第83話 買春が趣味です。
翌日の3月28日正午過ぎ、小本はボルズナー市の市街地にあるモーテルで買春していた。相手はウクライナ人の22歳で、金髪が美しく、顔は並み、胸は大盛り、お尻は特盛りの大学生だった。
「ヨウスケのウクライナ語は完璧ね。どこで勉強したの?」
「キーフでさ」
小本は金髪を愛しく撫でる。
「キーフには、まだ日本軍は達してないんじゃ?」
「こんな戦争が起こるずっと前からオレはウクライナが好きだったから、よく来てたんだ」
「美女が目当てで?」
「ご名答」
小本は陰毛も金髪な股間へ顔を埋め、女性を絶頂させてから身体を重ねようとする。
「ハァハァ、気持ちよくしてくれて、ありがとう。でも、ちゃんとコンドームはしてね」
「了解」
朝一の子は中出しOKだったけど、やっぱり田舎町でも大学生は考えてるなぁ、と小本は思いつつ、コンドームを装着し本日2人目の買春を楽しく終えた。
「チップに10ユーロあげるよ」
「わお♪ ありがと! 気前いいのね!」
「まあねン、だから、また来週ぐらいに頼めるかな?」
「いいわよ。ユーロなら、大歓迎。……でも、どうして日本軍のヨウスケがユーロを持ってるの?」
「普通に出発前に両替しておいた。売春したかったし」
「きゃっはは! 計画的ね! 計画といえば、これから軍はどうするつもりなの? やっぱりキーフを攻めるの?」
「どうだろうなぁ、オレは末端の兵隊だし、通訳で入った特務兵だからさ。上が何を考えてるかは、ぜんぜん知らない」
「志願して軍に入ったの? それとも徴兵?」
「一応は志願かな。金が無くてさ。そこにきてウクライナ語ができる人間なら雇う、一日5万円、支度金200万円って政府に言われたらさ」
「5マンエン?」
「えっと、ユーロだと350ユーロぐらいかな」
「高給取りね。けど、それを全部、私たちにつぎ込むのね」
「そうそう」
「フフ、不思議なお金の巡り方ね。ロシアの天然ガスが日本で売れて、日本政府が儲かって、ヨウスケの給料になって、私のお小遣いになる」
「世界は不思議だな。そろそろ今日のところは、さよならかな。またな、愛してるぜ」
「それ誰にでも言ってるでしょ」
「すべてのウクライナ女子に」
「はいはい」
小本はモーテルを出ると、昼食を採るために市街地を歩く。今は軍服ではなく私服姿なのですれ違う人々も一目見てアジア人だとわかる小本へ珍しそうな視線は送るけれど、何も言ってこない。あえて小本から挨拶する。
「こんにちは」
「…こんにちは」
やや警戒した感じだったけれど、買い出し中の老婆は挨拶を返してくれた。そして、すぐに問うてくる。
「あんたは、どこの国から来たんじゃ?」
「すいません、日本です」
「日本人……ジャーナリストなのかい?」
「いえ、軍の通訳で」
「ああ、あの駐屯している。なるほど、あんたのウクライナ語は完璧じゃな。どこで覚えた?」
「キーフで売春中に♪」
「ははは、どおりで女っぽい」
「やっぱ、そうですかね?」
小本は日本人らしくない大袈裟なジェスチャーで肩をすくめた。そして問うてみる。
「このあたりでランチが食べられる店、ないかな?」
「さてね。この御時世じゃ、どこも閉まっておるよ。開いていても、価格は時価じゃろ」
「ありがとう。なんとか探してみるよ」
「気をつけてな」
老婆と別れた小本はまたしばらく街を歩く。そして、ひときわ美しい金髪の少女を見つけた。さらりとした絹の金糸のような髪をしていて、姉のアフロヘアとは別物のカトルーシャが食料を求めて出歩いているのに声をかける。
「こんにちは」
「……こんにちは。……」
カトルーシャは警戒を最大にした顔で逃げ道と武器になる物を探す目をした。小本も兵士として出発前に多少の訓練は受けたので、そういう人の反応は嗅ぎ取れるようになっていた。
「ごめん、ごめん、警戒しないで。ちょっとランチを食べられる店を教えてほしいだけだから」
「……お昼ご飯…」
クゥ…
食事のことを意識すると、カトルーシャのお腹が鳴った。まだ自宅アパートに食料は残っているけれど、じわじわと残量が減っているので今朝は一つの缶詰を母と分け合って食べただけ、昨夜の夕食も缶詰とパンを半分ずつだった。おかげで少しやつれている。そのやつれ加減がカトルーシャの女性としての魅力をより上げている。
「この近くか、少し遠くてもいいからさ、ご飯を食べられる店、ないかな?」
「…………あるには、ある……言い値だけど」
「よかった。教えてよ」
「あそこの通りを右に曲がると、キューザックって店があるよ。たぶん、やってるはず」
「ありがとう。お礼に、お昼を奢るよ。いっしょに、どう?」
「………言い値になってるよ。……普段は良心的な店だったけど、今は時価」
「一人30ユーロぐらいで食べられる?」
「…………たぶん、そこまではしないと思う…」
「じゃあ、行こうよ。奢らせて」
「……なんで? 何が目的?」
「あはは♪ 目的なんて、大袈裟なものじゃないよ」
買春目的だった小本は話術で誤魔化す。
「ちょっと、この街のことを知りたいから、色々教えてほしいだけさ。キーフでは、よく遊んだけど、ここのことは知らないから」
「……ふーん…」
「じゃ、行こう。いっぱい食べてくれていいからさ」
「………」
まだカトルーシャに警戒感は残っていたけれど、しばらく食べていないキューザックのプロバンス風パスタの味に惹かれ、断り切れなかった。二人で店に入る。カウンター5席、テーブル3つの小さな飲食店は昼間はカフェ、夜は居酒屋という感じだった。カウンターの中に居た店主が声をかけてくる。
「いらっしゃい。カトルーシャちゃん、それに、珍しい客をつれてるね」
壮年の男性店主は笑顔だったけれど、小本を足元から頭まで素早く観察してきた。
「日本人だね?」
「まあねン」
「ふーん、ウクライナ語はわかってるみたいだけど、用件は?」
「ご飯が食べたい」
「あっははは! いいね、ここがどこだか、わかってるようだ。けど、高いよ」
「カトルーシャちゃんと二人で50ユーロで、どうかな?」
「どこのボンボンなんだか。70ユーロでランチセット、ドリンクつき」
「まさに言い値か。それで、お願いします」
「了解、お客様、カウンターへどうぞ」
商談が成立したので店主はカトルーシャのために、とびきりのパスタを調理し始める。かなり貴重品になってきたエビと貝が入ったパスタと、タマネギとレタスのサラダ、デザートにはバターをたっぷり使ったケーキを出してくれた。
「あーっ、美味かった」
「美味しかった。店長さん、ありがとう」
「どういたしまして。ところで君は日本から何しに? ジャーナリストって風じゃないね」
「一応、軍の通訳かな」
「ああ、あの。ってことは、あの女隊長の部下なのかい?」
「まあねン」
「そうか。もう出歩いているのか。それにしても一人で、いい度胸をしている」
「オレは親ウクライナ派だから」
「だったら日本軍に入るなよ。義勇軍、まだ募集してるぜ」
「義勇軍って、給料、いくら?」
「無い」
「うーーん……それじゃあなぁ……」
小本がコーヒーを啜っていると、別の客が5名ほど入ってきたので店主は対応し始め、カトルーシャが問うてくる。
「日本軍の目的はなに?」
「うーん……日本にさ、すごい地震があったのを知ってる? 太平洋全部がひっくり返るような」
「うん、そのとき私は4歳だったけど、たぶんそのテレビの映像が私の最初の記憶」
「そっか、こっちでもインパクトあったかァ…、で、あの地震でアメリカは日本から引き上げるし、仲国や朝鮮とも色々あって、日本はロシアに頼ることにして、むしろロシアと共同で太平洋の無人になった島とか取りに行ったし、お互いの国内にも基地を置いたんだ。ロシア軍が日本の馬毛島と沖ノ鳥島に。日本軍がバイカル湖と黒海そばのソチに」
「そのソチから来たよね? ヨウスケたちは」
「そうだよ」
「最初からロシアと共同してウクライナを攻めるつもりだったの? ずっとウクライナを占領するつもり?」
少し矢継ぎ早に問われて、小本は本来は買春を持ちかけたいから誘ったのに、どう本題に戻るか考えつつ、とりあえず納得してくれるまで正直に答えることにした。
「最初はバイカル湖に基地を置いたのは仲国への牽制、けど、仲国とはケンカしなくなったし、ソチに置いたのも総理大臣の説明では、大災害時に相互に助け合うため、って話だった」
「ウソをついて国民を欺したの?」
「うーーん……結果としては、そうなるね。災害救助じゃなくて戦争してるし。けど、一応は救助って名目で、ドネツクやウクライナ領内の親ロシア派住民が抑圧されてるのを解放するって説明された」
「そのために、ずっとウクライナを占領する?」
「どうかな……わからない、ごめん」
「日本は、どんな国なの?」
「そうだなぁ、オレは日本で少し働いては、ウクライナで遊ぶ生活を繰り返してたから、振り返ってみると総理大臣が女子になってから、じわじわ変わっていったなぁ…」
「自由のない独裁政治に?」
「一応の自由はあるんだけどね、まず、お金に厳しい」
「税金が高いの?」
「税率は据え置きだったけど、まず預貯金をすべて個人一人一人にふられた番号で管理されるようになった。次に土地や建物の所有も個人や法人にふられた番号で管理されて、株式や債券、金地金の所有も登録制になって、ほぼ完全に民間の財産を国が把握するようになった。ついでに相続税は最高税率をさげられたけど、わずか100万円の相続財産でも10%は取るようになった。おまけにタンス預金の現金は、その三倍の税率。しかも親族による密告で摘発して追徴した税金の半分が密告者に支給されるようになったし、普段の買い物もカード決済だと消費税が5%オフなのに、現金払いだと5%増税。だから現金取引も減って、ほぼほぼ国が把握できない個人の財産は無くなった」
「そうして集めたお金で宮殿を建てたりしてるの?」
「あ~……まあ、京都御所の改修工事はやってたな、総理の任期が6年目での継続可否を問う発議が無いことが確定してから、そのタイミングを待ってたみたいに。でも、あれは文化財だから大きく改造できないし、セキュリティあげただけらしい。別にヨーロッパからイメージするような豪華な宮殿じゃないよ。ちょっと大きい木造の建物で、たいしたことない」
「宮殿じゃないなら、贅沢なものを食べてるとか?」
「朝鮮の独裁者は、それやってるな。たまに、すごい豪華なものが総理に贈られてもくるらしいけど、総理本人は食い気よりエロ…、あ、いや、……日本の総理が同性愛者だって知ってる?」
「テレビで聴いた。同性愛者で同性婚もしたのに日本の男の王とも結婚したメチャクチャな女だって」
「ああ、メチャクチャだね。あの人、そっち方面はオレより、すごいらしいから。けど、憲法にあたる範条で他人の性生活の暴露は厳禁したから、何をやってるかは報道委員でも知れない。けど、子供は何人もつくったなぁ………その子育ては、ほぼ丸投げで同性婚パートナーに任せてるらしいけど」
「ハーレムをつくってるの?」
「だからそれがわからないし、秘密だし、暴露できないんだ」
「自分だけ楽しんでる独裁者なんだ」
「いや、そうでもなくて、売春とか合法にしてくれたし、エロ本も無修正で販売できたりネット発信もできるんだ。ただし、被写体本人の同意が絶対いるし、著作権みたいに被写体に権利金が入るシステムをつくってる。おかげで高いんだ。売春も年金とか天引きシステムになって利用者も登録しないと罰があるから、自由に売春できるけど、無登録の売春は罰される」
「………日本人ってエロいの?」
「逆に問おう、エロくない人種はいるのか? いたとして、その人種は存続するのか?」
「はぁぁ……愚問だったわ」
「だろ♪」
「もう独裁者の私生活はいいから、ウクライナに攻めてきてる狙いはなになの? ヨウスケの推理や憶測でもいいから教えて」
「う~ん………トモダチだからじゃね?」
「フーチンと?」
「そうそう。震災の後、組むことになったし、いっしょに太平洋の島とか英仏からも取り上げたし、もうアメリカは海外派兵しない方針だし。だから、フーチンがウクライナを攻めるって決めたから、付き合いじゃないかな?」
「……付き合いって……そんな理由で……」
「まあNATOだって、そういう集団だしさ。第一次大戦も、そんな感じの連鎖で始まったから、人類のやること、今世紀になっても変わらないってことだろ」
「…………」
カトルーシャが黙ったので小本は本題に入る。
「カトルーシャちゃんの髪、すごくキレイだね」
「……ありがとう」
あまり嬉しく無さそうに、それでも誉められたのでカトルーシャは礼を言った。
「少しだけ、触っていい?」
「……まあ、いいよ…」
「本当に美しいね」
小本は愛しく金髪を撫でる。そしてカトルーシャの前に200ユーロを置いた。
「ねぇ、ボクと少しだけ大人の遊びをしない?」
「………」
もう15歳なのでカトルーシャは意味を理解した顔になる。理解して黙り込む。さきほども売春のことは話題にした。ただ、それが他人の話ではなく自分の話として目前に来ると、途端に重みが変わってくる。小本は畳みかけるように300ユーロへと増額した。
「2時間だけでいいからさ」
「………」
ユーロ………2時間で……300ユーロ………、とカトルーシャが揺れる。自国通貨のフリヴニャの先行きは暗い。こんな高額のユーロを見たのは初めてだった。これだけのユーロがあれば、食料を買える。姉はキーフへ行ったきり帰ってこない。父と兄は戦地へ行った。この街は非武装宣言のおかげで戦闘こそ無いけれど、物流は滞り、銀行へ行ってもお金を十分におろせない。
「………」
「ね? いいだろ?」
「…………」
あと……200………500ユーロあれば、ポーランドまで逃げられるかな……足りないかな……、と考えたカトルーシャの唇が何か言いそうで、言えずに震える。まだ15歳、恋人もいないし、処女だった。
「………」
「カトルーシャちゃんの髪は本当に美しいね。そして可愛い。これで、どう? 500ユーロ」
「っ………」
カトルーシャは身体の奥が痒くなった。身体に変な感じがする。そして息がしにくい。迷う、お金は欲しい、でも、身体を許すのは嫌、けれど、お金は欲しい、これだけあれば、たくさん食料が買える、生きていける、生きるために仕方ない、カトルーシャは泣きそうになって目を閉じた。
チャー…
小本は頭に水をかけられて、それが額に滴ってくる冷たさで振り返った。振り返ると店主が客に出すグラスを頭上で傾けている。
「なっ?! 冷たっ…、なにするんだよ?!」
「ずいぶんと頭が熱くなっていたようだからさ。ちょっと冷やしてあげた」
そう言う店主は笑顔だけれど、目が笑っていない。ずっと小本はカトルーシャとの会話に集中していて、背後で自分たちの会話を聴かれていたことに今さら気づいた。さらにテーブル席の5人組が言ってくる。
「おい、てめぇ!」
「ブチ殺すぞ!」
「カトルーシャが誰の妹だかわかってるんだろうな?!」
「この日本野郎!」
「日本人らしくゲイでもやってろ!」
若い男性の5人組でいきり立っているけれど、どこか不健康そうにも見える。戦地に行くには、病気や障碍があって不適切とされていそうな体格で、痩せすぎだったり、杖をついたりしている。それでも5人もいれば小本一人とは戦えるという怒りがのぼっていた。それを店主が止める。
「やめておけ、せっかく市長が日本軍を抑えてるんだ。揉めたら、御破算。どうしてもやりたいなら、街を出て民兵になれ」
「……それが、できたら…」
「さて、日本人、オレが止めてるうちに帰れよ。お前、三日前にも街に来て何人も女を買ったそうだな? けど、カトルーシャちゃんは許さない。さっさと帰れ」
「………わかったよ。ごめんな、カトルーシャちゃん、これはお詫びに」
小本は20ユーロだけ置いて店を出る。出がけに店主が言ってくる。
「おい、ヨウスケ」
「なんだよ、まだなにか?」
食事代はテーブルに置いたはずだった。
「自己紹介を忘れていたからさ。オレはエンリコ・ペトレーンコ。この店で売春のやり取りは許さない。店のルールはオレが決める」
「わかったよ、もうしない」
「素直はいいことだ。また来いよ、うまい飯なら出そう」
「……エンリコって名前は、……イタリア系?」
「親父がね、ヨウスケみたいなヤツで、よくウクライナに来ているうちに、ママに捕まったのさ」
「ははは、そりゃ理想の人生だ。また来るよ」
笑って店を出た小本はタメ息をついた。
「たはーっ……失敗、失敗」
気を取り直して再び別の女性を探し、処女ではなさそうな30歳ぐらいの金髪美女を80ユーロで買った小本は日没までには駐屯地である街外れの森に帰った。
「偵察してきましたぁ、街は平穏、テロの気配なし」
休息日で遊んできたのを、偵察という言い訳で取り繕い、美紗子に咎められることもなく夕食を摂る。
「うーっ…寒いなぁ……焚き火ぐらいしてほしいぜ…」
駐屯している森の中は冷え込むのに焚き火もなく、戦車や装甲車がいつでも動けるように必要最低限の暖気運転をする以外はテントと防寒着しか暖を採る手段が無かった。おかげで夜になると冷えるし、野営地は美紗子が窪地を選んだので氷の上で寝ているような状況になる。それが赤外線を外部に出さないためで不意打ちを受けないように用心しているのは軍務経験が浅い小本にも理解できるけれど、やっぱり寒い。早々にテントへ入って寝袋にくるまった。
「あぁ……寒みぃ……人肌が恋しいぜ」
「抱きしめてやろうか」
隣で寝ていた今泉から言われて、小本は全力で首を横に振る。
「いらない、いらない!」
「ははは♪」
笑いながら今泉は寝袋から出ると装備を調え、テントを出て装甲車にいた美紗子に声をかける。
「当直にあたります」
「ご苦労様。ちゃんと休めた?」
「はい。自分より、森ノ宮隊長こそ、ちゃんと休んでますか? 気張りすぎですよ」
「ありがとう。………」
美紗子は周りを見て、近くに誰もいないことを確かめてから今泉に言う。
「あのとき、頭を叩いたりして、ごめんなさい。すみませんでした」
「え? ああ、あの市長の前に出たとき?」
「はい、とっさに、感情が出て……すみません」
中尉と伍長なので階級は美紗子の方が高いけれど、年齢も経験も今泉の方がずっと上だった。士官と兵士の関係は自衛隊の頃から、あまり変わっていない。とくに国防大を出て年数が浅いうちは古参の兵に尉官は人として遠慮があった。今泉は同性愛者ではあったけれど、そんな様子の美紗子を可愛いとは感じた。
「もういいですよ。でも、気張りすぎだから、ちゃんと休んでください。それで詫びにしてくれる方が、こっちも安心します」
「わかりました。ありがとうございます。後を任せます」
「了解です」
今泉が当直に立つ、当直といっても装甲車の中で座り、駐屯する森の周囲と街から出入りできる道路に設置した監視カメラの映像を注視し続けるのが任務で、基本的に何もしなくていいはずだった。温かいコーヒーを啜りながら監視し続けること3時間、そろそろ美紗子も眠っただろう頃になって、今泉は映像に異変があったので顔を曇らせた。
「…くそっ………やっと美紗子ちゃんも眠っただろうに……起こさなきゃいけないか…」
監視モニターには森へ近づいてくる複数のパトカーが映っていて、その数は多い。おそらくボルズナー市にある全てのパトカーが来ている。美紗子を起こして判断を求めるべき状態だった。
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