第86話 スパイ庁


 

 翌3月31日の午前1時、里華は入国管理局からの連絡を受け、姪がマンションの部屋に連れ込んだマルーシャが不法入国者ではないことを確認して、一応の安心はしていた。

「ありがとうございました。深夜に、すみません」

 里華は担当者に謝り、電話を切った。

「はぁぁ……まったく…困ったことをしてくれるものね」

 日露共同でウクライナに攻め込んでいる現状で、そのウクライナ人の一人を空軍少佐である里華の自宅に入れるのは、それを明確に禁止している規則や律条が無くても、常識的な感覚としてまずい。そして日本国においては法理よりも道理が重んじられるので、後日に裁判員裁判などで、不適切な行動だったと判じられると一気に罪状化する可能性さえあった。それゆえ、里華も他の国民もグレーゾーンにあたる行動はなるべく取らない。

「それにしても、ウクライナ人が普通に入国できるのね……いえ、ロシアに避難しているウクライナ人もいるのだから、日本に来るのも可能ってことに……、ややこしい戦争ね。ロシア人とウクライナ人のハーフなんか、どうするのかしら……」

 つい一人言を漏らしながら姪の部屋をノックした。

「いいよ」

 中から笑美が言ったので入室すると、もうマルーシャが目を覚ましていた。単なる疲労と緊張、そして軽い脱水症状で倒れただけなので、顔色は悪くない。麻衣子が砂糖入りの紅茶を勧めている。

「でぃず、いず、てぃー、ふぉー、ゆー」

「…アリガト、ゴザイマシタ」

 下手な英語と、下手な日本語で会話している。笑美もスマートフォンでウクライナ語を検索しつつ声をかける。

「…ど、どーぶろほ、らーのこ……やーく、すぷらーびぃ…」

「…オハヨウゴザイマシタ……ゴキゲン…デス…」

「……………」

 次の言葉を検索する前に笑美は里華に期待した。

「お姉ちゃん、ロシア語が完璧だし、たしかウクライナ語も勉強しはじめてたよね? 通訳してよ」

「これ以上の協力は……」

「ちょっとだけでいいから、お願い」

「ちゃんと明日はホテルに泊まらせるのよ。あと、通訳の報酬1万円、いただくわ」

「私から、お金、取るの?!」

「ええ、その方がいいわ。私は協力したわけじゃない、あくまで通訳を引き受けただけ」

「わかったよ。どうせ、予算あるし、前田会計事務所に請求しておいて。じゃ、訳して」

 笑美はマルーシャに話しかけ、それを里華が訳していく。里華のウクライナ語は拙くてロシア語が主になったけれど、マルーシャはロシア語もできるので問題なく会話が成立していく。

「はじめまして、私は石原笑美です。日本の報道委員です」

 応えてマルーシャが話すのも里華が日本語に訳する。

「はじめまして、私はマルーシャ・コバレンコです。ウクライナの市民戦士勲章を受けた特別臨時報道員です。笑美さんに協力をお願いしたくて日本に来ています」

「協力します」

「ありがとう!!」

 二人は見つめ合ったけれど、次に何をすべきか、わからない。二人とも国際的な仕事はおろか、自国の社会人としての経験も乏しく、五里霧中だった。つい、笑美は里華に頼る。

「お姉ちゃん、どうしよう?」

「私は、ただの通訳です」

「……うー……」

 困る笑美が可哀想なので麻衣子がサポートする。

「とりあえず、ウクライナの状況とか訊いてみたら? こっちの政府発表とは絶対に齟齬があるはずだし。立場の違いは大きいよ」

「はい、そうします」

 再び笑美がマルーシャに声をかける。

「ウクライナの状況は、どうですか? ひどいことされてませんか?」

「とても、ひどい状況です。すでに首都キーフは包囲されつつあり、砲撃が続いています」

「マルーシャさんはキーフから来たの?」

「はい。でも、私が住んでいたのは少し離れたボルズナーという街です」

「そこも攻撃されてますか?」

「市長が非武装宣言をしたので軍事的な攻撃はなかったけれど、日本軍が入ってきて占領しています」

「その日本軍は、どうしていますか?」

「道路で検問したり、補給のために通るロシア軍や日本軍の車両を案内したりしています」

「日本軍から市民に、何かされてますか? ひどいことや、悪いこと」

「されてる! 柔道という技で私は倒されたし、私だけでなく、男の子や、お年寄りまで、しかも女性の指揮官が、それをした!」

「どうして、そんなことに……」

「……私たちは、丸腰で何の抵抗もしてないのに、乱暴されたの!」

 そう言うマルーシャの瞳の動きで里華は嘘をついているときの人間の反応だと感じたけれど、通訳に徹する。笑美が問う。

「他に、どんなことをされましたか? 殺されたりした人は?」

「あの女指揮官は市長を銃で脅したわ! 市長の机には、いくつも弾の痕があったそうよ! それでも市長は勇敢に抗議して、日本軍に好き勝手はさせてない! でも隣町は、あの女の部隊の砲撃で壊滅したと聴いたわ!」

「その女性指揮官の名前はわかりますか?」

「えっと………えっと……ミサ………ミサ………ミサ・モーリャ…ンコ……」

「「「………」」」

 そんな日本人はいないと思う、と笑美たちは感じたけれど、マルーシャの話に耳を傾け続けた。結局のところ、マルーシャも戦況全体を知っているわけではないので得られた情報は断片的なものにとどまり、ウクライナ軍は勇戦しているが困窮している。なので世界中から助けが欲しい、という状態らしかった。そんな話の途中でマンションの呼び鈴を誰かが鳴らした。

「こんな時間に、誰が…」

 里華が通訳をやめて、笑美たちには部屋に居るよう仕草で伝え、リビングにあるドアフォンに向かった。時刻は午前2時過ぎ、いきなり訪問してきて呼び鈴を鳴らすには極めて不適切かつ非礼な時刻だった。しかもドアフォンのカメラに映る男に見覚えはない。男は40代か50代、灰色のスーツ姿で、どこか怪しい雰囲気がある。とくに左目が斜視で正面を見ていないのが、まるでトカゲかヤモリのような印象を与えてくる男だった。けれど、このマンション全体が兵舎になっているので、ここまで入ってくるには一階で管理人に誰何されているはずだった。里華は玄関ドアを開けずにドアフォン越しに誰何する。

「誰?」

「こんばんわ。そろそろ、おはようの時刻ですな」

 そう言った男は身分証をドアフォンのカメラに向けてくる。それを見て里華の緊張度合いは一気にあがった。

「……スパイ庁の……」

 スパイ庁は日本軍の外局で7年前にスポーツ庁と同時に設置された機関で、その名の通りスパイ活動を行っているらしかった。けれど、その活動は少佐である里華も知らず、報道委員からの情報公開請求にも応じない組織だった。男が言ってくる。

「スパイ庁の上呂村新志(うろむらあらし)です。役職は言えませんが、中佐相当となっています」

「……」

 里華は黙って敬礼した。上呂村は屋外の共同廊下も禁煙なのに、タバコに火をつけながら言う。

「ここにウクライナから入国したマルーシャ・コバレンコがおられますね」

「……彼女は合法的に入国したそうですが、…何か用件ですか?」

「いえ、今のところは、見張っているぞ、というだけの、ご挨拶です」

「…………」

「少佐も災難ですな、やっかいな親族がいると、出世が遠のく」

「……」

「そんな顔しないで」

 そう言ったが、向こうにこちらの顔は見えていないはずで、里華の敬礼も気配が伝わっただけだと思われる。上呂村が煙を吐きながら続ける。

「私も弟が飲酒運転で派手な事故を起こさなければ、まだ陸軍にいたでしょう。上呂村なんて珍しい名前だと、人事部も気づいてしまう。まあ、公式には親族の行動と我々の出世には関係がないと言われてますがね、どこまで、真実なのかは、官僚のやることですから」

「………」

「そう気を悪くしないでほしい。どうですか、スパイ庁では職員を募集していますよ。私のような50歳手前の佐官止まりでも、1階級あげて雇ってくれる。とくに女スパイは貴重だ」

「………私は空軍が好きなの。でも…」

「でも?」

「あと五年、少佐のままだったら、お願いするわ」

「ははは、覚えておきますよ。では」

 そう言った上呂村はドアを開けることを要求することなく立ち去った。部屋に居るよう指図したのに笑美は様子を見に来ていて言ってくる。

「なんで、お姉ちゃん、あんなこと言ったの? 本気でスパイ庁に入りたいの?」

「今の場合は、ああいう答えの方が向こうの警戒心を解けるのよ。こちらが警戒心を剥き出しにしたら、それだけ隠したいことがあるんだって、推測できるでしょ? 彼の行動は明らかに偵察で、様子を探りにきた。でも、警戒度は高くはないわ。本気で警戒しているなら姿を見せず、こちらを逮捕できる要件事実を集めた時点で、いきなり逮捕に来るわ。挨拶してくれるあたり、まだ軽い段階なの」

「ふーん………だいたい、スパイ庁なんてバカみたいな名前! スポーツ庁も! 芹沢らしい考え無しな!」

「……。そうね」

 あえてKGBやCIAみたいにせず、はっきりスパイ庁と名乗らせることで情報公開請求に応じない大義名分もできるし、スパイ庁そのものがオトリで本命の諜報組織は別にあるとも言われてるけど……笑美にこの分野へは深入りしてほしくない、こと国防に関する秘密については芹沢総理は一切の容赦をしない人だから……、と里華は考え姪の意識を別に向ける。

「とくにスポーツ庁はバカみたいな名称ね。でも、確かあれは国会の与野党から求めがあって、それに芹沢総理がスパイ庁と抱き合わせで設置したはず。まあ、どちらにしても、ちょっとあれな名称ね」

「名称もそうだし、スポーツ庁の長官ってオリンピックのメダリストとか、そんな人をあてて明らかに国民への人気取りをしてるだけだし」

「そうね。ごめん、せめて3時間は寝ておきたいの。もうマルーシャさんと部屋にいてちょうだい」

 朝になれば空軍少佐としての通常任務があるので里華は睡眠を確保するため自室に戻ってしまった。

「あぁ……お姉ちゃん……通訳……」

 もっとマルーシャとの通訳をお願いしたかったけれど、さすがに姉の仕事と体調を考えて自重し、マルーシャの居る自室に戻った。

「えっと……はう、あー、ゆー?」

 つい英語で話しかけていた。笑美は中学から習う英語とロシア語で、それを決めた総理大臣への反発からロシア語は苦手だった。そして英語も得意ではない。

「アイム ファイン.バッド タイァド.」

 マルーシャも簡単な英語は使えた。ウクライナ政府がロシア語よりもNATO圏で通じやすい英語やフランス語の教育に力を入れはじめているのもあって挨拶程度はできる。けれど、とても取材や事情聴取のような複雑な会話ができそうにないのは、お互いの発音の下手さで通じた。

「………」

「………」

「えっと……とりあえず……うぃ、あー、すりーぴんぐ、とぅぎゃざー?」

「………」

「笑美ちゃん、それだと、いっしょに寝ようだから、変な意味に取られたかも」

 麻衣子が言ってくれたので、慌てて否定する。

「の、のー! あいむ、のっと、れずびあん! あい、どんと、らいく、れずびあん! あい、うぃる、きる、れずびあん、ぷれじでんと!」

「……」

「それだと総理暗殺宣言だし」

「うぅ……とりあえず、疲れてるから、寝てもらおうよ。あと、お風呂は? シャワーがいいかな? どう言えば、いいと思いますか?」

「うーん……お腹も空いてないかな?」

「あ、そっか。冷凍食品なら、すぐにでも」

 笑美は冷蔵庫を漁って、いくつかの冷凍食品をマルーシャの前に置いた。

「うぃっち、どぅ、ゆー、らいく? なう、いーと?」

「………サンキュー、ディス、ワン、プリーズ」

「おーけ。あんど、てぃー、おあ、こーひー、どぅ、ゆー、らいく?」

「ティー、プリーズ」

 とても原初的な会話をして、マルーシャは温めてもらったラザニアと紅茶をリビングで食べ、笑美と麻衣子も冷凍ピザを食べた。できれば会話したいけれど、双方の語学力では何も通じ合えない。言葉の壁の厚さを感じるばかりだった。そして空路で旅してきたマルーシャからは強い汗の匂いがする。白人独特なのか、かなり臭い。顔の美しさと匂いの落差が大きくて戸惑う。笑美が身振り手振りも加えてシャワーを勧めてみる。

「どぅ、ゆー、らいく、しゃわー? ばす? うぉっしゅ、ぼでぃー、おふこーす、ゆー、あろーん」

「……サンキュー、プリーズ」

 ウクライナを旅立って以来、一度もシャワーを浴びられていないマルーシャは提案を笑顔で受けた。笑美がタオルと新しい歯ブラシを渡すと日本語で礼を言う。

「アリガトゴザイマシタ」

「どういたしまして。ここで、鍵かけられるよ。ゆー、きゃん、ろっく、ばするーむ」

 鍵のかけ方とシャンプーやボディーソープの位置を教えてから笑美はドアを閉め、マルーシャは一人になった。

「はぁぁ……」

 タメ息とウクライナ語での一人言が漏れる。

「とにかくエミ・イシハラに会えたけど、言葉が……」

 シャワーを浴びて身体を洗った。

「ああ……気持ちいい……、でも、このお湯、ロシアからのガスで沸かしてるのかな」

 日本のエネルギーの60%はロシア産になっているらしいので、シャワーのガスも、照明の電力も、きっとロシア産だと感じる。ウクライナの自宅アパートで浴びるシャワーも暖房も、たいていはロシアに依存していた。

「……はぁぁ……ダメ、疲れすぎて……暗いことしか考えられない……私、よくやったよね……日本に一人で派遣されて、ちゃんと目的の人物に会えた……すごいこと、してるはず……頑張れ、私」

 シャワーを終えると、金髪のアフロヘアを借りたドライヤーで乾かした。

「あ……着替えがない…」

 かなり汗臭くなった私服を着るのは、もう嫌だった。タイミングを見計らったように麻衣子がノックして言ってくる。

「パジャマ、あるよ。笑美ちゃんのだけど、えっと……ないと、うぇあ、れんたる、ふぉー、ゆー」

 麻衣子の英語力も低いけれど、気持ちは伝わった。マルーシャがドアを開けて受け取る。麻衣子は同性ではあったけれど、目をそらしたまま、渡してくれた。なんとなく、その表情で麻衣子も笑美も、そして里華もレズビアンではないのだろうと感じた。

「日本の同性愛者って、思ったより少ないのかな……」

 入国前は街にも同性愛者が溢れているに違いないと警戒していたけれど、すれ違うカップルや夫婦は大半が男女の組み合わせで、同性愛者は稀だった。ただ、同性愛のカップルも堂々と手をつないだり、道端でキスをしていたりしたし、化粧品の広告ポスターでも女同士のキスをしているモデルが写っていたり、トレーニングジムやバイクの広告では男性同性愛を思わせる描写があった。

「……個人の自由なんだろうけどさ……ああいう広告が街中にバンバンあって子供への影響とか、どうなんだろ……」

 着てみた笑美のパジャマは身長の違いもあってマルーシャの長い手足が半分ほど出ている。脱衣所を出ると、また下手な英語で笑美たちといっしょに寝るか、それともリビングで寝るか訊かれたので、笑美たちを性的に疑っているわけではなかったけれど、とりあえずリビングを選んだ。リビングのソファで一人で眠る。眠りに入って、ほんの一瞬で朝になった気がして、里華の気配がした。里華は朝食を摂らずに身支度だけ整えている。

「……」

 私は邪魔かな、とマルーシャは感じて起きようとしたけれど、里華が流暢なロシア語で言ってくる。

「寝ていていいわよ。えっと…あなたは、寝ていることができますよ」

 後半はウクライナ語にしてくれた。

「アリガトゴザイマシタ」

「ふふ、きっと私のウクライナ語も変な発音なんでしょうね」

「ロシア語の方は完璧ですよ」

 とウクライナ語で言ってみると里華は聞き取ってくれた。

「ありがとう」

 ほぼ完璧に近いウクライナ語の発音で礼を言われた。空軍の軍服を着ている里華の姿は、マルーシャの目から見ても、かなりの高級将校に感じる。女性での高級将校はウクライナ軍でもロシア軍でも珍しい。日本では女性艦長や女性パイロットもいるらしい。つい訊きたくなる。

「あなたはパイロットなのですか?」

「そういったことは話せません」

「…ごめんなさい」

「気にしないで。けれど、今夜は、あなたはホテルに泊まるべきよ。お互いのために。いいえ、私のために、そうしてちょうだい」

「はい、そうします。ご迷惑をおかけしました」

 里華が出勤すると、マルーシャは再びソファに寝た。コーヒーを飲みたい気分だったけれど、勝手にキッチンを使うのは悪い気がして、笑美たちが起きてくるのを待った。昼前になって、やっと笑美と麻衣子が起きてきた。

「あ、おはよう。グッドモーニング」

「オハヨウ」

「コーヒーか、紅茶、ティー、ドリンク?」

「コーヒー、オネガイシマス」

 そのまま朝食兼昼食を摂り、麻衣子はインターネットで通訳を探してみる。今日から、できれば今すぐウクライナ語と日本語をできるだけ正確に訳してくれる人が欲しい。けれど、そんな都合のいい人材は見つかりにくい。もともと日本においてウクライナ語を解する人は極端に少ないし、理解できる人は多額の報酬で日本政府に一時雇いされていたりする。困っていると玄関のチャイムが鳴った。

「……また、あの人が…」

 笑美がドアフォンのカメラで上呂村の姿を確認して表情を硬くしている。

「何のようですかッ? お姉ちゃんならいません!」

「ウクライナ語の通訳は要らんかね?」

「………スパイ庁が紹介する通訳なんて……」

 笑美が困って麻衣子を振り返る。

「麻衣子さん、どう思いますか?」

「うーん……背に腹は代えられない、というか……その通訳、ウクライナ語のレベルは確かなの?」

「スパイ庁が保証しよう」

「やな、保証ねぇ……でも、このさい……受け入れておく方が、変に疑われなくて済むし」

「賢明な判断ですな、大浦くん」

「どうせ私のことも調べてるよね。はぁぁ…、とりあえず日雇いよ。こっちで通訳を見つけられたら解雇するからね」

「ふふ、報酬は取らんよ。こちらも仕事なんでね。では、一階玄関で待っている」

「……まさか…」

 なんとなく麻衣子は予感したし、その予感は三人が身支度を調えて一階に降りてみると当たっていた。上呂村が流暢なウクライナ語でマルーシャに挨拶してくる。

「はじめまして。マルーシャ嬢、本日は通訳を務めます上呂村にございます」

 まるで執事のように上呂村は大袈裟な礼をした。顔がヤモリかトカゲのような風貌なので、ふざけているのか本気なのか、わかりにくい。

「……はじめまして……、あなたは日本政府の要員ですか?」

 マルーシャも笑美と麻衣子の反応で、なんとなく察していたので問うた。

「はい、スパイ庁の職員です」

「スパイ庁………って…」

「KGBのようなものと、お考えください。ですが、かなり甘口ですから、ご安心を」

「…………」

 マルーシャが不安そうに笑美と麻衣子に視線を送る。笑美と麻衣子は笑顔をつくって頷いてみせた。そして笑美が言う。

「ごめんね、ちゃんとした通訳、なるべく早く探すから」

 即座に上呂村がウクライナ語に通訳してくれる。

「ごめんなさい、もっと素敵な通訳を、できるだけ早く探すから、今は安心して話して」

 麻衣子もマルーシャの肩を撫でて言う。

「大丈夫、KGBほど怖い組織じゃないはず。ただ、どうしても今はウクライナと日本が戦争中だから、ちょっと見張りたいだけだよ」

 また上呂村が訳する。

「問題ないから安心して。KGBのような怖い組織ではないの。単に見張るだけ。今は日本とウクライナの間には紛争があるから仕方ないの、我慢して」

「…………」

 マルーシャが考え込み、麻衣子が上呂村を睨む。

「本当に、ちゃんと訳してる? 余計なこと言ってない?」

「もちろん」

「マルーシャさん、どう? ウクライナ語になってる?」

「マルーシャ嬢、私のウクライナ語は、どうでしょうか?」

「たまにロシア語っぽいけど、だいたい合ってる」

「それは、どうも」

「「………」」

 麻衣子と笑美は目を合わせ、仕方ないというタメ息をついた。麻衣子が言う。

「はぁぁ、じゃあ、予定通りに京都へ、その道すがら、マルーシャさんから色々、訊こう。通訳は通訳に徹してよね、余計なことは言わず」

「むろん」

 四人になった一行は小松駅から特急列車に乗った。京都駅までの2時間でマルーシャからウクライナの現況や、マルーシャの役割と立場を聞き、笑美が提案する。

「わかった。本当に運命みたいなタイミングでマルーシャさんは来てくれたよ。私はこれから芹沢への取材ができるの。それに同伴してくれない? ウクライナで、どれだけの人々が殺されてるか、あの女に直接、言ってやってほしい。そしてそれは、日本中に世界中に報道される、私も報道する」

「……」

 上呂村は一瞬だけ沈黙してから、すぐに訳する。

「今までの話はわかりました。本当に素晴らしいタイミングでマルーシャさんは来てくれました。これから私は芹沢総理への取材ができる立場です。それに同伴していただきたい。ウクライナで、何が起こっているか、女性総理に直接に伝えてほしい。その様子は日本国中と世界中に報道され、私も報道します」

「………取材……それは、会うということですか、直接に?」

「うん」

「…………」

 マルーシャが戸惑う。まさか、いきなり独裁者に会うことになるとは考えてもいなかった。マルーシャにも心の準備が要るし、そもそも簡単に会えるものなのか、戸惑いが強い。その点を麻衣子が言ってみる。

「報道委員に当選した直後に申し込んだらしいね。たしかに報道委員の特権で総理への直接取材もできるけど、いきなり、そのカードを切るなんて……笑美ちゃんらしいといえば、らしいけど……。しかもトップ当選だから最優先順位で予約できてる。でも、一回使うと他の報道委員による総理取材が終わるまで次の予約は取れないのに……。あと、マルーシャさんを急に同伴するのはありなのかなぁ……上呂村さん、どうなの?」

「私は宮内庁でも首相官邸の要員でもないですからね。だが、ごく一般的に考えて事前に申請した人間以外は難しいでしょう。ただ、総理は報道委員の行動に寛容であるし、ウクライナの情勢については気を使ってもいる。せめて今からでも連絡してみては、どうですか?」

「………わかった、そうする」

 笑美は客室からデッキに移動すると、当選時にもらった首相官邸の担当者番号に電話をかけてみた。そしてマルーシャを同伴させたいことを告げると、折り返し電話するまで待つよう言われた。

「もったいぶって……」

 笑美が座席に戻ると、今度は上呂村が携帯電話をもって立ち上がる。

「ちょっと失礼」

 上呂村がデッキで受話するとスパイ庁の上司からマルーシャについて問われた。

「ええ、まあ、親露的な女性ではないですな。日本への亡命も希望している様子はない。完全にウクライナ寄りのウクライナ人、教育程度はそこそこ、危険性については今のところ感じません。身体検査の後なら総理に会わせて危険はないでしょう。発言に問題があるかは、保証しませんよ」

 電話を終えた上呂村は背後に笑美がいたので視線だけ回して言う。

「これはこれは、スパイごっこですかな。他人の電話を盗み聞きとは、お行儀の悪い」

「スパイの本業に言われたくないのです」

「はっはは」

 上呂村が笑いながら座席に戻り、笑美も座席に戻って車窓から井伊市の街並みを見つめる。北陸と同じく、この地域も巨大津波に襲われることはなかったので平穏そのもの、新しいビルと古い和風建築が混在し、むしろ栄えているぐらいだった。マルーシャが言う。

「どうして日本は………私たちの国に攻めてくるの……こんなに立派な街があって……ウクライナなんて遠くに……」

「芹沢が殺人を楽しむサイコパスだからです」

 律儀に上呂村はウクライナ語に訳してくれたけれど、マルーシャが何か言う前に笑美のスマートフォンが鳴った。首相官邸の担当者からで笑美はデッキで内容を聴くと、戻ってきて麻衣子とマルーシャに相談する。

「今日の20時からだった取材の予定を、明日の朝8時からに変更するならマルーシャさんと麻衣子さんを同伴してもいいそうなのです。第二順位の報道委員が交替をOKしてくれたそうで」

「私もOKなんだ。でも朝8時か、なるほど、交替をOKしてくれた報道委員は視聴率の稼げる時間帯だから、むしろ、喜んで変わってくれたはずね」

「ただ、条件があってマルーシャさんと麻衣子さんを同伴なら、芹沢の方も二人、インターネットを介して同席させるそうです。フーチンと勝手につくったドネツク共和国の副総督になった鷹沢美姫と、ドネツク共和国在住の日本人、報道委員になった池田伊智子を」

「鷹沢さんかぁ……副総督ってガラじゃないのに、偉くなってるなぁ」

「麻衣子さん、ご存じなのですか?」

「ちょっことだけ」

「どんな人ですか、芹沢とは、どういう関係の?」

「よく疑われてる性的関係は一切ないよ。少なくとも私が身近にいた間は。ちなみに私も総理の性奴隷だったことは一度もないので、そこよろしく。えっと~…どんな人だったかなぁ…」

 麻衣子は記憶をたぐる。

「たしか朝鮮系で、ローカルアイドルとかしてて、それを総理が利用しようとしたり、それがうまくいったような、いかないような、気がついたら秘書官になってて、それからはアイドル色が消えて、よく頑張る秘書さんだったかな」

「そうですか……池田伊智子という人も知ってますか?」

「ううん、ぜんぜん。報道委員ならネットに自己紹介してるかもよ」

 笑美たちが池田について調べる前に特急列車は京都駅に到着した。駅のホームから笑美は首相官邸に明日への取材交替を依頼し、麻衣子は今夜のホテルを取る。京都御所の付近で探すけれど、なかなか見つからなかった。

「あぁ、もお! まだ旅行割引政策の影響でホテルが取りにくいよ」

「……」

 マルーシャが気になるという顔をしているので上呂村がウクライナ語で説明する。

「ホテルが取りにくいようです。日本では新型コロナウイルスによる経済的打撃を回復させるため国内旅行について最大で50%の補助金を出していますから」

「コロナなのに旅行させてるの?! 普通、逆じゃない?! ロックダウンは?!」

「はい、当初の1年は罰則付きのロックダウンが総理大臣令でくだり、軍にも非常事態を準備させましたが、コロナがアジア人に対して、さほど脅威でないことが判明してくると段階的に緩和され、倒産寸前だった観光産業を救うため、国会議員との協議をへて旅行に国から補助金を出す制度が始まり、最大時は50%、現在でも20%の割引があります。もう間もなく10%にさがり、次は5%を経て終わる予定ですから、いよいよ駆け込み需要がピークを迎えているのでしょう」

「旅行に税金が……」

 マルーシャが京都駅にいる人々を見回すと、木曜日なのに家族旅行をしている風な人たちが多い。誰も彼も楽しそうに行き来していて、憎らしくなった。

「……私たちを不幸のどん底にしておいて……よくも…」

 マルーシャの表情が変わったのに気づいた麻衣子が上呂村に何を言ったのか問い、聞き終わるとマルーシャに言う。

「ちょっと、あそこにあるタワーに登ろうか」

 麻衣子が京都タワーを指した。

「私たち日本の現状が見えるからさ」

「……わかりました」

 勧められるままに四人で京都タワーに登った。麻衣子が北を指して言う。

「ほら、あっちが明日になったら行く、京都御所。天皇陛下や、皇后兼総理のいる、まあ、簡単に言うと城かな。要塞とは違うけど、城といえば城」

 低いビルが続く街並みの中に公園のような緑の一画があり、何か建造物が建っている。

「11年前の津波は京都御所の前まで届いたらしいよ。だから、あっちを見て」

 麻衣子が南西を指した。

「っ…」

 マルーシャが絶句する。南西の方向には廃墟が拡がっていて、ほとんど荒れ地ばかりだった。わずかに高速道路と新幹線、いくつかの工場が再建されているのと、山に近い標高の高いところにだけ住宅が残っている。麻衣子が言う。

「これだけの破壊力、いったい核兵器、何発分なんだろうね。しかもさ、津波の後には核ミサイルまで飛んでくるしさ」

「…………」

「笑美ちゃんの両親も津波で亡くなったそうだよ」

「………」

「でも、私の家族は無事だった。私自身も津波が来たのと反対側の日本海側にいたから、ぜんぜん平気だった。ところがね」

 一呼吸おいて麻衣子は感情を鎮めておく。

「私の婚約者は兵士で、そしてオデッサで死んじゃった。人間の運命なんて、わからないものだね。神って奴がいるなら、私はそいつに言ってやりたい、お前が死ね、よくも私の婚約者を、お前が死ね、それとも、あの人を返せ、って」

「………」

「でも、私の婚約者はウクライナ軍と戦って死んだから、あなたたちから見れば、嬉しいことなのかな……どう?」

「そんなこと…」

 首を横に振ったマルーシャが両手を拡げて麻衣子に抱きついた。

「ありがとう」

 麻衣子も抱き返している。笑美が言う。

「神はいなくても、自分のことを神だと勘違いしてる殺人鬼はいるのです」

「………芹沢さん、なんで、こんな戦争に日本軍を参加させちゃうかな……独裁者を続けたせいで……頭おかしくなったのかな……」

 つぶやいた麻衣子は婚約指輪を見つめた。

「ぐすっ……少なくとも、あの人を……一成(いっせい)を殺したのは……芹沢さんの判断が産んだ結果だよ。ねぇ、どうして?」

 麻衣子は京都御所の方を睨んだ。

「明日、絶対に問い質してやる」

「「「……………」」」

 四人は京都タワーを降りると、観光旅行で沸き立つ街を通り過ぎ、早々とホテルに入った。それぞれにシャワーを浴びた後、レストランで食事をしてから、麻衣子の部屋に集合し、呼びたくなかったけれど上呂村も通訳として呼ばれたので浴衣姿で在室している。とくに、これから始まるテレビでの報道委員による総理取材の生放送をウクライナ語に同時通訳してもらう必要があった。定刻になりテレビが告げる。

「これから報道委員による総理大臣への面談取材を放送します。この放送は報道委員、渡辺哲也京都大学教授の意向により、テレビ局へ無料で提供され、また途中でコマーシャルをはさまず、そのための費用は渡辺報道委員の決定による国費でまかなわれます」

 場面が切り替わり、京都御所の迎賓館に設けられた一室が映った。

「「……」」

 男女二人が小さなテーブルをはさんで90度の角度で向かい合い、お互いとテレビカメラへ顔を向けている。放送が始まったのを感知して二人とも無言で頭をさげた。

「報道委員の渡辺哲也です」

「総理大臣の芹沢鮎美です」

 渡辺は50代ぐらいの色白で知性的な男性だった。大学教授らしい気取らないズボンとポロシャツ姿でネクタイはしていない。鮎美は29歳の女性がもつ美しさを黒のパンツスーツで包み隠していた。靴も黒、貴金属はつけていない。化粧も控え目で口紅は塗っていなかった。渡辺が問う。

「総理、それは喪服ですか?」

「はい」

 鮎美は伏せがちな目で頷きながら答えた。

「なぜです?」

「今日、進行中のロシア軍との特別軍事作戦による日本軍の戦死者が100名を越えたと連絡がありました」

「なるほど、作戦の進捗は、どうですか?」

「順調です。解放地域は拡がり、さきほどオデッサも全域が解放されたそうです。そしてオデッサの呼び方は本日よりロシア語読みのアジェッサとしてゆきます」

 視聴している麻衣子がつぶやく。

「一成の…死に場所を……コロコロと…」

 自国が攻められているマルーシャも動揺している。

「オデーサが……落ちた……」

 渡辺が質問を続ける。

「英仏連合軍がキーフ解放阻止を掲げ、ポーランドから進軍してきていますが、いかがでしょう?」

「その規模は小さく軍事的脅威度は低いようですが、外交的解決策をフーチン大統領と協議しているところです」

「具体的には?」

「軍事機密と外交上の機微がありますので、今は申し上げられません」

「そうですか、では、本題に入りましょう」

「はい、どうぞ」

「明日から消費税が、今年も増減されますね」

「はい、すでに発表いたしました通りです」

 上呂村からの同時通訳を聴いていたマルーシャが座っていたベッドから立ち上がった。

「戦争より付加価値税の方が本題だっていうの?!」

「ごめん、気持ちはわかるけど、この報道委員は歩く税務大全って呼ばれるような人だから」

 麻衣子がなだめる。

「ホントごめん、国民の関心事は遠い国での戦争より、明日から払う税金なの。もちろん、ウクライナのことも注目されてるけど、渡辺報道委員は消費税に詳しくて、しかも取材中に総理を問いつめて増税を思い止まらせたこともあるほどなの。今回の選挙では笑美ちゃんが居なかったらトップ当選だったぐらいの。その分、学者肌で専門外のことには興味なくて、ウクライナのことも今少し触れただけでも異例なぐらい。たぶん、マネージャーか秘書からの助言を受けてだよ」

「………」

 マルーシャが黙って座りテレビ放送が続く。

「去年も増税した新聞購読料への消費税を今回は15%から25%への大増税、これではやはり総理はマスコミを潰す気なのだと、みな思いますよ?」

「増税するのは、自然環境に負担のある紙で発行される新聞についてのみです。電子版には0%のまま、今後も課税する予定はありません」

「つまり紙での新聞は実質的に禁止し、電子版のみに誘導する方針は変わらないと」

「はい、紙の新聞は印刷、配達、回収などの過程で大きく自然環境に負担となります。言論の自由、報道の自由は電子版で十分に守られます」

「だが、いまだ高齢者の多くは紙で読みたいという需要をもち、増税にもかかわらず購読率の変化は乏しい。また、電子版の新規申し込みは低調です。この点、いかがですか?」

「紙で読みたいというのは自然環境への負担を考えると、少し贅沢な希望です。毎日、小説にして1冊分ぐらいの紙が右から左に消費されてしまう。大量生産、大量消費の社会は終わりにし、これからは持続可能な社会を目指すべきなのです。また、新聞の印刷と配達という仕事は夜間に人を動かします。これは身体への影響も大きいです。こういった夜間に働く人というのは、なるべくなら少ない方がよい、そういった意図もあります」

「その意図にもかかわらず、紙の購読は続いていますが?」

「紙で読みたい人が納めてくださる消費税を復興や国の発展に有効利用していきます」

「化粧品への消費税も、また増税ですね。しかも50%になる」

「紫外線対策以外は贅沢品だとみなしていますから」

「化粧品を広告する広告費への消費税は777%という数字ですが?」

「これは前回、渡辺先生との会話の中で、経営破綻しない最大限の数字は、というところで出た数字をそのままあてています」

「私のせいだと?」

「いえ、私の判断です」

「一方で広告のポスターやCM中に、同性愛、障碍者、その他の少数者への配慮や出演があった場合は600%にまで減税するとされた」

「はい」

「その結果、化粧品の広告では全体の実に30%で女性同性愛者の出演や女性同性愛を思わせる表現が出てきています。これは逆差別では?」

「アメリカの映画でも、黒人に一定の出演枠を設けるよう強制しているように、弱者への配慮は要ると考えます」

「けれど、化粧品広告で登場するのは女性同性愛者ばかりで、障碍者は見かけられない」

「はい、その点、今少し考え直す必要があると思います」

「具体的には?」

「障碍者の起用での減税率の再考です」

「何%まで?」

「………300%、さらに電子版新聞など、伸ばすべき媒体での広告には、より大きな減税を」

「女性同性愛の表現があれば減税になるのは、御菓子などの食品でも同様ですが、これによって生じた問題があります」

「どのような問題ですか?」

「アイドルグループがキャラメルの宣伝をする際、グループの子たちが口移しで次々とキャラメルをリレーするというCMを撮らされ、減税にはなったのですが後日になってグループ内の大半の子たちが、実は嫌だった、したくなかった、と言っています。この点、どうですか?」

「それはプロデューサーやマネージャーによる問題であって税制は関係ないことです」

「ですが遠因とはなっています」

「いいえ、本質的には金銭と出演内容の問題である点において、水着撮影などと問題のあり方は同じです」

「わかりました。では、固定資産税と自動車税に話を変えますよ」

「はい、どうぞ」

「以前から進められていた水害や津波、崖崩れの可能性がある地区に建つ建物への固定資産税の割増を今年も0.15%も増やされましたね、これは?」

「いざ災害があれば、軍と消防、その他の機関による救助、復興、様々な費用が生じます。できれば、危険な地域に住む人には安全な地域へ移住していただきたいのです」

「そう言いつつ、新築住宅への固定資産税増税もされましたね?」

「すでに国内には人口に対して十分な数の住宅があります。空き家も多い。これをリフォームするなど有効活用していただくために、その費用に補助を出してもいます」

「自動車税も増税だった」

「新車や排気量の大きな車については。旧車については7年前に重課を撤廃した流れから、さらに軽減へと進めています」

「なるほど、今ある家や車を使え、自然環境を守れ、と。これでは企業は新しい物を造れない。その点は?」

「リフォームも古い車の修理も資材や部品を要します。そして、みだりに広告などで新しい物を借金してでも国民に買わせる経済の回し方は間違っています」

「それで働く場所が無くなる人がいるのでは?」

「いまだ復興や福祉の現場では人手不足です」

「一方で軍需産業は育てている。兵器への消費税は0%ですね?」

「それは意地悪な質問です。兵器は軍にしか納品されません。あとは海上保安庁など、限られた政府機関のみです。非課税が相当であることは渡辺先生なら自明でしょうに、私を試しましたね」

「失礼、けれど兵器輸出も進めている」

「兵器の開発には企業も大きな研究費を要します。国内需要だけではまかなえない。海外の軍や他国政府から消費税を取るわけにもいきませんし」

「まあ、結局は製造過程でコスト増にはなっていますが、食料品の消費税に話を移しますよ」

「はい」

「贅沢な食品への増税と健康的な食品への減税を…」

「「「……………」」」

 笑美も麻衣子も、そしてマルーシャも聴いていて眠くなってくる。一生懸命に鮎美と渡辺の日本語をウクライナ語に同時通訳している上呂村だけが最期まで起きて報道番組を見ていた。

 

 

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