第44話 2月18日 お願い、都知事選の結果
翌2月18日金曜夜、鮎美はテレビ局で都知事選投票日前、最後のテレビ出演となる畑母神とともにスタジオで外国人エコノミストと討論していた。通訳を介して専門的な経済用語を使ってくるので、言われていることの半分が理解できない。押され気味になる前に鮎美は反撃する。
「わざと18歳の、うちに理解できん言葉を選んではりますよね。経済の理論的な話については加賀田知事とやってください。何より、経済学は発展したように見えて、結局のところ現在の富の集中と、非道な格差を解消することはできてません。何一つ手を打たんより、ずっと良いと考えます。経済という言葉の語源は経世済民、世をおさめ、民をすくう、これができての経済です」
鮎美が言ったことも翻訳するとなると難しいので時間を要して反論が返ってくる。
「簡単な言葉を使えば、君たちのプランでは通貨価値が落ちすぎたとき、産油国や資源国が極端に有利となる。文明を築いてきた功績が軽視され、社会は自堕落な者たちの楽園となるだろう」
「それは欧米の白人さんから見たとき、そう見える一面があるにすぎんですよ。資源国に対しても、たいてい欧米の企業は自分らがガッチリ優位な契約を結ばさせますやん。採掘や加工技術を隠して。しかも、いよいよトラブルになったときは裁判所管轄の条項を適応して、自分らに有利な自国の裁判所で戦えるようにする。治外法権を押しつける構造は幕末から、いっしょですやん。うちらアジアの漢字文化圏では経済は経世済民、せやけど、エコノミーの語源は、ギリシャ語かラテン語の家政術ですよね。家を管理する、こっちの言葉で言えば家訓や。そこに世界はない。世間もない。うちうちのことだけ、自分の家のことだけ、そういう出発点がエコノミーやと理解すると、先進国と最貧国の差が開くのも、先進国の中でさえ、世帯所得に格差ができるのも、よう理解できます。数式や法則で誤魔化す前に、そこで起こってることを見たら、高校生にもわかるような卑怯なやり方が、法律という屁理屈をつけまくって正当に見せられてるだけですやん。資源国や産油国が極端に有利になるほど、各国の蔵相と中央銀行はアホちゃいますから通貨価値が落ちすぎることは無いでしょう。何より、うちは働く人に有利になってほしい。なんぼ資源があっても、それを掘り出す人、加工する人、そういう人の手の働きがあって、なんぼのことです。自堕落な者の楽園と言いますが、不安定な雇用で働く人に助成金を出すような制度なら、ベーシック・インカムのように、ただもらえるというわけやないので各国も採用しやすいでしょう」
関西人らしい喋り出したら止まらないトークで鮎美は押し勝ったし、最後に気になったので問う。
「うちとの討論のために来日してくれはったらしいですけど、お国はリヒテンシュタインですよね。あちらで連合インフレ税の評判はどうですか?」
「良くはない。愚かな政策だと言われている」
「でしょうね。リヒテンシュタインはタックスヘブンですもん。ふざけるな、というのが本音やと思います。けど、うちらからしたらタックスヘブンの存在そのものがふざけるな、ですから。正直、このタイミングでの討論、タックスヘブンからの回し者かと思ってしまいますわ。どうです、ちゃいますか?」
「まったく、無礼な小娘だ。日本の女性とは、もっと美しくて可愛らしいものだと聴いていた」
「日本の女の中でも、大阪の女は別格です。商人の中で堺と琵琶の商人がちゃうようにね。それにイメージはイメージですよ。インド人全員がカレー好きなわけやない。ついでに言えば、うちもイギリス人もカレー食べますし、紅茶も好きですけど、文明を築いてきた功績とやらに食文化への功績が含まれるなら、日本もイギリスも相当、インドに支払わなあかんもんがある思いますよ」
番組が終わり、候補者であるはずの畑母神よりも目立ってしまったことは少し後悔した。テレビ局の玄関で畑母神と別れるとき、言ってくれる。
「明日が最後の戦いだ。よろしく頼む」
「はい、きっと勝ちましょう。閣下」
「組長にはかなわんよ」
投票日まで、あと2日となった。
翌2月19日土曜の朝、島の自宅で玄次郎は目を覚ました。つわりで呻いていた妻は静かに眠っているので起こさないよう一階へおりる。すでに陽湖が朝食の準備を始めてくれていた。
「おはよう。ありがとう」
「おはようございます」
陽湖は制服を着ているので出勤予定らしかった。
「今日の予定は?」
「セクハラ写真訴訟の資料をまとめるため、支部に5時まで。お父さんはお休みですか?」
「いや、オレも出勤する」
「土曜なのに。今まで土曜に仕事があったこと少ないですよね?」
「うむ、二人目が産まれるからな。稼がないと」
「フフ、いいお父さんですね。うちの父はあまり稼いでくれませんでしたから、ちょっと羨ましいです」
「お仕事は何を?」
「新聞配達と代行運転のかけもちです」
「……。お母さんも仕事を?」
「母はヤクルドの販売員をしていましたが、一昨年、居辛くなって辞めました」
「………」
「二人とも頑張ってくれてますよ。でも、布教活動もあるから都合の合う仕事が少なくて」
「家計は大丈夫なのか?」
「贅沢しませんから平気です。私の生活費をもっていただき、すみません。……あの300万円で払わせていただいても……それに、もう時給もいただいてるし…」
「その話は、もうやめなさい。一度、男が要らぬと言えば、要らぬ。それに月谷さんが居てくれて、とても助かっている。君の働きは十分に生活費と見合っているよ」
「ありがとうございます」
陽湖は三人分の朝食を作り、それを玄次郎と二人で食べて、美恋の分は冷蔵庫に入れた。起きてこない美恋には書き置きをして、二人で連絡船に乗る。本土の港に渡ると、玄次郎は島民として用意してもらっている駐車場に駐めてある自家用車に乗り、陽湖も乗せて支部に送る。玄次郎の建築事務所も近所にあり、ほとんど遠回りにはならない。
「さて、始めるか」
玄次郎は依頼された邸宅の設計を始めた。本来なら土日は休みと決め込みたかったけれど、二人目が産まれるので仕事を増やしている。依頼主は女医で、桧田川の大先輩にあたる医大教授だった。依頼も鮎美の入院中に桧田川と世間話をしているうちに拾っている。
「この人も未婚か……」
邸宅の総工費は3億円、けれど一人で住む予定で、大きな中庭を造り、そこでドレスを着てダンスをするのが若い頃からの夢だったらしい。周囲から見えない中庭で踊る独身女性の姿を想像しつつ、図面を進める。お昼には陽湖が作ってくれた弁当を食べて17時になって陽湖へ連絡して、いっしょに食料品を買うため支部の前で駐まった。
「ありがとうございます」
陽湖が助手席に乗ってくる。真冬なのに陽湖の身体から強い汗の匂いがした。言っていた通り、一日中セクハラがらみの具体的な出来事を訴訟のためにまとめていたなら、かなり不快な仕事をしていたはずで、精神的緊張が続いたときの人間独特な匂いだった。とくに陽湖は制汗スプレーを使わないので、それがわかりやすい。言えば傷つくに決まっているので玄次郎は何も言わず車を走らせ、近くのスーパーに入った。二人で食品をカートに入れていると、今までより周囲から視線を感じた。
「オレら、目立ってるな。鮎美と同じ制服だしな。けど、その制服を着た女の子なら、いくらでもいるのに」
学園に近いスーパーなので他にも同じ制服の生徒は歩いているけれど、明らかに陽湖は注目されていた。
「私もチラっとですが、何度かテレビに出てますし、そういえば、東京で私にまでサインや記念撮影を求めてくる人がいました」
「都知事選なのに、こっちでも放送回数が多いし。まあ、鮎美が関西出身だから、そうなるのかもな。演説でも興奮すると関西弁モロ出しで、都民に、どう思われているか…」
「相手も宮崎弁が出るから大丈夫ではないでしょうか」
「そうだな。畑母神さんは福島県の出だし、そもそも東京や大阪は外部からの流入が多いから」
連絡船の時刻を気にしながら買い物を終え、車で港まで走り、船に乗る。同じように市街で仕事をしてきて帰る島民に声をかけられた。
「鮎美ちゃんが応援する人、どうだい? 都知事選、勝ちそうですかい?」
「ははは、どうでしょうね。勝って欲しいが、私たちには一票も入れてやれない」
「だなぁ。ぜんぜん、こっちで見ねぇから、また帰って来てほしいな。東京行ったきりじゃ淋しい。ご家族は余計に淋しいでしょ?」
「淋しいと言えば淋しいですが、大学に進学していたら、同じように出ていく歳ですから。覚悟していた時期でもありますよ」
「そっか、そうだな。けど、陽湖ちゃんが残ってくれてよかったな。うちらの島で婿さん探してやろうか?」
「ぃ、いえ! 遠慮します!」
「そうかい。芹沢さんも奥さんが寝込んで大変だァ。具合どうだい?」
「つわりですから、そのうち回復しますよ。鮎美のときも半年ほど続いた」
船が到着したので玄次郎と陽湖は買い物袋を持って帰宅した。家は一階も二階も電灯がついていないけれど、それは予想されたことなので二人とも静かに入る。美恋は二階で寝込んでいるようだった。
「オレは様子を見てくる」
「はい」
陽湖は夕飯を作り始めた。玄次郎は二階にあがって妻と会話し、麦茶を頼まれたので麦茶と梅干し、糸切りクッキーを取りに来て、また二階へあがった。つわりは続いているらしく美恋はトイレ以外はおりてこない。陽湖が作った夕食を二人で食べ始めた。
「鯉次郎という名はダメだと思うか?」
「……まあ……ちょっと、かわいそうかな…」
「陽湖は、いい名前だね。やっぱり、琵琶湖から?」
「はい」
「琵琶次郎ってのは、どう思う?」
「………。……ちょっと、かわいそうかな…」
「湖次郎は?」
「……こじろう……それなら…」
「イエス太郎、とかは?」
「………まじめに考えてあげてくださいよ…」
「マリアは?」
「いいと思います! ただ、けっこう多いですよ、マリアさん。あとルカさんやミカさんも多いです」
「オレの姓が安倍や阿部だったら、きっと鮎美をマリアにしていただろうなぁ」
「……アヴェ・マリアですか?」
「うむ。で、音大に入れてオペラ歌手にする」
「子供の進路と名前で遊ぶんですか……そういえば、シスター鮎美へは進路を強制しないまでも、こうしなさい、とか、そういう方向は無かったんですか? お父さんと同じように建築系を選ばせるとかは?」
「とくに考えてなかったなぁ……オレの父も剣道をしていたし、オレも子供の頃にやらされて、まあ体力作りにはいいし、女の子だけど逆に痴漢対策にいいだろうと、鮎美にもさせたくらいで、あとは本人が自由に選べばいいと思っていたからな。で、当選通知が来て、今に至るわけだ。もう本人さえ選択の余地がない。というか最近は天職だったと思ってるくらいだ。そう言う月谷さんは進路を、どう考えてる?」
「私たちの教団の大学が設立されれば、そこへ入学したいですけれど、まだ数年はかかるので教会への奉仕活動を続けながら、何かアルバイトをするつもりでした。そこへ秘書補佐のお仕事をいただけたので、ありがたく思っています」
「そうか。……けど、秘書補佐は時給だろう。いっそ、正規職員にしてもらえないのか?」
「時給の方が奉仕活動の都合もあっていいんです。日曜午前は礼拝のために空けておかないといけませんし、他にも行事はありますから」
「それだと収入が安定しないなぁ……」
「海外だと日曜日に教会へ行きたいというのは、わがままと取られず尊重されるらしいですが、日本では難しいみたいです」
「ご両親もそれで苦労されているみたいだな。もし、信仰をしていなかったら、進みたい進路はあった?」
「え……? …………いえ……考えてみたこともないので………」
「君は素直な子だねぇ……」
ちょっと、かわいそうなくらいに、という言葉を玄次郎はビールとともに飲み込んだ。会話をしつつ食事を終え、陽湖が先に入浴する。一階には玄次郎しか居ないので脱衣所のドアに鍵をかけた。
「子供の命名かぁ…………もし、ブラザー愛也と……私なら……愛湖って名前に……」
明るい未来を想像しながら全裸になると少し赤面していた。洗い場に立つと、しっかりと身体を洗う。今日は午後から汗の匂いが自分でも気になっていたので周囲に申し訳ない。明日は日曜礼拝で愛也と会うので絶対に匂ってほしくない。いつもより時間をかけて入浴した陽湖は玄次郎に謝る。
「遅くなって、すみません」
「いや、いいよ。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
陽湖が二階にあがっても、すぐに玄次郎は風呂に入らず、ビールを呑み終わるまでテレビで鮎美の様子を見て、風呂に入って揚がってくるとウイスキーを呑む。
「……鮎美、頑張れよ」
だいぶ酔ってきたので一人言を言い、その場に寝そうになった。明日は日曜なので予定はない。陽湖は礼拝に出かけるだろうけど、美恋はつわりで動けないし、玄次郎も家にいるつもりだった。ふらりと立ち上がると風邪を引かないために二階へあがり、つわりで起きているのか寝ているのかもわからない妻の隣で眠った。
翌2月20日の日曜朝、鮎美は議員宿舎でゆっくり寝ていて、ビジネスホテルで朝食を食べ終えた鷹姫に9時過ぎに起こしてもらった。
「…う~ん……おはようさん…」
「おはようございます」
「ふぁぁ……」
アクビをして立ち上がる。
「すぐに朝食を用意します」
「おおきに」
鷹姫が一人分の朝食を用意してくれて、食べ終えると残念そうにタメ息をついた。
「あんだけ応援した畑母神先生に、うちも鷹姫も一票も入れられんのやね」
「そうですね。選挙権がありませんから」
選挙権があれば二人とも朝一番に投票所へ向かったところだけど、応援はしても投票はできない身分なので、ゆっくりとしている。
「寝たいだけ寝て、食べたいときに、ご飯を食べられて、したいときにトイレに行ける。幸せやわぁ」
今日はオムツを穿いていない鮎美はトイレに入って、ゆっくりと排便した。オムツに済ませるのと違い、すっきりとした気持ち良さがある。
「久野先生が自分は政治家に向いてない言うてはったけど、向き不向き以前に、政治家って大変すぎるわ。休日があらへんやん」
「お疲れですか?」
「うん、めっちゃ」
「肩を揉みましょうか」
「ええの?」
「はい」
「ベッドに寝るから、揉んでくれる?」
「はい」
「……ほな、お願い」
まだパジャマ姿だった鮎美はベッドにうつ伏せになる。制服姿の鷹姫がそばに膝をついて両肩を揉んでくれた。
「どうですか?」
「うん……気持ちええよ」
鷹姫の手が身体に触れてくれるのが嬉しい。エステティシャンより力強くて少し痛いけれど、それも心地いい。もっと身体をよせて欲しくなった。
「パジャマ脱ぐし、鷹姫も横からやと腰がひねれて疲れるやろ。うちに乗って揉んでよ」
そう言って鮎美はパジャマの上を脱ぎ、上半身裸になってうつ伏せに寝る。そこへ鷹姫が馬乗りになって揉んでくれると、鷹姫はスカートなので内腿の肌が鮎美のわき腹に密着してくれて鮎美は興奮した。
「…ハァ……ハァ……うん、すごい……気持ちいいよ」
話すとヨダレをベッドに垂らしてしまう。腰の皮膚で感じる鷹姫の股間の温かさばかりに意識がいく。肩より胸に触れて欲しくなった。
「鷹姫、仰向きになるから、胸を揉んで」
「はい」
鷹姫が腰をあげてくれたので鮎美は寝返りして仰向きに寝た。ずっと圧迫されていたのに乳首が勃っている。鷹姫が胸を揉もうとして疑問に思った。
「……胸も凝るのですか?」
「えっと………」
問われて、また自分が衝動に負けていることに気づいた。けれど、離れて欲しくない。
「胸、揉んで欲しいの。でも、また、うち、鷹姫にセクハラしそうな気分やし、制服のリボン貸して。自分の手首、縛るし」
「………はい」
素直に鷹姫がリボンを貸してくれたので左手首を縛ってから、首に一巻きして反対の端を右手で持って言う。
「これで、うちの右手首も縛って。そしたら、うちが鷹姫に何かすることはできんよね」
「……それほど耐えがたい衝動なのですか? 同性愛というのは?」
「うん。………たとえば、鷹姫かって一週間、ご飯、食べて無かったら、どう?」
「一週間ですか………それは、つらいと思います」
「そんなとき、目の前に食べ物があったら、どう? けど、食べてはいけません、って言われたら、いっそ縛って欲しくならん?」
「…はい……」
鷹姫は年末に詩織からハムで攻められたことを思い出した。ずっと忘れていたのに、あのときの衝動に負けて芋虫のように皿を舐めた記憶は恥ずかしくて消し去ってほしい。鷹姫は鮎美の右手首を縛った。これで鮎美は何もできなくなる。両手を首のそばから離せないし、無理に動かせば首が絞まってしまう。
「鮎美、苦しくないですか?」
「うん、自分で気をつけてれば大丈夫よ」
鮎美は赤面しているけれど、それは首の拘束のせいではなくて興奮のせいだった。
「胸、揉んでくれる? イヤなら、ええけど…」
「イヤではありません。揉みます」
鷹姫が肩を揉むように、乳房を揉んでくれる。
「ぁ…ハァ…」
「痛いですか?」
「ううん、気持ちいいよ」
鷹姫に馬乗りになられて両胸を揉まれると、両手と首の拘束もあって鮎美はマゾ的な興奮を覚えた。そして、どんどん下半身が熱くなってくる。
「…ハァ…鷹姫、脚も揉んでほしい。ええかな?」
「はい」
「…ほな、…パジャマのズボンも脱がせて…」
「わかりました」
鷹姫がズボンを脱がせてくれると、鮎美は興奮で下着を濡らしていた。
「…ハァ…ハァ…」
「言いにくいことですが……下着が濡れています。少し失禁されたのではないですか?」
「…………。……どうなんかな……不安やし、パンツも脱がせてくれる?」
どうして濡らしたのか、鮎美はわかっていて鷹姫にねだった。
「オムツにされるのですか?」
「……ううん……今日は……いつでも、トイレ行けるし。……夜、選挙事務所に行くときは、していくかもしれんけど、今はパンツ脱がせるだけにして」
「わかりました」
鷹姫がショーツを脱がせてくれる。鮎美は拘束のリボン以外は全裸にされて、ますます興奮する。
「ハァ…ハァ…」
「大丈夫ですか? ずっと息が荒いようですが」
「ごめん、また鷹姫にエッチなことしたくて、理性が飛びそうなんよ。もし、襲いかかったら、すぐに反撃してな」
「……はい。……その両手では、どうにもできないでしょうし、ご安心ください」
「うちが命令したことでも、嫌なことは従わんでええよ」
「はい、お気遣い、ありがとうございます」
「………。脚、揉んでくれる?」
「はい」
鷹姫が素足を揉んでくれる。連日の選挙応援で立ちっぱなしだった脚は本当に疲れていて心地よかったし、何より興奮する。鷹姫の手が爪先から、ゆっくり登ってきてくれる。
「…ハァ…ハァ…」
「首のリボン、解きましょうか?」
「ううん、ハァ…このまま…、…あ、…脚の付け根、もう少し、揉んで」
「はい」
「もう少し、股間のところ……嫌やなかったら、揉んで」
「あの……トイレに行かれますか? 漏らしていますよ」
「こ…これは…、……ずっと、オムツやったからかな。自分で気づかんうちに漏らしてるのかも」
「それは……お医者に行かれた方がよいのでは? ややヌルヌルとした感じですし。痛みはないですか?」
「うん……痛くないよ。……けど、……おもらしするようになるのは困るから、鷹姫の指で特訓させて」
「特訓ですか?」
「うん……ギュッと締めつける筋肉をトレーニングしたいし……鷹姫の指を………うちの中に入れてくれへん? ……嫌?」
「………」
鷹姫が自分の指を見て考える。
「…ハァ……ハァ…入れて欲しい…ハァ…お願い…」
「……。女性の身体で、この部分は、もっとも大切で嫁に行くまで守れと教えてくださったのは鮎美ですよ?」
「うちは嫁に行かんもん」
「……たしかに……」
「なぁ、お願い、入れてよ。初めては鷹姫がええの」
鐘留は入れさせてくれたけれど、鮎美へ入れるのは気持ち悪がって拒否したし、エステティシャンたちも法に触れるからかサービスの限度なのか、入れられてはいない。鷹姫が迷う。
「…………」
「ハァ…ハァ…お願い……鷹姫の指……欲しい…」
言いながら鮎美が涙を零したので鷹姫は応じることにした。しばらく鮎美の望むまま、指を動かした。終わってから鷹姫が問う。
「……今のは……同性愛的な行為だったのですか?」
「っ……うん………ごめん、また鷹姫に変なことさせて…」
「………。血が出ています。大丈夫ですか?」
「平気よ……ごめん……また、鷹姫に……」
「………。鮎美こそ、そんなに泣かないでください」
鷹姫は鮎美の頭を撫でようとして、指に血がついているのでやめた。
「そろそろ選挙事務所に行きますか?」
「…………。ううん……もう少し、二人でいたい」
「いずれにしても、もうリボンを解きます」
「あ、うん、お願いするわ」
鮎美は両手首を自由にしてもらい、リボンを鷹姫に返した。鷹姫は剣道着を正しく着るようにリボンをキュッと結び直した。
「…………」
「………鷹姫………一回だけ……キスしたい……お願い」
「…………」
「………ずっと……頑張ってきた、ご褒美に……お願い」
「……。わかりました」
身長差のある鷹姫が少し下を向いてくれる。
「「…………」」
鮎美は軽めのキスをして、また涙を零した。
「……おおきに……ありがとうな、……鷹姫……」
大好きやよ、という言葉は飲み込んでおく。
「鮎美、そろそろ服を着てください。風邪を引きますよ」
「うん、おおきに」
鮎美は下着を着け、制服を着る。今日の予定は選挙事務所に待機して当確を待つのが定石だったけれど、早く行っても遅く行っても、もはや選挙活動は公然とはできないので、あまり差がない。そして、地元ではないのでイベントなどへ顔を出す用事もなく、他の集団訴訟や連合インフレ税にかかわる業務等も、今日は都知事選の日なので連絡も入ってこない、急にポッカリと時間が空いた形になっている。
「…………」
「………」
「お昼ご飯は、どうしますか?」
「すぐに、そんな時間やね。あ、たまには、うちが作るから、いっしょに食べてよ」
「はい。手伝います」
「ええよ、たまには、うちにも女の子らしいことさせて」
そう言って鮎美は冷蔵庫や戸棚の食材を見て、メニューを決めた。
「お好み焼き、嫌い?」
「いいえ、好きです」
「ほな、そうするな」
ほぼ初めて議員宿舎のキッチンにまともに立った鮎美はキャベツを刻み、お好み焼きを作る。ホットプレートはないのでフライパンで焼く。
「鷹姫、焼き方に注文ある?」
「いえ、とくに何もありません」
「うち流に焼くよ」
「はい」
鮎美はフライパンいっぱいに生地を垂らすと、生卵を三つ潰さないように入れた。さらに生地をかけてキャベツを載せ、さらに生地をかけると蓋をする。焼き加減を見つつ、少し焦げたくらいで裏返すことにした。
「これが一発勝負やねん」
「これほど大きく焼くのですか……」
「二人で、いっしょに食べたいやん。さて…」
鮎美は気持ちを集中して、鷹姫に揉んでもらった肩を少し回した。そして両手でフライパンの柄を握る。
「えいっ!」
一気に全体を裏返すため、お好み焼きに宙を舞わせる。
「おっしゃ!」
うまく受け止めて成功させた。
「お見事」
「あとはマヨネーズを作るわ」
弱火にして、次にマヨネーズを酢と油、卵黄を使って作る。
「お好み焼きはな、マヨネーズが美味しいと、ぜんぜんちゃうんよ」
焼き上がった頃合いを見て、フライパンごとテーブルに移すと調理ヘラでホールケーキを切断するように8つに分割してからトッピングをする。
「鷹姫、ソースのかけ方に注文ある?」
「いえ、とくに何もありません」
「ほな、これも、うち流な」
鮎美は作ったマヨネーズにソースも入れ込む。
「マヨネーズ2に対してソース1が黄金比なんよ」
「美味しそうですね」
よく混ぜられ、琥珀色になったマヨネーズソースを全体にかけた。
「はい、できあがり。カツオ節と青のりが無いのは残念やけど、その分、マヨネーズソースとお好み焼きそのものの味が楽しめるし、食べてみて。ちなみに鷹姫が8分の6、うちが8分の2を食べる計算よ」
「鮎美は8分の2で足りるのですか? せめて3は食べませんか?」
「うち、朝ご飯が遅かったもん」
「ああ、そうですね。では、いただきます」
二人きりの昼食を楽しみ、食後も選挙事務所に出向かずキッチンを片付けた後はゆっくりとする。鮎美はテレビをつけようとして、やめた。今は二人の時間を楽しみたいし、鷹姫に触れたい。
「さっきのお返しに、鷹姫の肩も揉んであげよ。ここに寝てよ」
「……」
「そんな警戒せんでも、もう変なことせんから。な、信じて?」
「…はい…」
鷹姫がベッドに寝ると、鮎美は優しく肩を揉んでみた。やはり鷹姫も慣れない東京生活に疲れていて、揉んでいると20分ほどで眠ってしまった。鮎美は少し興奮していたけれど、眠っている鷹姫の股間に触ったりすることは強く自戒して離れる。そばに寝たかったけれど、それをするとキスしてしまいそうで我慢する。テレビをつけると、うるさいのでスマートフォンをいじった。しばらく政治関連のニュースを見ていたけれど、不意にヤホーの知恵袋に入り、新規のアカウント名を作って質問を投稿した。
私はビアンですが、自分の性欲が怖いです。
好きな人がいて、私を慕ってくれるのですが、その気持ちを利用して彼女の身体に触れてしまいます。一線を越えないようにしてきたつもりですが、とうとう今日、彼女の手で私にしてもらいました。前に私の手で彼女にしようとしたときは嫌がったのでやめました。彼女には親が決めた結婚相手がいます。私たちは大学2年生です。
これから、どうしたら、いいの?
そして、私は彼女が好きなくせに、他の女子にも手を出しています。最低です。でも、やってしまいます。何度もやめようと思うくせに、可愛い子がいると、すぐに手を出します。相手が嫌がるギリギリまでセクハラします。
一度、気持ち悪いと言いつつ受け入れてくれた子がいたけど、相手の親に見つかって激怒されました。
もう嫌になります。何度も死のうと思いました。
けど、死にたくない。
どうしたら、いいですか?
投稿して30分ほどで3件の回答がついた。
回答者kakato
質問主は本当にビアンなのかな。
行動が男っぽい。
実は性同一性障碍なんじゃない。一度、医師に診てもらったら。
回答者カヲル
自死はいつでもできるから、最後の選択肢にしてください。
その慕ってくれる彼女もビアンなのでしょうか。そうでないように読めますが、相手がビアンでないなら、あまり関係を進めない方がいいと思います。好きな気持ちを抑えるのは難しいかもしれませんが、もう大学も2年生なのですから大人になってください。
相手の慕ってくれる気持ちを利用している自覚はあるんですよね? だったら、やめましょうよ。あと、セクハラもやめましょう。女の子同士で相手が油断してるからって続けてるとビアンだってバレたとき超嫌われます。
ビアンはビアン同士が一番ですよ。
あなたが誰かと出会えて、幸せになりますように。
回答者モーニングランス・カテゴリーマスター
異性愛者の性欲がそれぞれなように、ビアンの性欲もそれぞれです。
草食系男子がいるみたいに、ビアンでもおとなしい子はキスだけで満足しますし、男女とわず肉食もいます。質問主はガッツリ系みたいですね。
二つ忠告します。
一つは恋と性欲は別物なこと。これは男性の性欲にみられるパターンですけど、ビアンでもみられます。好きな人は一番好きなんだけど、それ以外の人にも惹かれてしまう、という感じで、バリバリ肉食系なビアンなんでしょう。他に目移りするからって本命を軽視してるわけじゃない。けど、罪悪感はある。でも、私たちビアンは一対一に縛られることも無いといえば無いのですよ。普通の男女の恋人や夫婦が縛り合うのは妊娠しちゃう危険があるからで、それがない私たちは、ある意味で幸せ。いろいろ不幸なことが多い同性愛者としての人生の中で、わずかに幸せなのが、そういうところです。とはいえ、独占欲の強いビアンと付き合ったときは配慮が必要です。
二つ、その彼女はビアンでない風ですが、これからどうするかは、あなたが決めることです。とことん二人の関係を進めてみるか、彼女に結婚相手もいることですし、泣く泣く諦めるのか、どちらの選択もありです。どちらにしても後悔するかもしれませんが、後悔の無い人生なんて無いものです。
あんまり悩まず、なるようになると構えて、自分も彼女も傷つかないようにしてください。
読み終わった鮎美はベストアンサーにモーニングランスの回答を選んで目を閉じた。
「…………」
目を閉じているうちにソファで眠ってしまい、夕方になって鷹姫に揺り起こされた。
「さすがに、そろそろ選挙事務所に行かねば援軍たる旗色を疑われます」
「そやね」
身支度をしてトイレに行って鷹姫とSPたちに囲まれ、議員宿舎を出てタクシーで選挙事務所に移動した。かなりの遅参だったけれど、連日の応援で疲れていたのだと畑母神陣営も理解してくれる。鮎美は雛壇上のパイプ椅子を勧められ、鷹姫は調理場を覗き、手伝うことはありませんかと言ってオニギリを作るのに参加した。
「いよいよ開票時刻です。やるべきことはすべてやりました。あとは天命を待つのみ、皆様いましばらく、この畑母神にお付き合いください」
畑母神がマイクで事務所内に挨拶した。誰もが固唾を飲んでテレビを見守る。そろそろ夕食の時刻を過ぎているけれど、あまり空腹を覚えない。鷹姫たちが作ったオニギリが折りたたみ式事務机に並んでいるものの、ほとんど減らない。
「先生方、お茶をどうぞ」
鷹姫が雛壇にいるメンバーにお茶を配ってくれる。こういうときに一番若い女性が選ばれるのは関東でも同じだった。そのお茶を飲み終え、今日はオムツを穿いていない鮎美がトイレに行って戻ってきたとき、動きがあった。テレビに当確が出る。
「出ました! 畑母神氏です! 当確、畑母神氏に出ました!」
「……おおぉっ…」
低く呻るように畑母神が言い、鮎美は高い声をあげる。
「やったー!!」
他の歓声も続き、すぐに万歳三唱になった。
「「「「「バンザイ! バンザイ! バンザイ!」」」」」
万歳しているうちに鮎美は涙を零した。畑母神は涙を耐え、集まっている全員に礼を言おうとして鮎美に抱きつかれた。
「畑母神先生! おめでとう!」
抱きついた勢いで鮎美はキスしそうになり、ギリギリで思い止まった。あまりに嬉しくて衝動的に動いていた。平常時なら問題になりそうな行動だったけれど、そこは当確の瞬間なので、お祭り騒ぎに近い雰囲気で流してもらえる。畑母神も鮎美の手を握り、高く掲げた。
「皆様のおかげです! 芹沢先生の! そして、都民のみなさまの!」
また万歳が始まり、それが終わると鮎美は鷹姫に抱きついた。今度もキスをしたくなるけれど、それも思い止まる。お祭り騒ぎが落ち着くとテレビのインタビュー取材が始まり、畑母神は元幹部自衛官らしく、もう冷静な顔で答える。
「私が当選させていただきましたからには、あとは公約の実現に向け邁進するのみです」
「尖閣諸島を都の所有として施設を建設する公約もですか?」
「当然です。そのための寄付金もすでに20億円を超えている。地権者との交渉も進んでいます。明日にも売買契約を結びたい」
「尖閣諸島は沖縄県石垣市に所属していますが?」
「そんなことは、すでに何度も説明した通り、東京都の財産は都内に限定されない。また、沖縄県と石垣市の権限は土地所有権におよばない。もし、両者に尖閣諸島を管理する気がないのであれば、東京都に移管していただくのも一つの手だと考える。もう少し言えば、沖縄県にばかり基地負担が偏っているというならば、尖閣諸島を東京都とした上で、そこに基地を移設すれば、鳩山総理が言われた最低でも県外、という発言が実現しなくもない。もっとも、米軍基地が増えるよりは、日本国は日本人の手で守るべきだと、誰もが思うだろうから、そこは議論していきたい」
当選した興奮もあるようで畑母神は言い過ぎなほどの発言をした。マイクが鮎美にも向けられる。
「芹沢議員、ずっと応援してこられた畑母神氏が当選されたこと、どう感じておられますか?」
「嬉しいに決まってるやないですか! 思わず抱きついてしもて、あとで畑母神先生にセクハラや言われたら、どうしよか思てますわ。さっきは、すんません」
「いや、いいよ。私も嬉しかった」
「これで芹沢議員が提唱された連合インフレ税も進むとお考えですか?」
「………。……」
すっと鮎美の顔が冷静になり、左手を唇にあてて考え込む。
「はい。追い風になると思います」
「鳩山総理へ何か一言ありますか?」
「………。眠主党も自眠党も、日本を豊かにしたい。平和で安全な、そして誰もが笑顔で過ごせる国にしたいという大枠は同じはずです。いっしょに頑張りましょう」
「芹沢議員が総理大臣になられたら、どうされますか?」
「また、そんなこと言わせようとする。調子に乗って小娘がいらんこと言うたら、そのまんま南…、あの宮崎県知事みたいに、めちゃ叩く気でしょ。やめたってや」
鮎美も興奮していて言葉が荒かった。冷静になろうとしても、どうしても心が躍っている。鷹姫が忠告しにきた。
「芹沢先生、ご予定、覚えていますか?」
「あ…うん……鷹姫、おおきに」
それが冷静になれ、という暗号であることは忘れていない。
「芹沢議員、集団訴訟の件でも勝てるとお考えですか?」
「その件と都知事選は、まるで関係がないのでコメントを控えます」
「尖閣諸島を東京都の所有とした場合、仲国からの反発が予想されますが、どうお考えですか?」
「……慎重な対応が必要で、今すぐ明言することはさけたいと思いますし、うちにその権限はありません。ただ、百色正春さんのようなことは、もう起こってほしくないと思います」
「百色氏と面識がおありですか?」
「面識もなにも、そこにいはりますやん」
鮎美が言うと、すでに酒樽を開けて酒杯をあおっていた百色が返事をする。
「おう! なんだい、組長!」
「テレビの前で組長いわんといてください。ノーカットの生放送ですよ。レポーターさん、そろそろ切り上げたってください。もう酔うてはる人もいはりますさかい。うちは帰りますし。明日も国会あるんで」
国会を口実に鮎美は取材を切り上げて、鷹姫とSPに囲まれて選挙事務所を出た。
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