第50話 3月5日 陽湖の変・化、一家の団欒

 翌3月5日土曜朝、芹沢家の2階で、また陽湖は津波の夢を見ていた。神聖な礼拝中にトイレへ行きたくなり我慢していると、屋城から聖書の朗読をあてられ、読んでいるうちに漏らし始めてしまい、どれだけ漏らしても止まらず、どんどんと股間からおもらしを続け、そのうちに足元から水位があがり、礼拝堂全体の腰まで水位がきてから屋城が、これは何ですか、と問うので、津波です、と答える夢だった。

「…ハァ……夢の中で……嘘をついてしまって……」

 嘘は戒められていることだったけれど、その教義が夢の中まで適応されるのかには疑問がある。

「今日でオムツで生活するのも、おしまい……長かったような……短かったような……」

 課せられた一週間が過ぎようとしていた。終わるとなると、少し淋しい気がした。温かかったお尻が冷たくなってくると淋しさが強くなる。陽湖は掛け布団をどけてパジャマを脱ぎ、自分のオムツ姿を見つめた。

「……見慣れると赤ちゃんみたいで……可愛いかも…」

 少し腰をあげてから、布団に腰をおろすと、濡れたオムツの感触がお尻に拡がる。それを三回やっていると完全にオムツが冷たくなってしまい、せつなくなる。陽湖はコロリと寝転がると赤ん坊がするような動作で手足をジタバタとしてみて、言ってみる。

「…えーん……えーん……お母さーん……オムツが濡れたよぉ……えーん…」

 言ってみると恥ずかしくて誰もいない自室でも顔が赤くなったけれど、なんだか心が解放された気がする。幼い頃から信仰心厚い両親のもとで厳しく育てられたので、あまり甘えた記憶がない。赤ちゃんの真似をすると、気負っていたものを投げ捨てたような快感があった。もう少し続けたくなる。

「えーん……えーん…オムツ冷たいでちゅ…えーん……お母さん…オムツ替えてよ…えーん…」

 しばらく赤ちゃんになっていると、急に部屋の戸が開いて鮎美が入ってきた。

「っ?!」

 心臓が飛び出るほど驚いた陽湖へ、怪訝な顔をした鮎美が問うてくる。

「陽湖ちゃん? 頭、大丈夫?」

「っ……」

「さっきから、ヤバそうなんやけど……陽湖ちゃん? 自分が高校生って覚えてる?」

「っ…お、覚えてますよ! 戸を開けるときはノックくらいしてください! いくらシスター鮎美の家でも、私にもプライバシーがありますよ!」

 陽湖が真っ赤になって抗議した。このところ、ずっと鮎美が不在だったので隣室には音が丸聞こえなことを、すっかり忘れていた。赤ちゃんの泣き真似を聞かれていたかと思うと恥ずかしさで涙が滲んだ。

「いったい何をしてたん?」

「…こ……これはですね……も、もうすぐ、私たち、お姉さんになるじゃないですか」

「そやね」

「それで、赤ちゃんの気持ちを知ろうという体験ですよ。どうせ、オムツ穿かされてますし。や、やってみると、赤ちゃんの気持ちが理解できますよ。とくに、オムツが濡れてるのに交換してもらえないのは、つらいです」

 後付の理屈だったけれど、嘘はついていないつもりで陽湖は言い募った。笑われないか不安だったけれど、鮎美は神妙に頷いた。

「たしかに、濡らしてから交換できん時間が続くと、つらいなぁ」

 オムツを体験したことについて先輩である鮎美は東京での選挙応援中を思い出している。早めに済ませると尿意から解放されて楽になるものの濡れたオムツで過ごすことになるし、逆に我慢し続けると落ち着かない時間が続いて演説への集中力が落ちてしまう、一長一短だったけれど、後半戦は早めに済ませることが多かったので、蒸れたオムツで過ごす不快感は鮮明に覚えていた。

「私たちがお姉さんになったら、赤ちゃんのオムツは濡れてから、すぐに交換してあげようと思います」

「そやね。体験してみんと、わからんことあるよね」

 鐘留と違い、からかって笑うこと無く、むしろ同じ体験をしている者として連帯感を覚えたので、陽湖は思い切って頼んでみる。

「私のオムツ、交換してみてくれませんか? 私、また赤ちゃんになりますし」

「うん、ええよ」

 鮎美も陽湖も芹沢家に二人目が産まれるのは楽しみにしているので、赤ちゃんと母親ごっこをしてみる。布団に寝た陽湖のオムツへ鮎美が手をかける。両サイドを破いて、オムツを開くとオシッコの匂いが拡がり、陽湖は恥ずかしくて赤面したし、鮎美は丸見えになった陽湖の股間を見て性的興奮をしてしまった。

「お母さーん、エッチなこと考えないでください。お母さんは結婚してますよね?」

「ごめん、ごめん」

「不倫したら殺されるらしいですよ」

「けっこうマジに殺気がこもってた気ぃするわ、あれ」

 鮎美はティッシュの箱を取り、陽湖の股間を丁寧に拭いてみる。

「もうちょい、脚ひらいて」

「…はい……。えーん…えーん…お母さーん…寒いでちゅ…」

「あ、そやね。スッポンポンは寒いわな。気がつかんで、ごめんな」

 鮎美は暖房の温度をあげて陽湖の上半身に布団をかけた。

「…えーん…えーん…」

「他に……どうしたら、ええ?」

「いえ、これは、ただ泣いてるだけです。赤ちゃんとして」

 泣き顔からキリッと切り替えて真面目に答えてくれる。

「……けっこう、なりきるね。こんな毛の生えた赤ちゃん、おらんし。いっそ剃ってあげよか?」

「…えーん…お母さんがセクハラ発言します…えーん…」

「ごめん、ごめん。けど、うちは手術のとき剃られてたから、ほとんど毛が無かったけど、陽湖ちゃんは毛があるから、しっかり拭いておかんとあかんね」

「はい…お願いします…えーん…えーん…」

「よしよし、いい子やから、もう泣かんでええよ。よしよし。すぐキレイにしてあげるな」

 鮎美は興奮しないように努力しつつ陽湖の股間を拭いて新しいオムツを穿かせる。細くて華奢な陽湖の脚にオムツを通す作業は、鮎美の方がショーツを濡らしてしまいそうになる。

「ちょっと腰あげてな」

「はい。……これ、赤ちゃんだったら腰をあげてくれないですよね?」

 陽湖は腰をあげつつ問い、鮎美はオムツを穿かせつつ答える。

「そやね。どうするんやろ。あとで母さんに訊いてみよ」

「やっぱり体験してみると疑問点がわかりますね」

「ほな、ハイハイもしてみる?」

「してみます」

「……」

 するんかい! と鮎美は突っ込みそうになったけれど、陽湖が生真面目にハイハイを始めたので黙って見守る。陽湖は本当の赤ん坊を想像しながら、部屋の中を四つん這いで動き回る。

「ばぶ…ばぶ…あーい…」

「………」

 オムツ姿やし、なんか変なプレイしてる気ぃするけど、陽湖ちゃんはマジメにやってるし黙っておこ、と鮎美はSMプレイの一種な気がしたけれど、言わないことにした。

「赤ちゃんのオモチャでもあるとええけど……ティッシュの箱でもオモチャにする?」

「あーい♪」

 陽湖はティッシュ箱を渡されると笑顔で返事して、ティッシュを抜き始めた。無駄遣いをしてはいけないという規範を忘れたように、次々とティッシュを抜いて、その場に投げる。もったいないことをしているという意識はあったけれど、赤ちゃんなら仕方ないという楽しさがあった。

「きゃきゃ♪」

「……」

 そこまでなりきらんでも……、と鮎美は若干引きつつも、新たな提案をしてみる。

「お母さんのオッパイ吸う?」

 鮎美が自分のパジャマをはだけて乳首を見せると、陽湖がハイハイで近づいてくる。迷い無しに陽湖が唇で乳首を咥えようとするので、むしろ鮎美が逃げた。

「ちょ、ごめん。やっぱり無し。ちょっと不倫っぽいし」

「………。えーん! えーん! えーん!」

 陽湖が畳に寝転がって手足をジタバタとさせた。見事なまでに赤ん坊で、もらえるはずのオッパイを寸前で隠された反応だった。

「えーん! えーん! お腹ちゅいたよぉ! えーん!」

「……吸うても出んよ。しゃーないな、ほら」

 諦めて鮎美が乳首を出すと、食いついてきた。

「…はふ…はふ…」

「……」

 鮎美は母親役として、陽湖は赤ん坊役として、しばらく乳首と唇でお互いを感じた。陽湖の吸い方は、しっかりと赤ん坊の真似であり性行為でするような相手の性感を高めようとするものでなく穏やかな動きだったので鮎美も母親らしく陽湖の頭を撫でてみた。

「よしよし」

「はふ…はふ…」

 そのまま授乳ごっこを続けていると、玄次郎が起きて1階へ行く気配がしたので二人は離れた。

「そろそろやめよか」

「はい……ありがとうございました」

 夢から覚めたように陽湖が言って、恥ずかしそうに目をそらした。オムツの上から制服を着る。鮎美も出かける予定はなかったけれど、もう習慣になっているのと議員バッチが着いているので制服を着た。二人で階段を降りると、玄関に男性SPが2名いる。夕べ、外に立ってもらうのは気の毒なので玄関内に入ってもらい、一つ電気ストーブも置いていたのだった。その2名と挨拶していると、知念と男性SP3名が交替に来た。島内は安全という判断で人員は控え目になっている。

「知念はん、桧田川先生との関係は、どうなん? 円満?」

「ノーコメントっす」

「政治家の真似やね」

「政治家は記憶にございませんが、十八番っすよ」

 鮎美が知念と話しているうちに陽湖は朝食を作り始める。つわりが再び重くなったのか美恋は起きてこなかった。玄次郎と鮎美、陽湖の三人で朝食を食べた。食べ終えると陽湖が紅茶を淹れる。

「シスター鮎美、ダージリンとアッサム、どちらがよいですか?」

「うちは遠慮するわ。朝ご飯でコーヒー飲んだばっかりやし」

「オレも要らないよ」

 鮎美と玄次郎が飲まなかったので陽湖は一人で3杯の紅茶を飲んだ。鮎美は予定のない休暇になっていて、玄次郎も今日は土曜出勤を控えたので、のんびりとテレビをつける。ニュースが流れていた。

「岩手県を通る三陸自動車道の釜石両石インターから釜石北インターの間が、本日開通いたしました。関係者がテープカットを…」

「岩手県かぁ……遠いとこやなぁ…小沢先生がいたかなぁ…」

「何もないところだぞ。ジャジャ麺だったか、ジャジャウマ麺だったか、そんな辛くて美味い麺があったけど」

「父さん、行ったことあるん?」

「若い頃、自動車で日本一周したからな」

「自転車やなくて?」

「そんな疲れることやらない」

「父さんらしいわ」

 テレビが芹沢鮎美連続暗殺未遂事件の報道を始めたので、玄次郎がチャンネルを変えた。そのチャンネルは別の報道をしている。

「前原外務大臣の辞任を求める声が…」

「鮎美、見るか?」

「政治ニュースも今日はやめとくわ。もし辞任が決まったら、どのチャンネルでも字幕速報やるやろし」

「そうだな」

 さらにチャンネルを変えると料理番組だったので、それを三人で見ていたけれど、陽湖が落ちつきなく何度も座り直すので、鮎美にはトイレを我慢しているのだとわかった。このまま玄次郎と三人でいるときにオムツへ出すのはかわいそうだと思い、散歩に誘う。

「陽湖ちゃん、散歩でも行こ」

「あ、はい」

「じゃ、オレは裏で釣りしてるぞ」

「うん。ほな、お昼ご飯で、また集合ってことで」

 ずっと父親と過ごすような歳でもないので鮎美と陽湖は外に出て、あてもなく歩いた。

「……ハァ…」

 陽湖が漏らしそうな顔をしているので知念たちSPに言っておく。

「すいません。できるだけ離れて警護してもらえますか? 陽湖ちゃんと友達同士、いろいろ話したいんで」

「了解っす」

 島内は安全度が高いと判断しているので知念たちは声の聞こえない距離に離れてくれた。

「陽湖ちゃん、さっき無理して3杯も紅茶、飲むしやん」

「もったいないですし…ハァ…」

「今なら誰も近くに居ぃひんし、済ませてしまい」

「いえ、我慢できるうちは我慢します」

「……それ、変なタイミングで限界来るかもしれんよ」

「我慢して我慢して、ずっと我慢した後にするおもらしって、すごく気持ちいいですから」

「…………そう……かもしれんけど……まあ、気持ちいいけど、……わざわざ、せんでも…」

「ハァ…」

 熱い吐息を漏らしている陽湖と港に出ると、鷹姫が介式と待合所で缶紅茶を飲んでいた。介式は非番なので鷹姫と並んで座っている。

「鷹姫、連絡船で、どっか行く気なん?」

「はい、健一郎さんに誘われて剣道具を買いに市街へ行くつもりです」

「そっか……」

 それ誘った方は二人きりのつもりやったろうにね、と鮎美は介式の存在を気の毒に思ったけれど、何も言わずに自分も缶紅茶を買った。陽湖もビックサイズの缶コーヒーを買っている。

「陽湖ちゃん……まだ飲むん?」

「はい」

「……まあ……ええけど…」

 四人で缶に唇をつけていると、鷹姫の許婚である岡崎が私服で現れる。他に同じ中学生らしき女子も来た。白川という少女で、以前に島の風習である許婚選びのうじくらべで婿を選ばずにいた子だった。そして白川も私服姿で、島内で過ごすような平服ではなく寒いのに短めのフワリとしたスカートでコートも新品だったので、鮎美と陽湖の目には岡崎への好意が見て取れたけれど、鷹姫と介式には見えていない。岡崎が鷹姫に謝る。

「鷹さん、お待たせしました」

「いえ、私たちが早く来ただけですから」

「……。介式先生もついてこられるのですか?」

 岡崎も何度か介式に朝稽古などをつけてもらっていたので先生という敬称をもちいたけれど、その問いには遠回しに鷹姫と二人で出かけるつもりだったのに、というニュアンスが含まれていた。そういう空気をまったく読まずに介式は答える。

「そのつもりだ」

「……そうですか…。芹沢先生と月谷先輩も?」

「ううん、うちらは、たまたま、ここで休憩してるだけよ」

「…ハァ…」

 もう陽湖は我慢することに集中していて、あまり周囲の声が聞こえていない。なのに缶コーヒーを飲み干している。岡崎は白川を指して鷹姫に問う。

「鷹さん、こいつも勝手についてきたんですけど、つれて行っていいですか?」

「はい、どうぞ」

 もともとデートだとは思っていない鷹姫は即答した。

「すいません、鷹さん……」

「ありがとうございます…宮本先輩…」

 白川が遠慮がちながら、探るように鷹姫へ視線をやると、鷹姫はまったく別のことを意識していた。

「白川は剣道より弓道が得意でしたね。弓道具もそろっているお店ですから、ついてきて損はないと思います」

「は…はい…どうも…」

 邪魔者扱いされたり、一睨みくらいされるかと覚悟していた白川は拍子抜けした。鷹姫はただの同行者としか思っていないけれど、鮎美には手に取るように白川の気持ちが読めた。そして、ほぼ確信しているけれど、あえて質問してみる。

「白川はんって何年生やったっけ?」

「健ちゃんと同じ2年です。もうすぐ3年生の」

「来年、受験やね。頑張ってな」

「はい、ありがとうございます」

「ハァ…ぅぅっ…」

「月谷先輩、大丈夫ですか? 顔が赤いですけど熱でもあるんじゃ?」

 おもらし寸前の陽湖は赤い顔をしてプルプルと震え、しっかりと両膝を合わせて座っている。どう見ても様子が変だった。鮎美がフォローしておく。

「そ、そうかな、大丈夫やと思うよ。うちら散歩を続けるわ。陽湖ちゃん、行くよ。立てる?」

「そっとなら…」

「ほな、あっちの突堤でも見に行こ」

 鮎美は立たせた陽湖を連れて突堤まで歩く。そのうちに連絡船が定刻になってエンジンをかけたので鷹姫たちは乗り込んでいる。それに手を振ってから、鮎美は陽湖の背中を撫でた。

「陽湖ちゃん、もう済ませてしまい。あんまり無理に我慢すると身体に毒よ」

「…ハァ…ぁああっ…もう…ハァ…漏れそう……」

「せやから、してしまいよ。オムツにするのがイヤやったら、もうトイレに行ってもええよ?」

「いえ……このまま…ハァ…ハァ…うくっ…」

 陽湖が前屈みになって両手で股間を押さえて我慢する。突堤の周辺は人目がない。SPたちも遠慮して突堤の船着き場付近にいてくれるので、ほぼ二人きりだった。

「ああっ…ハァ…あああっ! くっああ!」

「病気になるよ……」

「…も…ダメ……ハァ…」

 陽湖がプルプルと震えた。両手で股間を押さえるのをやめ、無意識に赤ん坊が仰向きに寝かされているときにするような肘を曲げ、少し腋を開いて、手を握るポーズになり、脚も閉じているとオムツの吸収体の吸収を妨げて横漏れしてしまうので、肩幅に開いて、おもらしの最終段階に入った。

「ふぁぁあああぁぁっ…」

 貯まりに貯まった膀胱が一気に解放される快感に酔いしれ、陽湖は前屈みだったのでヨダレも地面に零した。制服の中のオムツが大きく膨らみ、重くなる。

「ハァ…ハァ……ああ…気持ちよかったぁ…」

 うっとりと陽湖がつぶやいた。まるで性的な絶頂を迎えた後のような顔で、鮎美の目にはエロティックに見えた。ただ、その原因が尿失禁だと思うと、いくら可愛らしい同性でも引く要素が強い。おもらしをして興奮しているのだとすると、かなり引く。そして、大きな疑問に感じたので問う。

「……陽湖ちゃん。……こういうことして宗教的に、大丈夫なん?」

「え? …ハァ……問題ないですよ。旧約聖書にも新約聖書にも、おもらしするな、とは書いてませんし」

「そ…そんなら、ええのかな…」

 寒くなったので二人は家に戻る。たっぷりと濡らしたオムツはかなり重いので、そのまま歩くと、だんだんとズリ落ちてしまう。その生温かい膨らんだ部分を陽湖は器用に股間で挟み込みながら歩いている。恥ずかしそうに頬を赤らめているのに、どこか嬉しそうな顔だった。帰宅するとSPは玄関内までしかついてこないので、陽湖は自室に入ってオムツを交換すると、台所に立った。

「お昼ご飯、オムライスでいいですか?」

「うん、手伝うわ。……しっかり手を洗ってから、料理しよなぁ、うちら外から帰ってきたし」

 手を洗ってから二人で料理をして4人分を作った。お昼時になり玄次郎が釣りから戻り、釣ったばかりの魚も焼き魚にした。また美恋は、つわりのために起きてこられず水分だけは摂らせて3人で昼食を食べる。玄次郎は美恋の体調そのものには問題が無いことを確認すると瓶ビールを開けた。

「父さん、昼から呑むん?」

「フフ、これこそ休暇だ」

「まあ、島には車も無いし、この時間から本土に渡っても、すぐ帰らんならんし呑んでも問題ないかぁ」

「お前も再来年には呑めるぞ」

「なるべく、やめておくわ。お酒の席でトラブルが起こること、多いし」

「それも賢い選択かもな。けど、人間に楽しみは必要だぞ。とくに月谷さんは戒律を守ってばかりで精神的に鬱屈が貯まるだろう」

「いえ、そんなことはありません」

「本人は意識してなくても無意識に貯まるものだ」

「「………」」

 昼食が終わると、また玄次郎は釣りに出た。陽湖はトイレで大便を済ませると、アッサムティーとダージリンのミルクティーを作りながら鮎美に言う。

「今から、いっしょにおもらしするまで我慢してみませんか?」

「……そんな……新しい遊びを見つけたから、友達としよう、みたいなノリで言われても……うちは選挙中に、さんざんやったし」

「それは限界まで我慢してじゃないですよね。済ませる感じで終わらせるんじゃなくて本当の限界の限界まで我慢してからする、おもらし最高ですよ」

「……え~……」

「やってみましょうよ」

 陽湖が新しいオムツと紅茶を目前に置いてくれるけれど、穿く気にはなれない。紅茶だけ啜った。陽湖の気をそらそうと、関係あるようで関係ない話をふる。

「鷹姫から聴いた話なんやけどな。オシッコと縁のある戦国武将がいはってん」

「おかわり、どうですか?」

「あくまで、うちにおもらしさせる気やね……はぁ…」

 タメ息をつきつつ、諦めて紅茶を飲んだ。

「竹中半兵衛って知ってる?」

「いえ、知りません」

「さすがに豊臣秀吉は知ってるやんな?」

「それは、もちろん」

「ま、キリスト教弾圧し始めた人やし、当然やわな。その秀吉の軍師、いわば作戦係やった人なんやけどね。最初から秀吉に仕えてたわけやのうて、当初は美濃、今の岐阜県で斉藤氏に仕えてたんやけど、このとき内部の派閥抗争で城の上から他の武将にオシッコかけられてバカにされはってん。そやけど、後日、わずかな兵を率いて見事な作戦で城を取って、オシッコかけた武将を討ち取りはってん」

「それはまた、あまりカッコいい歴史ではないですね」

「そやね。さらに別のとき、半兵衛が息子へ戦争の話をしてるとき、オシッコに行きたくなった息子は立ち上がったんやけど、どこへ行く、と半兵衛は問うて息子が、オシッコです、言うたら、武士は戦争の話に夢中になってオシッコに行くのを忘れて漏らす方が名誉や、って言わはったらしいわ。二つもオシッコに関わる話が残ってる武将は少ないらしいよ」

「それ……その後、その息子さんは結局、漏らすまで話を聞かされたんでしょうか?」

「………どやろ?」

「漏らしたら漏らしたで、かなり父親を憎んだ気がします」

「たしかに……信玄が父親を追い出したみたいになるかも…」

「その半兵衛さんは最期、どうなったんですか?」

「けっこう若いうちに病死しはったよ」

「息子さんによる毒殺かもしれませんよ」

「毒殺説かぁ……新しい見解かも。オシッコかけられて怒って相手を殺した人が、息子にオシッコの恨みで殺される……シュールやなぁ…」

 そう言いつつ鮎美はトイレに行こうとしたけれど、その進路上に陽湖が笑顔で立った。

「どこへ行くんですか?」

「……オシッコ、したいんやけど」

「ダメです。いっしょに、おもらししてください」

「え~………陽湖ちゃん、一週間、会わんうちに性格変わってない? こんな性格やった?」

「この一週間、さんざんシスター鐘留にイジメられたんですよ。シスター鮎美が私にだけオムツ着けて過ごせって命令して東京に行くから。放置された私、大変だったんです」

「うっ……」

 鮎美は無自覚に陽湖へ過酷な放置プレイを強いていたことに気づいた。しかも単なる放置でなく、鐘留という小悪魔が憑いている。

「カネちゃんは、けっこうイジってきた?」

「もうさんざんに! やっとオムツに慣れましたけど、最初の二日三日は気が狂うかと思いました!」

「カネちゃん……ええ性格してるもんなぁ……。一週間、ご苦労さんやね、ごめんな」

「おかげで私は毎晩、変な夢をみてオネショしましたよ。我慢したまま寝付くから、すごく落ち着かないですし」

「どんな夢をみたん?」

「津波に掠われる感じです。大きな大きな津波が来て、お尻が温かくなって目が覚めると漏らしてます」

「あ~…なるほど……うちもカテーテル突っ込まれてるときは、人に言えんような夢、見たわ」

「どんな夢を見たんですか?」

「せやから、人に言えんような夢やって」

「誓って他言しませんから教えてください。私は告白したじゃないですか」

「う~ん……刺されて入院してたときの前半と後半で、変わるんやけどなぁ……うち手足を拘束されて、オシッコの穴には管を突っ込まれてたやん。おかげで大津田の顔は、少しも覚えてないものの、黒い顔の犯人に手足を縛られて刺されたり、アソコに色々されたりする嫌ぁぁな夢よ」

「それは、さぞかし……、後半は?」

「後半は桧田川先生も優しいし、安心感もあって、ええ夢になったよ」

「どんな夢に?」

「………」

 鮎美が少し恥ずかしそうにするので陽湖は余計に気になる。

「どんな夢なんですか? 教えてくださいよ」

「うち、手足を縛られてるのに、詩織はんにキスされたりしたから、その後からは、詩織はんが、うちの身体にいろいろしてくる夢よ。まあ、これは正夢になったね。おまけに毎日、桧田川先生がお尻の穴に指を入れてくるわけやし、それが夢にも出てきて、桧田川先生と詩織はんから、うちが縛られてる状況で、めっちゃいろいろされる夢よ。詳しくは、聴いてる人の宗教的理由により、伏せさせていただきます」

「……ご配慮、どうも…」

「あと、前半と後半が混ざったような変な夢で、手足を縛られてる状態で詩織はんが、うちにキスしながら刺してくる、なんて夢まで見たわ。ベッドの上で、やることないし、うたた寝が多かった分、いろいろな夢を見たわ」

 そう言いつつ、いよいよ尿意が強くなってきた鮎美は陽湖をかわしてトイレに行こうとしたけれど、しっかりと捕まえられた。同性に抱きつかれるのは嬉しいけれど、今の場合は下腹部がつらい。

「逃がしません」

「はぁぁ……わかったよ、オムツ穿くわ」

 諦めた鮎美がオムツに手を伸ばすと、それも止められる。

「シスター鮎美、オムツに済ませて解放される気ですね。ダメですよ、もっとギリギリ限界まで我慢してみてください」

「え~……そわそわするやん」

「それが楽しいんですよ」

「……その趣味は、ちょっと……」

「コーヒーと紅茶、どちらがいいですか?」

「…………ミルクティー、甘さ控え目で」

「はい♪」

「宗教勧誘してた強引さが、変に発揮されてるなぁ……」

 鮎美は居間の畳に座って、淹れてもらったミルクティーを飲む。

「はぁ……オシッコしたいのに追加で飲むとか、したことないわ………う~…く~…」

「このドンドン限界が近づいてくる感じ、ドキドキして素敵ですよね」

 陽湖も尿意が高まってきたようで頬を赤らめている。さらに2杯、二人とも飲むと、頭と下腹部が痺れるような尿意に襲われた。座っていられず鮎美も陽湖も畳へ横になって丸くなる。

「ハァ…ハァ…そろそろオムツ着けてええ? もう漏れそうやわ」

「まだダメですよ。どうせ、着けた途端に出す気ですよね。ハァ…ああ、この感じ…最高です…」

「うぅ……陽湖ちゃんだけオムツしてるのズルいやん。うちは漏らしたら、ホンマのおもらしになるんよ。ハァ…くぅ~…」

「もう限界ですか?」

「うくっ…見たらわかるやん……ハァ…ハァ…今にも漏らしそうよ…」

 もう両手で股間を押さえていないと溢れてきそうだった。

「シスター鮎美、話題を変えるので我慢を続けてください。前原さんは辞任されると思いますか? ハァ…」

「ハァ…くっ…外国人からの献金が大臣に…ハァ…辞めたらええねん。…くっ…うくぅぅ…漏れる漏れる! お願いよ、オムツ取って!」

「議員は政治の話に夢中になって漏らす方が名誉かもしれませんよ。ハァ…」

「ハァハァ…ぁあぁ…ハァ…」

 もう鮎美は膀胱が痛くなってきたので手で押さえるのをやめた。つらいというより痛い。膀胱と尿道が痛くて、刺されて救急搬送された直後、尿路結石で苦しんでいた男性のことを思い出した。このままでは自分も、あんな風に脂汗を流して絶叫してしまうかもしれない。絶叫すれば玄関口にいるSPたちが心配して入ってくる。そうなると、陽湖と二人でオシッコを我慢して遊んでいたという恥ずかしすぎる状態を説明しなくてはならなくなる。説明しなければ、鮎美と陽湖が畳へ横になり、丸くなってハァハァと息を乱している様子は、再び紅茶や昼食に毒物でも入れられたのか、という判断をされて救急車を呼ばれる。それは晒し者過ぎて地獄だった。もう鮎美は手を離して、このまま下着と畳を濡らしてしまう覚悟をしたけれど、陽湖がサッと手を伸ばして鮎美の股間を押さえてきた。

「ひゃう?! ちょ、どこ、触ってんのよ…」

「私は淫らな気持ちで触ってるわけじゃないですから問題ないです。今、このまましちゃう気でしたよね?」

「ハァハァ…もう、おもらしでも何でもええから、させて…ハァハァ…膀胱はじけそう」

 喋ってるだけで、つらくてヨダレを垂らしてしまった。そのヨダレを拭く余裕もない。もう出してしまいたいのに、陽湖の指先が強制的に我慢を強いてくる。膀胱が悲鳴をあげ、鮎美の両膝がプルプルと震えた。

「ハァひ…ハァひっ…」

「そうそう、こういう風に最後はパンパンに膀胱が膨らんできますよね」

 陽湖が右手で鮎美の股間を押さえながら、左手で鮎美の下腹部を押さえてくるので、鮎美は悶えるほどの尿意に襲われた。

「ああぁああぁ……させて…オシッコ出させて…」

「もう限界ですか?」

「限界の限界よ。ハァハァ…押さえられてるから漏れんだけで…ハァハァ…」

 喘いで畳へヨダレを零してしまった。

「では、手を離しますから急いでオムツを穿いてください。ハァ…」

「ハァハァ…」

 鮎美が頷き、陽湖は手を離してオムツを取って渡してくれる。

「ハァハァ! ぅっ、ハァハァ!」

 もうショーツを脱いでいると漏らしてしまうのがわかるのでショーツの上からオムツを穿こうと両足首を通したのに、陽湖がオムツを引っ張って邪魔してくる。

「ちょっ、何すっ…ぅうう! 離して! 漏れる! うくぅ!」

「そのままではパンツが濡れますよ? まずはパンツを脱いでから」

「もうそんな時間が…ぐくくう…うあわ! あっ、アッ…あっ……あはぁぁぁぁ…」

 今まで経験したことのないような勢いで小水が噴き出てきて、もう止められない。オムツを穿こうとした中途半端な姿勢のまま鮎美は盛大に失禁してしまった。ショーツと靴下、畳が濡れた。

「ハァ…ハァ…ぐすっ…結局、漏らしたやん!! 陽湖ちゃんのアホ!」

「この島の山頂で、私も似たような目に遭いましたし、おあいこということで」

「ううっ……やっぱり、恨んでたんやね……」

「雑巾を取ってきます。ハァ…ぅうっ…」

 まだ陽湖は我慢したままバケツと雑巾を持ってきて鮎美が漏らした痕を拭いた。鮎美は長い我慢から解放されて、ぐったりとノーパンで横になった。

「…ハァ……しんどかった……ハァ……」

「けど、おもらししてるとき、すっごく気持ちよくて、今の解放感もいいですよね? ハァ…ぅぅ…」

「……ハァ……うちは、普通のエッチの方がええわ…」

 たしかに快感と解放感は覚えたけれど、詩織の舌に愛してもらう感覚に比べると劣ったし、今も変な余韻が下腹部に残っている。いっそ電マを使いたいようなざわつきがあった。

「ハァ…私も、そろそろ限界です…ハァ…」

 うっとりと陽湖が自分の下腹部を撫でている。

「陽湖ちゃん、くすぐったろか? それとも、お腹グイグイ押してあげよか?」

「やめてください。そんなことされたら、すぐに漏らしてしまいます。もっともっとギリギリまで我慢したいので、お茶をいただけますか? もう立てないので」

「はいはい」

 鮎美は居間から台所へ行きつつ、つぶやく。

「変な趣味に目覚めさせたの……うちのせいちゃうよね…」

 若干の責任を感じつつ、お茶を淹れて陽湖に出した。それを飲んでから、さらに30分も悶えた陽湖はオムツを濡らして大きく喘いだ。

「あっはぁぁああぁんっ! 陽湖オチッコ漏らしちゃうぅんぅぅ!」

「………」

 見てる分には可愛い顔やけど、オシッコ漏らしてのアヘ顔かと思うと、かわいそうな趣味に目覚めさせたかも、しかも一人称を自分の名前にするとか痛いわぁ、ちゃんとお嫁に行けるかな、と鮎美は心配しつつ日本茶を啜った。陽湖のおもらしはオムツ内だったので畳に被害は無く、日が暮れて玄次郎が帰ってくる頃には二人とも何事もなかったように痕跡を消した。また二人で食事の用意をしていると、やっと美恋が降りてきた。

「ごめんなさい、一日なにもせず……せっかくアユちゃんが帰ってきてるのに…」

「気にせんでええよ。妊婦さんは座ってて」

「お母さん、サトイモの煮物とカレイの煮付けですけれど、食べられそうですか?」

「ありがとう。半分くらい、いただくわ」

「母さんの分のオムライスも残ってるけど、どうする?」

「それは悪いけど、誰か食べてくれない?」

「ほな、うちと陽湖ちゃんで半分ずつするわ。ええよね?」

「はい」

 一食だけだったけれど、美恋もそろっての団欒となり入浴後に陽湖はオムツを着けてから鏡を見て言った。

「今夜でオムツも最後………また、着けてみようかな……」

 名残惜しくなっていた。

 

 

 

 翌3月6日の日曜朝、オネショで濡らしたオムツを脱いだ陽湖は匂いが残っていると嫌なのでシャワーを浴びさせてもらってからショーツを身につけ、ブラジャーも秘書補佐としての給料で買った新品を着けると、制服を着て一人で家を出た。始発の連絡船で日曜礼拝に参加する。連絡船を降りてバスに揺られつつ一人言を漏らす。

「やっぱり普通の下着が一番………オムツがいいとか……私、どうかしてたみたい…」

 学園前のバス停で降りて、校内に入ると礼拝が始まる前に女子トイレへ入った。シャワーを浴びたときにも排泄しておいたので、ほとんど出なかったけれど、念のために便座で息むと少量の小水と大便が出た。お尻を拭いてショーツをあげる。

「ああ、すっきり」

 女子トイレを出たところで屋城に会ったのでドキリとする。

「っ…」

「おはようございます、シスター陽湖」

「ぉ、おはようございます! ブラザー愛也!」

 やや大きな声を出してしまったけれど、ごく普通に挨拶できた。

「シスター美恋の具合は、どうですか?」

「はい、やっぱり、つわりが重くて昨日も夕方になって少し起きられただけでしたから今朝も在宅礼拝としました。来週こそ、参加できるとよいのですけれど」

「無理をすることはありません。お身体とお子を大切にするよう伝えておいてください」

「はい!」

 返事をした陽湖は思い切って言ってみる。

「あ、あの! ブラザー愛也は四月……お花見をされませんか? わ…私と、いっしょに」

 季節の行事は、その多くが節分七夕など他の宗教的意味合いや伝承に基づくとして避けているけれど、お花見は避ける対象になっていなかった。何よりデートに誘いたかったし、口実としては桜に感謝したいくらいのタイミングだった。

「………お花見ですか…」

「ダメ……なら……。ブラザー愛也の…ご都合は?」

「ご存じの通り、私は日曜日は忙しい身です。けれど、月曜日なら……。とはいえ、シスター陽湖のお仕事は平日でしたね」

「ぁ、いえ! まだ時給制なんです! だから、都合をつけられると思います!」

「それなら、お花見もいいですね」

「は、はい! ぜひ!」

 舞い上がるような気持ちで礼拝を終え、またバスに乗って港へ戻ると連絡船で島に渡り、芹沢家で鮎美が朝食を作っているのを手伝った。玄次郎も起きてくる。

「よぉ、鮎美、今日は、どうする?」

「ノープランよ。修学旅行も持っていくもん、めちゃ少ないし。そもそも参加自体、寸前まで迷うし」

「修学旅行のしおり、オレも見たけど、所持品がパスポートと聖書、下着の替え、常備薬だけだったな。どういう旅行なんだ?」

「なんか宗教的理由らしいよ。あとは飛行機に積める重量の問題なんかも」

「にしても、ケータイも現金、カードも持ってくるなとは徹底してるな。イスラエルって飯が不味かったりするかもしれんぞ」

「噂によると、ご飯も断食があったりするみたいやわ。それってイスラームの習慣ちゃうの、って思うけど、まあ、もとはアブラハムの宗教やしね。ユダヤ教もそやし。陽湖ちゃんは生徒会長なんやし、何か知らん?」

「いえ、修学旅行の内容は毎年、秘匿されています。経験した3年生が帰国直後に卒業式を迎えるので後輩に伝わることもなく」

「……洗脳でもするんちゃうか…」

「そんなことはないですけれど、毎年数人が修学旅行がキッカケで神の導きに気づかれます」

「チャクラを開いて空中浮遊する、とか言わんといてな」

 鮎美のネタ振りに玄次郎が反応する。

「尊師、元気にしてるかなぁ……オレ、あいつの歌のセンス好きだったんだよなぁ。わぁたぁしはぁ♪ やってないー、潔ぇ白ぅだぁ♪ とかさ」

「「………」」

「そそそっそそ尊師ぃ♪ そそそっそそ尊師ぃ♪ って歌、おもしろかった。今でもネットで検索すると見られるし。新作発表とか、獄中からしてほしいくらいだ。わぁたぁしはぁ♪ 死なぁーないぃ♪ 死刑ぃでもぉ♪ 何度もぉ蘇るぅ♪ グルこそ救世主ぅ♪ ハルマゲドンぅ♪ とかさ」

「アホなこと言わんとき、あのサリン事件で何人も亡くなってはるんよ。はよう死刑にしたらええねん。それこそ最終解脱やん。エサ代がもったいないわ」

「………あの……どうして、いつも宗教の話になると、だいたいオウム真理教の話へもっていくんですか?」

「「……」」

 鮎美と玄次郎が同時に考え込む。

「ま、インパクトありすぎやったし」

「それだな」

「神の導きと、そういった話を、いっしょにしないでほしいです」

 遅い朝食が終わると、美恋が起きてきたので陽湖は食べられそうな物を訊いて、煮素麺を作った。どこにも出かける予定が無く、雨も降ってきたので釣りもできず、昼食の話題になる。

「母さん、お昼は何が食べたい?」

「今、陽湖ちゃんが作ってくれた煮素麺で十分だから、私は夜まで要らないわ」

「ほな、どうしよ。父さん、リクエストは?」

「鮎美の食べたいものでいいぞ」

「陽湖ちゃんは?」

「私もシスター鮎美が食べたいものでいいですよ」

「うちのターンなんやね………う~ん……やっぱり、お好み焼きかな。小さく焼けば母さんも食べる気になるかもしれんし」

「ありがとう。なら、私が作るわ」

「ええよ、母さん、うちが作るし」

「たまには台所に立っておきたいの。寝てばかりも身体に悪いから」

「ほな、いっしょに作ろ。陽湖ちゃんは休んでいよ。いつも、おおきにな」

 鮎美と美恋が母娘二人で昼食を作ることになり、とくに急ぐわけではないので、のんびりとした準備になった。冷凍していた豚肉を解凍し、キャベツを切って生地を作る。玄次郎が大きな鉄板をテーブルに置いた。朝食が遅かったので昼食も遅めに焼き始める。焼いているとき旅番組を流していたテレビが字幕速報を映した。政治ニュースだったので鮎美が反応する。

「前原外務大臣が辞任……いよいよ鳩山政権も……」

「そうか。オレは前原が総理大臣になるのが、いいかと思ってたのにな……これで、あとは野田か……細野か……来月にも野田政権かもな」

 玄次郎は中年男性らしく鮎美が当選する前から、政治に少しは興味をもっていたので次期総理を予想している。現役で国会議員の鮎美は会ったこともあり、電話で話したこともある鳩山を思い出し、父の見解を否定的に見る。

「まだ、気が早いよ。鳩山総理、いよいよ追いつめられてから、まだ粘りはると思うわ。いうてもカイワレ大臣やしね。一発逆転を狙いはるんちゃうかな」

「この状況で一発逆転かぁ……お前を大臣にでもするか?」

「…はは、それは無いて。アホすぎるわ」

 実は有った話を鮎美は父親にも気づかせない演技で切り捨てた。娘に否定されても玄次郎は幾分か本気で考えている。

「だよな。けど、案外、赤ちゃん手当て大臣とか、マイノリティー大臣にすれば5%くらい支持率回復を狙えるだろう」

「シスター鮎美が入閣すれば20%はあがると思います」

「ほんで、何の成果も出せず数ヶ月後には内閣は空中分解ってとこやろね」

「そうなるだろうな。鮎美は使い捨てにされる」 

「あ、焦げますよ」

 陽湖がお好み焼きを裏返そうとして失敗し、空中分解させた。

「す…すみません…」

「焦げそうに見えて、まだ火が通ってないんよ」

 鮎美が手慣れたコテ使いで分解したお好み焼きを上手に修復していく。

「お好み焼きも人間も、できあがるのに、それなりの時間はかかるよ。うちが大臣なんて文字通り10年早いわ」

「それでも28歳だからな。けど、こいつは9歳になるか」

 そっと玄次郎が美恋の下腹部を撫でた。焼き上がったお好み焼きを4人で食べて、生地もキャベツも余ったので夕食もお好み焼きという大阪出身らしい献立になった。そう広くはない家から出ない一日はゆっくりと過ぎ去り、静江や詩織からの連絡も無かった。鮎美が風呂の準備を始めたので、陽湖は食事の後を片付ける。珍しく三食を食べることができた美恋はソファに座って下腹部を撫でている。玄次郎も妻の子宮に向かって声をかける。

「男だったら、立派な建築士にしてやろう」

「あらあら、今から勝手に進路を決めてしまうのね」

 風呂にお湯を入れてきた鮎美も母親の下腹部に触れながら言う。

「うちが姉ちゃんよ。聞こえてる? めったに帰ってこんし、うちの声を聞いたん初めてくらいちゃう? もう耳、聞こえてる?」

「…………」

 皿を拭いていた陽湖は振り返って鮎美たちの様子を見た。両親と娘、そして新しい命、見ていて微笑ましい光景なのに、陽湖は胸の奥が疼いて、心がざわつき、オシッコを漏らしたくなった。それほど、貯まっていたわけでもないのに、そして居間で微笑ましく寛いでいる一家がいるのに、台所にいる自分がおもらしをしたら、どうなるのかな、という意味不明な思考が湧いてきて、気がつけば力を抜いて、おもらしをしていた。

 ショーー…

 あまり勢いのないおもらしだったけれど、夕食の後なので、それなりに貯まっていて陽湖の足元に30センチほどの水たまりができていく。ショーツの股間が温かく濡れて気持ちいい。内腿やふくらはぎ、靴下も濡れてしまった。

「…ハァ……しちゃった……」

「……陽湖ちゃん?」

 居間にいる鮎美が、こちらを見て気づいた。

「ちょっ?! あんた、何してんの?! そんなとこで、おもらしして…」

 驚いて批判的な声をあげた鮎美の唇を美恋が人指し指で押さえた。そして立ち上がると陽湖の方に歩いてくる。陽湖は叱られる気がして、お尻に痛みを覚えた。幼い頃、何度も実の両親にイチジクの枝で叩かれた臀部が疼く。陽湖の脳裏に言い訳が浮かぶ、トイレに行くつもりが間に合わなくて急に漏れてしまった、これはオシッコじゃなくてお茶をこぼしただけです、そんな嘘が思い浮かんだけれど、陽湖は正直に言った。

「…お…おもらしを……したくて、しました……ごめんなさい」

「そう。あなたは本当に、いい子ね」

 美恋は優しく微笑むと陽湖を抱いた。

「………叱らないの?」

「謝るのは私の方、あなたのことを忘れているわけじゃないのよ。いっしょに、お風呂へ入りましょう」

「…ぅぅっ…ぐすっ…」

 泣けてきた陽湖と美恋が浴室へ行く。途中で美恋は目くばせして、鮎美へ床を片付けておくよう伝えてきたので、雑巾で拭き、陽湖がしていた食器の片付けも受け持つ。やってみると、風呂の準備より手間が多くて、最初から手伝ってあげればよかったと想った。風呂から揚がってきた美恋と陽湖は、すぐに2階へあがり、美恋は陽湖を寝かしつけている気配だったので、鮎美と玄次郎はそれぞれに入浴した。鮎美が小さな音でテレビニュースを見ていると、美恋が降りてきた。

「鮎美、少し話があるの」

「うん」

 鮎美はテレビを消し、玄次郎は2階へあがった。

「さっきのこと、からかったり笑ったりしてはダメよ」

「そんなことせんよ………けど、むしろ、病院に行かせた方がええかも」

「それも必要ないわ。あれは自然なことなの」

「……自然て……」

「母親が妊娠するとね、上の子は淋しくて、イタズラしたり、おもらししたりして、気を引こうとするのよ」

「そういうのは聴いたことあるけど…」

 高校の家庭科と、静江から教え込まれた大学課程の心理学で、それなりに知ってはいたけれど、違和感は大きい。

「けど、そういうのって小学校低学年くらいまでで、陽湖ちゃんは高校生やん。やっぱり病院に行かせた方がええよ」

「あの子はたぶん幼い頃から、ほとんど親に甘えずに育ったのよ。その反動と、どうしても私たちとは本当の血縁が無いから、鮎美が帰ってきて余計に意識してしまって、とても淋しかったのだと思うわ。あんまり繰り返して、おもらしするようなら対処を考えないといけないけど、しばらくは、そっとしておいてあげて。絶対に笑ったり、からかったりしないこと。病院に行けと言うのも、叱ったり、汚いと言うのもダメよ。いい?」

「はい」

 返事をした鮎美も眠るために立った。

「………母さん……いろいろ優しい人やね」

「あなたも…」

 母親になればわかるわ、と言いかけて美恋は言葉を飲み込んだ。もう娘が左手の薬指にしている同性との結婚指輪については、何も触れないと決めたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る