこうやって誰が書いたかわからないようにしていた。今ではパソコンが当たり前にある時代なのでわざわざこんな手間のかかることはしない。

 ほかには、切り抜いた新聞に付いた別の誰かの指紋を利用したり、自分の住んでない地域の地方新聞を使用することで操作を撹乱したりとかその他もろもろ。

 だけど、この脅迫状はコピー印刷されているので、当てはまるのは筆跡を隠せることくらいで残りはほとんど当てはまらないに事になる。


 何にせよ今では天然記念物かと思ってしまうくらいこういうタイプの脅迫状はまず見ることはない。実際わたしも初めて見る。だけど今その天然記念物が目の前にある。


「ちなみにそこにある『蓮司』ってのはアタシの父さんの名前ね」


「つまりお父さんが殺されるかもしれないってこと?」


「そういうこと」


 つまり、お父さんを助けてほしいっていう依頼ってことだろう。だけどこういうのは普通なら警察だ。


「警察にはもうに言ってる」


「あ、そうなんだ。だったらなんで――って、1年前!? ってことは何、これ1年前の脅迫状ってこと?」


「ちがうよ。それこの前送られてきたやつ。最新版ね」


 意味がわからなかった。


 脅迫状は最近送られてきたのに、警察には1年前に相談してるって……


「どういうこと……?」


「えっとね、実はそれ“49通目”なんだよね」


「……はぁ?」


「だから、最初に同じ内容の脅迫状が届いたのが今から大体1年前。それからほぼ1週間に一通ずつ家に同じものが届いてるの。最初はもちろん警察に言ったし、警察もちゃんと捜査してくれた。だけど犯人は見つからなかったし、父さんが命を狙われるような気配も全然なかったし、現に今もピンピンしてるしで。最初の半年くらいは村の駐在所に勤務してる警官が定期的に見回りにも来てくれてたの。でも何もなかったから、結局イタズラだろうってことで落ち着いたわけ」


 奇妙という言葉がしっくり来る。最初は警察が介入してきたことによって犯行を行えなかった可能性もある。だけど、警察が手を引いた後も茉莉のお父さんは生きていて脅迫状だけが送られ続けていると。


 脅迫状が新聞の切り貼りを印刷した状態で送ってきているのは、最初からずっと送り続けることを想定してのものかもしれないわけだ。


「実害が出てないからさ、家族のみんなはもう慣れちゃったみたいなんだけど。アタシは、別に父さんのことが心配ってわけでもないんだけど、なんか気味悪くってさ」


「それでうちに依頼に来たってこと?」


「そういうこと。――ま、興信所ならどこでもよかったっちゃどこでもよかったんだけど、楡金ちゃんが探偵になるって言ってたの思い出してね。懐かしい顔も見れるしって思って」


 茉莉はしれっと言ってのける。


「うう……」


 照れくさいけど、嫌な気分じゃなかった。


 ……ここまで頼りにされたら依頼を受けないわけにはいかない。


「結局のところ、依頼の内容は?」


「ズバリ!! この脅迫状は誰が送ってきてるのかを暴いてほしいんだよ!!」


 かなり難解な依頼だ。


「で、どう? できそう?」


「うぅん。中々、厳しそう」


「えぇ、マジで!」


「さすがにこの脅迫状だけじゃね」


 当然ながら、最初の脅迫状が送られてきてから半年の間に警察もそれなりに捜査をしていたはずだ。それでも犯人を挙げることができなかったのに、わたしにそれができるかと言うと正直微妙だ。


「じゃあさ、こうしない? アタシん来なよ。そしたらさ、いろいろわかることもあるんじゃない?」


「えっ!? でも……」


 わたしの視線は自然とパーティションの向こうで作業をする明里に向けられる。


「あ~、2人で来ても問題ないよ」


 茉莉はわたしの視線に気づいたようだ。


「ちょっと相談させて」


「オッケー」


 てなわけで、わたしは今後の予定を確認し明里とどうするかを相談した。


 その結果……


「ほんじゃ決まりね。一応家に連絡したりとか、電車予約したりとかあるし。一旦帰るね」


「え、わざわざ家に帰るの!?」


「なわけないじゃん。ホテル取ってあるから、そこで準備するってこと。楡金ちゃんたちも準備しといてね」


 そうして、茉莉は事務所を出ていった。


 わたしと明里が出かけることになったのは、それから2日後のことだった。

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