第54話 3月11日 マインドコントロール
翌3月11日金曜、日本時間午前0時、イスラエル時間では日付は3月10日の17時で、まだ太陽が見えている。イスラエル政府が催した日本国外務大臣芹沢鮎美を囲んだ昼食会は盛り上がって長くなり、終わりかけに現首相のシモン・ネタニヤフが連合インフレ税への参加を表明してくれたので鮎美は握手しながら涙を零した。その絵になる会見が終わり、いまだ正式には外務大臣たる親任式は終わっていないけれど、前回1月の内閣改造でも急遽閣僚が入れ替わることになり、前原、片山、馬淵などが外交日程を短縮したりキャンセルする混乱があった後なので、逆に鳩山総理周辺も慣れていて鮎美の外相就任については国外にいたことが問題にはなっていない。そして、イスラエル政府は鮎美を日本国外務大臣として遇し、ベン・グリオン空港まで同格の外務大臣ツィッピー・リヴミが見送りに来てくれた。
「また、イスラエルへ来てください」
「ありがとうございます。ぜひ、日本へも来てください。できれば近いうちに。でないと、私が大臣でいるのは短い期間だと思いますから」
同じ女性大臣だったので、少し打ち解けて冗談を言った。ツィッピーが切り返してくる。
「では、少し未来に首相として訪日しますから。アユミ大臣も首相になって出迎えてください」
「招待状を送ることにします」
そう言って握手を交わして、空港ターミナルから搭乗口へ向かう。その道筋には左右にイスラエル軍の儀仗兵が並び、特別に敷かれた赤絨毯の上を歩いた。飛行機に乗る寸前も振り返って、手を振り、世話になった留津とも目を合わせて感謝を伝え、見送りに来てくれているイスラエル人全体へ日本人らしく一礼してから乗り込んだ。
「「っ………」」
鮎美と鷹姫は飛行機に乗った瞬間、空気感の違いにかたまった。機内には大音量で賛美歌が流れ、それを生徒たちが合唱している。それは今までの学園生活でないような熱唱だったし、指揮を執っていた陽湖は行きに着用していた紫のローブの上に白銀のマントを羽織っていて、右手には白銀の短い杖を握り、額には白銀のティアラをつけていた。美しい姿ではあったけれど、空気が臭い。他人の体臭が実は好きだったりする鮎美でも、幼少の頃からの武道生活で汗の匂いには慣れきっている鷹姫でも、思わず息を止めるほど、臭かった。その匂いは生徒たちの身体から立ち上るもので、修学旅行に出発した日から一度も身体を洗っていないのだと訊かなくてもわかった。しかも、入浴しないだけでなくイスラエルに到着してからも一睡もしていない顔色だった。
「おかえりなさい、シスター鮎美、シスター鷹姫」
一睡もしていないのに輝く瞳で陽湖が言った。
「…う…うん、ただいま、陽湖ちゃん」
「ただいま戻りました。月谷、その姿は?」
「私は教団からマザーの称号を授かりました。これからはシスター陽湖ではなく、マザー陽湖と呼んでください」
「「マザー……」」
「もう離陸です。着席してください。お話はそれから」
陽湖に促されて鮎美は最後尾へSPたちと向かう。今回は鷹姫も中央部ではなく最後尾に指定されていた。通路を進むと、異様さは鮮明になる。たしか行きでは十数人だったはずの黄色ローブの生徒が全体の7割になっていて、鐘留やゲイだとカミングアウトした泰治、着替えることを拒否して制服のままだったはずの由香里まで、うつろな目で黄色ローブを着ている。青銅色やオリーブ色のローブを着た生徒は1割に満たず、あとは白いシャツの生徒が2割だったけれど、出発時から不眠不休、食事も与えられていないようでフラフラと揺れながら賛美歌を謳っている。つい眠ってしまうと左右にいる黄色ローブの生徒が立たせていた。
「「………」」
鮎美と鷹姫は言葉が無く、とにかく着席してシートベルトを締めた。飛行機が滑走路に向かい始める。陽湖がマイクで語りかけてくる。その声は行きより、ずっと枯れていたけれど、音量は大きい。
「これから聖地を離れます。けれど、受洗しているみなさんと神は、つねにともにあります。聖地を発つ前に、告白しておきたい人はいますか?」
その問いかけで二人の白いシャツの生徒が挙手して氏名を叫んだ。
「お二人の告白を受けました。離陸後、前に来てください」
飛行機が滑走路に着いて加速し始めると、さらに一人、氏名を叫んで洗礼を望む生徒が増えた。飛行機は現代の科学技術のおかげで高度をあげ、ごく安定した飛行に入る。シートベルトを外した陽湖が立ち上がって三人の生徒を会議室に導いていった。その間も出発時から黄色ローブだった生徒が先導して賛美歌の合唱になる。つい謳わずに見ているだけだった鮎美と鷹姫には起立して大声で謳うことが指導された。
「「諸人ぉ! こぞりてぇ! 讃え祭れーぇ♪」」
仕方がないので熱唱する。もう機内の臭さには鼻が慣れていた。
「「主は! 主はぁ! 来ませりぃ!」」
さきほどまでのイスラエル政府から歓迎を受けていた世界から、別世界に迷い込んだ心地で謳うこと7曲、前方の会議室から陽湖と三人の生徒が出て来た。白いシャツから黄色ローブに着替えていて、髪が湿っている。全身を水に浸けたような様子だった。鮎美は母親の美恋が洗礼を受けるといって琵琶湖に入ったことを思い出した。そして、いったい自分と鷹姫がイスラエルの要人と会っているうちに、陽湖たちはエルサレムで何をしていたのだろうと考える。
「「…」」
鷹姫と会話したいけれど、賛美歌を歌い続けることを見張られているので一瞬だけ目を合わすのが、せいぜいだった。陽湖が両腕をあげ、朗々とした声で機内に問う。
「まだ、神のそばにいない生徒たちに問います。神を信じますか?」
「信じます!」
また一人の生徒が白いシャツから黄色ローブになった。さらに陽湖は問いかけて回り、黄色ローブが全体の8割になった。そして最後尾にいる鷹姫と鮎美の横に来る。
「シスター鷹姫」
「……」
シートに座っていた鷹姫は見下した目で陽湖を見上げた。
「あなたは神を信じますか?」
「ええ、いる人にとっては、いるのでしょう。ずいぶんと困った神が」
「神を冒涜する気ですか?」
本来、穏やかな性格のはずの陽湖が鋭い目つきで問うた。一睡もせずに指導にあたっていて目の下に隈ができているのに瞳は輝いている。ホテルでよく眠った後の鷹姫は理性的な目で言い返す。
「いいえ。素戔嗚尊(すさのおのみこと)もはじめはあらぶり高天原(たかまがはら)で暴れましたが、のちに八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)をえています。困った神も、また神です」
「神は唯一絶対です。複数の神など存在しません。それらは、すべて偶像、そしてサタンの化身です」
「………」
もう話すことはないという顔で鷹姫は目を飛行機の窓に向けた。十分な高度を得ていて、夕日が美しかった。そろそろトルコ上空かもしれない、これから地球の夜側に向かって飛ぶことになる。陽湖が問いを重ねてくる。
「シスター鷹姫、あなたは同性愛に身を置くシスター鮎美を正道へと導くことに協力する気はありますか?」
「………」
鷹姫が鮎美を見ると、目線が合った。鮎美は、ここは無難に合わせておき、と融和路線を目で伝えたつもりだったけれど、鷹姫は別の判断をする。
「ありません。人それぞれの人生です。そして芹沢先生は立派な方です。あなたごとき愚か者に導かれることは微塵もありません」
「……。わかりました。修学旅行としての指導があります。着替えるために前に来てください」
「鷹姫、あんまり逆らうのは、やめとき。うちは、どう言われても平気やし」
「芹沢先生……」
「お二人とも私語は慎んでください。礼拝中です」
「「………」」
鮎美は黙り、鷹姫は陽湖と前方の会議室に入った。
「これは……」
会議室は行きと様子が変わっていた。小さめの風呂桶のようなものが隅に置いてあり水を湛えている。他にも行きには見かけなかった物品が、いくつかあり、そのうちの一つだった首枷と手枷が一体になった拷問道具を陽湖が持ち上げた。それは横1メートル、縦30センチ、厚さ3センチほどの板を半分に割り、中央に首を入れる穴があり、左右に手首を拘束する小さめの穴がある物で、木材と固定金具の色合いから、かなり古い年代の物に感じられた。
「シスター鷹姫がおっしゃる通り、シスター鮎美は立派な方です。あの人が私たちの学校に来てくださったのも神の導き、素晴らしい福音です。ですが、ただ一つの欠点があります。その欠点をただし、神の正しい道へと導くためには心を鬼にして接しなければなりません。シスター鷹姫、彼女を悪しき同性愛の淵から救うのに協力してくれますか?」
「………。芹沢先生には帰国すれば外務大臣としての仕事が待っています。これ以上、くだらないことに付き合わせるのは、やめなさい。国益を損ねます」
「指導を続けます。シスター鷹姫、すべての私物を預け、裸になってください」
「…………」
行きにも着替えたので鷹姫は制服と下着を脱ぎ、ポニーテールにしていた髪ゴムも外してカバンに入れ、そのカバンも置いた。風呂場や更衣室ではない場所で全裸になった鷹姫の姿は鮎美が見れば興奮しそうなほど若々しくて扇情的だったけれど、本人は少しも恥ずかしいと感じていないし、見ている陽湖も異性愛者なので一片も興奮しない。
「では、これに着替えてください」
「………」
鷹姫は行きに着せられてた白いシャツではなく、麻製の茶色い粗末な服を示されて、自分への待遇も変わったことを感じたけれど、鮎美も着ていた物なので気にせず、頭からかぶり着てみた。着てみると、長袖のロングスカートではなく、袖は無くてタンクトップのように露出が大きく、丈もミニスカートより短い鐘留の夏制服のようなギリギリの長さだった。しかも下着はつけていない。それでも剣道着や柔道着を着るときにも下着をつけない鷹姫は気にしなかった。
「では、この枷をつけます」
「………そんなものをつけられるいわれはありません」
さすがに拷問道具をつけられる気は無かった。
「シスター鷹姫がつけなければ、これはシスター鮎美につけてもらいます」
「…くっ……卑怯な…」
「どうしますか? シスター鮎美のために、これを自らつけますか?」
「……つけます」
仕方なく鷹姫は首と手首を差し出した。行きで鎖につながれて這っていた鮎美の泣き顔は覚えている。あんな姿を二度と見たくないので自分が犠牲になることを選んだ。
「では、ここに首を、手首はこちらに」
陽湖が床に枷の下部を横に立てて置いたので、そこに首を合わせるため、鷹姫はうつ伏せに寝るような姿勢になった。両手首も穴に合わせると、陽湖が枷の上部を嵌めてくる。そして古風な金具の閂をハンマーで止めた。ハンマーで叩かれるたびに振動が伝わってきて痛かった。こんな目に鮎美が遭わなくて済んだことだけは、よかったと思う。
「この道具は中世において本当に同性愛者へも使われていたものです。エルサレムの教団本部から特別に貸し与えられました。大切にしてください」
「………」
叩き壊してやりたかったけれど、本物の拷問道具だけあって、まったく両手が使えないし、動かそうとすると首が苦しい。
「立ってください」
「………」
両手首と首が完全に固定されている鷹姫はうつ伏せの状態から立つだけでも、かなり苦労した。手は使えず、肘もろくに動かせないので、左右の膝を何度も動かして、まずお尻をあげる。その動作で下着をつけていないお尻が丸出しになった。しっかりとお尻をあげられるようになって、やっとバランスが取れて上体を背筋で起こした。立ち上がると服の裾が戻って、お尻を隠してくれるけれどギリギリの長さなのでローアングルから見上げれば鷹姫の股間が見えてしまう。
「この姿のまま、みなさんの前に出ていただきます。覚悟はいいですか?」
「………」
「悔い改めるなら今です。心から神を信じると誓い、シスター鮎美を悪しき同性愛の淵から救うのに協力すると宣言してください」
「…………」
鷹姫は黙って睨むだけだった。恐れてもいないし恥じらってもいない。陽湖は言葉で煽ってくる。
「その服に書いてある文字の意味がわかりますか?」
「………」
「前はヘブライ語でメルフラフ、汚い、という意味です。後ろはマスリアフ、臭い、という意味です」
その文字は行きに鮎美と泰治に着せた服と同じだった。行きの場合、露出が激しいと聖地巡礼で当局に規制されているので長袖ロングスカートだったけれど、今は容赦ない露出で苛むようなデザインだった。両手が固定されていて股間を押さえることもできないのに、麻の衣服は頼りなくヒラヒラとして生地も薄い。着ている者の感覚としては下半身裸のような頼りなさだった。これで生徒たちの前に引き出されるとなると、たいていの女子なら泣き出して誓いを立てそうなものなのに、鷹姫は少しも動揺していない。逆に陽湖が人間味を見せた。
「シスター鷹姫…、腋も丸見えですから、男子にも見られますよ」
「……」
手枷のために両手首を首の高さまであげているので鷹姫の腋は半開きで、タンクトップのようなカットの麻服なので一度も剃ったことのない腋毛が見えている。そろそろ春なので多くの女子は修学旅行前には剃ったり、親に頼んで脱毛していたりするのに、あいかわらず鷹姫はそのままだった。少しだけ人間味を見せた陽湖は、再び指導者の顔になる。
「悪しき同性愛を否定しない者は同罪です。その姿を晒して悔いてください」
「………」
鷹姫は陽湖から背中を押され、会議室の外に出た。そのまま中央部まで歩かされると、最後尾にいる鮎美からも見えた。
「鷹姫に、なんてことを………」
鮎美が唖然とする。中央部に立たされた鷹姫は枷の左右を鎖で天井に吊され、身動きできなくなる。さらに両足首にも同じサイズの板製の枷を嵌められ、両脚を80センチほど開いたまま、何一つできなくされた。陽湖はイチジクの枝を持ち、ゆっくりと鮎美の方へ歩いてきた。そして、目を見つめて問う。
「シスター鮎美、あなたは神を信じますか?」
「信じます!」
鮎美は即答した。このさい、嘘をつくのは平気だった。すぐにでも鷹姫を解放してもらうため、鮎美は意地など捨てた。考えてみれば、泰治や由香里も、この異様な雰囲気に逆らわず、今は合わせているだけかもしれない。とくに鮎美が公務で抜けてしまった後、たった一人の同性愛者になった泰治が変節したのは、わからなくもない。二人なら耐えられても、一人だとバカらしくなったのだと思う。
「シスター鮎美、あなたは悔い改め、同性愛から遠ざかりますか?」
「はい! 遠ざかります!」
到着までの14時間くらい、どんなことでも言えた。
「ではシスター鮎美、その指輪を外してください」
「………これは……勘弁してよ……」
それはできなかった。結婚指輪は詩織との誓いの象徴であり、想いの結晶なので外したくない。
「シスター鮎美、あなたは同性愛から遠ざかると宣言したはずです。嘘だったのですか?」
「…………行きのときは、一言、遠ざかるって言えばOKやったはずやん…」
「心から神を信じ、同性愛から離れてください」
「う~……ハードルあがってる……動くゴールポストみたいやん……」
鮎美は麗国と交渉する歴代外務大臣の気持ちを味わっている気分だった。陽湖は生真面目な表情で告げる。
「やはり、あなたには指導が必要なのですね。会議室へ来てください」
「……拷問部屋やろ……」
鮎美はシートから立ち上がり、指輪を撫でながら通路を歩く。中央部で鷹姫に何か言いたかったけれど、先に陽湖が言ってくる。
「私語は慎んでください」
「「…………」」
それでも鷹姫と目を合わせて気持ちを伝え合う。
「「………」」
うちのせいでごめん、私は平気です、というアイコンタクトは成立した。鮎美と介式が会議室に入ると、陽湖は持っていたイチジクの枝を壁にかけた。まるで、いつでも叩けるという威嚇のようで鮎美はお尻の痛みを思い出した。
「陽湖ちゃん、うちはともかく鷹姫を叩くのはやめてよ」
「私のことはマザー陽湖と呼んでください」
「……あんた、いつから子持ちになったん? なによ、その呼び方」
「昨日、聖地巡礼を経て、私は教団本部から世界に3人しか指名されないマザーの称号を受けました。この称号をいただいた記録としては最年少になります」
陽湖たちは他の観光客と同じにエルサレムの聖墳墓を訪れ、キリスト教各派が共同管理しているイエスの墓で祈りを捧げた後は、新市街の一角にある教団世界本部へ入っている。そこに到着した段階で黄色ローブに変わっていたのは生徒の5割で、それは信徒率の低い在日本の教団学校としては歴史的な快挙だったし、毎年数人しか新たに洗礼を受けないのに、鮎美のSPまで一人教化したことも評価され、さらに鮎美が外務大臣になると発表があり、すでに鮎美の母親へも受洗していること、そして鮎美と協力して教団学校に大学の設置まで可能にしつつあること、それ以前から熱心に勧誘活動を行い、小学校でも級友を1名、中学校でも2名を導いていること、修学旅行の直前にセクハラ示談で得た300万円を秘書補佐の立場で正当に得た金銭と説明して教団へ寄付したこと等が、大いなる功績とされ、そして最年少の国務大臣となる鮎美と並んで遜色がないようにという教団内部の配慮もあり、最年少で教団組織トップ層の地位についていた。
「……あんたらは、神の前に平等やったんちゃうん?」
「平等です。ただ、役割を負っているだけです」
「…………まあ、たしかに、国会議員と国民も、平等ちゃー平等やし、大臣も貴族とはちゃうけど……それに、どのみち組織を運営するとなると、リーダーとか代表はいるもんなぁ……小学校の班でも班長いるし。プロテスタントでも、万人祭司と言いつつ、牧師やら伝道師が設定されてるらしいし。集団には代表が要るわな。猿の山でもボス猿おるように。にしても、あの屋城はんより上みたいやね?」
行きと違い、屋城や教師たちまで陽湖に対して傅く態度を取っていたことを鮎美は見逃していなかった。もともと、この修学旅行に参加している教師は、すべて信仰をもっている教師たちのようで無信仰の教師は来ていない。今や完全に陽湖が女王として立っている雰囲気だった。
「ほんで、マザー様、どうすれば、うちらは許してもらえるの?」
「私物をすべて預け、裸になってください」
「………はぁぁ…」
タメ息をついた鮎美は制服と下着を脱ぎ、靴と靴下もそろえて置き、カバンを渡して結婚指輪だけ身につけた全裸になった。
「この指輪だけは勘弁してください、マザー陽湖」
きちんと呼び、両手を合わせて慈悲を乞うた。
「シスター鮎美、外さなければ過酷な指導を行います」
「………」
鮎美は迷った。奪われるわけではないし、羽田空港のやたら感度の高い金属探知ゲートでは一時的に外したし、今だけ陽湖に合わせて外す大人の判断をしても、詩織との関係に何か変化があるわけでもない、と考えることもできた。
「………うちが、これを外したら、鷹姫は自由にしてくれる?」
「いいえ」
「何でよ?!」
「シスター鷹姫は自らの意志でシスター鮎美の同性愛を否定せず、あの枷を受けると決められたからです。シスター鷹姫が許されるのは、シスター鷹姫の改心によってのみであり、シスター鮎美の改心は関係ありません」
「くっ……。けど! あの麻服の中、パンツもブラジャーも着けてへんにゃろ! ひどすぎるやん! 男子も、いっぱいいるのに! 手足も動かせんで万一のことがあったら、あんた責任とれんの?!」
「多くの受洗した生徒が見守っている中、淫らなことはありません」
「あんなカッコ、見ただけでもエロいわ! イエスかペドロが言うてたやん! 見てエロいこと考えただけで犯したんと、いっしょやて! 今、鷹姫は犯されまくってんのと、いっしょやん!」
「この飛行機が到着するまでに、すべての生徒へ受洗をすると私は神に誓いました。淫らなことはありえません」
「あるわ! あんなカッコ、うちも見た瞬間、開いたまんまの脚の間に手を入れたくなるし! 男子の性欲なめんな! うちと同じなんやからエロエロに決まってるやん!」
「サタン、またお前がシスター鮎美を狂わせているのですね。今日こそ、お前を追い出してみせます」
陽湖はハンマーを持った。
「ちょっ…」
一撃で骨折しそうなハンマーを見て、無防備な全裸でいる鮎美は怯え、介式は素早く前に回る。
「芹沢大臣に危険をおよぼすことは看過できない」
「シスターいつか、ご安心ください」
陽湖は介式の名も覚えているようだったし、介式も鮎美への敬称を更新していた。陽湖はハンマーの柄を鮎美に向ける。
「サタンに惑わされたシスター鮎美、悪魔との契約を象徴する、そのリングを外し、このハンマーで叩き潰してください」
「なっ……」
「二度と、同性愛に溺れること無きよう、悪魔とのつながりを打ち砕くのです」
「……こ、これはなっ! うちと詩織はんを結ぶ大事な大事なもんなんよ!!」
「いいえ、それは悪魔とのつながりです。そのリングは、いわばサタンリング、ドンと一撃をハンマーでくだし潰してください。悪魔と別れるのです」
「悪魔は、あんたや!!」
鮎美が怒鳴り、介式も陽湖に言ってみる。
「いくら指導でも、いきすぎではないか?」
「シスターいつか、あなたは同性愛を間違ったことだと感じないのですか?」
「……」
「シスター鮎美のお母さんが、娘の同性愛を、どれだけ嘆いているか、ご存じですか?」
「「…………」」
「女と女で淫らなことをしても、何も生まれません。悪の淵に堕ちるだけです。シスターいつか、邪魔をしないでください」
「………」
どちらかといえば、性欲全般に嫌悪感を覚えている介式は同性愛にも否定的だったし、警護対象の個人的問題なので介入せずにいるだけで、陽湖と対話するとなると、警護任務とは別のことになり、鮎美の身に切迫した危険が無いのなら、介入の根拠と動機が無くなる。それを陽湖も知っていて畳みかける。
「シスター鮎美は素晴らしい人です。ただ一つの欠点さえ改善されれば、より素晴らしい存在になります。同性と淫らな行為に耽るのは、悪魔の所業です。悔い改めるべきであり、そのチャンスなのです。どうか、見守ってあげてください」
「………そのハンマーを置け」
「はい」
陽湖がハンマーを置いたので介式は会議室の隅に戻った。陽湖は指導を再開する。
「シスター鮎美、同性愛を断ってください」
「………これは絶対、外さへんし」
鮎美が守るように左手を握りしめ、さらに右手で結婚指輪を包んだ。
「これ外されるくらいやったら拷問でも何でも受けるわ! 好きにしぃよ! また鎖?! それとも鷹姫みたいな枷なん?! 叩きたいだけ、うちを叩き!」
左手の指輪は絶対に外したくないと同時に、罪悪感も覚えている。あの朝槍と、その恋人だった小山田に対して、深い罪悪感は残っていて、いっそ肉体的苦痛を与えてくれるなら本懐でさえある。介式がいるので日本へ到着してからの外務大臣としての業務に差し障るようなことはされないなら、痛めつけるだけ痛めつけられても、それでいいと考えを切り替えた。
「うちには、どんな服を着せる気なん? 何でも着るよ、汚いとか、臭いとか、好きに罵りぃ! うちらの気持ちは、あんたには永遠にわからんし! あんたらの永遠の楽園とは違う、別のところにいるねん!! ほっといてんか!」
「同性愛は獣以下の所業です。獣には服はありません」
「…ま……まさか、うちを裸で、みんなの前に出す気ちゃうやろな……」
鮎美は不安になって後退り、天井付近にある監視カメラを見上げた。それから壁にあるコントロールパネルを見る。おそらくは送信されていないと思われるけれど、全裸でカメラのもとにいるのは、かなり気持ち悪い。
「シスター鮎美には、ここで指導を受けてもらいます。まだ受洗していない生徒の前に、その姿を出すわけにはいきませんから」
「……」
警戒している鮎美の前に、陽湖は金属製の手錠のような物を置いた。鷹姫への枷と同じく年代物に見える。
「シスター鮎美、そこに座って右手を出してください」
「………。お座り、お手、とでも言えばええやん」
悪態をつきながら鮎美は床へ座り、右手を出した。その手首に陽湖が手錠をはめてくる。行きで巻かれた鎖と南京錠はホームセンターで売っていそうな物だったけれど、今回はずっしりと重い、中世の手錠だった。
「シスター鮎美、右足をこちらへ」
「………手と足を……」
鮎美は右手首と右足首をつながれた。さらに左手首と左足首もつながれると、立つこともできない状態にされた。陽湖は1メートルほどの鉄棒を持ってきた。
「……それで叩くとか……」
「叩きません。手足の力を抜いてください」
「………」
鮎美が脱力すると、陽湖は足首へはめた錠へ金具で鉄棒の端を固定すると、さらに反対の端を反対の足首にある錠へ固定した。鮎美は大きく開脚した状態を強いられた。
「こんなカッコにさせて、強姦でもする気なん?」
「シスター鮎美、女は男と結ばれるように神が造られました。それを思い知ってもらいます」
「………ど……どうする気なんよ?!」
怖くなってきた鮎美を座った状態から、仰向けへと陽湖が押し倒してくる。手足がつながれているので何の抵抗もできず、鮎美は仰向けにされて、開脚を強いられているので恥ずかしくて真っ赤になった。
「や……やめてよ! せめて、アソコくらい隠してよ!」
股間も剃毛しているので陽湖や介式に見られるだけでも恥ずかしかった。
「シスター鮎美、そのリングを外し、自らハンマーで叩き潰しますか?」
「……イヤよ……。どうする気?」
鮎美の問いに陽湖が男根を模した鉄棒を持ってきて答える。
「これは中世に女性同性愛者を矯正するために用いられていたアダムの槍という道具です」
「………」
もう見ただけで使い方の想像がついた。ネーミングセンスも、そのままだと思う。
「悔い改めなければ、これを使ってシスター鮎美を矯正します」
「……」
「問います。悪魔との契約の象徴、悪しき同性愛の軛、そのサタンリングを自ら外し、二度と指を通さぬよう正義の鉄槌をもって粉砕しますか?」
「………この指輪は絶対、守るし」
「アダムの槍を使うということは、シスター鮎美は処女でなくなりますよ?」
「…………」
「さあ、神に誓いを立ててください。同性愛から決別します、と。でなければ正義の槍を使います」
「……………ええよ、それ刺しぃよ。男と結ばれる体験でも、何でもするわ」
すでに鮎美は自分を処女とは思っていないし、いつか理想の男性と結ばれるときまで処女でいたい、という異性愛の女子が想うようなことは一度も考えたことがなかったので、さほど苦痛でもないと自分に言い聞かせた。ただ、別の不安は大きい。
「け、けど、それ、中世に使ってたもんやろ。挿入する前に、石鹸でよく洗って。あと、熱湯につけて。どんなバイ菌、ウィルスがついてるか、わからんやん。できたら、コンドームをかぶせて挿入してほしいわ」
「…………」
「うちが性病になったら、どうするんよ? 中世にエイズは無いけど、梅毒とかあったやん。しかも今の梅毒とは遺伝子が微妙に変化してるかもしれんし、現代の薬が効くとは限らんやん。お願いやし、突っ込む前にキレイにして」
「……わかりました」
中世の異端審問のように拷問の挙げ句に殺すのが目的ではなく、どうにかして鮎美に同性愛から異性愛へと転向してもらうのが目的なので、性病になられると元も子もない。陽湖は教団から貸し与えられたアダムの槍をトイレの水道でよく洗い、それから会議室の隅にある給湯設備で煮沸消毒した。さらに貨物室に通じる床下の戸を開けて、自分の荷物からコンドームを出してくる。修学旅行の内容は寸前まで陽湖も知らなかったので、もしも屋城と結ばれる機会があったときのために常備薬の中に含まれると旅行規約を解釈して入れておいたものだった。教義で淫らな行為は禁止されているけれど、愛し合う男女が結婚の上で結ばれることは推奨されているし、その結婚は神への誓いが重要なのであり、戸籍上の婚姻届は後になっても問題ない。屋城にも、そして今は自分にも結婚式を司祭する権限があるので、いつでも、どこでも結婚できるとも解釈している。陽湖は三つあるコンドームのうち一つを鮎美のために使うことにした。ほどほどに冷ましたアダムの槍にコンドームをかぶせる。やり方は保健体育で習ったので一度で成功した。
「…………シスター鮎美、最期のチャンスです」
やはり友人の処女を奪うのは、いくら正義のためとはいえ、躊躇いがある。陽湖は迷いを顔に出さないようにしつつも、繰り返し問う。
「悪魔との契約の象徴、悪しき同性愛の軛、そのサタンリングを自ら外し、二度と指を通さぬよう正義の鉄槌をもって粉砕しますか?」
陽湖は恐怖感を煽って鮎美にリングを捨てさせようと、コンドームをかぶせたアダムの槍を鮎美の鼻先に見せつける。鮎美の目が形状を確かめるように動いた。中世の拷問道具も現代のコンドームをかぶせられると途端にアダルトなグッツという雰囲気に変貌している。
「………突っ込むの、いきなり深くまで刺さんといてな。女の、ここ、めちゃデリケートなん、わかってるよね? 男と結ばれる感じを教えてくれるんやったら、優しく挿入してよ」
もう鮎美は挿入される前提で、明らかに処女という感じの陽湖に教えた。陽湖が再び迷う。
「シスター鮎美、本当に処女でなくなりますよ?」
「ゆっくり、ゆっくり入れてよ」
「………」
陽湖はアダムの槍を鮎美の股間に触れさせた。煮沸消毒した後なので、ほどよく温かい。
「………シスター鮎美……カウントダウンします。30数えるうちにリングを潰すと誓いを立てれば許します」
「………」
「30、29」
二人とも既視感を覚えた。美恋への宗教勧誘をやめろや、と迫る鮎美が鬼々島の山中で同じようなことを陽湖にしたことがある。それを思い出しながらカウントダウンが進む。
「…3……2………1…………0」
「……」
鮎美は挿入されると思ったけれど、陽湖は手が動かなかった。あのとき、鮎美もカウントダウンだけして、陽湖の処女を奪ったりしなかった、それを想い出して手が動かず、陽湖は問いかける。
「……本当に最期の最期のチャンスです。誓いを立てますか?」
「答えはノーよ」
「シスター鮎美……」
陽湖がアダムの槍を1センチだけ進めた。
「まだ間に合います」
陽湖は処女なので何センチまで挿入されると女子がロストバージンするのか明確には知らないし、鮎美は男根に興味をもったことがないので考えたこともない。ただ1センチ進めただけでは、まだギリギリセーフな気がしたので陽湖が問う。
「誓いを立てますか?」
「ノー」
「挿入しますよ」
「……一回、抜いて、まわりをほぐして」
「こうですか?」
アダムの槍を回してみる。
「うん、そう。ゆっくり、なじませてな」
「はい」
「もう、ええよ。入れて」
「……では…」
今度は3センチほど挿入した。
「痛いですか?」
「うん、ちょっと、けっこう太いね。それ。どこ製?」
「……それは、わかりません。おそらくヨーロッパの、どこかだと思います」
「ってことは、欧米人サイズなんやろね」
詩織の指3本分くらいの圧迫感がある。
「どうですか? シスター鮎美、男性と結ばれる感覚は? 同性愛をやめられそうですか?」
「………う~ん……」
どっちかというと、陽湖ちゃんと結ばれてる気ぃするわ、詩織はんには悪いけど指輪を守るには、これしかないし、にしてもビアンは男に抱かれたら治るとかいう迷信、アホな異性愛者どもは本気で信じてるもんなぁ、そんなんで治るんやったら世界からビアンは消えるやん、と鮎美はアダムの槍で突かれながら思った。近々バイブを使ったプレイも詩織と話し合って計画していて、修学旅行出発前に二人でネット上の大人のオモチャ店で鮎美の膣に合いそうな商品を3種類も買っている。さすがに議員宿舎へ配達されるのは、なにかと不安があるので詩織のマンション宛にしている。そんなタイミングだったのでアダムの槍は怖くなかったし、これで男性との性交の疑似体験になるとも思えない。
「シスター鮎美、女として男を愛せそうですか?」
「……まだ、気持ちよくなってないし……ゆっくりピストンさせてみてよ」
「こうですか?」
「うん……そう……だんだん、早くして」
鮎美の注文に陽湖は忠実に応えるので、あまり気分は乗らなかったけれど、刺激を受けると身体は反応し、しばらくして鮎美は絶頂した。
「…ハァ……ハァ……」
やはり詩織に悪い気がして、絶頂した後に涙を流した。そして、女性の権利団体が朝槍に託して渡してきた資料にあった強姦でも女性は粘液が分泌されてしまったり、不本意な性交なのに膣が蠕動してしまい、反射のように絶頂してしまうことがあり、それが強姦被害者をより苛むということを思い出して、また涙を零した。陽湖が心配する。
「大丈夫ですか?」
「……強姦した後に、そんなん言われてもね……」
「こ、これは強姦ではありません! 正義の指導です!」
「アメリカみたいなこと言うて」
「っ……」
「やっぱり欧米の精神はキリスト教から来るんかな。その独善性、あきれるわ。仏教でも神道でも異端審問なんかやらんやん」
「……廃仏毀釈はありました。踏み絵も」
二人とも高校生なので、まだまだテストに出そうな言葉は覚えている。
「たしかに……けど、廃仏毀釈は明治政府が欧米から開国とキリスト教布教を求められての防御的反応やん、天皇を中心とした神道国家にしようていう。踏み絵なんか、そもそも日本に無かったキリスト教を突っ込んできたことへの拒絶反応やし。結局、キリスト教が争いを持ち込むやん」
「っ……」
「インカ帝国なんかキリスト教宣教師が皇帝を捕らえて改宗を迫ったあげく、受け入れたのに殺して金銀財宝を奪ったやん。まさに、国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり、やね」
「黙りなさい! 主の祈りを冒涜することは許しません!」
パンっ!
急に怒鳴った陽湖が平手打ちをしてきて鮎美は鼻血が出そうなほど痛かった。睡眠不足のせいなのか、それとも大きく向上したマザーという自分の地位と責任への自負のためなのか、いつもの穏やかさが無い。叩かれた鮎美は涙を滲ませながら睨んだ。
「ほら、本性丸出しや。っ、痛っ?!」
さらに鮎美はアダムの槍を掻き回されたので痛みに呻いた。そろそろ手首と足首をつながれているという姿勢も苦しくなってきている。
「さあ! シスター鮎美! 誓いなさい! 同性愛を捨て! 正しく生きると!」
「ううっ…痛い、痛いって! そんなに激しく動かさんといてよ! うううっ…」
鮎美は呻き、陽湖は出血を見たので動かすのをやめてアダムの槍を挿入したままにする。
「ううっ……陽湖ちゃん……マザー陽湖、……腰が攣れそう……脚も……一回、解いてよ」
反論しても痛い目をみるだけだと思い知った鮎美は懇願に切り替えた。陽湖は気持ちを落ち着けるように短く祈っている。祈って今の暴力行為を神に許してもらったと感じていく。
「…………アーメン」
「ホンマにつらくなってきたんよ。アソコも痛いし……殺す気?」
鮎美の手足を拘束している拷問道具は、もともと長時間不自然な姿勢を強いることで傷つけずに苦痛を与えるものなので、いよいよ効果が出てきて鮎美は悶える。何度か、脚と腰の筋肉が攣ると、より負担が重なり、繰り返し攣るようになってくる。中学で剣道の稽古を頑張っていたときも脚が攣るのを経験したけれど、すぐに伸ばしてマッサージするので治まるけれど、今は不自然な姿勢のまま解放してもらえないので、何度も何度もピクピクと足腰が攣り、猛烈に痛くなってくる。もう本気で泣けてきた。
「ひっううっ…痛いっ……痛いって……お願い……お願いです、一度、解いてください。マザー陽湖」
鮎美の足も攣り続け、足指がピクピクと痙攣している。腰も痛くて涙を流しているし、手を動かせないので顔を拭くこともできない。余裕が無くなってきて、口の利き方も変わる。
「お願いです……ううっ…ハァ…ぐうっ…マザー陽湖……どうか……これ、めちゃキツいから……足腰、どうにかなりそうなんよ……うあああっ! また攣る! 攣るから! ああ、ああ! ひい! お願いです、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「リングを外し、自ら潰しますか?」
「ううっ…それだけは勘弁してよ! ぅああああっ…痛いいいっ!」
「……しばらく悔い改めていてください」
少し考えた陽湖は会議室に鮎美を放置して外に出る。外では生徒たちが眠らずに礼拝を続けていた。陽湖は泰治と博史を呼んだ。泰治はエルサレムで洗礼を受けて黄色ローブになっているし、博史は高校入学前からの信徒で鮎美と鷹姫のクラスに初めからいた男子で当然、出発時から黄色ローブを着ている。
「ブラザー泰治、ブラザー博史、お仕事をお願いできますか」
「「はい」」
「会議室にいるシスター鮎美の拘束具を解いてあげてください。優しく、ただし、私の許可はえていないから秘密に、と」
「はい」
泰治は即答したけれど、博史が疑問に思う。
「マザー陽湖、それでは嘘をつくことになりませんか?」
「いいえ、これは指導です。私は気づいていないフリをしますから、お二人はシスター鮎美に優しくしてください。足腰が痛いようですから、マッサージをしてもかまいません。ただし、彼女は裸でいるので淫らな気持ちになってはいけませんよ。また、手足は自由にしてよいですが、矯正のために股間につけている物は、そのままにしておくよう」
「「はい…」」
「もし、お二人のうち、どちらかがシスター鮎美と祝福された結婚を望むなら、より優しくしてあげてください。水を飲ませることも許可します。彼女に男性の素晴らしさを気づかせてあげてください。30分後には私は会議室に戻りますから、そのときまでには再び拘束しておくよう」
「「わかりました」」
男子二人は会議室に入っていく。陽湖は礼拝を続けている生徒たちを二つのグループに分けた。いまだ白いシャツを着ていて洗礼を受けない生徒へ3対1で黄色ローブの生徒がつくようにしつつ、残りの黄色ローブの生徒で中央部に拘束している鷹姫を囲ませた。
「ブラザー鷹姫、悔い改める気になりましたか?」
鷹姫も、ずっと立たされたまま手足も動かせないので鮎美ほどではないけれど、苦痛を感じてきている。それでも陽湖が近づくと敵を見るような目で睨んできた。
「月谷、芹沢先生は?」
「ご安心ください。シスターいつかも、いっしょなのですから」
「………」
「そして、私のことはマザー陽湖と呼んでください」
「………。芹沢先生には何をしているのです?」
「他人の心配より、あなた自身、悔い改める気持ちは生まれましたか?」
「………」
鷹姫は反抗的な目で睨むだけだった。それで陽湖も十分に理解する。
「お尻を叩きます。これは暴力ではありません。改悛のための愛の鞭です。お受けください」
パン!
陽湖が手のひらで鷹姫のお尻を叩いた。会議室ほどのスペースがないのでイチジクの枝は振り回しにくいことと、やはり自分の手で叩いて相手の痛みを感じておきたいからだった。
パン! パン!
よく鍛えられて筋肉のついた鷹姫の臀部を何度も叩いていると、陽湖の手が痛くなってきた。鷹姫の方は不快そうに睨んでくるだけで動じていない。
「シスター鷹姫、使徒信条を暗唱してください」
「お断りです」
高校生活の三年間で何度も礼拝や聖書研究科の授業で、主の祈りとならんで使徒信条も出てきたので、鷹姫も暗記しているけれど、言いたくはない。
「シスター鷹姫、これは指導です。使徒信条を暗唱してください」
パン!
「…………」
「シスター鷹姫、暗唱してください」
パン!
「…………」
叩かれても鷹姫は黙っている。もともと毎日のように竹刀で打ち合いしているので、いつも防具に当たるとは限らず、強く身を打たれることには慣れている。薄い陽湖の手のひらなど侮辱は感じても、痛みは軽い。
「わかりました。シスター鷹姫が暗唱しないのであれば、この課題はシスター鮎美に課します」
「っ…くっ、どこまでも卑怯なっ…使徒信条! 我は天地の創造主、全能の父なる神、エホパを信じます。我は主のひとり子イエス・キリストを信じます。聖霊によって宿り、処女マリアより生まれ、ゴルゴダにて死に葬られ、黄泉にくだり三日夜に死より復活し天に昇り、父なる神の右ありて、かしこより来たりて生者と死者を裁きたまわん。我は聖霊を信じます。罪の赦し、身体の復活、永遠の命を信じます。アーメン」
「よろしい。シスター鷹姫、あなたは悔い改め、悪しき同性愛に溺れるシスター鮎美を救うことに協力しますか?」
「………どうせ、天に昇るのであれば、未練がましく復活などせず、潔く死んでいればよかったのです。自然の摂理に逆らっているのは、同性愛者より復活信仰の方です。伊弉冉尊(いざなみのみこと)が子を産むために亡くなり、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は大いに嘆いて黄泉の国まで追いましたが、神とて復活しないという教訓を示しているのです。どんなに願っても死者は蘇りはしない! 肝に銘じておきなさい、愚か者!」
古典が好きな上に、実母が二人目を産むときに事故で亡くなった鷹姫は神話をよく覚えていた。陽湖は異教の神話を冷たい目で聞き流し、問う。
「あなたも神を信じれば救われます。洗礼を受け、戒律を守れば、いずれ永遠の楽園に復活するのです」
「……くだらない…」
たとえ、それが本当であっても受洗していない実母は、その楽園にはいない、そういう教義も大嫌いだったけれど、泣き言は漏らしたくないので、鷹姫は別の視点で批判する。
「死を前にして、執着を断ち涅槃に入ったブッダの方が、ナザレの私生児より、よほど高みに至っています。弟子に裏切られた愚か者と、弟子に見守られて80年の生涯を穏やかに終えた者、どちらが賢者か自明の理です」
「っ…」
パン! パン! パン!! パン!! パン!!
陽湖は手が痛くても叩き続けた。それから周囲の黄色ローブに命じる。
「シスター鷹姫の中にいるサタンは強固です。みなで順に彼女のうちからサタンを追い出します。一人5回ずつ、叩いてください。その間、シスター鷹姫は休まず使徒信条を唱え続けてください。休めば、同じことをシスター鮎美に課します」
「……」
「さあ! 始めてください! シスター鷹姫!」
「………使徒信条、我は天地の創造…」
「もっと大きな声で言ってください」
パン!!
「使徒信条!! 我は天地の創造主! 全能の父なる神!」
大声で暗唱する鷹姫を生徒たちが手で叩き始めた。陽湖は見守りながら追加する。
「このまま順に叩くことを繰り返してください。シスター鷹姫が悔い改めるまで続けます」
「処女マリアより生まれ! ゴルゴダにて死に葬られ!」
唱えながら鷹姫が睨んでくるのを、陽湖も睨み返した。そろそろ鮎美のことを博史と泰治に任せて20分になるので陽湖は黄色ローブの女子生徒を5人ほど集める。その中には鐘留も含めた。
「これからシスター鮎美を同性愛から救うため、男性を好きになってもらい、女性を嫌ってもらいます。そのために、みなさんには心苦しいと思いますが、シスター鮎美に意地悪を言ったり、身体を傷つけない程度に叩いたりしてもらいます。約30分間、これを繰り返し、また男子に替わってもらい、男子にはシスター鮎美へ優しくするよう言ってあります。みなさんには苦痛な役回りになりますが、どうか、心を鬼にしてシスター鮎美が女性を嫌うよう振る舞ってください」
「「「「「はい」」」」」
陽湖は細かい説明もした上で会議室へノックしてから入った。中には鮎美と介式、博史、泰治がいて、陽湖が命じた通り、再び鮎美は拘束具で手足をつながれて開脚を強いられていた。命じたことと違ったのは鮎美の股間に、介式のハンカチがかけられていたことくらいだった。
「ブラザー博史、ブラザー泰治、ご苦労様です。また30分後に来てください。それまでは未受洗の生徒を導く礼拝に参加していてください」
「「はい」」
博史と泰治が出ていく。陽湖は問う。
「シスター鮎美、悪しき同性愛から身を遠ざけますか?」
「…はい……遠ざけます…」
鮎美は30分弱、拘束具を解いてもらい、それなりに休憩できたので身体の痛みは消えていた。そして再び拘束されて仰向けに寝かされ開脚しているので、反論しても苦痛を味わうだけだと自分に言い聞かせ、もう陽湖に逆らわない態度を選んでいた。
「では、そのリングを外し、自ら叩き潰してください」
「………勘弁してください、マザー陽湖」
「まだ悔い改める気持ちになれていないのですね。残念です」
陽湖が事前に打ち合わせた仕草で命じると、鐘留たち5人の女子が口々に鮎美へ罵詈雑言を浴びせる。
「アユミン、いいカッコだね」
「同性愛とかマジ気持ち悪い」
「なんか突っ込まれてるけど、チンポも感じるの?」
「あはは、一応、濡れてるじゃん」
「っていうかパイパンだし」
「……見んといてよ……うちに何の恨みがあんのよ……」
見下ろされて罵られているうちに、すぐに鮎美は陽湖の作戦に気づいた。あまり同性愛者のことを知らない異性愛者が考えそうな浅はかな作戦で、さきほどまで優しくしてくれた男子二人が消え、今度は意地悪な女子五人がいびってくる。これで男を好きになり、女を嫌いになるだろう、という単純かつ無効なもので、では逆のことをされたら異性愛者は同性愛者になるのか、と問いたい。
「アユミンさ、もう同性愛、やめれば?」
「ホント、キモい、キモい!」
「もしかして私たちに見られて興奮してんの? なんか濡れてきてるんですけど」
「これで国会議員とか、ありえないし」
「性交大臣じゃん。外交得意そう」
「……ぅうっ…ぐすっ……助けてください……マザー陽湖……」
作戦はわかったので、鮎美は傷ついて泣いてみせる作戦をとった。逆らっても無駄なので、いっそ泣き出して震えてみせる。置かれている状況は悲惨なので嘘泣きしなくても本当に涙が流れてくれる。いびってくる女子たちも鮎美が泣き出すと、やっかみはあっても深い恨みがあるわけではないので手はあげず、罵りもほどほどでクスクスと笑うくらいになり、ときどき同情した目で見てくれた。
「シスター鮎美、同性愛を捨てますか?」
「捨てます、捨てますから、許してください。ぐすっ…」
「では、そのリングを外しますか?」
「……外すけど、……壊すのはイヤよ。お願いです、これだけは許してください」
「まだ悔い改める気持ちが足りないようですね」
「「「「「………」」」」」
なんかすっごい可哀想、と女子たちは哀れに想った。さらに時間が経過すると拘束具のせいで足腰が痙攣してくる。
「ううっ、痛い痛い! 痛いです! 痛いです! ひいい! 助けて! ああああ!」
「シスター鮎美、悔い改めますか?」
「あらためます! あららたためますから! ううっ、痛いい! 攣る、また攣る! うあああ、痛い、痛い痛い! あらたためます! たためめあう!」
「月ちゃん、やり過ぎなんじゃ…」
「…」
陽湖が睨むと、鐘留は言い直す。
「マザー陽湖、やり過ぎじゃないですか……アユミン、かわいそう」
「では、シスター鐘留が代わって受けますか?」
「っ、ヤダ! イヤです、ごめんなさい! 神さまを信じます! アーメン、アーメン!」
学園から関空までのバスでオネショをして以来、鐘留は周囲の視線に怯えたように生きていて、すべてに流されているようだった。
「痛いぃいっ! マザー陽湖、お願いぃい! ひいい!」
もう、わざと泣こうという涙から本気の涙に変わって鮎美は懇願する。陽湖は、また問う。
「リングを諦めますか?」
「ひううう! ううう!」
涙を撒き散らしながら鮎美が首を左右に振った。そこで、ようやく30分となり陽湖たち女子は男子二人と交替した。陽湖が会議室の外に出ると、新たに白いシャツの生徒が二人、洗礼を望んできた。もう、あと数人で学年全員を導ける。手応えを感じながら陽湖は中央部にいる鷹姫に近づいた。
「黄泉にくだり! 三日夜に死より復活し!」
鷹姫は大声で使徒信条を唱え続けていた。剣道全国優勝の体力と気合いは伊達ではなく少しも弱気が見えない。そろそろ泣き出して、神を信じます、と口先だけでも言いそうなものなのに、お尻を叩かれながら怒鳴るように暗唱していた。
「シスター鷹姫、一時やめてください」
「……ハァ…」
「問います。神を信じ、悔い改めますか?」
「………」
黙って反抗的な視線を送ってくる。鷹姫の額から流れた汗が眉毛に染み込み、それから涙のように流れたけれど、泣いてはいない。そして黄色ローブの女子が同じ黄色ローブの男子を指して告げてくる。
「告発します。ブラザー貴久が淫らな気持ちでシスター鷹姫のお尻に触っていました!」
「っ、ち、違うって! 普通に叩いただけだ!」
「私も見ました! 叩いた後、お尻の間に指を入れてました!」
鷹姫が着ている麻服は丈が短くて、お尻を叩いたときに指を回せば肌に触れることができるほどだったので、男子としては普通の現象だった。しかも鷹姫は手足が動かせず、使徒信条を諳んじていて文句も言えない、これでは他の男子も誘惑に負けて当然だった。
「ブラザー義隆も触っていました! 何度も! 淫らに!」
「っ、仁美……お前……チクるとか…」
告発された二人の男子に注目が集まる。二人のローブは股間の前が小さく湿っていて、それが先走り液だということを陽湖は知らなかったけれど、だいたいの女子は知っていた。男子もローブの中は下着を着けていないので興奮もわかりやすい。興奮してしまうと前屈みにならないと、テントを張ったようにローブが大きく盛り上がる。
「ブラザー貴久は勃起していました!」
「ブラザー義隆もです!」
「うっ…お前ら…」
「オレは……別に…」
陽湖が厳しい目つきで二人を見て問う。
「ブラザー貴久、ブラザー義隆、正直に答えてください。嘘は罪を重ねることになります」
「「………」」
「お二人は淫らな気持ちでシスター鷹姫に触れたのですか?」
「……ち、違う! こいつに誘惑されたんだ!」
「そうだ! 宮本の中のサタンがオレらを誘ってきたんだ!」
「そうだ、そうだ、サタンだ! こいつは魔女だ!」
「ああ、そうだ、洗礼を受けたオレらが淫らになるはずがない! 魔女のせいだ!」
神を信じれば、サタンの存在も信じることになり、聖霊や魔女もいて当然という短絡的な思考だった。二人は罰を受けたくない一心で、すべてを鷹姫のせいにする。セクハラや強姦には女性の側に落ち度があったという現代でも馴染み深い思想でもあった。陽湖が鷹姫に問う。
「シスター鷹姫、あなたは二人を誘惑しましたか?」
「……………」
あいかわらず反抗的な目をするだけだった。
「答えなければ、罪ありとみなしますよ?」
「…………」
「わかりました。悪いのは二人ではなく、誘惑したシスター鷹姫です。これからは叩くのは女子のみとしてください。シスター鷹姫、使徒信条を続けてください」
「使徒信条! 我は…」
暗唱とお尻叩きが再開される。男子が抜けたので打撃力が激減した。陽湖も参加して鷹姫のお尻を叩きつつ、鮎美と鷹姫への責めが決め手を欠いていることに気づいていく。鮎美は泣きながらも守りたいものは守っているし、鷹姫は微塵も動じていない、これ以上の体罰強化はSPの目もあってできない。今も知念たちが何か言いたそうに、こちらを見ている。鷹姫が泣かないので介入してこないけれど、泣き叫んで助けを求められると、やっかいかもしれない。陽湖はSPとの間にカーテンでもあればよかったと考えつつも黄色ローブの女子生徒が一人、お尻叩きの列から抜けて陽湖へ会釈してから後部のトイレに向かうのを見て、閃いた。
「シスター鷹姫、喉が渇いたでしょう」
睡眠不足のせいで頭が回っていなかったのか、それとも聖職者という気分のせいなのか、鷹姫を追い込む一番いい方法を忘れていた。陽湖が命じてペットボトルを3本も持ってこさせた。
「ヨルダン川の聖水です。お飲みください」
きちんと飲用に消毒されている水を鷹姫に飲ませる。両手が使えない鷹姫の口にペットボトルを押しあてて飲ませた。
「ううっ…もう、けっこうです」
かなり喉が渇いていた鷹姫はコップ1杯分は飲んだけれど、それ以上は拒否する。日本人が慣れている軟水と違い、硬水なので飲みにくいし、陽湖の目つきが聖職者の澄んだ目から、悪趣味な人間の怪しい光りに変わっていて怖かった。
「聖水によってシスター鷹姫の中のサタンを清めます。すべて飲んでください」
「………嫌です…」
反抗的な目が、恐がりの子供のような目に変わった。責めの手応えを感じた陽湖は背筋に悦びが走ったけれど、顔には出さない。
「シスター鷹姫が飲まないのであれば、すべてシスター鮎美に飲んでいただきます」
「っ………」
「どうしますか? 飲みますか?」
「……………」
答えない鷹姫の口にペットボトルを挿入する。
「零さないように飲んでください。零せば、シスター鮎美を叩きます」
「………」
鷹姫が困り切った目で水を飲み始めた。たっぷりと1.5リットルも飲まされて、鷹姫は不安そうに問う。
「……トイレに行きたくなったら、枷を外してくれますか?」
「あなたの心がけ次第です」
陽湖は無自覚に舌なめずりし、小さな可愛らしい舌先が乾き気味だった唇を潤している。鷹姫は迷子になった子供のように視線を彷徨わせていた。もう、お尻叩きは終了させ、鷹姫には何もせずに限界までの時間を味わってもらうことにした。陽湖はマザーとして別の仕事も始める。まずトイレで手を洗い、それから生徒と教師たちに告げる。
「聖餐を行います」
その一言で準備が始まり、パンと蜜壺が用意された。パンは二千年前と同じ方法で焼かれたパンで、蜜壺にはハチミツとコンデンスミルクとオリーブオイルが入っている。ずっと食事を与えられていない生徒たちは祈りながら待つ。教師たちも並んだ。
「ブラザー愛也、こちらへ」
「はい、マザー陽湖」
出発前とは上下関係が逆転した想い人を一番に呼び、屋城が目前で膝をつくと、陽湖は蜜壺に手を入れる。そこから掬い取った蜜を、屋城が係から受け取って掲げているパンに注いだ。そのパンを食べる屋城を満足そうに見下ろし、次の教師を呼ぶ。教師全員に聖餐を施すと、次は黄色ローブの生徒へ与えていく。鮎美を担当している博史と泰治も交代で呼び、黄色ローブ全員に手で蜜をかけたパンを与えた。けれど、白いシャツを着ている生徒たちにはパンだけというのは、もう3度目なので誰もが理解している。そして、白いシャツの男子が手をあげた。
「オレも聖餐を望みます! 神を信じます! 洗礼受けます!」
「私も!」
「よろしい、お二人は、こちらへ」
甘い香りに負けた生徒たちへ蜜を注いだ。そして陽湖自身はパンで手を拭いて食べる。教団内でもマザーだけが行う特殊な聖餐だった。それが終わると、再び鮎美を責めるために五人の女子と会議室に入る。今回から鐘留は外した。
「シスター鮎美、同性愛と離別しますか?」
「はい、そうします」
「……嘘は罪です」
「嘘やないですよ、マザー陽湖」
「では、証拠にリングを破壊してください」
「…お願いいたします、どうか、どうか、これだけは許してください、ご勘弁ください」
「…………」
無言のまま陽湖が指輪へ手を伸ばすと、鮎美はギュッと手を握って強い意志を示した。拘束しているので無理矢理奪うことは簡単だけれど、やはり自分で外させないと意味がない。そして今は別の仕事もあった。
「受洗を望む生徒たちを中へ入れてください」
陽湖は鮎美の股間にかけられている介式のハンカチを押さえなおしてから白いシャツの生徒たちを呼び、会議室の隅にある小さな風呂桶へ順番に浸けていく。見ていた鮎美は飛行中にも正式な洗礼ができるよう改装したのだと理解した。今回は洗礼があったので、あまり鮎美への責めはなく終わった。陽湖たちが出ていき、博史と泰治が入ってくる。
「大丈夫かい、シスター鮎美」
「すぐ解いてあげるよ」
「…おおきに…」
苦しい姿勢を解いてくれるし、足腰をマッサージしてくれる。見え透いた親切心に溢れる男子へは余計なことは言わず、してもらえるまま、身体を任せたけれど、右手で両乳首を隠し、アダムの槍を刺されたままの股間のハンカチは左手で押さえておいた。やはり、もともと同性愛者である泰治は裸の鮎美を揉んでも一欠片の興奮もしていなくて、かなり疲れた目をしている。本気で同性愛から離れるつもりで異宗派の洗礼を受けたのか、それとも今だけ合わせているのか、そんなことを問う気力はなかった。逆に博史は異性愛者だったようで鮎美の身体に触れるのに緊張しているし、ときどき興奮している。男子の興奮はわかりやすいので、なるべく見ないようにした。
「ごめんね、シスター鮎美、そろそろマザー陽湖が戻ってくるから、また、これをつけるよ」
「つらいだろうけど、頑張って」
博史と泰治が再び拘束具をつけてくる。素直に拘束されると二人が出ていき陽湖たち女子が入ってきた。
「シスター鮎美、同性愛をやめますか?」
「……はい…」
陽湖ちゃんも疲れてんのかな、だんだん訊き方が雑になってるわ、そんな人間やめますか、それとも覚醒剤やめますか、みたいに同性愛やめますか、とか訊かれても、やめられるもんなら、とっくにやめてるし、と鮎美は遠い目で天井を見上げた。リングについての質問は平身低頭に拒否する。すると、また女子たちが鮎美を罵ってきた。ときどき叩かれたり、髪を引っ張られたりもする、痛いし悔しいので泣けるだけ泣いて、加害者たちに罪の意識をもってもらった。つらい30分が終わって博史と泰治が入ってきてくれる。抱きつきたいくらい嬉しいけれど、そのいとしさと性欲は別で、どんなに大好きで可愛い飼い犬とでも結婚したいとも、性交したいとも想わないのと同じで、裸を見られる恥ずかしささえ少ない。しかも今の場合、この忠犬たちの飼い主は陽湖だとわかっている。
「水をもってきたよ、どうぞ」
「おおきに」
「シスター鮎美、き、…君は、美しい女性だ」
「…おおきに…」
「ぼ……ボクでよければ……その……」
博史が赤面しているのは可愛く思うけれど、正直どうでもいい。本気の告白なのか、状況に流されてなのか、それも、どうでもいい。
「ボクと……付き合ってみないか? 結婚を前提に…」
「……ごめんなさい、うちは仕事が忙しいし、無理なんよ、ごめん」
どうせ後で報告されていそうなので同性愛者だからとは言わず断った。そして鮎美は別の身体の変化に気づいた。
「…あ…」
「「どうしたの?」」
博史と泰治が同時に訊いてくれた。
「……オシッコしたい、どうしよ?」
「「そ、それは……」」
二人の男子が顔を見合わせて困っている。ようするに陽湖の許可がなければ、この部屋から出すこともできないようで二人を困らせるのは気の毒だった。
「まだ我慢できるし、ええわ。気にせんといて」
「「…そ…そう…」」
心配してくれた二人が出ていき、また陽湖と女子たちが入ってきた。何度目になるのか数える気にならない質疑応答の後に、鮎美から質問してみる。
「オシッコしたいです。マザー陽湖、うちはトイレへ行かせてもらえますか?」
「悔い改める気持ちはありますか?」
「質問に質問で返さんといてよ。オシッコしたい、トイレ、お願い」
開脚させられているので、我慢しにくい。アダムの槍の圧迫感もつらかった。
「悔い改める気持ちが無いのであれば、その拘束を解くことはできません」
「……漏らすやん」
「我慢してください」
陽湖が一瞬だけ舌なめずりした。
「……」
このヘンタイ! 異性愛者のくせに同性がオシッコ我慢して悶えるとこ見て何が楽しいねん、自己投影でもしてんの?! このサドマゾおもらしビッチが! と鮎美は脳内だけで罵ってから、介式に頼む。
「介式はん、ハンカチを汚すと悪いし、どけて。オシッコ出そう」
「…わかった…」
介式がハンカチを引き上げてくれたので鮎美は力を抜いた。
「え~……そんな、あっさりしちゃうんですか? こんなところで……」
陽湖が残念そうに見下ろしてくる。鮎美の小水はアダムの槍のせいで変な風に飛び散った。悪口役を与えられている女子たちが、いろいろとバカにして罵ってくる。
「うわぁ、人として終わってる」
「犬以下」
「平気で放尿とか、頭大丈夫?」
「もうマンコゆるくて感覚ないとか」
「オシッコ臭っ。おもらし議員ってホントだったんだ。あはは」
「………」
出るもん、しゃーないやん、この状況で、どうせいちゅーねん、と鮎美は開き直っていたけれど、泣いておく方が身のためなので傷ついた顔で泣いて過ごした。むしろ後始末を女子たちに押しつけられた博史と泰治が床を拭いてくれているときの方が本気で泣けた。
「ぐすっ……ごめんな、二人とも……汚いのに…」
「気にしないでいいよ、シスター鮎美」
「しょーがないさ。そのリング、そんなに大切?」
「うん。泰治はんは、あのピアス……盗られたん?」
行きの飛行機で泰治は片耳にだけピアスをしていたけれど、それが無くなっている。鮎美は知らなかったけれど、一部のゲイの間では、それがシグナルになっているらしかったのに、今は無い。
「ああ、まあ、諦めた」
「……大事なもんやったんちゃうの? 誰かにもらったん?」
「いや、駅前のサディで買った。千円ちょっとだったし、まあ、いいよ」
「そう………」
男子と過ごせる時間が終わって、また陽湖たち女子が罵るために入ってきた。質疑応答の後に陽湖はペットボトルを鮎美の口内に挿入して無理矢理に水を飲ませてきた。手足に自由がない鮎美は仕方なく受け入れる。そして、悪い予感がして言う。
「鷹姫には、飲ませんといてあげてな」
「……。それは彼女次第です」
「っ…、お願いよ! やめてあげて!」
「………。では、シスター鷹姫の分も、シスター鮎美が飲みますか?」
「うん! 飲むから!」
「よろしい」
陽湖はさらに2本を飲ませてから、ガムテープも持ってこさせた。
「ちょっ……何する気……」
「シスター鮎美は我慢しないので床を汚さないよう、穴を塞ぎます」
そう言ってガムテープを股間に貼られた。アダムの槍も抜け落ちないように固定される。不幸中の幸いだったのは剃毛しているので剥がすときに痛みが少ないことと、足腰が30分おきの拘束に慣れてくれたのか、攣りにくくなったことくらいだった。陽湖たち女子は時間が来たので会議室を出て男子と替わった。そこへ屋城が報告に来る。
「マザー陽湖、あと5名ですべての生徒が受洗いたします」
「それはシスター鮎美とシスター鷹姫を含めて?」
「はい」
「あと3人は……」
陽湖は、いまだ黄色ローブになっていない三人の生徒を見る。白いシャツが二人、青銅色のローブが一人だった。青銅色のローブは神を信じつつあるものの、洗礼は望まないと言っている者への色で、その生徒は半年ほど前から陽湖も日曜礼拝で見かけていたので、とっくに黄色ローブになっていると思ったのに、いまだ最初に着せた青銅色のままだった。陽湖が近づくと、教皇を前にしたカトリック信徒のように膝を着く。陽湖も指導者として穏やかに問う。
「シスター留香、あなたが受洗を望まないのは、なぜですか?」
「はい、私は神に誓いました。洗礼を受けるのは一度は聖書全体を読み通してからと」
「そうですか……それは、良い心がけですね」
この修学旅行で量産した受洗者は、ほとんどが聖書を読み切っていない、にわか信徒で聖書研究科の授業で聞きかじった一部しか知らない。陽湖自身も洗礼を受ける前には3回、通読していたので、その気持ちはわかる。けれど、今の場合は不都合だった。なんとか飛行機が日本に着くまでに全員を受洗させたいという目標がある。
「シスター留香、読めていない部分は、あと、どれほど残っていますか?」
「えっと……」
留香が聖書を開く、ちゃんと栞を挟んでいた。
「残りはフィレモン、ヘブライ、ヤコブ、ペテロ、ヨハネ、ユダです。ヨハネは一度、読んでいるのですが、通して読むと神に誓いましたから」
「……そうですか…」
間に合いそうに無い量が残っていた。
「シスター留香、あなたの誓いは立派です。けれど、この修学旅行は二度と無い機会です。今、受洗し残りは休まず読み切るというのは、どうですか?」
「………それでは誓いをたがえることになります…」
「……。私は、この修学旅行中にすべての生徒を受洗させると神へ誓いました。私の誓いと、あなたの誓い、両方をなしましょう」
「ですが……」
「シスター留香、ご安心なさい。あなたのために特別な朗読をいたします」
そう言った陽湖は7人の黄色ローブを集めると、留香を囲ませ、残っていた聖書の部分を7分割して一斉に読み上げさせる。これなら7倍の速度で進められる。
「シスター留香、心して耳を傾けなさい」
「……はい…」
留香は聖徳太子の逸話を思い出したけれど、空気を読んで言わないことにした。そして陽湖は白いシャツの生徒には一人につき12人の黄色ローブで囲わせ、行きの飛行機で鮎美と泰治に着せた麻服と、拘束に使った鎖を見えるところに置いて説諭したので10分後には二人とも受洗を望んでくれた。
「あとはシスター鷹姫とシスター鮎美だけ……フフ…」
かすかに笑いを漏らした。達成感が満ちあふれてくる。歴代の生徒信仰告白総括会長は多くても十数人しか受洗に導いていない。陽湖が学年全員を受洗に導けば、それは歴史に残る伝説的快挙だったし、すでにマザーという称号も教団から与えられ、教師よりも強い権限をもっている。
「……私は神の代理人……外務大臣さえ、私の前には……」
世俗の権力では頂点に近い位置にいる鮎美さえ、今は逆らうこともできない。陽湖は表情には出さずにいたけれど、強い興奮と高揚感に包まれた。自分が万能である気がしてくる。
「シスター鷹姫の様子は…」
中央部へ歩き、鷹姫に近づいた。そろそろ飲ませた水が効いてきて、陽湖がそばによると懇願してくる。
「月谷、この枷を外してトイレに行かせてください」
「私のことはマザー陽湖と呼びなさい」
「……マザー陽湖、トイレに行かせてください」
鷹姫の態度も変わってきている。陽湖は無表情を保ったまま、鷹姫の腹部を撫で、少し圧迫してみた。
「ぅぅ…」
下腹部が張ってきている。今すぐ漏らすほどではないにしても、かなり我慢している様子だった。
「シスター鷹姫、あなたは神を信じますか?」
「…………すみません……よく、わかりません…」
「邪悪な同性愛を否定しますか?」
「……………。………」
鷹姫の瞳が彷徨い、唇は震えた。
「まだ反省が足りないようですね」
「これを外してください。お願いです。でないと……」
「でないと? 何ですか?」
「………トイレに行きたいのです……お願いです…」
「我慢しなさい。まさか、こんなところで漏らしたりしてはいけませんよ」
「そんな……」
鷹姫が潤んだ目で見てくると、陽湖は快感を覚えた。そして動員できるだけの黄色ローブに命じる。
「これからシスター鷹姫の中でサタンと聖水が戦います。よく見張っていてください」
鷹姫に視線が集まるようにしておいて、鷹姫へも囁いておく。
「どうしても我慢できなくなったら漏らす前に私を呼びなさい。私はシスター鮎美の様子を見てきます。いいですね? 絶対に漏らしてはいけませんよ」
「…はい…」
呼べば枷を外してもらえるかもしれないという、ほのかな期待をした鷹姫が返事をしたけれど、一言も外すとは言っていない陽湖は会議室へ今回は女子たちを連れず、一人で入った。博史と泰治が出ていき、陽湖は拘束されている鮎美を見つめる。股間にガムテープを貼りつけたおかげで鮎美も排尿できなくなり、開き直った垂れ流しを選ぶことができず呻いていた。
「うぅっ……陽湖ちゃ…いえ、マザー陽湖、ううっ…お願いやし、これを剥がして……ううっ…オシッコが出んくて…ううっ…ハァ…ハァ…めちゃめちゃ苦しいんよ…ぅぅあ! うあああ! また! また出そうやのに、出んからっ! あああっ!」
拘束されたままの鮎美が身悶えしている。よく見える状態の下腹部で腹筋が収縮して排尿しようとしているけれど、出口が物理的に塞がれているので出すに出せず、鮎美は大きな口をあけて喘いでいた。
「あああっ…ハァひぃ! うううっ…オシッコさせて…はあっぁあ! くぅう! お願いです! ひぃい! ハァ! ああああっ! 神様を信じます! 信じますから!」
「…………それ、そんなに苦しいのですか?」
ちょっとした思いつきでガムテープを貼ってみたのだけれど、効果抜群のようで鮎美は顔を赤くしたり青ざめたりさせて喘ぎ続けている。身体は排尿の反射に入っているのに膀胱が楽にならず、とても苦しそうだった。
「ひぃハァ! め、めちゃめちゃ苦しい! 死ぬ! 膀胱がはじける! ひぃハァ! オシッコの穴が壊れる! お願いよ! お願いよ! ひぃハァ!」
「………」
「オシッコさせて! させて! ううっ! うぐうう! 痛ぐうう!」
泣きながら呻いているので陽湖は貼りつけたガムテープを剥がしてやった。
プシッ…
剥がす途中で隙間から小水が噴き出てきて、鮎美は蕩けた顔になる。
「ああぁぁあぁ…」
やっと膀胱が楽になっていく解放感で頭が真っ白になっていた。
「そんなに、つらかったのですか?」
「…ぐすっ……限界を超えて、おもらし状態になっても出せへんのよ……噴火した火山を無理矢理コンクリートで押さえつけてるようなもんやん。お腹の中で爆発するかと思ったわ! うちのオシッコの穴が壊れたら一生恨むしな!」
「………少し休憩をあげます」
陽湖は予定より早くに男子と交替して、かなり興味が湧いていたのでガムテープを持って一人で飛行機前部のトイレに入った。
「そんなに、すごいのかな……」
白銀のマントとティアラを外して壁にかけ、紫のローブも脱ぐ。陽湖も下着をつけていないのでサンダルだけの全裸状態になった。
「はぁぁ……」
絹製とはいえ、着慣れないローブなので疲れている。脱ぐと肩の荷が下りたように楽だったし、何よりトイレの個室内は一人きりで誰からの視線もなく、急に教団から与えられたマザーという地位に相応しい態度もとらなくて済む。とても気が楽になり、裸で便座に座った。
「あぁぁ……疲れたぁ……」
関空から出発したのが9日未明で、そのまま徹夜し聖地巡礼、さらに翌日も徹夜で教団本部からマザーの称号を受ける儀式などがあり、そして今夜も徹夜という予定だった。目を閉じると寝てしまいそうなので、気を抜いたのは5秒だけで、すぐにガムテープを手にして自分の股間に貼ってみた。陽湖自身も立場上、おもらしはできないものの、ついつい我慢してみていたので限界は近い。意図的に自分を限界に至らせるため、両手で下腹部を強く押した。
「うぅぅぁあっ…漏れちゃう…」
当たり前だったけれど、膀胱からの圧力に括約筋が負けて失禁状態になった。膀胱から尿道に小便が流れてきて、そして噴き出すはずがガムテープに堰き止められた。
「ひっ?! くぅきゅぅううう?!」
おもらしで解放されるはずの膀胱が堰き止められたことで楽にならず、何度も何度も収縮して排泄しようと反射運動を繰り返すし、尿道は尿道で流れ出てくれるはずの小便が滞留しているのに、あとからあとから膀胱からも送り込まれてきて直径が何倍にも膨れあがっている感じがする。
「あはあぁあああ! こ、こんなの初めてぇ! うくぅきゅぅうぅうう! す、すごい! これ、しゅごい! はあぁぁあぁ! ああははぁぁあん!」
陽湖は便座に座っていられないほど身悶えし、床を這ってヨダレを垂らした。
「んあはあぁあ! すごいぃいん! まだ続くぅうん!」
おもらしだと一回10秒弱で終わる感覚が何度も連続し、膀胱と尿道が痛くて涙が出るけれど、快感もあって気持ちいい。
「うぐぅん!」
また腹筋が強く収縮すると、ニュルっと大便を漏らしてしまった。
「っ、ヤダ?!」
慌ててお尻を押さえ、大便を両手で受けた。軽いパニックになって思わず肛門に押し戻そうとするけれど、すぐそこに便器があるので両手で受けた大便を捨て、一部は床に零してしまったので拾い上げ、また便器に捨てる。その作業をしている間も膀胱と尿道は開放されたがって灼熱しているので陽湖は身震いしながら手を洗う。
「ハァハァ! これオシッコの穴が本当に壊れそう。もう剥がさないと!」
急いで手を洗い終え、ガムテープを剥がす。
「うくっ! 痛いっ!」
鮎美と違い、毛が生えているので慌てて剥がすと何本も抜けた。
プシッ!
そして鮎美と同じようにガムテープの隙間から小水が噴き出してくる。
「ああぁぁぁぁ…」
ようやく開放される膀胱と尿道からの感覚に蕩けた声が漏れた。
「…ハァ……ハァ……これ、すごい……この遊び、おもらしの何倍も気持ちいいし、何回も快感の波が……」
手の甲で口元のヨダレを拭いてから、さきほど大便を触った手が本当にキレイになっているか確かめ、まだ聖餐をする予定もあるので念入りに洗い直した。そして陰毛の付着したガムテープは丸めて便器に捨てた。捨ててから英語とヘブライ語で備え付けのペーパー以外は捨ててはいけない、と書いてあることに気づいたけれど、もう遅いので2秒だけ神に祈っておいた。
「さてと、息抜きおしまい。まだ10時間以上、頑張らないと」
自分へのご褒美の時間は終了として、教団指導者としてのマザー陽湖に戻る。ローブを着る前に、自分の腋の匂いを嗅いだ。
「う~……臭い…」
最期に入浴したのは8日夜なので汗臭い。陽湖はトイレットペーパーを適量とると、水道で湿らせ、腋と股間を拭いた。少し匂いがマシになる。同じことをしている女子は多いようで、トイレットペーパーの減りは早い。拭き終わった腋を鏡に映して見る。
「出発前に剃ったけど、また生えてきて……やっぱり300万円、全部を寄付しないで私もレーザー脱毛すればよかったかなぁ……桧田川先生、半額サービスって言ってくれたし……でも、私の肌の弱さだと、荒れるかもしれないし……セクハラされたお金で腋処理も……一生忘れられなくて嫌かも……でも300万円……」
思い切って全額を寄付したけれど、未練はあった。しかも桧田川に払った円形脱毛症の治療費で減った分は自分の秘書補佐としてのバイト代から足している。それまで銀行口座にあった3000000という数字が消えてしまったのは、とても淋しい。これから外務大臣になる鮎美と違い、マザーという称号は与えられても固定報酬があるわけではない。
「……ううん、忘れなきゃ……コリント第一、貪欲な者は罪」
自戒してローブを着て、マントを羽織りティアラを装着する。やはり姿形を整えると、気持ちも引き締まった。トイレを出る。
「マザー陽湖、シスター留香が洗礼を受けたいと申しております」
屋城が報告してくれた。屋城も不眠不休なので疲れた様子はあるけれど、毎年の修学旅行と違い、あと二人で全員が受洗に至るという興奮も感じられるし、自分の教会員からマザーが出たという高揚感も漂っている。目で語り合い、この修学旅行が終わったら結ばれようと意思疎通した二人は留香に洗礼を施した。会議室の小さな風呂桶での洗礼が終わると、鮎美にペットボトルで水を飲ませた。
「うぷっ…ハァ……ハァ…もう飲ませないでください……また、漏らすし……」
「では漏らさないように塞いであげます」
陽湖がガムテープを手にすると、鮎美はイヤイヤと首を左右に振った。
「それ、めちゃ痛いし苦しいんです。勘弁してください、おもらしさせてください」
「リングを諦めますか?」
「……ぅぅ……ぅ~…」
鮎美が目をそらして涙を零した。大量に飲まされたので涙の材料も多い。そしてガムテープを鮎美の股間に貼りつけた陽湖が去り、博史と泰治が入ってくると拘束具を外してくれたので手足が自由になる。
「ぐすっ……介式はん」
「何だ?」
ずっと立って見ているだけの介式へ、鮎美は結婚指輪を外して差し出した。
「これを持っていてもらえませんか? どうか、無くさないでください、お願いします」
「……。わかった」
介式は結婚指輪を受け取ると、身分証明書と同じケースに入れた。博史と泰治は黙って手足を揉んでくれる。何度も拘束されたので手首と足首は赤くなってきている。鮎美は中世から存在している拘束具を濡れた目で見た。
「……これをつけられた、うちと同じ同性愛者は……きっと、みんな、殺されて……神を信じてる人間が、なんで人を殺すんよ……人が大切にしてるもんを……踏みにじって……」
「「「………」」」
「うちは陽湖ちゃんを憎みとうないけど……もう限界やわ……」
「憎めばいい」
泰治が言った。
「泰治はん?」
「憎いなら憎めよ。愛したいから愛すように」
「「「………」」」
あまり会話すると監視カメラで見られているかもしれないので、もう黙った。時間が過ぎて再び鮎美は拘束され、陽湖が来る。すぐに陽湖は結婚指輪が鮎美の指にないことに気づいた。
「リングをどこに?」
「もう外しました。神を信じます。同性愛をいたしません」
「神はすべてを見ておいでです。シスター鮎美、リングをどこへやったのですか?」
「もう外しました。神を信じます。同性愛をしません」
「……。ブラザー博史、ブラザー泰治、あなた方はシスター鮎美のリングを持っていますか?」
「「……いいえ」」
「本当に?」
「「はい」」
「なら、外に出ていてください。また30分後」
二人が出ていくと、陽湖は介式へ問う。
「シスターいつかですね、リングを持っているのは」
「………」
「シスターいつか、リングを持っていますね?」
「………」
介式は聞こえなかったように無視している。その態度で陽湖との会話は任務ではない、と伝えていた。陽湖は穏やかに頷いた。
「わかりました。どうであれ、シスター鮎美の悔い改めが大切です」
そう言って鮎美の下腹部を撫でた。まだ漏らすほどではないけれど、そこそこに貯まってきている。
「シスター鮎美に訊きます。リングは、どこですか?」
「も…もう外しました。神を信じます…。同性愛から離れます」
「シスター鮎美、質問に答えてください」
陽湖の左手が鮎美の下腹部を圧迫し、さらに右手でアダムの槍を握った。ずっと鮎美へ挿入されたままになっている槍を、ゆっくりと動かす。
「うっ?! うううっ?!」
「つらいでしょう。膀胱を外と中から押されるのは」
「ううっ! やめて! やめてください! あああっ!」
「こういう振動は、どうですか?」
そう言った陽湖がアダムの槍を小刻みに振るわせる。半年ばかり薄い壁を隔てて同居していたので、たまに鮎美が夜中に電マを使っていたことは陽湖も知っていた。陽湖が聖書を読んでいて遅くなると、眠ったと思うのか、そっと動く気配がして押し入れから電マを出し、布団の中で使っていたのを知っている。最初は意味がわからなかったけれど、なぜ夜中にだけ使うのか、おそらく淫らなことなのだろうと、数ヶ月で見当がついていた。そして鮎美が好きそうな振動でアダムの槍を振るわせると同時に外からも下腹部を圧迫している手を振動させる。
「うはああ! くうぅう!」
鮎美が身悶えしている。
「ほらほら、シスター鮎美、リングはどこへやりましたか?」
「ううっ! くうう! 神を信じます! 洗礼を受けます! あああ! ゆるして! もうゆるしてよぉ!」
「洗礼を望みますか?」
「望みます望みますから! やめてやめて、とめて、やめて、とめてェ!」
鮎美が涙と汗を流しながら言うと、とりあえず洗礼の意志を確保できたので陽湖は手を止めた。
「シスター鮎美の受洗を祝福します」
「ハァ…ハァ…ぐすっ…」
「ですが、受洗は戒律を守ることを宣言するものでもあります。同性愛に身をおくままでは…」
陽湖が言っている途中で会議室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
黄色ローブの女子が入ってきて陽湖に耳打ちし、鷹姫が呼んでいることを伝えた。
「わかりました。すぐ行きます」
鮎美のことは再び博史と泰治に任せ、陽湖は中央部に拘束している鷹姫のところへ行った。
「お呼びですか、シスター鷹姫」
「…ハァ…ハァ…この枷を外してください」
鷹姫は足枷で開脚を強いられているけれど、可能な限り内股になって尿意を我慢している。その姿に陽湖は趣味嗜好に合う楽しさを覚えたし、見ている男子の大半も性的指向の対象である鷹姫が今にも失禁しそうで震えているのに興奮していた。
「シスター鷹姫、神を信じますか?」
「ハァ…っ…もうトイレに行かせてください。もう…ハァ…ハァ…」
首枷手枷で動かせない腕も震えていて、半開きの腋から汗が流れ、肘まで垂れて床に滴っている。近いうちに股間からも滴るのは誰の目にも明らかだった。
「ぅぅ…ハァ……外し…て……ください…」
「あと5分、我慢してください」
「…あと……5分も…」
限界になったら呼べと言ったので呼んだのに、延長された。その上、あと5分で外すとは言っていない陽湖は膨らんだ鷹姫の下腹部をゆっくりと撫でた。
「あぁぁ…さ、触らないでください! ぅ~…」
「おもらしなんか、しないでくださいよ、シスター鷹姫。我慢です」
「っ、ハァ…外して……トイレに…」
鷹姫の手足が震え、唇が喘ぐように開閉している。もう限界は間近だった。
「シスター鷹姫、神を信じますか?」
「ハァ…っ…ハァ…し……し……あと…あとで考えます! トイレに行かせてください」
「ダメです。先に答えなさい」
「っ…ハァ…ぅっ……くぅ…もう何も考えられないんです! 漏れてしまいます! お願いですから、これを外してトイレに行かせてください!」
「シスター鷹姫、私の質問に…」
陽湖へ知念が声をかけにきた。
「あの…これ、イジメじゃないっすか?」
「違います。部外者は黙っていてください」
「けど……宮本さんが、すごいかわいそうで…」
「ハァ…ハァ…」
鷹姫は救いを求めるように知念を見つめる。その視線を遮るように陽湖が立った。
「今いいところ…いえ、今大切なところなのです。当学園は同性愛を否定しています。それは信仰の自由による教えです。その教育に反した考えを持つ生徒に指導しているところです。邪魔をされるなら警視庁へ抗議します」
「………指導も、ほどほどにしないと……宮本さんが……」
知念は引き下がる。捜査権のないSPにすぎず、そして鷹姫は警護対象ではないし、かつて警視庁も信仰の自由を盾にするオウム真理教への対応に苦慮し、とうとう大事件を起こすまでは具体的なアクションをとれなかったように、知念は介入の口実を見つけられず席に戻った。陽湖は念のために男性SP一人につき、三人の女子生徒がつくよう指示する。すでに黄色ローブとなっているSPの長瀬を班長として、なるべく知念たちの好みに合いそうな女子生徒を選ばせ、最後尾にいるSPたちの前に壁となって視線を遮りつつ、神と楽園について語るように仕向けた。
「さて、シスター鷹姫、あなたの罪について、いっしょに考えます」
「…ハァ…ハァ…」
鷹姫は無駄とわかっていても手枷を外せないものかと、両手を動かすけれど、手首の皮膚が痛いだけで徒労に終わる。
「ハァ…もう5分すぎたのでは? …ハァ…」
「では、あと3分」
「……っ…ひっ…ひっく…」
鷹姫が泣き出しかけた。結局、トイレには行かせてもらえないのだと悟れてくる。鷹姫の目に涙が貯まり、陽湖の口に唾液が貯まった。陽湖は舌なめずりして問う。
「あれ? シスター鷹姫、泣くんですか? 剣道日本一、向かうところ敵なしの宮本鷹姫が、どうして泣くのですか?」
「っ………あ…あなたが…これを外してくれないから……」
「泣くということは自分の罪を認め、間違っていたと悔い改めるのですね?」
「っ…それとこれとは無関係です。早く、これを外してください! ぅぅ…」
もう声を出すと今にも失禁しそうだった。
「みなさん、よく見ていてください。今、シスター鷹姫の中にいるサタンと聖水が戦っています。彼女が悔い改め、サタンに打ち勝つならばよし、彼女が罪を認めず悪にあり続けるなら、サタンは彼女のうちから聖水を押し出します。彼女が負けて、おもらしするようなら、みなさんは悪に影響されないよう、悪をそしり、悪を笑い、彼女のうちにいるサタンを糾弾してください」
かなり陽湖は本来の教義を歪めて好き勝手なことを言い出したけれど、もともと大半の生徒は聖書を通読したことがないし、教師たちもマザーの称号をえた者が言うことなので異を唱えずにいる。おおよそ、どこの宗教団体にも地位が向上すると本流の教義と違うことを言い出す者はいるし、それが分派のキッカケになるのは数千年前から同じだったので、すでに原始キリスト教とカトリック、プロテスタントはかなり異なっているし、もともとアブラハムから始まったあたりからも分派を繰り返してユダヤ教やイスラームが生まれているし、仏教も仏教で好き勝手に分かれて、最澄、空海、法然、親鸞、日蓮、栄西、道元と日本だけでも指導者ごとに数多となっている。陽湖は自分の言葉が常に真実だ、という教祖的な気持ちで問う。
「シスター鷹姫! 悪に勝ちますか?! 負けて、おもらしですかっ?! さあ!」
もうカルト的な雰囲気を止める者はいなかった。
「…ハァ……ぅ~ぅっ……助け…て…」
「悪に助けは来ません。諦めなさい、シスター鷹姫」
「っ…ぅぅ…」
とうとう鷹姫に限界が来た。
シャッ…
シャアァァ…
漏れてきた。それでも我慢して力を入れて止めようとしたけれど、身体がブルブルと震え、もう尿意に負けるしかない。
シャァアァァァ…ボタボタボタジョジョジョ!
鷹姫の股間から滝が流れ落ち、足枷の中央にあたって大きな音を立てる。
「っ…ぅ~っ……ぅ~っ…」
呻くように鷹姫は泣き出し、嗾けられていた生徒たちは笑った。
「うわ、もらした」
「あはは、もらしてる」
「聖水が出てきた」
「悪に負けた」
「ってか、エロ」
「超悲惨」
「みじめぇ」
生徒たちは残酷だった。剣道が強くて美人、成績もいい、そんな鷹姫の失態が可笑しくて楽しい。しかも鷹姫自身にも強さと行儀の良さに自負があって、他の生徒を見下しているところがあったので余計に生徒たちは盛り上がる。陽湖も何度も異教徒、愚か者などと言われたことがあり、秘書補佐という身分も明らかに鷹姫より下という扱いだったので、心に貯まっている澱はあった。
「みなさん、もっと反省させるため、強く言ってあげてください! シスター鷹姫、おもらしなんかして、あなた、いくつですか?! 恥ずかしいですね! オムツでもつけますか?」
指導的立場にある陽湖が罵詈雑言を吐いたので、他の生徒たちは、さらに汚い言葉を投げつける。
「情けない顔、いつも、えらそうにしてたくせに」
「あはは、泣いちゃってるよ、マジで」
「汚い~ぃ」
「ってか、この人、いつも臭いよね」
「うん、臭い臭い、超汗臭い」
「ずっと言えなかったけど、なんで腋毛ボーボーなの? 一年から、ずっと」
「そう、それ! めちゃ謎なんですけど!」
「臭いし、毛も剃らないし、髪の毛だって雑じゃん。芹沢は、なんで、こんな子がいいのかな?」
「いや、だから牧田と結婚したんだろ。あの人めちゃ美人だったし。オレも、あんな女とヤりてぇ。宮本は顔はいいけど、腋ボーボーだし、脱がしたとき絶対引くわぁ」
「あの島ってド田舎だし、超古い感覚なのかもね」
「それ私も思って気になって井伊東高に行ってる鬼々島出身の子に訊いたら、宮本だけだって言ってたよ。なんか子供の頃から空気読めない子だったって。けど、頭は良かったから井伊東高にも入れたのに家が貧乏で交通費も下宿代も出せないから、うちの学校に来たらしいよ。うちの学校って成績いいと学費免除あるし」
「貧乏でカミソリ買う金もないのかよ?」
「秘書の給料なら買えるのにね」
「ってか、宮本ってオレらを見下してる感じでムカつくんだよ」
「頭いいし剣道も強いから調子にのってたんだろ。頭いいわりにマジ空気よめねぇ奴だけど」
「でも、世渡り巧いよね。芹沢が転校して来て当選してから、超シッポ振ってさ。私は手下です、家臣です、下僕で~す、って感じ」
「オレも50万もらえるなら手下になるわぁ」
「ってか、せめて腋は剃ろうよ、女としてさ。自分が愚か者だよ。あははは!」
何一つ抵抗できない鷹姫へ集団で投石するように口から唾を飛ばして、打ちのめした。
「…ぅ~っ……ひっ……ぅ~…」
鷹姫は両手が使えず、涙や鼻水を拭くこともできない。いつもポニーテールにしている髪もおろされているので落ち武者のように見えたし、美しい顔も悲痛に歪んでいる。けれど、丸出しの太腿や脚線美は男子たちを刺激しているし、それゆえ男子からの言葉も激しい上、やっかむ女子からの悪口も強烈だった。泣き続ける鷹姫へ容赦なく陽湖が問う。
「シスター鷹姫、おもらしした感想は?」
「…っ……ぅ~……」
「幼稚園児みたいに泣いて。あなた、いくつですか?」
「……ひ~……」
「ホント、子供みたいですね。……本当に」
陽湖は少しくらい反論されるかと思っていたのに、あまりの鷹姫の崩れ方に疑問をもった。気の強い鷹姫なら、鮎美のように開き直ったり、そもそも手足を拘束されたのだから、漏らして当然、何も恥ずかしくない、と泣かずに怒るかとも考えていたのに、幼い子供のように泣いている。生意気だった鐘留も一回のオネショで何時間も泣き続けたけれど、それには家庭的な事情があると聞いている。それを考えたとき、陽湖は気づいた。鷹姫にも家庭的な事情はある。幼い頃に母親を亡くしていて、しかも妊婦だった。陽湖自身、せつなくて美恋の前でおもらしして見せたのは記憶に新しい。かつて鷹姫も下の子が生まれる前に母親の気を引きたくて、おもらししたかもしれない。そのとき、叱られたか、甘やかしてもらえたか、どちらにしても直後に母親は亡くなっている。鷹姫にとって、おもらしは大きな心の傷かもしれないと考え至る。
「ここを、もっと攻めれば……落ちる……きっと…」
陽湖はゾクゾクと背筋が熱くなった。鮎美も鷹姫も、なかなか落ちない。二人とも意志が強い。けれど、片方を落とせば、もう片方も連鎖で落とせる気はする。このまま一気にマザーの信徒とするために、陽湖は泣いている鷹姫の耳元に囁きかける。
「おもらしして、ごめんなさい、お母さん、って言ってみなさい」
「っ…」
鷹姫がビクンと身震いした。陽湖は確信して微笑んだ。
「お母さんが心配してますよ。鷹姫ちゃん」
「ぅ~っ……ぅ~っ…」
「タカちゃんかな? タカちゃんは、おもらししてダメな子ですねぇ」
「っ、うああああん! うわああああん! うわあああん!」
母親がしてくれたのと同じ呼ばれ方をされて、忍び泣いていた鷹姫が大きな口をあけて泣き出した。
「フフ」
落ちた、獲った、シスター鷹姫が落ちれば、シスター鮎美も砦なきマサダ要塞、陥落寸前、と陽湖はエルサレムを落としたローマ軍の気分になった。泣き続けた鷹姫の声が枯れてきた頃、陽湖は問う。
「シスター鷹姫、あなたは神を信じますか?」
「……」
鷹姫は横に首を振った。その憔悴した表情で、神も仏もいないのだ、と語っている。陽湖はペットボトルを持ってこさせて鷹姫の口に挿入した。
「聖水を飲みなさい。おもらしタカちゃん」
「…ぅ~……ぅぅ…」
「あなたが飲まなければ、シスター鮎美に飲ませますよ」
「……」
「いい子ね、タカちゃん」
鷹姫へ水を流し込んだ陽湖は会議室へ行ってみる。会議室でも鮎美が泣き呻いていた。
「ハァ……ハァ……マザー陽湖、剥がしてください……ぅぅ…苦しくて……苦しくて…」
水を飲ませてガムテープを貼りつけた鮎美が懇願してくる。陽湖は仕草で博史と泰治を追い出すと、アダムの槍を手で振動させた。
「うあああ! ひいいい!」
「苦しいですか?」
「ひぅうう! ひい! はひい!」
「私は慈悲深いですから、苦しみを分かち合ってあげます」
そう言った陽湖は監視カメラをオフにしているのを再確認してからドアに鍵をかけ、マントとティアラを外し、ローブも脱いで裸になった。
「私もオシッコを我慢しています。そろそろ限界なくらいに」
陽湖はガムテープを自分の股間に貼り始めた。しっかりと失禁しても漏らさないように貼りつけ、呻いている鮎美を見下ろす。
「ほら、これで同じ感覚を分かち合えます」
「…ハァ…ハァ…」
「私も苦しんであげます」
そう言った陽湖は鮎美へ身をよせる。仰向けに寝て開脚を強制されている鮎美の身体へ、まるで正常位で交わるように覆い被さると、アダムの槍の持ち手が自分の下腹部を圧迫する位置を取り、ゆっくりと腰を前後にピストンする。アダムの槍の持ち手が陽湖の膀胱を圧迫し、同時に鮎美の膀胱にも圧迫を加える。
「うっ…ああっ…私も……漏れそう…気持ちいい…」
「ううっ……こ、これ、思いっきり同性愛的な行為ちゃうん?」
アダムの槍を同性である陽湖に刺されたときから思っていたけれど、いよいよ陽湖が裸で腰を押しつけてくると、本当に同性愛から脱却させる気があるのか、疑問に思えた。
「何を言っているのですか、シスター鮎美、これはオシッコの我慢を二人で共有しているだけです。何も淫らなことではありません。ハァ…ハァ…」
「…ハァ……うう…ハァ…」
あかんわ、ここまで趣味嗜好がちゃうと、うちも嫌悪感しかないわ、と鮎美は何度も抱きたいと想ったことのある陽湖が身体を重ねてきているのに、少しも興奮しなかった。陽湖は臨界状態の膀胱をアダムの槍で二人同時に責めることを楽しんでいる。すぐに陽湖も括約筋が圧力に負けて失禁状態になると、尿道が膨張して喘いだ。
「あああ! うきゅぅん♪ すごい、すごい、この感じぃ~ぃ、あ、あーん!」
「ううっ…もうやめて。膀胱がはじける……オシッコの穴が壊れるから……ひーーっ」
鮎美が白目をむきかけているので陽湖はガムテープを少しだけ剥がしてやり、満杯だった膀胱から2割ほど漏らさせてやると、またガムテープを押さえ、二人で尿意を共有する。
「ああーっ! ハァ! 気持ちいい!」
「オシッコ全部、出させてよぉ」
「ハァあん! 私のオシッコの穴も壊れそう♪」
正常位に近い体勢で陽湖がヨダレを垂らすと、鮎美の胸に滴った。陽湖のヨダレに嫌悪感は覚えないものの、膀胱の苦痛は苦痛でしかない。気が遠くなるほど何度も何度も陽湖はピストンしてきて、最期に二人の出口を塞いでいるガムテープを同時に剥がすと、溢れた小水が空中で衝突して交わった。
「ハァ……ハァ……ああ……おもらし気持ちいい♪」
「ぐすっ……うちが陽湖ちゃんに一週間オムツ強制したのは、悪かったから、その変な趣味から目を醒ましてよ。おもらし真理教はやめて」
「これは何も淫らなことではありません。オシッコが気持ちいいのは自然なことです」
「聞いて、性的指向は変更できんけど、趣味嗜好は変えられるんよ。おもらし趣味は、やめておきよ。お嫁に行けんくなるよ。それとも屋城はんと、こんなことする気なん?」
「……ブラザー愛也と……」
少し陽湖が想像してみる。受けとして屋城の前でオムツへ失禁したスーパー売場での体験は恥ずかしかったけれど、かなりの快感だった。逆に責めとして、あの屋城に我慢を強制して漏らさせてみるのも、とてもワクワクする。いつも教会指導者として取り澄ました彼が、どんな顔で漏らしてしまうのか、異性愛者として見たくてたまらない。年上男性が泣きじゃくってくれたら優しくオムツを着けてあげたい、という歪みきった母性本能も湧く。陽湖が舌なめずりを3度もしたので鮎美は余計なことを言ってしまったと後悔する。思春期に入ってから、淫らなことを教義によって回避し続けてきた陽湖の脳が禁忌でないところへ欲求不満のすべてを向けているようで将来が心配だった。
「さて、シスター鮎美、あなたは神を信じますか?」
すっきりした顔で、ついでに陽湖が問うた。
「……信じます」
「同性愛から遠ざかりますか?」
「遠ざかります」
あんた、さっき変な趣味を、うちに押しつけたやん、どの口で言うねん、と鮎美は膀胱の疼きを覚えながら答えた。
「隠したリングを出して、自ら破壊しますか?」
「……勘弁してください。あれだけは奪わんといてください」
「では、これを飲みなさい」
陽湖が新しいペットボトルを向けてくる。
「ううっ……また、オシッコ責めすんの……」
「私もいっしょに飲んであげます」
「それ絶対、自分が楽しみたいだけやん」
鮎美へ水を飲ませた陽湖は自分も飲んでから会議室を出て、再び鷹姫を責める。一度おもらしさせられた鷹姫の膀胱に再び尿が満ちてきている。
「シスター鷹姫、まさか二度も、おもらしなんてしませんよね?」
「…ぐすっ……この枷を外してトイレに行かせてください。お願いです」
「神を信じますか?」
「……すみません。嘘はつきません……ですから、許してください」
「嘘をつかないのは立派なことです」
「………ぅぅ…」
鷹姫が苦しそうに内股になるけれど、足枷のおかげで膝を合わせることはできない。
「同性愛をやめるよう、シスター鮎美に諭しますか?」
「………お許しください。どうか、トイレに行かせてください」
「主の祈りを12回、唱えなさい」
「……」
鷹姫の瞳が迷い、一縷の望みをかけて唱えた。陽湖は唱え終わった鷹姫へ冷酷に命じる。
「次、使徒信条を7回、唱えなさい」
「…ぅぅ……もう……お願いです……この枷を外してください……また床を汚してしまいます…」
「心を込めて使徒信条を7回、唱えれば枷を外してあげます」
「……本当に?」
「私を疑うのですか?」
睨まれて鷹姫は使徒信条を7回唱えた。信じていないことに、どう心を込めればいいか戸惑いつつも、ともかくも大きな声で唱えきった。
「ハァ…ハァ…」
「外してあげます」
そう言った陽湖は足枷だけを外した。
「ああぁ…ありがとうございます」
やっと自由になれると思った鷹姫は涙を零したけれど、手枷首枷はそのままだった。
「こ、これも外してください」
「あなたの心の込め方では、枷一つ分です」
「っ…そ、そんな?!」
手枷首枷は天井から鎖で吊られているので、足枷が無くなったところで、この場から動けないことには変わりない。単に、脚を閉じられるようになっただけだった。そして、すぐに鷹姫の膀胱に限界が来る。今回は脚を動かせるのでモジモジと耐えたし、その姿を見て陽湖は楽しんだ。
「……ぅ~っ……ぅっ…」
ぴったりと閉じている鷹姫の両脚の間が濡れていく。括約筋が負けても脚力で頑張り続け、音を立てずに静かに漏らした。陽湖は床の水たまりを指して、問う。
「シスター鷹姫、この水たまりは何ですか?」
「っ……」
「また、おもらししたのですか?」
「……ぅ~っ……」
「返事をしなさい。もらしたの? もらしてないの?」
「……もらし……ました……ううっ…ううっ!」
「みなさん、またシスター鷹姫が悪に負けました。彼女を反省させるため、彼女の中の悪をそしってください」
再び生徒たちに罵詈雑言を浴びせさせ、さらに水も飲ませてから、また会議室に一人で行き、博史と泰治を追い出して、鮎美と尿意を共有して遊んだ。
「ああぁ……ハァ…ハァ…気持ちよかった」
「ぐすっ…ハァ…痛かったぁ…、いつまで、こんなこと繰り返すの?」
このヘンタイ教祖! という言葉は脳内に留めて鮎美が問うた。
「あなたが悔い改めるまでです。リングを出し、壊しますか?」
「………、……」
「お水を飲みましょう。二人で」
「……せめて紅茶とかないの?」
「贅沢は敵です」
「……それ、教義やなくて大戦中の日本の標語やん」
あと日本まで何時間なんやろ、と鮎美は時間の経過がわからないものの、もう陽湖に膀胱と尿道で遊ばれることは諦めて、それに耐えて結婚指輪を守るつもりになっている。やや信仰告白を迫る圧力は落ちてきていたけれど、陽湖は鷹姫から落とすつもりだった。二人で水を飲んだ後、また機内中央部に行くと、鷹姫は脚を閉じて我慢していたものの、ぼんやりとした表情をしていて、陽湖の顔を見ても何も言ってこない。懇願もしない。
「シスター鷹姫、主の祈りを12回、心を込めて唱えなさい」
「……はい…」
あまり大きな声ではなかったけれど、鷹姫は唱えた。唱え終わると、手枷首枷を天井から吊している鎖2本のうち1本を外してもらえた。
「ああぁ…」
解放される予感がして、鷹姫は涙を流した。けれど、もう1本は外してもらえない。動き回れる範囲が半径1メートルほどできただけだった。そのうちに尿意が高まってくる。
「ぅぅ…」
「また、おもらしする気ですか、タカちゃん」
「……この鎖を外してください」
「使徒信条を12回、心を込めて唱えなさい」
「はい」
素直に鷹姫は唱えたけれど、陽湖は満足しない。
「心の込め方が足りません。もっと心から唱えなさい」
「………はい…」
どんな声を出せば心がこもっていると判定してもらえるのか不明なまま、とにかく鷹姫は何度も唱える。頭がボーっとして唱えながら涙が流れた。
「ハァ…ぅぅ…」
「あと一回、きちんと唱えれば鎖を外してあげます」
「はい!」
不明な判定基準ではなく、たった一回というゴールを見せてもらえ、鷹姫は希望を感じながら唱えた。唱え終わると鎖を外してもらえた。
「あぁぁ……」
やっと動けるという喜びで涙が溢れる。けれど、手枷首枷は、そのままだった。
「…こ……これも…外してください」
「まずトイレに行ってきなさい。また、おもらししますよ」
「は、はい。行ってきます」
鷹姫は歩き出した。中央部から前部のトイレへ通路を進む。けれど、トイレの前に到着してから、手枷首枷がつけられたままでは戸を開けるのに苦労する。ドアノブの高さまで頭をさげて前屈みになり、手枷のまま手を近づけ、やっと戸を開けた。
「ハァ…ぅぅ…」
ようやくトイレに入れると思ったのに、手枷首枷の長さのために航空機の小さめなトイレには正面から入れない。横になって入る。
「…ぅ……ぅ…」
便座の蓋が閉まっていて、それも開けないと座れない。しゃがんで枷の端をひっかけ、蓋を開ける。しゃがむと膀胱が圧迫されて、もう漏らしそうだった。
「…ハァ……ぁあ……あっ」
ついに便座へ座れると思ったのに、正面を向こうとすると、枷の長さが邪魔して室内で方向転換できないことに気づいた。その瞬間、もう泣けてきて、おもらしする。
「ううぅ…ああ!」
シャァァァ…ショアァァァ…
脚の間が生温かく濡れて、トイレの床に水たまりができる。鷹姫は気力が尽きて座り込んで泣いた。その姿を、ずっと見ていた陽湖たちが笑う。さんざん笑った後に、また水を飲ませて中央部に鎖でつないだ。陽湖は会議室に一人で入る。
「シスター鮎美、リングを壊しますか?」
「……リングの前に、うちと陽湖ちゃんのオシッコの穴か、膀胱が壊れるんちゃうの………もう、やめようよ。うちは鼻が慣れてわからんけど、この部屋、めっちゃオシッコ臭いんちゃう?」
「オシッコの匂いって、なんだか気持ちが温かくなりますよね」
「……」
ド変態! 超弩級の変態教祖! と鮎美は脳内だけで罵ったけれど、瞳の色で伝わったかもしれない。リングを諦めない鮎美とアダムの槍を通じて膀胱を圧迫しあって失禁遊びをした陽湖は再び中央部に戻って、啜り泣いている鷹姫を責める。ほんの少し言葉で責めただけで、もう括約筋も疲れ果てたのか、鷹姫は漏らして水たまりをつくった。
「タカちゃん、いったい何回おもらしすれば気が済むの?」
「……ぅっ………ぅぅっ…」
もう幼児のように泣くことしかできなくなってきている。いよいよ落とせそうだった。
「おもらしして、ごめんなさい、お母さんって12回、言いなさい」
「…ぅっ…うぐっ……おもらしして、ごめんなさい……お、お…お…お母さん、うっうう!うわああん! うわああん! ああああん!」
鷹姫は号泣したけれど、きっちり12回言わせた。言い終わってもボロボロと涙を零している。陽湖は優しい顔をつくった。
「鎖を外してあげて、枷も」
「「はい」」
生徒二人が鷹姫を自由にした。ずっと首の高さまであげた位置で固定されていた両腕は痺れてダルく思うように動かない。床に崩れそうになる鷹姫を陽湖は優しく抱きとめた。
「こっちへ、いらっしゃい。タカちゃん」
「…ぐすっ…」
「よしよし」
優しい母親のような顔をして陽湖は鷹姫をシートに座らせると隣へ自分も座って抱きながら言う。
「タカちゃんのお母さんは、どんな人だったの?」
「…ぅっ…ううっ…」
想い出すだけで、また涙が零れる。
「ね、教えてちょうだい」
「……り…立派な人です……優しくて……」
亡くなったとき、幼児だったので、たいして覚えていない。いいイメージだけが残っている。
「そう。なのに、お父さんは、新しい女と結婚しちゃうなんて、ひどいね」
「…ぅ……ううっ…うわああん! うわああん!」
もう心の防御力がゼロになっているのを見越して、弱そうなところを突く。たっぷり泣かせて幼児化させた上で方向性を与える。
「ねぇ、タカちゃんのお母さんは、どう思うかな? 同性愛なんて、ちょっと間違ってるよね? 本当に正しいのは、タカちゃんのお母さんみたいに優しくて立派な人が、ちゃんと男の人と結婚して、タカちゃんみたいな元気な子供を産むことだよね?」
「……ぐすっ…」
「きっと、アユちゃんのお母さんも、そう願ってる。娘に幸せな結婚をしてほしい、って。また自分たちと同じ夫婦になって、また子育てして、幸せになってほしいって。もしも、お友達が間違ったことをしてるとき、タカちゃんは、どうするのが正しいと思う? 見ないフリして、やらせておく? 違うよね。間違ってることは、そうじゃないよ、正しい道は、こっちだよ、って教えてあげないといけない」
「……正しい…道…」
「そう。お友達も正しい道に。もし、ちゃんと教えてあげることができるタカちゃんを見たら、お母さんも喜ぶよね。いい子だね、タカちゃん、いいことしたね、って」
「………お母さん…」
「…」
よし、落ちた、これで決まり、と陽湖は手応えを感じ、問う。
「私たちの大切な友達へ、二人でいっしょに同性愛はやめようよ、って言いに行こう」
「……」
「ね、そうしよう? 私たちのお母さんも、きっと喜んでくれるから。ね?」
「………はい」
返事をした鷹姫へ周囲から拍手が送られるように陽湖は仕草で命じた。それで拍手が起こり、祝われる。
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「よく気づいたね、おめでとう!」
一部の信仰心厚い生徒たちと陽湖は夏期に教会合宿などで自己啓発セミナーに近い研修も受けてきたので、その手法を流用していた。まるで生まれ変わりを祝うように拍手で包み、さんざん罵られて萎縮しきっていた鷹姫の心を自分たちの都合のいい方向へ解き放つ。もともと鷹姫も同性愛には懐疑的だったので、ここ最近は鮎美の同性愛指向を個人の自由とみなしつつあったけれど、一気に引き戻した。
「さ、二人で言いに行きましょう」
「はい」
鷹姫を連れて会議室に入った。
「鷹姫……」
「っ、こんなお姿にされて…」
鷹姫は手枷首枷と足枷をされた自分より、さらに苦しそうな鮎美の拘束された姿を見て胸を痛めた。
「ひどすぎます! すぐに解いてください!」
「落ち着いて。私もしたくてしているわけではありません。すべては同性愛という悪に誘惑されている私たちの友達を助けるためです」
陽湖が真っ直ぐに鷹姫を見つめた。それで鷹姫も黙る。
「さあ、いっしょに言いましょう。同性愛はやめてください」
「同性愛はやめてください」
「鷹姫……」
「やはり間違ったことです」
「………」
「人の道に外れたことをなしていては、親を悲しませます。鮎美のご両親はご健在ではないですか。牧田さんとの結婚を知って、複雑な思いをされているはずです」
「…………」
「どうか、同性愛をやめてください。鮎美が同性愛から抜け出したと知れば、きっとお母さんはとても喜んでくれます。私も誇りに思います。お願いです、同性愛はやめてください」
「…………」
「シスター鮎美、リングを出してください」
「……っ……うっ、うちかってな! 同性愛者に生まれたくて生まれたんちゃうねん!! なんべんもやめよう思たわ!! けど、それでやめられるもんちゃうねん!!! 知らんヤツが、どうこうぬかすな!!!」
「「………」」
「うちと詩織はんは愛し合って結婚したんよ!! あんたらに何がわかる?! 何もわからんねん!! ほっといてよ!!」
「鮎美……」
「ここまで強固なサタンとは……」
陽湖は鮎美が鷹姫を想っていたことを知っていたので、鷹姫からの説得なら聞き入れると算段したけれど、すでに詩織をパートナーと想っている鮎美は拒絶して怒鳴った。
「サタンちゃうわ!! うちの意志や!! うちそのものや!!!」
「「………」」
陽湖は一時撤退を決め、鷹姫と会議室を出た。
「……くっ…」
「月谷…」
「っ、私のことはマザー陽湖と呼びなさい!!!」
「………」
「あと、どうすれば…」
陽湖は無意識にボリボリと肘の内側を掻いた。そして何度もガムテープを貼りつけた股間にも痒みを覚えるけれど、それは我慢する。しばらく考えた陽湖は外した手枷首枷、足枷をもってこさせた。
「シスター鷹姫、もう一度、これをつけなさい」
「ぇ……」
本能的に鷹姫が一歩後退るけれど、後方には黄色ローブの生徒が立っていて逃げ場がない。
「ど……どうして……私が?」
「シスター鷹姫、あなたは神を信じますか?」
「…………」
「やはり指導が足りなかったようです」
「……ぃ、嫌です! もうこれは嫌!」
拷問道具をつけられるのが、どれだけ苦痛か身体が覚えている。強く拒否する鷹姫に陽湖が言う。
「シスター鮎美を改悛させるためです。我慢してください。自分のせいでシスター鷹姫が苦しんでいると知れば、シスター鮎美も考え直すかもしれません」
「………」
「あなたはシスター鮎美のために身を捧げる気がないのですか?」
「…………」
「さ」
陽湖が促すと、生徒たちが鷹姫に枷をつける。鷹姫も拒否しなかった。今度は中央部でなく会議室のそばに吊された。
「シスター鷹姫、あなたの悲鳴をシスター鮎美に聴かせます。叩かれるのと、おもらしするの、どちらが苦痛ですか?」
「………」
「より苦痛な方を行います。泣き叫んでシスター鮎美に助けを求めなさい」
「…………」
「つらいのは叩かれる方ですか?」
「……………」
「おもらしですか?」
「…っ…」
鷹姫が正直に頷いた。また水を飲まされる。
「できるだけ悲鳴をあげてください。情けなく、必死に助けをもとめて、シスター鮎美が後悔するように」
「………」
「返事はっ?!」
「っ、はい…」
返事をした鷹姫のお尻を手で叩いてから、陽湖は博史と泰治を呼び、鮎美の拘束具を外して、アダムの槍も抜いて、鷹姫と同じ麻服を着せ、暴れないよう鎖で両手に手錠をし、片足首を室内の部材につなぐように指示した。鮎美は身体が楽になり、人心地ついたけれど、しばらくして鷹姫の悲鳴が会議室まで聴こえてきたので苦しんだ。
「鷹姫………」
「あああぁ! ううっ!」
陽湖が鷹姫の悲鳴を背にして、会議室に入ってくる。
「シスター鮎美、あなたのせいでシスター鷹姫は苦しんでいます」
「っ……卑怯もんが!」
「宮本くんに何をしている?!」
介式も怒るけれど、陽湖は静かに答える。
「お水を飲ませただけです」
「拘束しているだろう?!」
「シスター鷹姫は自ら望んで試練を受けています。シスター鮎美を改悛させるため。部外者は指導の邪魔をしないでください。私はシスター鷹姫の望み通りにし、ただ、お水を飲ませただけです」
「くっ……」
そう言われると介式は引き下がるしかなくなる。陽湖は鮎美に問う。
「いいんですか? シスター鷹姫が苦しんでいますよ?」
「………」
「リングを出しなさい」
「………。鷹姫!! こんなヤツに付き合わんと、外してもらい!!」
「シスター鷹姫は心から、あなたに同性愛をやめてほしいのです。その真心を知るべきです。そう、彼女は主イエスが人類の罪を背負ってくださったように、自ら進んで、あなたの罪を背負い、苦しみ喘いでいるのです!」
「………お前は絶対、地獄に堕ちるわ…………」
「あああっ! うううくうくぅ! 鮎美! 同性愛をやめてください! あああっ! 鮎美のお母様だって! きっと! きっと喜んで! ううっ! ううっ! くあああっ!」
「…ううっ………鷹姫………ごめん…」
鮎美は苦しみ迷ったけれど、結婚指輪を叩き潰すのだけは嫌だった。鮎美と鷹姫が苦しむこと2時間、夜を抜けるように飛んでいたエアパスA321の行く先が明るくなり始め、行きと同じ仲国の西部、ウルムチ地窩堡国際空港へ燃料補給のために寄る。全員にシートベルトを着用してもらうため、拘束を外すことになり、陽湖は肘の内側を掻いていた。
「……まだ……落ちないなんて……」
鷹姫は同性愛を否定したけれど、信仰告白はしない。鮎美は口先だけは全力で神を肯定するけれど、リングは守り続けている。
「………行きの飛行機でも、この燃料補給のあとに逃げられたから……ここからが勝負………」
往路では外務大臣就任の話が入ってきて仮眠を認めてしまったけれど、今度こそ追い込んで洗礼を受けさせるつもりだった。まずはシートに鷹姫を座らせる前に、鮎美の制服をもってきた。制服の上着を鷹姫が座るシートの座面に敷いて、そこに座らせる。
「なぜ、こんなことを……これは鮎美の…芹沢先生の制服では……」
「床ならともかくシートを汚されるのは困りますから、ちゃんと我慢してください。さっきから、シスター鷹姫は垂れ流し状態ですよ」
「っ…あれだけ水を飲まされれば……」
鷹姫が恥ずかしくて顔を伏せた。もう括約筋がろくに働かないので尿意を覚えると、すぐに漏らしてしまっている。
「まさか議員バッチも着いている大切な制服を汚いオシッコで濡らしたりしませんよね?」
「………」
鷹姫は強い不安に震えた。シートベルトはゆるめに締める。隣に陽湖が座り、その隣には鮎美を座らせ、今回は三人とも最前列にしたし、介式も鮎美の隣となる。飛行機が着陸態勢に入った。陽湖は生徒全員に賛美歌を謳わせる。そうしないと、寝てしまう可能性があるほど睡眠不足になっている。飛行機は無事に着陸し、日本時間で朝7時過ぎ、仲国時間で朝4時だった。
「……ぅう……トイレに…」
「シスター鷹姫、まだシートベルトをしていなさい。あと、この飛行機は一機100億円以上します。いったい何回おもらしする気ですか。汚らしい」
「あんたが、さんざん水を飲ませてイジメるしやん。鷹姫、うちの制服は気にせんと無理に我慢せんとき、病気になるよ」
三人が話していると、窓際の生徒が騒ぎ始め、鮎美たちも外を見た。飛行機はターミナルに近づき、往路と同じように燃料補給のため地下燃料庫と翼をパイプでつなぐトラックに接続されつつあるけれど、他にも多数の車両が集まってきていて、飛行機を包囲してくる。それらの車両は武装警察のもので、装備している機関銃をこちらに向けてきていた。さらに、ターミナルと接続され、搭乗口から仲国人が乗り込んでくる。機長と仲国人がやり取りした後、銃で武装した3名と隊長らしき人物、そして通訳が客室の方へ来た。隊長らしき男が仲国語で何か言い、通訳される。
「お前が芹沢鮎美だな?」
「いいえ、違います」
問われた陽湖は正直に答えた。仲国人の目には一人だけ上質の紫ローブを着て、ティアラとマントもつけている陽湖が一番上に見えたようだったし、陽湖と鮎美は顔立ちが似ている。まさか、隣にいる奴隷のような麻服の少女が外務大臣とは思わず、隊長は話を続ける。
「私は武装警察少将、習平宝(しゅうへいほう)だ。仲国へ、ようこそ、芹沢大臣」
「ですから、私は芹沢鮎美ではありません」
重ねて陽湖は訂正し、鮎美を指す。
「シスター鮎美なら、こちらです」
「うちに何の用ですか?」
鮎美が立ち上がろうとすると、平宝の後ろにいる3名が銃口を向けてきた。
「動くな!」
「……ほな、座ってますわ」
鮎美の関西弁は通訳されず、隣から介式は座ったまま鮎美の上半身をかばうように身を乗り出しておく。いまだ平宝は陽湖へ言う。
「フ、我々の目は節穴ではない。誤魔化されんぞ、芹沢大臣。身代わりを立てるとは、どうやら、よほど怯えているようだ」
銃口は陽湖へも向けられているけれど、陽湖は怯えるような精神状態ではなくマザーとして堂々と平宝を見返す。それが余計に18歳にして大臣に指名された者の貫禄に見えた。
「私たちに何のご用ですか?」
「臨検だ。我が国の正当な権利だ」
「罪なき生徒たちに銃を向けるのも正当な権利ですか?」
「フン、それにしても、臭いな。日本人が清潔な民族というのは嘘だったか。嘘ばかりの人種だな」
「わけあって入浴いたしておりません」
陽湖が答えているうちに、隣りに座っていた鷹姫が震えながら漏らした。
シュ~…ピチャピチャ…
我慢できなかった小水を座ったまま漏らしてしまい、あまり水分を吸収しないブレザー生地の制服から床へと流れ落ちて音を立てた。
「うぅっ…ぐすっ…ううっ…」
「フフ、それほど我々が恐ろしいか。小便を垂らすほど、怯えるとはな」
鷹姫が恐怖で失禁したと思い込んだ平宝は満足げに微笑む。飛行機を包囲している車両も機関銃を向けてきていて、他の生徒たちは本当に怯え始めていたけれど、陽湖と鮎美は冷静だった。陽湖は死ねば楽園に行くと本気で信じているし、マザーとして振る舞っている。鮎美も銃口を向けられた経験があるので、なんとなく目前の仲国人たちも本気で撃つつもりは無いのだと感じていた。
「芹沢大臣、長生きしたければ余計なことはするな。とくに島のことでな」
「「島?」」
つい鮎美と陽湖は琵琶湖に浮かぶ鬼々島(おきしま)を思ったけれど、すぐに鮎美は尖閣諸島のことだと気づいた。畑母神と論調を合わせて都知事選でも日本の領土であると繰り返し叫んだ。その鮎美が大臣になり、そして燃料補給のために仲国の空港に立ち寄るという情報をえて臨検に来たのだと察した。
「…そういうことか…」
鮎美がつぶやき、陽湖も政治の勉強は秘書補佐として少しはしたので遅れて察した。そして陽湖が生徒代表かつマザーとして問う。
「それで臨検とは何をされるのですか?」
「お前の顔を見ておきたかっただけだ」
「…そうですか……」
私じゃないのに、と思いつつも陽湖は毅然として見つめ返す。誤解を解くにはパスポートや学生証を見せて、かなりの時間を要しそうだし、どう見ても奴隷という服を着せた鮎美には手首や足首に拘束された痕が残っている。これで実は外務大臣です、ということを納得してもらうのは不可能な気がした。
「顔はいいな。鳩山の愛人にでもなって大臣にしてもらったか?」
「いえ、そういうことはありません。いいことではありませんが同性愛者ですし、不倫も罪です」
だから私じゃないですよ、だいたい総理に愛人がいるのがわかったら即辞任です、と陽湖は常識感覚が違う平宝との会話に疲労が倍加した。
「オレの嫁にしてやってもいいぞ。オレの父は指導部にいる、いずれオレもトップだ」
「遠慮します」
シスター鮎美に男性のお婿さんができるのはいいことですし、いっそブラザー博史かブラザー泰治と結婚される方がシスター美恋も喜んでくださるはずで、それはいいにしても、あなたとはありえません、と陽湖は無表情で思った。陽湖の反応が面白くないので平宝は鼻を鳴らす。
「フン…こんな小便臭いところは、うんざりだ」
そう吐き捨てて平宝は引き上げた。しばらくして飛行機を包囲していた武装車両も去り、何事も無かったかのように燃料補給は終わった。鮎美がつぶやく。
「わざわざ脅しに………そんなに、あの島に、こだわってるんや……」
国際社会の摩擦を肌で感じた。イスラエルも当たり前のように銃が目に入ったし、今も銃口を向けられた。介式に向けられた銃口と違い、その内部には実弾が入っているはずだった。
「ごめんな、陽湖ちゃん、うちのせいで…」
「いえ、それより離陸します」
またしても燃料補給で場の空気を変えられてしまい、陽湖は焦った。もう逃がすまい、と飛行機が安定飛行に入ると先手を打つ。
「シスター鷹姫!! また漏らして!! 汚らしい!!」
大声で怒鳴りつけると鷹姫は震えて小さくなった。
「っ…、すみません…ぅぅ…」
「鷹姫を責めるのはやめいよ!! うちに文句言い!! 同性愛なんは、うちやろ!」
鮎美が狙い通り自分を責めろと言ってくれたので陽湖は命じる。
「ではシスター鮎美、あなたは会議室へ!! ブラザー博史! ブラザー泰治! 連れていってください!」
鮎美と鷹姫を分離し、鮎美には再び鎖で手錠をさせ、さらに片足首を鎖で会議室内の部材につないで行動を制限した。それから会議室を出て、泣いている鷹姫を苛む。
「大切な制服を汚して、どういう神経をしてるの?!」
「っ…お許しくださいっ…ぅぅっ…」
「シスター鷹姫を吊るしなさい!」
陽湖が睡眠不足で血走った目で命じると、黄色ローブたちも睡眠不足で判断力のない脳で応じる。枷を鷹姫の前にもってきた。
「ひっ…ぃ、…嫌……嫌…」
枷を見ただけで鷹姫は震え上がってしまった。自分自身でも気の強いつもりでいたのに、繰り返された苦痛を身体が覚えていて、枷や鎖を見ると手足が震え、涙が溢れて腰がぬけ、貯まってもいなかった小水まで漏らしてしまう。
チョロチョロ…
情けなく鷹姫が失禁しているのを陽湖は見逃さない。
「また漏らして! 少しは我慢しなさい!」
「っ、ごめんなさい、ごめんなさい。ううっ…ううっ…」
泣いている鷹姫の髪を掴むと、陽湖は乱暴に首枷へ押しつける。
「嫌っ…嫌っ…」
鷹姫は震える手足で抵抗を試みたけれど、男子生徒も押さえつけてくるので、ろくな抵抗ができないうちに手枷もはめられ、脚を開かれて足枷もつけられた。手足の自由が無くなり、もう泣くことしかできない。男子たちが鷹姫の身体に触って持ち上げ、鎖で手枷首枷を天井に吊した。
「見なさい! これを!」
陽湖が濡れてしまった鮎美の制服を鷹姫の顔に押しつける。
「おもらしで大事な制服を汚すなんて!! 秘書失格です!!」
すでに議員本人も何度も漏らしていて、他の同級生秘書である鐘留と陽湖自身の方もオネショや失禁を繰り返していたので、どちらかといえば鷹姫が一番汚れていなかったけれど、そんな反論もできないほど鷹姫は弱っている。その弱っている心を、さらに打ちのめすために陽湖は言葉の鞭をふるった。
「死んだお母さんが泣いてます! おもらしばっかり続けて! あなたが死ねばよかったんです! おもらしする汚い子より、新しい子供とお母さんが生きればよかった! あなたのせいでお母さんが死んだ!」
思いつく限りの最大限に鷹姫を傷つけそうな言葉を選んでいる。言われた鷹姫は呻き泣いた。
「うううっ…うーうっ…」
「あなたは生きていてはいけない! 呪われた子! だから、お母さんが死んだ! 剣を取る者は剣によって滅びる! さあ! その汚い心を滅ぼしなさい! 生まれ変わるのです! 悔い改め! 悔い改め! 悔い改め! 悔い改めるのです!」
叫びながら陽湖は鷹姫のお尻を何発も叩いたし、さらに顔も叩いた。顔を打たれると首枷に首があたり、余計に痛い。さんざんに鷹姫を打ちのめした陽湖は会議室に入る。鮎美は鎖でつながれていても、恐れず陽湖を睨んでくる。もう屈しない、という目だった。介式もいて今までの不干渉から介入の口実を見つけようという目になっている。やはり燃料補給で世俗の外界と接したために大きく空気感を変えられている。陽湖は最後の手段に出ることにした。アダムの槍を手にする。
「これを使います」
「……好きにしぃや。それ冷たいし突っ込む前に温めてや」
「使うのはシスター鷹姫へです」
「「っ、強制わいせつ」」「やん!」「だ!」
鮎美と介式が同時に叫んだ。
「いいえ、シスター鷹姫には同意をえて行います」
そう言った陽湖は吊されている鷹姫へとアダムの槍を持って向かう。鮎美は追いかけようとしたけれど、鎖につながれていて動けず介式に頼む。
「介式はん、見てきて!」
「だが、しかし、芹沢大臣の警護を…」
「うちは大丈夫やから! この二人は安全やし!」
鮎美は丈の短い露出過多の麻服を下着なしで着ていて手錠もされている。そんな警護対象を安全そうに見えるとはいえ博史と泰治という男子二名と残しておくのはSPとしてありえなかったけれど、鷹姫のことも心配でならない。もう陽湖は常軌を逸した表情だった。介式が鷹姫のところへ行くと、陽湖はアダムの槍を鷹姫に見せていた。
「シスター鷹姫の処女を奪います。それに同意したと言いなさい。そのことをシスター鮎美に話して、同性愛を捨てさせます」
「「……」」
「大丈夫、きっと、シスター鮎美は、あなたを助けるため、同性愛を捨ててくれます。だって、シスター鮎美は本当は、あなたを愛しているのだから」
もう無茶苦茶な論理を口走り、同意を迫る。
「さあ、シスター鮎美を悪から救うチャンスを与えてください。あなたの身を犠牲にして。大丈夫、槍で突かれた主イエスが復活したように、あなたの処女も復活します。神の国においでなさい」
「「………」」
もう意味不明で聴いている鷹姫も介式も言葉がない。
「いいですね? 頷きなさい。脅すだけです、きっと同性愛を捨ててくれます。さあ!」
「…」
疲れ切った目で鷹姫は頷いた。陽湖は振り返って介式に告げる。
「余計な口出しは無用ですよ!」
「………」
「シスター鮎美を救いに行きます!」
陽湖は会議室に向かおうと急ぐあまり途中でローブの裾を踏んで顔面から転んだ。
「うぐっ……私は負けない! 神を信じる者は7度転んでも起き上がるのです!」
鼻血を手の甲で拭いて陽湖は会議室に入ると鮎美に告げる。
「シスター鷹姫はアダムの槍を受けることに同意しました! さあ、同性愛を捨てなさい! でなければ、シスター鷹姫の処女を奪います! あなたのせいでシスター鷹姫は祝福された結婚ができなくなる!! 汚れた悪魔の売春婦になる! さあ! 同性愛を捨てリングを破壊しなさい!!」
「………」
奇妙に落ち着いた目で鮎美は陽湖を見つめ、そして介式に頼む。
「介式はん、あの指輪を返して」
「……、……いいのか?」
「鷹姫の処女と、宝飾品、どっちが大事か、わかるやろ?」
「………」
介式はスーツのポケットから身分証明書ケースを出し、そこからリングを抜いて鮎美へ手渡した。陽湖がハンマーを持ってくる。
「さあ! 打ち壊しなさい! 悪魔との契約を! その象徴のサタンリングを!」
陽湖がハンマーを渡してくる。鮎美は結婚指輪を床に置き、手錠をされた両手でハンマーを受け取った。
「決別するのです! 悪魔と!」
「………」
指輪はまた多崎真珠で買えばええねん、詩織はんに謝って、同じ物を注文して、また造ってもらったらええねん、ただの宝飾品、ただの金属、うちらの想いは指輪が無うても、あるはずやもん、鷹姫のために今だけはアホどもに合わせよ、と鮎美は合理主義的に自分へ言い聞かせ、ハンマーを振り下ろした。
ガッ…
床の上で指輪が少し平べったくなる。打ち壊すといっても金属なので割れはしない。陽湖が手を出してきた。指輪を摘み、床の上で縦にして言う。
「二度と指を通さないよう潰しなさい!」
「………」
あんたの指の骨をグチャグチャにしたろか、それとも頭どついて潰したろか、と鮎美は頭の片隅で殺意を覚えたけれど、小さくハンマーを振ってコツコツと何度も叩いて指輪を変形させ、閉じた女性器くらいの楕円形にした。
「よくやりました!! おめでとう!! シスター鮎美!!! あなたは生まれ変わったのです!」
「…………………うっ……くっ……ぐすっ………うわあああああああ!」
耐えるつもりだったのに鮎美は泣き崩れた。その号泣は会議室の外で吊されている鷹姫にも聴こえていた。
「……鮎美……」
「うあああああ! 詩織はん、ごめんなさいいいい! うああああん!!」
泣き続ける鮎美を陽湖は博史と泰治へ命じて、小さな風呂桶へ浸ける。その水は何人も浸かった後なので汚かった。
「ううっううう…ぐすっ…ううっ…」
全身ずぶ濡れにされた鮎美へ、陽湖は聖母のような微笑みをつくって問う。
「シスター鮎美、あなたを男性と結婚させます。ブラザー博史とブラザー泰治、どちらがいいですか?」
「「「え……」」」
「選びなさい。私が司祭して結婚式を行います」
「「「…………」」」
三人とも唖然として何も言えない。まるで犬猫を交配させるようにくっつけようとしていて、しかも陽湖の目が狂気の本気なので鮎美は仕方なく選ぶ。
「泰治はんで」
「ボクでか?! ゲイだぞ!」
驚く泰治より、残念そうな博史へ鮎美は言っておく。
「博史はん、あんたは、まともな嫁さんを探し。好きになってくれて、おおきにな」
「………ボクこそ……ありがとう…」
居づらくなった博史が退場し、陽湖は司祭する。
「これより、シスター鮎美、ブラザー泰治の結婚式を執り行います」
「「………」」
鮎美が肩をすくめて諦めた様子なので泰治も察した。なぜ、鮎美のことを好きでいる博史よりゲイの自分を選んだのか、この場だけ合わせるつもりなら、下手に本気な博史より泰治の方があとあと問題にならない、という思考だった。二人とも結婚式ごっこに付き合うことにして陽湖の前に立った。
「万物の創造主たる父なるエホパ、主イエス、聖霊の御名において、ここに二人の誓いを立てます」
「「……」」
「六角市は鬼々島3の47に住まう芹沢鮎美ことシスター鮎美、あなたはここに、六角市は八幡堀町1の11に住まう国友泰治ことブラザー泰治と夫婦となり、永遠の愛を結ぶこと、ここに誓いますか?」
「はい」
泰治はんの家ってホンマに学校のすぐそばなんや、八幡堀町って学園敷地の隣やん、カネちゃんと同じ町内会やね、それにしても陽湖ちゃん、しっかり住所を覚えてるあたり、このつもりで調べておいたんやな、どこまでも頭の腐った女やなぁ、と鮎美は司祭している陽湖を見る。陽湖は厳かに儀式を続ける。
「ブラザー泰治、永遠の愛を結ぶこと、ここに誓いますか?」
「はい」
ま、いいや、と泰治も返事した。
「よろしい。では、誓いのキスをしなさい」
「「………」」
それがあったか! と鮎美と泰治は緊張する。
「「………」」
どうする? ボクはいいけど、ほな、よろしく、と二人は軽くキスを済ませた。
「ここに二人の結婚を祝福します!」
「………」
これで満足やろ、と鮎美は終わりだと思ったけれど、陽湖は満足していない。
「結婚式は終わりました。二人は夫婦です。愛を確かめるため、ここで今すぐ抱き合い、肉を交わしてください」
「「なっ…」」
「夫婦として当然です」
「なんで、そこまでせなあかんのよ?!」
「お二人が本当に同性愛を捨て去ったか、確認するためです」
「「…………」」
「さあ、肉を交わしてください」
「嫌よ! ふざけんといて! なんで、そんなとこ見られなあかんのよ?!」
「そうだよ。夫婦でも、そういうことは隠れてするだろ?!」
「同性愛を捨てきっていないのですか?」
「「………………」」
「神に偽りの誓いを立てたのですか?」
「「…………」」
「わかりました。二人が肉を交わさないのであれば、シスター鷹姫に神罰をくだします」
「なっ、何する気よ?!」
「彼女はうちなるサタンにより周囲の男子を淫らに誘惑しています。その罰として男子たちの中に宿させたサタンを彼女へ返します。その淫らな誘惑の罰を、淫らな汚れによって肉の中へ返すのです。サタンに悶える男子全員から」
「ただの輪姦やん!!」
「同意させます」
「っ……」
「どうしますか、シスター鮎美? ブラザー泰治と交わりますか? それともシスター鷹姫を見捨てますか?」
「くっ……ぐぐっ……どこまでも………どこまでも、お前はっ……」
鮎美は怒りに震えた。今すぐ陽湖を叩き殺したい衝動が湧いてくる。けれど、鎖につながれていて、どうにもできない。そして今も鷹姫の状態が心配だった。機内は半数が女子なので、鷹姫へ淫らなことをすれば告発されるという抑制もあって、すぐに強姦ということはなくても、もう睡眠不足と空腹で理性を失っている集団が手足を拘束された鷹姫に何をするか、わからない。まして陽湖がゴーサインを出せば、鷹姫が陵辱されつくすのは明白だった。
「ぐうぅぅ……」
ここは従うしかない、と鮎美は怒りを抑え、泰治に頼む。
「……お願いします…」
「本気か?」
「うん……ごめん、抱いて。……できる?」
「……どうかな…」
二人ともバイではなく、完全な同性愛指向だったので異性の身体で、まったく刺激されない。とりあえず向かい合ってみたけれど、鮎美は男を男として見たことがない、大きな賢い犬くらいの感覚で、キスは犬に舐められるのといっしょだったし、まして性交となると考えたこともない。泰治はバレー部で活躍してきただけあって、背も高くて筋肉も発達している。女子から人気もあってハンサムだったけれど、そもそもハンサムな顔立ちそのものが、どうでもいい、形の良い顔をしたハスキー犬くらいにしか感じない。そして男の匂いは、あまり好きではない。
「……ボクは……ガチだから…」
泰治も女子に一切の興味がない。目の前にいる鮎美は、ふわふわナヨナヨとした身体で頼りないし、変に胸も大きい、それが最高に刺激的だということは知識で知っているけれど、泰治の目には変なコブがあるようにしか感じない。手足が細いくせにお尻だけはポチャとしていて豚に似ているとさえ思う。鮎美の顔も可愛いと評判なのは知っているけれど、リスやウサギを可愛いと思うようにしか感じない。まして抱き合うとなると、なんだか捕まった宇宙人グレイと性交しろと迫られている気さえする。
「早くしなさい。シスター鷹姫が、どうなっても、いいのですか?」
もう言い回し無しで完全な人質として陽湖が脅迫してきた。
「ああ、かわいそうな、シスター鷹姫、島で待っている許嫁のもとへ帰る前に、穢れきった身体になってしまう。もう塵は塵に還るしかない」
「……泰治はん、ごめん、お相手してください」
鮎美は手錠されたままの両手をあげ、泰治の後頭部へ回して抱きついた。男性に嫌悪感は無い、むしろ申し訳ないと想うし、泰治から嫌悪感をもたれていないか心配だったけれど、泰治の方も女子を嫌っているわけではなくて単に興味がないだけだった。とりあえず、誓いのキスよりも深めのキスをしてみた。
「「………」」
犬やリスとキスしているような感じがする。温かいし柔らかいし不快ではないけれど、身体が高鳴る衝動が無い。ぴったり身体をくっつけて抱き合っても、フニャンと柔らかい鮎美の乳房は、牛の乳房で興奮しないように泰治を刺激しないし、何より勃起しない。鮎美の方も、やっぱり興奮できない。鷹姫や詩織のような鍛えていても皮下脂肪のある丸い身体が好きなのに、男の身体はゴツゴツとして味気ない、ゴリラに抱きついているような気持ちだった。
「…………」
「…………」
見つめ合っても困惑しかない。
「そうです! そのまま抱き合いなさい! 男と女は、それが正解なのです!!」
「「………」」
そんなことは幼稚園から知っているけれど、それに違和感を覚えて成長してきた。今、こんな形で強制されていることが悔しくて嫌だったけれど、鮎美は鷹姫のために頼む。
「お願いします、泰治はん」
「……わかったよ…」
泰治は黄色ローブを引き上げて脱いだ。下着は無しだったので、それで裸になる。やっぱり勃起していなかった。鮎美も忌々しい麻服を破いて脱いだ。
「「………」」
裸で抱き合っても、やっぱり感じない。体温の温かさが心地いいくらいで、それは冬に猫を抱いたときにも感じるものと変わりがない。泰治は猫を抱いても勃起しないように、鮎美を抱きしめてみても勃起できなかった。鮎美のサラサラとした美しい髪も美しいのは理解できるけれど、義隆のようなスポーツ刈りの頭が好きだった。
「「………」」
興奮できない二人は次の動きに迷う。詩織との性行為なら湧いてくる衝動のままに舌を肌に這わせるのに、あまり舐めたくないし、舐められたくもない。犬に舐められて許せるのは、せいぜい手先までのように乳首や股間を舐めるのはしないでほしい。泰治はゲイとしても童貞だったので余計に経験が無くて困る。ただ男友達の家でアダルトDVDなどは見たことがあるので、だいたい何をすればいいかは知ってはいるし、あのときDVDで見た男優のお尻は魅力的だった。キュッとしまった男の尻には惹かれる。いつか、その奥にある肛門へ自分の男根をねじ込んでみたいと想うし、自分の肛門に男根を受け入れてみたいとも想っている。そんなことを想うと、少しだけ勃起できた。
「……おチンチン、……触ってみてもええ?」
「ど…どうぞ…」
「「……」」
陽湖と介式は静かに見守ることにした。介式にしても、鮎美が異性愛に目覚めるなら、それは、いいことだと考えるし、一応は結婚式の後の和姦なので口を出す筋合いはないとも考える。
「ほな……触るよ…」
鮎美が手錠された両手で男根に触れる。細い指が宇宙人グレイのように見えたので萎えそうなるけれど、泰治は義隆のことを想い出してみた。義隆に鎖で手錠をして拘束してみたい。もしくは拘束されてみたい。そういう妄想をすると一気に勃起できた。
「……こういう風に………勃つんや……すごい……クリと、ぜんぜんちゃう…」
「「「………」」」
「えっと……挿入してください」
「あ…ああ…」
泰治は鮎美を抱きよせて前から挿入しようとしたけれど、見当違いの角度で腰を押し出した。立って向かい合ったまま、まっすぐ腰を押し出したのでは女性の膣は上方向に形成されているので、ただ股間を虚しく抜けるだけで挿入には至らない。もともと女性の身体に興味をもっていなかったので、そんなことも知らなかった。けれど、淫らな情報も避けてきた陽湖も保健体育では体位など説明されないので知らなかった。
「ああ、ついに! 神よ、ご覧ください! 二人が導きに従いました!」
「「………」」
あ、これで納得してくれるかも、と二人は挿入までしなくても陽湖が満足しそうなので素股で終えることにした。
「あん、気持ちいいです、泰治はん」
よがる演技もする。泰治も合わせて腰をふってみたけれど、鮎美の顔を見ていると、どうしても萎えてくる。鮎美も濡れていないので摩擦が高い。すぐにフニャフニャになった男根がパンパンと毛の無い鮎美の股間にあたるだけになった。
「ああ、泰治はん、中に出して。うちの中に、精液、いっぱい出して」
そういうセリフを言うものだと大阪にいた頃、同級生が読んでいた漫画で知っているので安っぽい演技をした。
「おお、出すぞ。ううっ! う! う!」
泰治も律動的に腰をふってフィニッシュしている演技をした。
「「ハァ……ハァ……」」
「「………」」
陽湖も介式も処女なので二人が性交したのだと感じた。
「神よ、ああ、ハレルヤ」
「やれば、できるのだな」
「「……まあ…」」
「その調子で励め」
「………そんな剣道の打ち込みみたいに言われても……」
鮎美は泰治から離れて陽湖に言う。
「そろそろ鎖を外してよ」
「わかりました」
鎖を外した陽湖は紫色のローブをもってきた。
「さあ、シスター鮎美、これに着替えてください。あなたは洗礼を受けました。神を信じると言い、同性愛と決別し祝福された結婚をして男性と結ばれました。素晴らしい人です」
「…………」
裸のままは嫌なので鮎美は紫色のローブを着た。着心地はいいけれど、やや暑苦しい。陽湖は最終段階に入る。
「さあ、シスター鮎美、あとはシスター鷹姫に受洗させるのみです!」
「……鷹姫にまで……?」
「でなければ、シスター鷹姫は吊ったままです! おもらしもさせます! 叩きます! さあ、彼女を受洗させ、助けてあげてください!」
もう陽湖は全員を受洗させるという目標まで、あと一歩となったので興奮しきっている。逆に冷めた鮎美は、あと少しだけ合わせてやることにした。
「うちが言い聞かせれば、ええんやね?」
「そうです! シスター鮎美の言うことなら聞くはずです!!」
「わかったよ」
鮎美は髪を掻き上げて耳へかけ、会議室を出ると吊られている鷹姫に近づいた。
「鷹姫、今、助けてあげるしな」
「……鮎美…?」
ずっと涙を流していた鷹姫が紫色のローブ姿となった鮎美を不思議そうに見る。
「よく聴いてや」
そう言った鮎美は鷹姫の耳元に囁く。
「隙を見て、うちが合図したら対応Cよ」
「っ…」
鷹姫の無気力だった目に闘志が宿った。対応Cは、取り押さえて警察に通報、ということで認識は一致している。ここまでされて反撃する気になっている鮎美へ、鷹姫も頷いた。
「さ、鷹姫、神を信じてます、と大きな声で言い」
「はい、神を信じています!」
「洗礼を受けい」
「はい、洗礼を受けます!」
「「「「「おおおっ!」」」」」
「「「「「わああ!」」」」」
男子女子から歓声があがり、場の空気は最高潮に盛り上がり、お祭り騒ぎとなる。
「おめでとう!」
「アーメン!」
「ハレルヤ!」
「神の国バンザイ!」
「主は来ませり!」
「マザー陽湖バンザイ!」
「マザー陽湖に祝福あれ!」
「「マザー陽湖! マザー陽湖!」」
まるで選挙カーの連呼のようにマザー陽湖が繰り返され、鷹姫がずぶ濡れにされて黄色ローブを着た頃には、マザー陽湖の連呼は空耳で、マヨ、マヨ、と聞こえた。
「あんたらはマヨラーか」
鮎美は冷めた顔をしている。陽湖は歓声を受けて両腕を挙げ、天を仰いでいる。
「今まさに神は私たちと、ともにあるのです! ハレルヤ! アーメン!」
「あいつの膀胱に管つっこんでマヨネーズ充填したろかな。……やめとこ、また変な喜びを覚えよるだけかもしれん」
冷めた顔のまま鮎美は会議室の壁からイチジクの枝を取り、ハンマーも握った。陽湖が問うてくる。
「シスター鮎美、それで何を?」
「もう全員が受洗したんやし、こんな枝いらんやろ。ハンマーで折ったろ思て」
「それは素晴らしいですね」
幼い頃、自分も叩かれて嫌だったイチジクの枝が再び消えてくれるのは嬉しい。鮎美はハンマーでイチジクの枝を小太刀程度の機内で振り回すのに手頃な長さに折った。木刀ほどだった枝は2本に分かれ、2本とも鷹姫に渡した。そして陽湖の手を握り、盛り上がっている機内の最前列から敵になりそうな人物を見定める。教師と信仰の厚い生徒、他に多くて20人、もっとも手強いのはSPから信徒になった長瀬だと見込んだ。
「はい、注目!!」
よく通る声で鮎美が言うと視線が集まる。その視線を受けながら鮎美は手を握っていた陽湖を見つめ、抱き合うように両手を広げた。それで陽湖も抱きついてくる。紫ローブの二人が抱き合うと、さらに場は盛り上がったけれど、次の瞬間に鮎美は陽湖の首を絞めた。
「うきゅっ?!」
フロントチョークだった。なんの格闘技も経験したことのない陽湖は一瞬で絞め落とされ、オシッコを垂れ流した。ぐったりと崩れた陽湖をシートに置くと、鮎美は鷹姫から小太刀にした枝を1本受け取る。
「はい、この飛行機は、うちが乗っ取りました。文句のあるヤツは出てこい! うちと鷹姫が相手するで!!」
「…」
鷹姫が小太刀を構えて鮎美の前に出る。すでに鮎美が陽湖を絞め落としてる間に黄色ローブの裾を動きやすいように裂いていた。鷹姫の実力は誰もが知っていて、そして教義で格闘技を否定しているので、誰も襲ってこない。唯一、屋城が抗議してくる。
「どういうつもりですか?!」
「どうもこうもあるかい! 人をバカにしくさって! もう許さん!!!」
「………。指導に従わなければ単位は与えられません」
「で?」
「卒業できなくなります」
「ほな、裁判で争うわ」
「………。この飛行機はイスラエル国の登録です。日本の裁判所では争えません。入学時の書類にも、聖書教育にかかわることの争いはイスラエル国の裁判所を専属的裁判所とする合意がなされています」
「ええよ、イスラエルの裁判所で」
「………」
屋城がひるんだ。鮎美が畳みかける。
「争った前例は無いんちゃう? 今までの生徒と保護者は、みんなビビって従ったやろ。けど、うちは争う。それにな、結婚指輪やそれに相当する物品で財産的価値が金地金3オンス以下の物は、たとえ罪人でも取り上げられん、というイスラエルの判例があるの、知らんやろ」
「そんな判例が………」
「うちは、これでも立法府の一員よ、自分が出かける国の法律くらい調べて行くと思わん? まして、うちは同性愛者、野蛮な国に出かけたら、すぐ死刑ってこともある身よ」
「………」
「イスラエルの裁判所が、結婚指輪だけは許すって判例をつくったんは、あのホロコーストの影響や。あれで何もかも取り上げられたユダヤ人のつらさ、それを繰り返さん意味でよ。さ、どうする? 単位認定権の濫用と人権侵害で、イスラエルで裁判、やってみよか。うちにとっては、ええ勉強になるわ。けど、そっちにとっては、とんだスキャンダルやね。トンデモ学園やって世間に知れるし」
判例は口からでまかせだったけれど、そもそも当該国の裁判官でも判例をすべて諳んじていることはない。そんな判例は存在しない、と言えるだけの知識がある者は、まずいないことを利用して鮎美は優位を保つ。
「別に裁判なんか、現地の弁護士を雇ってテキトーにやったら、数年で決着つくやろ。けどな、日本社会では社会的制裁ってもんもあんのよ! 週刊紙にも新聞にも、この学校の、とんでもない部分、うちの地位と立場で喋ったろか!」
「…………」
「だいたい今まで、こんな洗脳まがい、マインドコントロールみたいな修学旅行をして、よく卒業生が公開せんかったもんやね? どうやって口止めしたん? 帰国後即卒業式でも腹にすえかねて言うもんおるやろ」
「………この修学旅行の内容には守秘義務を課しています。これを破ると以後、卒業証明書は発行されません」
「えぐいことしてるなぁ……さすが、欧米からのキリスト教精神」
「…………。頭を冷やしてください。そちらの要求は何ですか?」
「頭を冷やすんは、そっちや! とりあえず全員に私物と服を返して睡眠を取らせい!」
「………わかりました。マザー陽湖に危害を加えないと約束されるなら」
「さんざん、うちと鷹姫に危害を加えておいて、よお言うわ」
「私たちは争いを望みません。お願いします」
「ちっ…まあ、ええわ」
交渉が成立した。準備はしていたけれど乱闘にはならず、威嚇だけで終わり、望む生徒から制服に戻り、一部の生徒はローブのままだったけれど7割の生徒が制服姿になった。着替えた由香里が鮎美へ言ってくる。
「これ、あげる」
由香里はネックレスのチェーンを差し出してきた。
「え? なんで?」
「さっき、リング潰されたでしょ。無くさないように、これに通しておきなよ」
「……。でも、ええの? もらっても……」
「ずっと前に彼氏にもらったネックレスだけどさ。もう別れたし、そいつには新しい彼女いるし。いい機会だから、あげる」
「………おおきに、ありがとう」
鮎美は潰してしまった結婚指輪へチェーンを通し、首にかけた。由香里が軽く手を振って背中を向ける。鐘留が黄色ローブ姿で戸惑いながら声をかけてきた。
「アユミン……………」
「カネちゃんも着替えい」
「……うん…」
場の支配者が変わったので、それに従うことを選んで鐘留も制服姿になった。着替えを望む生徒の着替えが終わる頃には5割の生徒がシートで死んだように眠っている。黄色ローブのままでいる生徒も聖書を読んだり、祈ったりしたまま眠りへ落ちていく。ほぼ全員が眠り始め、鮎美と鷹姫もSPに交替で守ってもらいながら6時間ばかり眠った。日本時間で14時過ぎ、エアパスA321は日本領空に入る。絞め落とされたまま睡眠に入っていた陽湖が屋城の隣で目を覚まし、ここまでの経緯を聞き、そして鮎美へ謝りに来た。
「本当に、ごめんなさい! 私、どうかしていたんです!」
睡眠を取ったおかげで脳が正常な判断力を取り戻し、自分がしたことを心から謝り、床に土下座するので鮎美は頭を上げさせた。
「もうええよ。ゆっくり休み」
「っ…あんなに、ひどいことをしたのに……許して…くれるのですか?」
「うん、うちも経験あるもん。急にうまくいきすぎて調子に乗りすぎて、人を人とも思わんで、鷹姫にひどいことしそうになったこともあったし」
鮎美は国会開会式後の記者会見が成功したとき、高揚のあまり鷹姫へ強姦まがいのことをした記憶を思い出しつつ、陽湖の頭を撫でた。涙ぐんだ陽湖が再び頭をさげてからシートに戻ると、鷹姫が問う。
「……あれほどのことを………こんなに、あっさり……許してしまわれるのですか?」
「鷹姫」
鮎美が唇を鷹姫の耳に接する。
「許すわけないやん。許したフリして地獄に叩き落としたるわ。うちの立場が危うくならんように工夫して、両親か本人に連帯保証債務でも負わすか、事故にみせかけて障碍者にするか、とにかく、この世の地獄を見せたる。教義で自殺できんのやし、死んだ方がマシやって思いを何年も何年もさせたるわ」
「…………」
「うちのこと軽蔑する?」
「いえ、当然だと思います」
鷹姫も強く恨んでいた。鮎美がタメ息をつく。
「はぁぁ……何にしても、やっと、ろくでもない修学旅行が終わって、関空に着いたら、すぐ東京で外務大臣か………気合い入れんとなぁ……明日の卒業式は欠席やな。どう考えても大臣への親任式の方が優先やもん」
「はい、そう思います」
「それにしても」
鮎美は、まだ少し痛い手首の拘束痕を撫でてつぶやく。
「中世の異端審問なんてアホなことやと思ったけど、それなりに政治的意味はあったんやなぁ」
「………? なぜ、そうお考えなのですか?」
「一部の逆らう人間を見せしめにすることで全体の規律を保てるやん。あんな拷問を受けるくらいなら、とりあえず従おう、地球が丸かろうが人と猿が親戚やろうが、どうでもええ、と」
「たしかに、一つの考えでまとめるには、異端審問は有効だったかもしれません。……私は…自分が、こんなに弱い人間だと思いませんでした……情けない……」
鷹姫が思い出して、目に涙を浮かべた。
「鷹姫………気にせんとき。人は本来、弱いし、アホなもんよ。ちょっと流されたら全体の色が変わるくらい。行きの飛行機で国会議員のうちが奴隷みたいに扱われたんを見て、他の生徒はみんなビビって黄色になっていった。指導側も毎年数人やった新規の黄色が量産できたら欲が出て暴走する。半数が黄色を超えたら、もう全体が染まるまで簡単なもんや。それでも染まらん者には拷問。異端審問も、供産主義者を排除したレッドパージもいっしょやん。人間って進歩してないわぁ。外務大臣になるうちをマザー陽湖が跪かせるなんて、カノッサの屈辱の繰り返しやん。世俗権力か教皇権力か、そんな争いを人間は、これからも、ずっとしていくんかなぁ………信仰の自由も、人権も、都合のええように使っていって」
「…………人は道を踏み外すとき……踏み外していることも、わからないのかもしれません……ぐすっ…」
「そやね…………鷹姫は、今は、もう冷静?」
「……そのつもりです」
「ほな……うちが同性愛者で居続けること、どう思う?」
「…………………わかりません……」
「遠慮せんで、ええんよ。本当に思ってること、言うて」
「……………はい……本当に、わかりません。………たしかに、お母様やお父様のことを考えれば、単純な答えで親孝行な選択もあるかもしれませんが、本人の人生は本人のものです。本人が苦痛を感じる結婚生活が、親の望みとも思えません。……そもそも同性愛は望んでなられたものではないそうですから……ああ、やはり、わかりません。私は愚か者です。すみません」
「ううん、おおきに。さて、もう着陸やね。絶対に関空にはマスコミが山ほど来てるやろし、気持ちを切り替えて頑張っていこか」
鮎美が気持ちを切り替えていると、エアパスA321は関西国際空港への着陸段階に入った。それは3月11日14時46分のことだった。
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