第85話 いろいろな出会いと過去


 翌3月30日の日本時間の朝7時、笑美は小松市のマンションで今日まで育ててくれた姉とも母とも慕っている叔母の石原里華に言われたことが理解できなくて問うていた。

「え? お姉ちゃん、今、なんて?」

「これからは別居しましょう、と言ったの」

「……どうして?! 私たちは、たった二人だけの家族なのに?!」

 笑美の両親は津波で亡くなり、里華の家族も同様だったので、姪と叔母は世界で二人きりの家族だった。けれど里華は軍服を着ながら冷静に言う。

「あなたは報道委員になった。それも反体制的な。対して私は空軍少佐、総理とも面識がある。同居できるわけがない。この程度のこと、覚悟しないで報道委員に立候補したの?」

「でも……、そんなこと急に言われても……、報道委員になったおかげで、色んなこと決めなくちゃいけなくて、ぜんぜん社会経験がない私には無理だよ! 当選してから、どんどん色んなところから連絡が来るし! どれが怪しくて、どれが信用できそうか、ぜんぜんわからないの! 助けてよ、お姉ちゃん!」

「…………」

「それに芹沢のこと、いっぱい知ってるでしょ?! 話してよ! 私はもう報道委員なんだから!」

「……はぁ…」

 浅いけれど重いタメ息をついた。世間が期待するほど、この姪は賢くもないし、判断力も普通の18歳程度でしかない。ただただ現職総理への反感の象徴として当選したにすぎないことは、そばにいて嫌になるほど知っている。

「あのね、まず軍事機密の漏洩は死刑になることもあるし、総理についても公務は公開されてる範囲しか、たとえ家族にでも話せない。プライベートはなおさらだし、あの人のプライベートに私も興味が無いから知らないわ」

「でも、私は報道委員なんだから知る権利と、報道する義務があるはず!」

「そうね、でも、私にも話さない権利があるかもね」

「ひどいよ! 私のこと一人前だって認めてくれたんじゃなかったの?!」

「ええ、だから、一人前の大人と大人の関係として、話せないことは山ほどあるの。そして同居もできない。それが大人の関係」

「…………ぅー……、私には、お姉ちゃんしかいないのに……」

「……」

「放送局や事務所も、どこと契約していいか、わからないし……マネージャーか、秘書みたいなことをしてくれる人も欲しいのに、誰を信用していいか、わからないの」

「友達でも頼ったら? その子の給料も予算でまかなえるでしょ」

「……当選してから、みんな、お金のことばっかり言って誰も信用できない……」

 うなだれる笑美が可哀想になる。報道委員には得票数に応じて報酬と予算が与えられるので、トップ当選した笑美には最高裁判所の裁判官や大臣なみの報酬があり、さらに予算は総予算が3000億円を超える内の210億円に裁量権があり、取材費や編集費、意見広告費として自由に使える。けれど、たった18歳の笑美に大きな自治体と同じ規模の予算を差配しろと言っても無理に決まっている上、それに群がってくる報道事業者は多すぎる。その中には純粋にジャーナリストを目指す者もいれば、笑美と同じく総理への反感が原動力になっている者もいるし、金銭だけが目的の者も多い。それを見極めて笑美が目指す活動をするには、せめて指南役が必要だった。その指南役を自分に求められているのはわかっていたけれど、里華も空軍少佐としての仕事は放り出せない。

「笑美のことを助けてくれそうな人……一人、心当たりはあるわ。ダメかもしれないけど、相談してあげる」

 そう言った里華は個人のスマートフォンで旧友の大浦麻衣子(おおうらまいこ)に電話をかけた。

「もしもし、石原です」

「お久しぶりだね…ぐすっ…」

 なぜか泣き声で麻衣子が受話した。

「どうかしたの?」

「あ……知らない? 知らないでかけてきた?」

「ぇ、ええ…、なにか、あったの?」

「私が付き合ってた人………死んじゃった………オデッサで戦死だって……あはは、どこよ、オデッサって」

「ウクライナ南部の港湾都市よ、黒海に面してる」

「さすが少佐」

「………ごめんなさい、その様子じゃ無理ね……」

「何か用事があってかけてきたんでしょ? なに?」

「でも、……」

「いいから言ってみて」

「……私の姪が報道委員になったのは知ってるでしょ」

「立候補してたのは知ってたけど、あれ当選してたんだ。へぇぇ、よかったね」

「当選どころかトップ当選よ、かなりニュースになったの、知らない?」

「そうなんだ……ずっと私、泣いてたから、ニュースも見てないの」

「…ごめんなさい」

「あはは、そろそろ空元気でも出したい頃だから、もういいよ。っていうか、私って幸せな人生を歩んできたからさ、大切な人を亡くしたの、これが初めて。まだお爺ちゃん、お婆ちゃんも生きてるからね。っていうか、こうなってみて震災直後の石原さんや芹沢総理のスゴさがわかるよ。親とか亡くしてるのに、ちゃんと仕事して、ホントにスゴい。っていうか、超人だよね。少佐とか、総理になる人は違うよ、やっぱり」

 かなり多弁になっている麻衣子の話を、しばらく里華は聞き役に回った。それから自分の頼み事をする。

「それで、トップ当選した笑美のサポート役を探してるの。お願いできないかしら?」

「私に? 私って別に特技ないよ? 報道とか、ぜんぜん素人だし。歩兵科のことが少しわかるだけの、ただの退役軍人だよ。今度こそ結婚できると想って寿退職したのに、見事に婚約者に死なれたあわれな女」

「そんな言い方しないで」

「あはは、もう平気だから」

 明らかに空元気だったけれど、里華も話を進めたいので頼む。

「報道委員には莫大な予算がつくの、今の場合、特技うんぬんより、サポート役が信頼できる人かどうかが重要なの」

「あ~……なるほどぉ……莫大なって、どれくらい?」

「210億円」

「……うわぁぁ……ヤバそうね……怪しい業者が、たくさん来てない?」

「連絡が山ほど。訪問は、このマンション自体が兵舎だから、さすがに入れないけど、笑美とは別居する予定なの」

「なるほどね、うん、わかった。引き受けるよ」

「……いいの? そんなに軽く」

「だって私、今は無職だし。あ、給料は軍に居たときと同じでお願いしまーす」

「もっと取ってもいいのよ、予算あるから」

「金銭感覚、狂わせたくないし」

「やっぱり、あなたに頼んでよかったわ」

「それは最後まで、わからないものだよ。まあ、会計はともかくボディーガード役なら、そこらの女兵士より経験あるのは保証する」

「今日からでも頼める?」

「了解です」

 話が決まったので麻衣子と笑美は金沢市内の飲食店で会うことになった。里華が出勤し、笑美も続けてマンション敷地を出ると、大勢の報道人と業者に囲まれそうになる。それを抜けて、呼んでおいたタクシーに乗った。

「はぁぁ…」

 想わずタメ息が出る。

「報道委員の私を報道して、どうするの、まったく……はぁ……運転手さん、ごめんなさい、尾行してくる車やバイクをまけるようにテキトーに走ってくださいなの」

「わかりました。目的地は?」

「まけてから、言います」

 タクシーの運転手は小松から福井県方面へ走ったので、目的地の金沢市にある飲食店へ着いたときには支払いが2万円近くになっていた。待ち合わせにした飲食店は個人経営の小さめの店で駐車場も狭くて、おそらく昭和の時代から営業していそうな雰囲気だった。笑美が入店すると、すでに麻衣子は来ていた。

「麻衣子さん、お久しぶりです」

「うん、久しぶり、すっかり大きくなったね。前に会ったの、中学生の頃だっけ」

「はい、髪、伸ばされたんですね」

「軍も辞めたしね。結婚式に向けて伸ばしてたら、コロナウィルスのせいで式は延期、キャンセル料でホテルと揉めてるうちに彼氏ともケンカ、気がつけばキャンセル料のために特別報酬の出るロシアでの大演習に参加志望して、演習だったはずなのに実戦となっちゃって、あっさり戦死。式が延びて早まったのは死期のみ、ってね。あはは…、見てよ、こんなにカッコいい人だったのよ」

 麻衣子がスマートフォンで写真を見せてくれる。そこには筋肉隆々でチョコレート色に日焼けしたボディビルダーが写っていた。

「殺しても死にそうにない、すごく強そうに見えるのにね……」

「……。この人と麻衣子さんのこと、私が報道する第一報にしてもいいですか?」

「うーーーーん……」

「ダメですか?」

「私たち取材で会ってるわけじゃなくて、まずは報道委員としての築城が必要だから私にサポートを頼んでる段階だよね?」

「あ、はい。そうです」

「だったら、まずは基盤を固めないと」

「はい。……どうすれば、いいでしょう?」

「一応、私なりに考えたり、調べたりしたけど、まずは会計ね。億単位のお金を動かす体制を整えなきゃ」

「たしかに……前の報道委員の一部でも、お金で失敗した人が逆に報道されたりしてた………横領されたり、自分が報道とは関係ない観光で使い込んだり…」

「そうそう、だから会計事務所に委任しようと思うの。そして、経費の使い道は毎月、ネットで公開しておく。この作業もやってくれる会計事務所を探して、それで失礼ではあるけど、別の公認会計士にも依頼して監査もしてもらう」

「監査ですか……どういう意味が?」

「委任した会計事務所が横領しちゃって、私たちに偽造した計算書を送ってきたら、見抜ける?」

「…いえ…たぶん無理です………そっか、そういう狙いがあって私に声をかけて…」

「何かあった?」

「当選して、すぐ他の報道人から下請けや業務提携したいって話が大量に来たのは理解できたけど、会計事務所や弁護士事務所からまで連絡があって、どういうことかと、わからなくて…」

「ああ、なるほどね、そういう向こうから連絡とってくる事務所は避けた方がいいよ。すでに自分たちの会計が火の車か、完全な金儲け主義に走ってる事務所だから」

「……勉強になります」

「ってことだから、金沢市にある法人格もとってる会計事務所を、こっちから連絡してあたってみよう」

「はい!」

 二人は意気揚々と3件の事務所に電話をかけたけれど、3件ともに断られたので意気消沈してパフェを頼んだ。麻衣子が申し訳なさそうに言う。

「ごめんね、まさか、こうも断られるとは……」

「いえ、……麻衣子さんが悪いわけじゃない……私が反芹沢というだけで、みんな怯えてるんです。あの女に逆らったら殺される、そう感じて」

「…あはは…殺すまではいかないと思うけど、今現在の政権に逆らうのは避けたいんだろうね。会計事務所って、だいたい中小企業が顧客で、その社長連中はたいてい自眠党寄りだから」

「でも、私はトップ当選した。それだけ多くの国民が芹沢を憎んでいるのです」

「獲得した票は有効得票数の7%らしいね」

「はい」

「………」

 少数意見といえば、少数意見だよねぇ、ウクライナに攻め込んで10%は支持率を落としたけど、それでも6割の国民が支持してる総理大臣兼皇后か……私があの人のそばに居たのは、ほんの二ヶ月ばかりだったから、人柄、どうだったかな……強引な人ではあったよね……こうと決めたら突き進む……でも根回しもする……、と麻衣子は11年前の記憶を振り返った。笑美が言ってくる。

「私は諦めません。味方してくれる人もいるはず」

「じゃあ、パフェが来る前に、もう一件、かけてみよう」

「はい!」

 次の事務所も断られ、そろそろ昼食の時間になって店が混んできたので二人は退店して公園から電話をかける。かけること15件目にして、ともかくも相談にはのってくれるという事務所に出会えた。麻衣子の車で向かいながら、笑美がスマートフォンで事務所のホームページを読み返す。

「……前田会計事務所……税理士法人で……」

「弁護士は在籍してる?」

 麻衣子が運転しながら問う。

「いえ、でも女性の司法書士が一人……公認会計士が二人、税理士が三人、おられるみたいなのです」

「まあまあの事務所ね。経歴とかある?」

「えっと……かなり昔からある事務所みたいです。北陸でも一番の歴史があるとか……もとは前田利家公の子孫で、利家公がそろばんを大事にしたのが始まりとか……利家って、誰?」

「たしか織田信長の部下で始まって、いい感じに関ヶ原には参加せず中立を保って江戸時代に前田家は生き残ったはず。よくいう加賀100万石の大名ってやつだよ」

「詳しいんですね」

「一応は地元だから」

 少しだけ得意げに言った麻衣子は車を兼六園に隣接した有料駐車場に駐め、笑美と歩いて加賀友禅会館の裏手にある会計事務所を訪問した。

「こんにちは、さきほど電話させていただきました、元陸軍の大浦麻衣子であります」

「ほ、報道委員になりました、ぃ、石原笑美です」

 やや緊張して二人が名乗ると手前にいた女性所員が奥に案内してくれる。奥の応接室で所長と対面した。

「所長の前田です。はじめまして。石原報道委員のことはニュースで知ってます。どうぞ、お座りください」

 前田は40代ぐらいの紺色のスーツがよく似合う男性で会計士というより警察官のような雰囲気があった。麻衣子が依頼内容を語ると前田が問うてくる。

「まず率直に訊きたいのですが、当事務所を選んでいただいた理由はなんですか?」

「それは…」

 麻衣子が笑美と目を合わせてから正直に答える。

「法人格のある会計事務所へ順番に電話をかけてみて、ここが最初に相談にのってくださった。正直、それだけです」

「そうですか。私の前職を知ってのことではないのですね」

「ぇ…はい。失礼ですが以前は何を?」

「警察官です。それで芹沢総理のSPをしていたこともあります。わずかな期間ですが、よく覚えています」

「「………」」

「ご安心ください。どちらかといえば私の立場は石原さんに近い」

 言われて笑美が問う。

「……それは…、どういうことなの…ですか?」

「他言しないと約束してもらえますか?」

「………はい、絶対」

「さきほど窓口におりました私の妻は、芹沢総理の友人に、ひどい目に遭わされたことがあるのです。詳しくは私も思い出したくない。ただ、石原さんが牧田を憎むように、私も月谷陽湖が許せない。彼女の二面性は常軌を逸していた。世間が知らない顔があるという意味で牧田とも共通しています。あのことで傷ついた妻は警察を辞めたし、私も辞めて家業だった会計事務所を継ぐことにしたのです。妻は会計学には向かず司法書士として協力してくれていますが、あのことがある以前の妻はもっと鋭気があって…、いえ、とにかく石原さんに協力したいという気持ちはあります。適正な契約金で、この仕事、引き受けますよ。もちろん監査に別会計士を入れることも同意します」

「「ありがとうございます!」」

 笑美と麻衣子は、ようやく第一歩を踏み出す前の足元固めに目処がつき、嬉しくて深々と頭をさげた。それからは前田の主導で会計契約の委任内容を細々と決め、夕方になって事務所を出た。出るとき、気になって前田の妻を横目で二人とも見ていた。麻衣子が車のドアを閉めてから言う。

「前田さんの奥さん、元気ない感じだったね…」

「そうですね……どんな目に……月谷陽湖のこと……………私は、まったくノーマークだった。………どんな女なのですか? その月谷は」

「…うーーーん……私も、ちょこっと、ほんの少しだけ、カスった程度に会ったことはあるけど……」

 麻衣子は遠い記憶を探ってみる。陽湖と会ったのは台湾から帰国して小松基地に来たときだったけれど、その直後に30億円を貸す貸さないの問題で鮎美に土下座を強いたりして結局は投獄され、死刑になるかもしれない恐怖を与えられた。そのとき麻衣子のパジャマを陽湖が着ていたので、いまだに当時の同僚たちからは麻衣子が大失敗して鮎美の逆鱗に触れたのだと思われている。思い出したくない記憶だったし、当時の出来事は退職してさえ守秘義務にもかかわる事項が多く、気軽に話せるものではなかった。

「ごめん、ほとんど覚えてない」

 っていうか……あっさり私は笑美ちゃんの味方してるけど大丈夫かな……消されたりしないかな……噂だけど総理が直接に指示しなくても、フーチンの意向を忖度したKGBが動くとか……まあ噂だよね……あの牧田詩織も実はKGBの要員だったとか、無責任な噂あるし……牧田と総理が出会った時点では、総理は、ただの一議員だったはず……あ、でも次期総理と目されてる石永官房長官が日本核武装論者だったから、そっちの見張りについていて、たまたま芹沢総理に流れたって説もあった……牧田が連続殺人をやったのも、自眠党を徹底的に叩くというKGBの計画だったとか……そういう陰謀論を言い出したらキリがないよね、総理がすでに殺されていて替え玉だって説さえあるし、朝鮮の将軍だって替え玉説あって、フーチンにまで替え玉説あるから、ラーメンじゃないんだからさ、替え玉替え玉って、ポンポン報道しないでよね、なにが本当か、ホントわからなくなる、と麻衣子は運転しながら考えていた。そうして車が笑美と里華が住むマンションに近づくと、道路を塞がんばかりの群衆がいたので停車せざるをえない。

「笑美ちゃんは車に乗ってて、私が説得する」

「すみません」

「気にしないで、これも仕事のうち」

 麻衣子は運転席から降りるとドアを閉め、あえて軍人だった頃のように仁王立ちとなり、声を張り上げる。

「みなさん!! お聴きください!!」

 群衆は笑美へ抗議のために来ていたのではなく、協力や下請けを目的として集まっているので、麻衣子の声を聴くため一瞬で静かになった。

「まず私、大浦麻衣子が石原笑美報道委員のサポート役、秘書のような者になります! 連絡は私に!! 次に、報道に関する下請け契約などは、金沢市の前田会計事務所が引き受けてくださりました。契約や金銭に関することは、こちらに!! 今日のところは以上です!! お引き取りください!!」

「大浦さんの連絡先は?!」

「それは……名刺も、まだ…」

 麻衣子は迷ったけれど、集まっている人たちの多くは笑美の味方になるはずなので自分の携帯番号を教えることにした。

「私の番号は、080-754…」

 とても静かに聴いてくれる。

「すいません、もう一度!」

「はい、復唱します! 080-754…」

 もう誰かが麻衣子のスマートフォンにかけているようでポケットの中に振動を感じる。

「…」

 しまったなぁ……仕事用とプライベート、分ければよかった……、と後悔している麻衣子は疲労感も覚え、心から頼む。

「お願いします、今日のところは、お引き取りを! みなさんの応援に石原も、とても感謝しております! ですが、一度にお相手できる人数は限界もあります! 今日は会計事務所のことと、私のことが決まり、石原も疲れておりますから、どうか明日以降でお願いします!」

 麻衣子の言葉を受けて集まっていた人たちは引き取ってくれるけれど、せめて麻衣子に名刺を手渡していく人も多い。そうして、みんなが帰ってくれたと思ったけれど、一人だけ女性がしつこく残っていた。

「すいません、お引き取りを」

「スイマセン、ワタシ、ハ、ウクライナ、カラ、コラレマシタ。エミ・イシハラ、サマ、ニ、オアイシタイ、ヒト、デス。ワタシ、ノ、ナマエ、ガ、マルーシャ・コバレンコ、トモウシマス」

 頑張って覚えた日本語で言ったマルーシャは空路をアメリカ大陸経由で来た疲労と、昼から飲まず食わずで待っていたことで、そのまま倒れてしまった。

「ちょっ、ちょっと?!」

 麻衣子が抱き起こすと、マルーシャは朦朧としたまま、笑美の方へ手を伸ばした。

「……ワタシ、ノ……クニ…ヲ……タスケテ……フーチン……アユミ……タオシテ……」

「はい、倒します。私が絶対」

 車から降りていた笑美が手を握ると、マルーシャは安心して気絶した。その光景で笑美は保育園の友人たちが詩織に殺されて動かなくなった記憶がフラッシュバックして涙を流した。

「……勇気くん……私に勇気をちょうだい……ずっと、いっしょ……」

 笑美は包帯代わりにセロテープを巻いてもらった腕を強く握った。

 

 

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