第24話 1月6日 また再びお金、連帯保証人制度

 翌1月6日の木曜日、昨日に引き続き議員会館で研修があり、それを受けて昼休みを迎えると鮎美は自分の放った言葉が燎原の火のように拡がっていることを肌で感じていた。食堂で木村が月見ソバを食べながら言ってくる。

「みなさんで芹沢先生のおしゃった懲罰動議の件、懇親会のあとも話していたのですが、賛同する方が多いようですよ」

「そ…そうなんですか……うちは、つい勢いで……」

 鮎美はカツ丼を食べながら関西との味付けの違いに軽い違和感を持ちつつ、翔子の方を見る。翔子は離れたところに一人で座って一番安価なかけうどんを食べていた。誰も奢らなかったようで眠主党議員もそばにいない。

「勢いで言ったことが、ここまで拡がると芹沢先生も困惑するでしょうね。まあ、夜になれば参議院の先輩方をふくめて全体での懇親会がありますから、そこで落ち着くでしょう。懲罰での除名など、過去にも、ほとんど無かったことですから」

「そ、そうですよね」

 午後からの研修も終わると、鮎美は議員会館にある剣道場へ行ってみた。

「さっそく、やってるんや」

 鷹姫がTシャツとジャージ姿で竹刀を振っている。

「きっと次から防具も持ち込むつもりやな……竹刀は借りたんか…」

 鮎美は一礼して道場に入ると、鷹姫へ声をかける。

「うちは懇親会に行くし、そのまま稽古していぃ。静江はんと牧田はんも今日はオフにしたし。あの二人は喜んで遊びにいったのに、あんたは偉いなぁ」

「お供します」

「ええよ、昨日と同じホテルやし」

「すぐに着替えて参りますから」

「ほな、懇親会は7時からやし、ゆっくりでええよ」

 そう言いながら女子更衣室へ入っていく鷹姫のあとに続いて入ると、他には誰もおらず二人きりだった。女性議員や女性関係者で剣道場を利用している者は少ないとみえ、あまり使われている気配もない。鷹姫が下着姿になっている。

「……あんまり汗はかいてないね」

 期待したような匂いがしなくて残念だった。

「匂いますか? ホテルへ行くのにシャワーを浴びた方が…」

「真冬やし、やめとき、風邪ひいたら困るやん」

「はい」

 鷹姫が制服を着ていく。着終わった鷹姫の胸にブルーリボンがあるのに気づいた。議院記章の上に着けている。

「鷹姫も、それ着けたんや?」

「はい、お昼休みに畑母神先生から、いただきました」

「あの先生も地道やな……」

 静かな二人きりの更衣室に長くいると余計な欲望に支配されそうなので廊下に出た。見知った女性の参議院議員たちが懇親会の服装について、総理大臣の臨席もあるので昨夜よりもフォーマルなドレスの方がよいのではないかと話し合っているけれど、どちらにしても制服で参加するつもりの鮎美たちは素通りして議員宿舎に行く。宿舎の廊下で翔子とすれ違った。

「………」

「覚えてなさい。今に後悔させてあげるから。泣いて謝っても許さない」

 すれ違いざまに忌々しく言われた。鷹姫が怪訝な顔で問うてくる。

「今のは何者ですか?」

「うちが仲良くすべきやった無所属の人なんやけどなぁ。まあ、ちょっと…」

 鮎美が自分の部屋に入ってから翔子との間にあったことを説明すると鷹姫は断言する。

「そのような輩は即刻、除名すべきです!」

「あんたなら、そう言うかな、とも思ったよ」

 鮎美は机の上にある朝槍から渡された各女性団体からの資料を読む。一番上には静江と詩織がまとめてくれた団体の主旨を書いたメモがあり、団体の性質と主張が400字程度でまとめられているのでありがたい。次々とある陳情のすべてに目を通すことなど、もう不可能なので、要点だけを覚えておくことにする。

「もう時間やね。行こか」

「はい」

 ホテルへ移動し、化粧くらいはしてくるべきだったかと少し後悔した。女性議員たちは華やかなロングドレスなどに着替えていて、男性議員も一部は燕尾服を着ている。昨日は金髪だったチャラそうな男性議員まで黒髪に染め直して、真新しいスーツを着ている。

「昨日と違って、総理大臣も来るからフォーマルなんや……ま、ええか、制服やし」

 それでも新年祝賀の儀よりは格式もさがるし、そこへも制服で行った鮎美は女子トイレに入って鷹姫に髪をといてもらっただけで、よしとする。隣の洗面台に翔子が来たのが鏡に映ってわかる。翔子も研修時と同じ服装で着古したパンツスーツのままだった。鮎美と同じで、せめて髪くらいは、と髪型を整えに来たようだった。

「………」

「「………」」

 どちらも無言のまま、鮎美と鷹姫は女子トイレを出た。

「ほな、終わるのは9時やし。これで何か食べておき」

「いえ、自分で…」

「ええから。ホテルで食べると割高やん。その分よ」

 鮎美は三千円を強引に鷹姫へ渡すため、制服の内ポケットへ紙幣を挿入しつつ、鷹姫の胸の感触も手の甲で味わう。

「外のお店を探しますから」

「女の子一人で夜の東京をうろついたら、あかんよ。危険がいっぱいや」

 と言いつつ、手を返して掌で鷹姫の乳房に触れる。

「私なら平気ですから」

「たしかに、あんたなら5、6人の男にからまれても平気やろな。けど、考えてみ、からまれて撃退したとして、運悪く盗撮されたら、芹沢議員の秘書、路上で乱闘とか週刊紙に書かれるかもしれんのよ。おとなしくホテルのレストランで食べておき。東京やし、足りんかな。いっそ、コース料理でも頼み」

 たっぷり胸を揉んだので、さらに一万円をポケットに入れ込んだ。名残惜しく鷹姫の胸と別れて、パーティー会場に入る。

「……見事に年齢層が無作為やな……」

 昨日も感じたけれど、今夜は参議院203人の全員がそろっているので見物(みもの)だった。鮎美が見回していると、近くにいた自眠党の三十代の男性議員が声をかけてくる。

「芹沢先生、どうかした?」

「あ、松尾先生、いえ、ちょっと、普段の自眠党のパーティーなんかと違って年齢層が見事にバラバラやな、って」

「たしかにね。男女比も101人と102人で女性が1名多い。十代と九十代は一人ずつしかいないけれど、二十代は34人、三十代は29人、四十代は35人、五十代は32人、六十代が36人で、七十代になると24人、八十代では11人だからね。公平なクジ引きらしい結果だ」

「よう覚えてはりますね。九十代は男性でしたよね。けど、少し偏りがないですか。とくに三十代が少ない」

「偶然もあるだろうけど、三十代は男性が11人で女性が18人と男女比も偏っている」

「男が少ないんや……なんで、やろ?」

「三十代は働き盛りだからね。人によっては660万円以上の収入のある仕事をしていたり、たとえ少し下回る所得だったとしても6年後にはクビになるかもしれない、12年後には引退させられる仕事をするには、不安のある年齢だからさ。辞退したんだろうね。かくいうボクも辞退を視野に入れたけれど、遠い親戚に自眠党議員がいてね、とにかく頑張ってくれ全面的に支援する、6年後12年後の再就職も必ず用意するから、と言われて会社を辞めたよ。逆に女性は専業主婦だったりすれば、いいチャンスだし、そうでなくても女性の平均賃金は低く非正規雇用が多い。…と、失礼、女性に言うことではなかった」

「いえ、統計上の事実ですし。逆に八十代は男が7人、女が4人でしたよね」

「君も記憶してるじゃないか」

「特徴的でしたから」

「まあ、高齢層になると女性の辞退が多かったんだろうな。男性でも高齢を理由に辞退した人はいるし。けど、七十代では男13人、女11人だから、あまり差はない」

「男女の平均寿命の差を考えると、けっこう差があるんちゃいます?」

「ああ、たしかに。母数は女性の方が多いはずだからね」

 そう言っている松尾の視線が、ほぼ無意識に鮎美の脚へ流れていく。多くの女性が腕や肩を露出したロングドレスを着ているのに対して、鮎美は冬制服なので脚だけを露出している分、男の目には新鮮に映るようだった。鮎美は視線を感じたけれど、しつこい視線ではないので男の生理現象だと思い、気にしない。そして鮎美自身も、ついつい女性たちの露出された胸元や腋へ視線を送ってしまう。

「……」

 あの人、可愛いな、たしか供産党やんな、あとで声かけてみよ、二十代は合計34人で男女とも17人なんよなぁ、と鮎美は鐘留の可愛らしさと似たところのある若い女性議員を見ている。音羽響香(おとわきょうか)という20代前半の女性で埼玉県選出だった。ライトグリーンのロングドレスを着ていて、ほっそりとした華奢な肩は陽湖とも似ている女らしい魅力があって抱きしめたくなる。音羽が鮎美の視線に気づいて、こちらを見てきた。お互い、挨拶しようと近づきかけたとき、定刻となり司会者が開会を告げ、鳩山総理が挨拶を始めたので、みなが傾聴する。

「…皆様の顔ぶれを拝見させていただいておりますと、実に年齢も性別もさまざまで、まさしく新しい政治の始まりを実感するわけであります。…」

 鳩山総理も同じことを感じているようで挨拶の中にも含まれていたけれど、野次を飛ばす者がいた。

「贈与税は払たかっ?! ちゃんと納めろやぁ!」

 関西弁だった。見ると、大阪出身の五十代の男性議員が野次っている。

「……」

 さすが大阪のおっちゃん、総理にも容赦なしやな、うちも何か言うた方がええやろか、自眠党として、けど、この場で野次は無いかな、どっちがええのかな、と鮎美は大阪の血を騒がせながら木村の顔を見た。木村が黙って首を横に振ったので自重することにする。鳩山総理は野次に対して、目を閉じて少し頭を下げ、また挨拶を続ける。挨拶が終わると、九十代の男性議員と鮎美が壇上に呼ばれた。壇上には大きな酒樽が置いてあるので、何をすべきか、すぐにわかる。新年会で何度もやった樽割りを今回も最年少を理由に当てられているようで、最年長の村井という男性議員と並んで木槌をそれぞれに持った。鳩山総理と参議院議長の竹村も木槌を持って並ぶ。

「……」

 このお爺さん、意外としっかりしてはるなぁ、元潜水艦の艦長さんらしいけど九十代ってことは1945年には三十代かぁ、バリバリの時期に大戦やったんや、無所属やけど自眠党寄りらしいいんよな、頑張って任期満了まで長生きしてな、と鮎美は祈りつつ、木槌をかけ声とともに振り下ろした。

 パキャ!

 酒樽の上板が割られ、アルコールの香りが拡がる。そして性別と年齢のために鮎美と、さきほどの音羽が柄杓で日本酒をくみあげ、酒枡やグラスに注いでいく。全員に飲み物が行き渡る頃に木村がウーロン茶をもってきてくれた。

「ご苦労様。どうぞ」

「おおきに」

 竹村が乾杯の音頭を取る。

「では、皆様のご活躍と平成23年の幸多きを願って! 乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

 飲食と歓談が始まり、鮎美は音羽と話してみたかったけれど、彼女も若さゆえに人気があり、常に誰かと話していたし、鮎美にも次から次へと声をかけてくる人がいるのでチャンスがない。別の気になる存在だった翔子は15分ほどカレーピラフを食べていたかと思うと、もう帰ってしまったようで姿が見えない。

「……」

 もう帰らはったんや、しゃーないかな、みんな酔ってきて、嵐川はんの悪口、そこそこ大きい声でゆうてはるし、どうなるかな、あんまり大事にならんとええけど、と鮎美が懸念していると、直樹が声をかけてきた。

「やぁ」

「あんたか」

「また君を抱きしめたいね。今度も誘いにのって入党してくれないかな。いつでも…グフッ?!」

 直樹はボディブローをくらって蹲った。それでも笑顔で立ち上がる。

「あ、あいかわらず元気そうだね。あんなことがあったのに」

「週刊紙の件では、新年早々ご迷惑をおかけしました」

 セクハラまがいの発言の後に暴行にしか見えない鮎美のパンチがあったけれど、普通に二人が話しているので周囲にいた議員たちは驚いたものの、どういう仲なのか少しはわかってくる。週刊紙に載せられた二人の会話に周囲も興味をもっているものの、鮎美と直樹の間に男女という雰囲気は無く、せいぜい気の強い後輩女子と自分が誘った部活なのに、よその部活へ移ってしまい、また勧誘している男子といった感じで、政治の世界というよりは学校生活のレベルで話しているような仲に見えた。

「眠主党では、コウモリ言われてるらしいやん」

「コウモリをバカにしちゃいけない。飛行機だって有視界飛行より夜間飛行の方が、はるかに難しいからね」

「ものは言い様やな」

「ボクについては、ありがちなことさ。誘うときは三顧の礼で大歓迎、けれど、いざ移籍すると陰口は言う、人間そんなものだよ。その程度の人間性は凶悪犯罪者に比べれば、微笑ましいくらいだ」

「はは…覚えときます」

「むしろ、君の方は話題が尽きないね、次から次へと、昨日もまた、やらかしたらしいじゃないか。まだ議員の中だけでの話でマスコミは嗅ぎつけていないけど、嵐川先生と、やり合ったって?」

「まあ、ちょっと」

「君のちょっとは全国ニュースになるから怖い怖い」

「あんたも酔ってるなぁ…」

 鮎美はアルコールを口にしないので、だんだんと他の議員が酔ってきたのが敏感にわかる。直樹も少し頬が赤い。女性はメイクしているのでわかりにくいけれど、男性は顔色でも言動でもわかりやすい。とくに鮎美の脚を見る視線がシラフのときより粘り着くし、それは直樹も例外でなかったりする。何より議員として公の場では自制しているはずの発言も軽くなりがちで、クジ引きで選ばれた議員だけでなく、衆議院議員の一部でさえ軽くなり、市議や県議レベルだと平気で女性差別や朝鮮人などへの差別を口にしたりする。一度も酔ったことがない鮎美にはアルコールが危険な薬品にさえ思えた。

「お話中に失礼します」

 二人に声をかけてきたのは鳩山総理だった。そばに警護のSPもいる。

「これから、よろしくお願いしますね。芹沢先生」

「はい、こちらこそ、宜しくお願いします。うちは自眠党ですけど、鳩山総理の最小不幸社会という考え方、好きです」

「それは、それは、ありがとう。雄琴先生も頑張ってください。期待してますよ」

 二人と握手を交わした鳩山総理は別の議員へも声をかけていく。わずか120分という懇親会の時間のうち、歓談にあてられる時間は80分程度で、その間に200人を超える参加者と交流するのは大変そうだった。直樹がビールを少し口にしてから言う。

「君は恐れ知らずだねぇ。とっさに総理と話したのに平然と返していた。うまいものだ」

「そう言われると、総理大臣やったのに緊張する間も無かったさかい……ま、何でも慣れるもんやね。あ、竹村先生」

「新年あけまして、おめでとう」

 次に議長の竹村も回ってきたので握手を交わすけれど、やはり長く話す時間は無かった。そして副議長の女性議員とも握手した。鮎美は副議長よりも、その女性議員についていた女性SPに興味をもち、話しかける。

「こんにちは。うちは芹沢鮎美といいます。お名前は?」

「……。そういったことは答えられません」

 女性SPは事務的に返してきた。握手を求める鮎美の手にも触れない。

「すごい強そうですね。柔道か何か?」

 透き通るような白い肌をしている美人なのに、耳が潰れていて餃子か焼売のようになっている。それが柔道やレスリングを極めた人間の特徴であることは武道経験のある鮎美の知るところだったし、背も高く肩幅も広くてウエストは締まっているのに黒いスーツの変なところが膨らんでいるので、そこに拳銃を持っているのだと推測できるし、拳銃も一般の警察官がもっているものより大きそうで、スーツのボタンは留めていないので、いつでも拳銃を抜ける。お尻も女性らしい丸みに加えて発達した大臀筋の厚みを感じさせ、鷹姫そっくりのお尻をしている。鮎美は自分より強そうな女性を見ると、抱きしめてほしいという衝動を覚えていた。逆に自分より華奢な女性を見ると、抱きしめたくなる。鮎美が一歩近づくと、女性SPは鋭い声で言ってきた。

「勤務中ですから話しかけないでください」

 そう言う女性SPは顔を鮎美に向けていても、この場にいる誰が襲ってきても副議長を守れるように周囲への警戒を怠っていない。その凛とした気配に鮎美は、ますます惹かれたけれど、さすがに自重する。

「ごめんなさい。お仕事、頑張ってください」

「………」

 女性SPは何も言わず、副議長と行ってしまった。直樹がクスクスと笑っている。

「クク、君があんな可愛らしい声と喋り方をするとは思わなかったよ。クク」

「っ…」

「まるで憧れの先輩に出会った女子みたいだった。クク」

「……か…かっこいい職業やなって! そう思っただけやもん!」

「なるほど。たしかに。けど、普通は男の子が憧れるような職業だろう。彼らは警察官の中でも選りすぐりのエリート、とくに要人警護だから体力面はピカイチだろうね」

「お話中に、ごめんなさい。私とも話してくれませんか?」

 音羽が声をかけてくれたので鮎美は頷く。

「ええよ、うちも音羽さん…先生と話したかったんよ」

「ウフフ、お互い先生って柄でもないし歳でもないから、アユちゃんって呼んでいい?」

「ほな、キョウちゃんって呼んでええ?」

「いいよ、アユちゃん」

 音羽が握手を求めてきたので手を握り合ったし、さらに抱きついてきたので抱き返した。

「……」

 この人ビアンかな、違うか、ただのスキンシップやね、と鮎美は抱き合いながら思った。音羽は肩や背中を丸出しにしたロングドレスを着ているので抱いていると、その感触が心地いい。自然な動作を装って鮎美は唇を音羽の肩につけた。

「……」

 同性愛者は3%程度いるから200人無作為に選ばれた議員がいたら6人いる計算や、けど実は潜水艦乗りやった九十代のお爺ちゃんがゲイやったって可能性もあるもんなぁ、と鮎美は議員の中に同類がいる可能性も考えつつ、音羽を抱き続ける。いつまでも鮎美が離さないで抱いているので、かなり長い抱擁になってから音羽が離れる。また直樹がクスクスと笑った。

「熱い抱擁だね。また週刊紙に載るよ。自眠と供産だから話題性たっぷりだ」

「アユちゃんはさ、どうして自眠なんかに入っちゃったの?」

「え…」

 自眠なんか……なんか、って、その言い方はないやろ……酔ってるな、この人、と鮎美は音羽を見て気づいた。メイクしているので顔色は変わっていないけれど、首が赤い。耳も赤い。かなり酔っている様子だった。

「あんな金権政党にアユちゃんが入るなんて信じられないよ」

「ははは…」

「ね、供産党に入らない? みんな優しいし、いい人ばっかりだよ」

「供産党かぁ……西沢先生には誘われたけどなぁ…」

「光一くん? 光一くんの地区なんだ。彼ステキだよね、結婚しちゃったけど。せっかく光一くんが誘ってくれたのに、どうして入らなかったの?」

「…え~っと…」

「ボクが自眠に誘ったんだよ」

「ふーん……えっと、雄ご……週刊紙に出てた…」

「雄琴だよ」

「そうそう、雄琴くん。あ、先生の方がいいかな?」

「どっちでも」

「じゃあ、雄琴くん、君(きみ)って眠主に行かなかった?」

「行ったよ」

「誘った人が移動しちゃうなんてね」

「ねッ!」

 鮎美が強調して言うと、直樹は両手をあげた。

「そろそろ退散するよ。女の子同士、仲良くやってくれ」

 直樹が片手を振って離れていった。

「キョウちゃん、だいぶ酔ってるやろ」

「うん、ごめん。お水もらってくる。あとで役目あるのに、緊張して酔いすぎたかも」

「いっしょに、もらいに行こ。一回離れると、また別の人と話すことになるさかい」

 党が違う同世代の人間と話してみたいのは、お互い同じなので二人でソフトドリンクをもらいに行ってから話す。

「アユちゃん、まじめな話、自眠党なんて、もう古いし悪いことばっかりしてたのに、どうして?」

「あ~……う~ん……まあ、古さでいうと、1922年に生まれた日本供産党の方が、1955年に誕生した自由眠主党より古いんよ。ほら、あそこにいはる鳩山総理のお爺さんと吉田茂がつくったんやけど、知ってた?」

「知らない。そういうこと言ってるんじゃなくてさ。自眠党って、すぐ悪いことするよね? お金に汚いし。アユちゃんもワイロとか欲しいの?」

「いらんよ。歳費はもらうけど」

「うん、660万円で十分だよね。だからさ、供産党においでよ」

「う~ん……たしかに自眠党は金権政治で戦後の日本をつくってきたかもしれんけど、逆に1955年の時点で供産党が与党やったら、どうなってたと思う?」

「すごくいい国になってたよ、きっと」

「………。今の仲国と北朝鮮を、どんな国やと思う? あそこに今、住みたい?」

「住みたくない。でもさ、仲国の供産党と日本の供産党は別物だって、党のみんな言ってるよ」

「最近は日本供産党も軟化してきたけど、昔はバリバリやってんよ」

「あ~……アユちゃんは自眠党にいて、いろいろ吹き込まれてるね。そういうの全部ウソだよ。一種の洗脳」

「………。ほな、現状の問題への態度で考えてみよ。とくに憲法9条、供産党さんは改憲反対やん?」

「うん、反対。9条は日本の宝!」

「軍隊が無いのは、街に警察がおらんのと、いっしょよ?」

「軍隊があるから戦争するんだよ」

「………もし、軍隊が無い国に、別の軍隊がある国が攻め込んだら?」

「そうならないよう話し合うべき!」

「………。話し合っても解決できんときは?」

「解決できるまで話し合う!」

「…………9条は日本の宝っていうけど、そんな、ええもんやったら、もっと世界中に拡がると思わん? どこもかしこも、この条文さえ憲法にあったら、平和になれる、そんな素敵な条文なら、いろんな国が採用すると思わん?」

「そうなるように、いっしょに頑張ろうよ」

「…………」

 どないしよ、時間の無駄や、西沢先生はそれなりに立派な人やったけど、この子は、いい子やけど、それだけや、お花畑で夢見てはる、お花畑かて根本では昆虫とか微生物が弱肉強食やってんのに、花しか見てない、花か……花って植物にとっては生殖器なんよな……それを丸出しにしてるわけで羞恥心ゼロやな……まあ、それ以前に心も意識もゼロっぽい生き物やけど……動物でも、犬も猿も裸やもんな……羞恥心、人間だけや……知恵の実を食べた結果とか、陽湖ちゃんは言うけど……アフリカとか、アマゾンに行ったら裸に近い部族もいるし……単に生活環境の気温の問題ちゃうか……でも、ああいう部族にも同性愛者いるんかな……いるんやろな……殺されるのかな……話し合いで解決できんのかな……、と鮎美は対話に徒労感を覚えて別のことを考えていく。音羽が鮎美の肩を揺すった。

「ね、聴いてる?」

「あ、ごめん、ごめん、ちょっと疲れてて」

「うん、疲れるよね。クジ引きで、こんな急に議員にされて。はぁぁ…」

 音羽がタメ息をついたとき、司会者がマイクで告げる。

「それでは、ここで音羽響香先生より、新たな参議院議員としての決意表明をお願いします」

「は、はい!」

 音羽が壇上へ向かい、原稿を読み上げる。

「私、音羽響香は国民の代表として…」

「………」

 可愛くて素直そうな子やな、うちが担当で供産党が手をつける前やったら、どうとでも勧誘できたかも、と鮎美は緊張して額に汗を浮かべながら決意表明している音羽を見守った。終わると盛大な拍手を送る。音羽が戻ってきた。

「はぁぁ……終わった。今日のお役目、終了♪」

 音羽からアルコールと汗の混じった香りがする。

「キョウちゃんって響く香りと書くんやね。ええ名前やね」

「そうかな……子供の頃はキョウカだから強化人間とか言われてイヤだったよ」

 音羽が額の汗を手の甲で押さえると、汗に濡れた腋が見えて、鮎美は舐めたい衝動にかられた。

「……」

「何見てるの?」

「あ、ごめん。可愛いドレスやと思って」

「今さら? けど、今さらだけど、アユちゃんの制服も可愛いよ。あ、鮎美って、どういう意味の名前なの?」

「父さんが釣りが好きでな。縁起のええ魚やし、うちが今住んでる琵琶湖の名産やし、あとは母さんが美しい恋と書いて美恋って名前で、その一字をもらったんよ」

「美恋ってステキな名前」

「そやね。名前の通り、素直な人やわ。キョウちゃんみたいに。うちの性格は父さんに似たかな」

 決意表明が終わったので、もう懇親会も終了となる。政治的方向性は別々になってしまったけれど、とりあえず音羽とは連絡先を交換してから会場を出た。出たところで鷹姫が待っていて、何か言いたそうな顔をしている。それは深刻ではなかったけれど、何かある顔だったので問う。

「鷹姫、どうかしたん?」

「さきほど嵐川先生より連絡があり、懇親会が終わったら、話があるので芹沢先生の宿舎の部屋を訪ねるとのことです。予定は空いておりましたが、未定であると伝えました。お会いになりますか?」

「うん……会うわ」

「では、そのように伝えます」

 鷹姫が電話をかけているのを見守っていると、直樹が声をかけてきた。

「ちょっと用件があるから、あとで部屋に行ってもいいかい?」

「あ~……嵐川先生からもアポがあって。あんたは、どうせ眠主党への勧誘やろ。蹴り出すで」

「そうか、彼女から……むしろ、ちょうどいい。ボクも彼女の件で行くから。入れてくれ。一時間後に行く」

「……そういうことなら……。今夜も、すぐに寝られそうにないね……」

 鮎美は宴会場に戻ると、まだサービスしてくれているドリンクコーナーでアイスコーヒーをもらった。

「芹沢先生、まだ、お仕事ですか?」

 そう問う木村も酔い醒ましにコーヒーを飲んでいる。よく見れば15人くらいの議員が同じく酔いを醒まそうとしているので、まだ人と会ったり、仕事をしたりするのだと、わかった。

「はい、まあ。今夜こそ、ゆっくり寝られる思たんですけど、急にアポが入って」

「体調には気をつけてください」

「おおきに。木村先生もご自愛ください」

 握手を交わして、お互いを労った。すぐに鮎美は鷹姫と議員宿舎の自室へ戻ると、翔子が訪ねてきた。鷹姫が中へ入れる。

「どうぞ、お入りください」

「同級生が秘書なんて、まるで子供の遊びね」

 言いながら翔子は勧められていないうちにソファへ座った。横柄な態度でドサッと、お尻をおろしたのに、もっていた古いリュックサックは丁寧な動作で隣のソファへ置いた。そのリュックサックのチャックは開いたままなので、鮎美と鷹姫は事前に相談した静江が言っていたことが当たり、何かの機器で会話を録音しようとしているのだと気づいた。そして、逆に鮎美も室内に録音機を隠している。翔子が座ったソファの前にあるコーヒーテーブルの下段と、鮎美の執務机の筆立てに仕掛けていて、お互い様のようだったし、実はネット回線で地元へ帰った石永もリアルタイムで聴いているし、必要とあれば助言をくれる予定だった。翔子は鷹姫を足元から頭の先まで見て言う。

「たしか秘書の給料って上限50万円くらいだったはずよね。いくら、もらってるの?」

「はい、50万円です。………」

 とっさに答えてしまってから、郁子から給料の額は他言しないように諭されたことを思い出したけれど遅い。鮎美も言ってくる。

「鷹姫……そういうこと素直に答えんでええよ。まあ、隠すことでもないけど。それで、ご用件は?」

 鮎美は執務机の前に座ったまま問うた。今まで習った接客態度としては相手へ近づいてソファに腰かけるところだったけれど、もう翔子の対決姿勢は明らかで、できれば関係を修復するよう静江からは言われているものの、不可能であればダメージを受けないようにとも忠告してもらったので、注意して対決することにした。翔子が座り直して足を組み、背もたれに上半身を預けて問う。

「お茶くらい出さないの?」

「招かれざる客に出す茶は無いねん」

 録音されていることは、わかっているけれど、つい挑発に挑発で応じてしまい、鮎美は内心で自分の軽率さへ舌打ちした。それでも、それを表情には出さなかった。翔子が冷たい目で鮎美を睨む。

「………。ふーん、そういう態度なわけね」

 翔子は組んでいた足を組み直して、腕組みもして鮎美を見据える。

「あなたは私のこと、いろんな党の担当に奢らせてケチな女だと思ってるんでしょうね」

「……ケチというか…」

 さもしいというか、あさましいというか、同じ女でいるのが嫌なんやけどね、と鮎美は考えたけれど、口には出さない。できれば翔子とは仲直りしたいという党としての目標はあるものの、どうにも彼女を好きになれないし、頭を下げてまで関係を修復したいとは思えない。そこまで自分を曲げたくなかった。

「けど、あなただって当選してから、何度も誰かに奢ってもらったでしょ?」

「…それは、まあ……そういうこともありましたけど……面談として、定められた金額の範囲で…」

「私も金額の範囲よ」

「………。やとしても、ほとんど毎日というのは、どうなんですか? それは単に食費を浮かしてるだけやん」

「何も違法なことはしてないわ」

「………」

「なのに、あなた、他の議員を扇動して、私を除名するよう影でコソコソ働きかけてるでしょう」

「別にコソコソなんてしてませんし。そういう声が起こるのは、あんたの態度に問題あると、みんなが思うからちゃいますか?」

「そう言う、あなたは今日までに、どれだけ経費を使ったの? 党に所属すると去年のうちでも経費が出るはずよね。いくら使ったの?」

「………別に、そんなん、あんたに答えることちゃうし」

「開示できないわけ? 政治資金の収支開示、決算報告は議員の義務で、何人も閲覧を妨げられないはずなのを知らないのね」

「知ってるし!」

「なら、言ってみなさい。いくら? 去年の経費、全部で、いくらなの?」

「…………」

 鮎美は答えるべきか判断に迷ったので、気づかれないようにパソコン画面を見ると、開示してよし、と石永がメッセージを打ってくれていたので言う。

「たしか…1千……4…、……鷹姫、正確には、いくらやった? 開示したって」

「はい、今調べます」

 鷹姫が大きなロッカーからファイルを出して、必要なページを開き、答える。

「1千486万9165円です」

「ぃ……ぃッ?! いっせん400万っ?!」

 驚いて翔子が立ち上がった。

「どれだけ使い込んでるのよ?! 当選がわかったの五月でしょ?! すぐに党に入ったとしても、そこから半年で! 家が一軒買えるじゃない!!」

「……ぃ……家は無理やと……」

「1500万もあれば中古で買えるわよ! 恐ろしい子!! 党からのお金って、もとは政党交付金だから税金なのよ?! みんなの!! それを1500万も半年で使い込むなんて、どんな神経してるの?!」

「……使い込んだとか……うちが着服したみたいに言うのやめてもらえます?」

「じゃあ、あなたの資産は?! 政治家には資産の開示義務もあるよね?! 当選する前と今で、どのくらい増やしたの?!」

「資産って……うちには、資産らしいもんは、預貯金くらいしか……」

「いくら増やしたの?!」

「……鷹姫、うちの通帳ある?」

「はい」

 鷹姫が通帳を出してきてくれる。鮎美は受け取って自分で見る。あまり翔子には見せたくない金額に残高が大きく膨らんでいた。支部での勉強への出席や各種行事への参加手当、選挙応援で、しっかりと振り込まれていて、それを使う機会が少ないまま、普通預金においていた。

「……うちは普通の高校生やったから、当選する前はお年玉を貯めておいた分とかで15万くらいしか無かったんよ」

「見せなさい!」

「………」

「開示は義務よ!!」

「わかってるし!」

 鮎美は通帳を翔子へ渡した。受け取った翔子が、また驚いた。

「539万?!」

「「…………」」

「よくも貯め込んだものね!! たった半年で!! 1400万のうち540万も盗るなんて!!」

「それは勘違いや。うちへの手当は党から出る。党支部の経費にはなるけど、うちの政治資金としての収支には入ってこん。そんなことも知らんの?」

「ということは合計で2050万も手にしたの?!」

「手にしてへん! 1400万の方は右から左に払ってる! 東京事務所の内装を変えたり! 秘書への給与は、ここにあがるし! みんなの交通費もあるし! 宿泊費もある! 接待かてあるし! あんたに奢ったカレー代かて月末には帳簿にあげるし!」

「私は一回1000円以下ばかりよ! 300回でも30万円にしかならない! 2050万円も手にした人が30万円の接待を受けた私を除名?! 笑わせないで! あなたの方が、よっぽど悪質よ!!」

「誰が悪質やねんっ?!」

「芹沢先生!」

 鷹姫に呼ばれて、鮎美は冷静に対応するはずだったことを思い出した。すでに石永からも何度も、落ち着いて、落ち着いて、とメッセージが来ている。鮎美は深呼吸してから言う。

「政治活動には何かとお金が要んのよ」

「何それ? どこかの腹黒な政治家が言いそうなセリフ」

「……」

 うっ……指摘されると、うちも自分で言ってて、その通りやと思うけど、会計も、この通りで不正はない、年末に鷹姫とチェックしたし、と鮎美は座り直して横髪をかきあげ、耳にかけた。

「ポスター一つ作るにしても30万60万と要るし。うちも鷹姫も運転免許はないから、もったいないと思ってもタクシーに乗るし」

「バスで移動すればいいでしょ」

「あんたの地元の京都と違って、うちらのところは平日昼間は2時間に1本や。ローカル電車も。大阪で育ったうちも最初は、めちゃ驚いたわ。乗り逃したら2時間待ちやで? 接続が悪いと、うちらの住んでる島から最寄り駅まで3時間や。新幹線やったら東京名古屋間ほどかかる。そんなんで仕事が進むわけないやん」

「……。免許、取りなさいよ。高校3年生でしょ」

「校則で3年生の3学期までは禁止なんよ。それに今月から鷹姫は教習所いくけど、政治家本人は運転も避けるねん。知らんの? 無過失責任いうて交通事故を起こしたとき問答無用で運転手が…」

「無過失責任くらい知ってるわ。バカにしないでちょうだい。私、法科大学院生よ」

「やったら、わかるやろ。運転は危険なんよ」

「なら免許のある秘書を雇いなさい。役に立たないお友達を連れてないで」

 バンっ!

 鮎美が机を掌で叩いた。

「鷹姫は記憶力もええし! そこらの男より体力もある! あんたは知らんでも、うちにとっては最高の秘書や!」

「フン、この子が月給50万ももらう価値があるっていうの?」

「忙しい日は早朝から深夜までや。今夜かて、あんたのせいで勤務中なんよ」

「人のせいにして残業代を稼いでるのね」

「やかましわ! あんた何が言いたいねん?! 用件は何や?!」

「経費の領収書を見せなさい。1400万も何に使ったのか、ちゃんと領収書はあるんでしょうね?」

「あるし! 鷹姫、領収書の冊子を出したって」

「はい」

 また、すぐに鷹姫は領収書を糊付けしたものを束にした冊子をロッカーから出してくる。翔子は受け取ると一枚一枚、目を通していった。

「……一日に何回もタクシーを使って……」

「言うたやろ、免許ないし田舎なんや。秘書の自家用車を使って送迎してもらった場合もガソリン代と車両代を案分してるし」

「…………タカ井……って、なに、この旅館? 二人で泊まって10万円以上とか」

 翔子が高額の宿泊費に目をつけたけれど、鮎美は落ち着いて答える。

「それは一人1万円までしか経費化してない。残りは、うちのポケットから出してる。なにも不正はないよ。選挙応援活動中の外泊でもあるし」

「だとしても高校生が、こんな高級旅館に泊まる必要があるとは思えないわ」

「県内の観光資源を知るのも勉強や。ここはグルメサイトランキングでも上位やし、知っておいて損は無いし、何より経費として計上したんは二人で2万円だけや」

「もっと安いビジネスホテルに泊まればいいでしょ。ネットで探せば2980円でもある」

「だいたいの日は、ビジネスホテルがメインや。けど、あんまり安いと女だけで泊まるんは不安あるし、部屋の中で事務仕事したりパソコン開けたりするスペースも欲しいんや」

「あ、この日も高いホテルに泊まってる」

 翔子が西村の通夜後に泊まったシティホテルの領収書を見つけた。琵琶湖が一望にできる高層ホテルで県内でも名高い。

「そこも県内の有名どころやし、その夜は通夜で遅くなったから、もともと選択肢は少なかったんや」

「うわっ……香典まで経費にしてる、どこまで、がめついの。どんな神経してるの?」

「っ……」

 鮎美は頭に血が上るのを、はっきりと自覚した。経費にしたのは事実でも、西村の死を悼む気持ちを侮辱された気がする。そして一枚一枚の領収書や金銭の流れをチェックされること自体も、腹の中を探られるような不快感が本当に腹部に湧いてくる。怒鳴りつけて部屋から蹴り出したい衝動を覚えた。けれど、鷹姫とパソコン画面内の石永からの視線で、自制心を発揮して深呼吸した。

「はぁぁ……うちが普通の女子高生やったら、阪本市に住んではった西村先生の葬儀に参加することは100%ありえんのよ。私的な付き合いやなくて、完全に仕事、うちが死んで他の議員さんが来てくれはっても、きっと、みんな経費にしはる。そういうもんや」

「しかも、この香典の金額、自分で書き込んでるじゃない。ちゃんとした領収書ではないわ」

「どこの世界に香典の領収書もらう人間がおんねん! こっちで書証を作成してもよいことになったるし、いっしょに貼り付けたる西村家からの弔問感謝の書状があるやろ。それで十分なんや!」

「タクシー使いまくって香典まで経費にして、その夜は高級ホテルに泊まって。あなたって人として最低ね」

「…………」

「顔に冷や汗を浮かべて。さすがに、自分の立場が危ないって気づいたの? でも、もう遅いわ。ここまでの会話、録音させてもらってるから」

「……これは冷や汗やない……」

 鮎美が額に浮いていた汗を指先で拭いた。

「あまりに怒りすぎて、どつき倒したいのを我慢する苦痛の汗や」

「脅迫?」

「芹沢先生、私も我慢の限界です。もう許せません」

「鷹姫……」

 鮎美は頬を赤く怒りで染めてる鷹姫の顔を見て、逆に冷静になった。

「やめよ、うちらを怒らして、失言なり暴言なりを狙うんが、こいつの狙いやろ。うちの会計は党の指導も受けて、経験豊富な秘書がまとめてる。何も不正はない。一つ一つに、ちゃんと理由と必要性がある」

「ふーん……お茶菓子も塵も積もれば山で、すごい金額ね……かねや? あの有名なお店……そんな高級なお茶菓子が必要なのかしら……自分たちで食べたいだけじゃないの」

「いろんなお客さんが次々くるさかい、党支部でも用意してるし、うち名義でも用意するんよ。何も不正はないよ。かねやさんは東京でも有名やから、こっちでの接待にも使うし。……」

 とは言うても、うちのポイントカードは、とんでもない勢いで貯まっていくんやけど、それは不正にならんって話やし黙っておこ、と鮎美は考える余裕も生まれた。痛くもない腹を探られる不快感にも慣れてきた。

「どうぞ好きなだけチェックしたって。何も出てこんから」

「……あ! 制服! 学生服まで経費にしてる! これは完全に私的利用!」

 領収書の中には学生服も含まれていた。

「選挙応援で汗かいたりするから予備もいるし、新年祝賀の儀に参加するのに新調したりで必要やったんや」

「だとしても制服なんて私服と同じよ!」

「女性議員のドレスに比べたら、はるかに安いし、男性議員の燕尾服に比べても安価や」

「学校に着ていくことがあるから私的利用よ!」

「普通の高校生としての分は転校してきたときに買ったし。普通の高校生やないから、冬服だけで5着もあるねん。私的な必要性の分は父さんが出してくれてる。追加で買ったんは、すべて政治活動に必要やからよ」

「……この制服、ずいぶん凝ったデザインね。私立?」

「そや」

「議員になる前から、恵まれた家庭だったわけ」

「……別に、ごく普通の家庭やし」

「父親は何の仕事をしているの?」

「………答える義務ないけど……建築家や」

「ああ、なるほど、それで自眠党なわけ。ゼネコンと自眠党、べったりね」

「勘違いせんといて、うちの父さんは建築業やけど、公費での建設事業に入札するような仕事はしてへん。主に個人宅の設計や。ちょっとは有名やから、お金持ちとか、医者さんからの注文が多いけど、公費にからむことは無い」

「父親の年収は?」

「それこそ開示義務ないし、そもそも知らんし。あんたのオヤジは何の仕事してるねん? 年収は? 気分ええか? こんなこと訊かれて!」

「公務員よ。役場の、つまらない仕事」

「………悪くないやん。あんたも恵まれた家庭やん」

「…………」

「そろそろ用件に入るか、帰るかしてくれへん? 明日もお互い朝から研修やん。それとも、きっちり領収書、全部に目を通すん? ほんなら別に時間を取って他の秘書に立ち会わすさかい、日を改めてくれん。というか開示義務はあるけど、それは手続きを踏んでの話なんを、うちの善意で見せてあげてるんやし。まだ見たいなら、手続きとってや」

「これだけあれば、もう十分よ」

 翔子がバサッと冊子をコーヒーテーブルに投げ置いた。

「2050万円も好きに動かして、そのうち550万も貯め込んだ。この事実があれば、私の30万円なんて消し飛ぶ。あなた議員になって調子に乗りすぎよ、庶民感覚とっくに無くしてるわ」

「「…………」」

 そう言われると反論に困った。不正はないけれど、とっくに庶民感覚は無くなってきている気がする。タクシーで移動すれば一回で高校生のお小遣い1ヶ月分が飛んでいくのに、もう何とも思っていない。さきほどもホテルでの夕食代として鷹姫へ13000円も渡した。これは経費にしないけれど、500万円超も預貯金があるゆえの振る舞いで、高校生のすることではないと言われれば反論はない。翔子は微妙に四捨五入して金額をあげて言ってくるけれど、実は受け取った手当関連の報酬は総額700万円を超えていて150万円ほどは高めの宿泊費や個人的な飲食に費やしている。とくに東京に出ると、お金が湯水のように消えるし、そんな使い方は女子高生のすることではないとも、頭の片隅ではわかっている。女子高生の外食といえば、せいぜい安価なファーストフードチェーン店であるミクドナルドくらいのもので、ホテルのレストランで夕食を済ませるというのは鐘留のようなお嬢様クラスの行動だった。しかも鷹姫は秘書の立場で議院記章をつけたままレストランに入ったので、同時刻に宴会場で参議院議員たちの懇親会が開かれていることを頭に入れているボーイやウエイトレスたちは、若い女子が一人で学生服のままホテルレストランで夕食を済ませるという、やや特異な状態でも気を遣って窓際の席に案内してくれていたし、鷹姫も鮎美からの好意なので、しっかりと食べたために、もらった金額を使い切っている。鷹姫は他の秘書の行動を気にしていなかったけれど、木村や松尾の秘書などはホテルを出て牛丼屋や定食屋を探しているのが平均だったし、より安価に済ませている秘書はホテル地下駐車場でコンビニのオニギリを食べる程度だった。翔子が言ってくる。

「あなたこそ懲罰を受けるべきよ」

「………」

 鮎美が不安になってパソコン画面を見ると石永から、大丈夫だ、とメッセージが来る。

「…………」

 ホンマに大丈夫なんやろか、総額2200万円くらい、うち一人の存在で動いてるし、すべて元は税金や、家一軒中古やったら買えるし、国民から批難されたら、うちの方が懲罰を受けるんちゃうやろか、と鮎美は少し不安になり腋の下に汗が浮かぶのを感じたものの、表情は変えずに翔子を見据える。

「「…………」」

「…………」

「「…………」」

 やや重い沈黙が場を支配したとき、直樹が訪ねてきた。鷹姫が対応して室内へ入れた。

「やぁ。いい雰囲気では無さそうだね」

「……当たり前やん、何の用よ? 眠主党への勧誘やったらホンマに蹴り出すで」

「嵐川翔子の件については参議院の眠主と自眠で共同歩調を取ることになったよ。二党だけじゃない、供産も活力も賛同してくれた。ここに署名がある」

 直樹が数枚の紙片をコーヒーテーブルに置いた。

「参議院議員203名のうち、嵐川翔子を除いて202名、その中で181名もが懲罰に賛同の署名をしてくれた」

「「っ…百8じゅう……そんなに…」」

 期せずして鮎美と翔子が異口同音した。

「わかるよね。除名に必要な3分の2を軽く超えてる」

「ヒッ……」

 翔子が息を飲んでから喚く。

「卑怯よ!! 罠にかけたわね!!」

「「「………」」」

「どんな手を使ったの?! 訴えてやる!!」

「おいおい」

 直樹が肩をすくめて、前髪を手先で払ってから言う。

「立法府がその権限で行った懲罰を司法が覆せると思うのかい?」

「っ…、ぅ…ぐっ…罠よ! 私をハメるための罠!!」

「いいや、君への評価だよ。みんな、君の態度にかなり怒っている。とくにボクら一期目6年任期の議員たちは強い危機感を持ってる」

「危機感……なんでやの?」

「ボクらの任期が、あと3年だからさ」

「「「………」」」

「ああ、まだ、この感覚は君たちにはわからないかな。いわゆる、そろそろ選挙が近いって気分さ。正確には国民審査だけどね。実はボクらの中にも楽観していた人が多くてね。一期目3年任期だった議員で続投を望んだ人たちも、ほとんどは落ちないだろうと思っていた。最高裁判所の裁判官が、かつて誰も罷免されなかったように。けれど、蓋を開けてみたら無所属が19人、所属政党ありでも6人が落ちてしまった」

 直樹が大袈裟に両手をあげた。

「正直、ビックリだったよ。けど、考えてみれば落ちた人は、落ちて当然の人ばかりだった。嵐川さんみたいな無所属で一切仕事をせず国会にだけ顔を出した人や、実は認知症なのに家族がお金ほしさに出席させられていた人、仕事をしようとはするけれど変な法案を提出しようと頑張ったりする人もいたし、所属政党があっても、お金にばかり目をやって党内での評判が悪かった人や、単純に偉そうにしまくった人なんかが、軒並み落ちた。いやはや国民の目は厳しいし、正確だったよ。天網恢々疎にして漏らさずとは、このことだね。落ちた人の中には任期中にボクらも懲罰動議をかけようかと思うほど素行の悪い人もいたけれど、なかなか前例のないことには、みんなも及び腰になってしまい3年を徒過してしまった」

 直樹が紙片をコーヒーテーブルに並べた。そこには嵐川翔子への懲罰を動議する表題で議員たちの署名が集まっていて181名の名があった。直樹が鋭く翔子を見据える。

「けれど、今回は違う。早期に芹沢先生が大声で言い出してくれたし、とくに怒っているのは嵐川先生の担当を半年間、各党から指令されていた議員たちだ。ボクは幸いにして芹沢先生が早めに入党してくれたから勧誘業務から開放されたけれど、嵐川さんに半年も付き合わされた議員は、たまったものじゃない。昼か夜、必ず食事時に拘束されて時間を無為に過ごすわけだ。君は面談と言いつつ、一切の会話を拒否して食べるだけだったよね?」

「……少しは話したわ……」

「挨拶くらいにね。それは面談だと言い張るための口実だろう。いっそ君へ、お金を渡して無駄な時間から解放されたいと提案する議員もいたけれど、君は贈収賄にあたるといって拒否したよね?」

「不明朗な金銭の授受は禁止されているはずよ」

「どこまでも合法的に君は、たかりまくった。付き合わされた方の怒りがわかる? けど、なんとか勧誘したいし、入党してくれないまでも奢った回数を君は閻魔帳のようにつけて、賛否きわどい採決のさいに義理を果たすと言ってくる。こうなると、怒鳴りつけて投げ出すことも党の指令を受けているから、やりにくい。悪い女だね、君は。女性に向かって言いたくはないけれど…、いやいや、言ってしまいたいから言うけれど、クソみたいな女だな、本当に」

「……………私以外にも所属政党を決めずに引っ張っている人はいるわ!」

「あ~、いるね。一年は様子見するとか、そういう人も。けど、その気持ちはわからなくもない。かくいうボクもコウモリだし。支持政党の無い人間がクジ引きで、いきなり当てられたんだ様子見するということに、どの党の担当も一定の理解はするさ。党の上層部も同じくね。そして、ときどき勧誘に行って面談のさいには飲食接待もあるだろうけど、君ほど露骨で悪質な者はいなかった」

「………」

「はっきり言えば、君のような者を、のうのうと議員たらしめていると3年後、ボクらが受ける国民審査は実に辛いものになるだろう。辛口はカレーだけにしてほしいし、君の担当は、みんなカレーが嫌いになったそうだよ」

「っ…自分たちが落ちないために私を除名する気っ?!」

「ああ、君を除名するという義務を怠るより、いいという結論だ。そのくらい、みんな怒ってる。いっしょにされたくないとね」

「っ…っ…」

 翔子は二度続けて息を飲み、それからコーヒーテーブルにある帳簿と領収書の冊子を取り上げた。

「これを見なさい!!!」

「これは?」

「私より、ずっと欲深い女が2500万円も公金を使い込んだ証拠よ!!」

「ふーん……見てもいい? 芹沢先生」

「あ、うん、まあ、どうぞ」

 鮎美が許可したので暫く直樹は帳簿と冊子をめくっていたけれど、タメ息をついた。

「はぁぁ…これは普通の経費じゃないか。たまに、やたら高いところに泊まってるけど、私費で埋めてるし。何も使い込みはないよ」

「2500万よ! 全部で! たった半年で! しかも600万近く私腹を肥やしてる!」

「たまたま選挙が重なったからね。それでなくても、ボクら新制度の参議院議員の歳費は660万円と少ない。選挙資金が要らないからというのが理由だけれど、本当は政党に所属して議員らしく活動してくれる人には以前と同程度の歳費になるよう制度設計して党からお金が出るのさ。ちゃんと活動すれば、かなり経費もいるし、報酬も国会議員らしくなる。芹沢先生は、これで他の議員と比べれば控え目な方だよ。ちょいワルな議員になると女性秘書との宿泊費を経費にしたりする。のちのち、その秘書と結婚したりするし、その議員は、たぶん国民審査で落ちたかな」

「………」

 鮎美は少し背筋に寒いものを覚えたけれど、顔には出さない。背筋が凍っているのは翔子だった。

「っ…っ…」

 もう自分を守る理屈が無くなり、唇を震わせて涙を滲ませている。

「あとは発起人として芹沢先生が署名してくれれば、除名にむけて動き出すよ。問題なのは日程かな、すぐに除名するか、国会の開会式後にするか」

「っ…まっ…待って…ちょっと待って…」

 すがりつくように翔子が直樹へ言う。

「わ、私、まだ……1円だって報酬をもらってないわ…」

「ああ、そうだろうね。月末にならないと入らないから。だからこそ、君なんかに1円の税金も投入せず除名したいって先生方が多くてね」

「ヒッ……」

「旧来の懲罰による除名は、国民からの信託を得た議員を弾くわけだから、少数者の意見も大切にするって原則を鑑みれば、おいそれと行うことはできなかった。けど、ボクらはクジ引きだ。あまりに質の低いものが混じっていたら、弾いて、もう一度、クジ引きをすればいい。誰かの一票が死票になるわけじゃない。きっと、高確率で君よりマシな人間に当たるだろう。それが一日でも早ければ、次の人が勉強する時間も早まるし、次の人に満額の歳費がいく方が合理的だ。だから、みんな、今夜のうちに署名を集めることに賛同してくれた。署名しなかった人も、だいたいの主旨には賛同しているよ、単に慎重だったり様子見だったり、議長だから一歩引いて見るという理由だったりするだけだよ」

「…っ……嫌よ! イヤ! そんなこと私は同意しない!」

「……。芹沢先生、この一番上、ここにサインして、今夜中に竹村議長へもっていくから」

「雄琴はん……」

 みんな本気なんや……うちが言い出したこと………どないしよ……ホンマに除名してしもてええんやろか……石永先生も除名ってメッセージをくれてるけど……うちが発起人で……一人の議員さんを斬る……、と鮎美が悩みつつもペンを持ったときだった。

「させないから!!」

 そう叫んだ翔子が紙片を奪うと、破いた。何度も破いて紙くずにしてしまう。

「ハァっ…ハァっ…ハァっ…」

「「「………」」」

「こ、これでも、もう…」

「終わりだね。つくづくバカな女だ」

 直樹が深いタメ息をついた。

「君は法科大学院生だったよね。なら、紙切れとはいえ、これが器物破損だってわかるだろう。まして、良識の府に属する議員181名が手ずから署名したものだ。最高裁判所の判決文にだって比肩するだろう。それを破り捨ててしまった。さっきまでなら、除名までいかず陳謝で済んだかもしれない。竹村先生は優しいからね、みんなの勇み足を止めてくれたかも。芹沢先生だって迷った目をしていた。けど、もう終わりだ。さようなら、嵐川翔子」

 直樹が冷たく微笑すると、翔子は顔を真っ赤にして涙を零した。

「っ…こ、こんな私でも! 私も死ぬ思いで! もう死ぬ思いでもう! あれよ! 一生懸命! 苦痛に苦労に重ねて! やっと選出された代表者たる議員になったからこそ!」

 翔子が金切り声をあげ、号泣しながら叫びだした。

「こうやって法律機関のみんながイジメるのが! 本当にツラくって! 情けなくって! 子供にだって本当に情けないのよ! だから! ………法律のイジメを受けて! 議員という大きな! くっ…カテゴリーに比べたらァ! 経費の! 接待費の! 政務調査費のォ! セィッイッム活動費の! 報告ノォォ! ウェエっ! ぐすっ! 折り合いをつけるっていうーっ! ことで、もう一生懸命ホントに! 子供の頃から! 保証ゥゥ人のハァアアアアァ! 連帯保証人問題はァァ!! 我が国のウワッハッハーーン!! 我が国のッハァアアァァ!」

「「「……………」」」

「我が国ノミナラズ! 世界みんなの! 日本中の問題なのよ!! そういう問題ッヒョオッホーーーっ!! 解決ジダイガダメニ! 私ワネェ!」

「………」

 え……何、……この人……泣いてんの……何を言うてはるんやろ……意味がわからんわ……泣きながら喋ったら舌を噛むで……、と鮎美が困惑して思考停止になり、直樹と鷹姫も似たようなものだったけれど、翔子は号泣しながら演説を続ける。

「ブフッフンハアァア!! ッウーン! ずっと苦労してきたのよ! だけど! 変わらないから! 変わって! ワダヂが! 当選して! 文字通り! アハハーンッ! 命がけでイェーヒッフアーーー! ……ッウ、くっ…芹沢鮎美! あなたには分からないでしょうけどね! 平々凡々とした人生を終了して! 本当に、誰が苦労しても一緒なのよ! 誰がなっても! なのに私があああ! 苦痛して!!! この世の中を! ウグッブーン! ゴノ、ゴノ世のブッヒィフエエエーーーーンン!! ヒィェーーーッフウンン! ウゥ……ウゥ……。アーーーアッア!! ゴノ! 世の! 中ガッハッハアン!! アーーー世の中を! ゥ変エダイ! その一心でええ!! ィヒーフーッハゥ。一生懸命生きて、私に運もない、私がクジに選出されて! やっと! 議員に! なったんですぅうう!! だから、こんなイジメを、みんなに指摘されて! 受け止めデーーヒィッフウ!! アーハーアッァッハアァーーン!! 運命が、受け止めて! 一人の大人として社会人として! 折り合いをつけましょうよ! そういう意味合いで! 自分としては30万円でキッチリ遠慮してるのに! どうして私が除名されないといけないの?! と思いながらも! もっと大きな、目標ォ! すなわち! 本当に、連帯保証人を、自分の力で、議員一人のわずかな力ではありますけれども、解決したいと思っているからこそォォ!! ご指摘の通り、平成22年度には395回食べました。30万1010円支出させて、いただきました。ごちそうさまでございました! そのご指摘を真摯に真剣に受け止めようとするから! 一人の大人として、何とか折り合いのつくところで折り合いをつけさせて…議員として活動させていただきたいからこそ! たえに、たえて! 何とか折り合いのつくように! これは議会全体の問題に関わることかもしれないという、恐れもあるから! 他の先生方のご意見も真摯に受け止めなければいけない、そういうスタンスに立って、もうお腹の中では、たえに、たえて! たえに…うっ?!」

 号泣しながら演説していた翔子が突然に両手で口元を押さえた。

「うっ?! ううっ…ウエエエっ!」

 翔子が嘔吐した。カレーピラフだった嘔吐物が翔子の指の間から噴き出してきて、ボタボタとコーヒーテーブルの上に拡がる。

「おい、大丈夫か?!」

「無理に泣きながら喋るからやよ……」

 鮎美が近寄って翔子の背中を撫でる。

「とりあえず気の済むまで泣きぃよ。それから話があんにゃったら、ちゃんと聴くし」

「うっ…うぐっ…うわあああ! うわあああん!」

 泣き出した翔子の背中を鮎美が優しく撫でているのを見て直樹が言う。

「芹沢さんは優しいというか、女の子というか……」

 直樹は鷹姫といっしょに嘔吐物を片付け、バケツに集める。破られた紙片と嘔吐物が混ざっていて、すぐにトイレに流すべきか、判断に迷う物体になった。そのうちに翔子が泣き止み、シャワーと鮎美の体操服を借りて着替えた。

「……ありがとう……ごめんなさい……」

 再びソファに座った翔子は顔を伏せて下を向いている。鮎美が水を向けた。

「それで? さっき話したかったことは何なん?」

「………私の……私の父は公務員だったの」

「らしいね、ほんで?」

「母も公務員だった。二人とも役場勤務で知り合ったのよ」

「へぇ……」

 恵まれた家庭やん、と鮎美は思ったけれど、翔子は続ける。

「人並みの幸せを手にしていたのは、私が小学校5年生までのこと」

「「「………」」」

「私の祖父、父の父は小さな会社を経営していたわ。けれど、台風の強風で作業場が倒壊して祖母と圧死してしまった」

「……それは気の毒に……」

「祖父には事業での借金もあったけれど、生命保険とか会社の土地とか、いろいろで父には相続で260万円が入ってきた。……もっとも葬儀で215万円も使っていたから、実際に手元に残ったのは微々たるものよ」

「「「……………」」」

 三人とも相槌の打ちようがないので黙って聴く。

「なのに、祖父が亡くなって三ヶ月を過ぎた頃、銀行から通知が来たわ。祖父は地元の商工会の社長仲間と相互に借金の連帯保証人になっていて、300万円が焦げついてるから支払えということだったの。ここまでの法律関係、わかりますか?」

「えっと……相続放棄ができる三ヶ月を過ぎた後になって、連帯保証人やったことがわかったから、問答無用で嵐川はんの父さんに継承された。しかも、主たる債務者が支払えなくなったから、代わりに払えと?」

「そうです。芹沢さん高校生なのに、本当によく勉強されていますね……すごい……。それで、父と母は、お金を工面して、なんとか支払った」

「それは……不幸中の幸いというか……」

「でもね、祖父が連帯保証人になっていたのは、その会社の件だけじゃなかった。銀行は相互に連帯保証人を頼ませることで、融資しやすく、融資を回収しやすくしていたのよ。結局、祖父は5件、合計3600万円の保証債務を負っていた。これが次から次へと、父へ請求が来たの」

「「「…………」」」

「中学へ入るとき、制服を買ってもらえなかった。近所を頼み歩いて、譲ってもらった制服と靴で入学式へ行った………お小遣いをもらったことは小学校を卒業してから一度も無いわ。芹沢さんは、当選する前、いくらお小遣いをもらっていましたか?」

「……うちは3万円…」

「………。年に?」

「……月に…」

「月にかよ?! 多いな!」

 直樹も驚いて言うと、鮎美は言い加える。

「大阪から不便な島に移住するさかい、バイトもできんやろしって父さんが配慮してくれたんよ。結局、たいして使う店もないし、すぐ当選したし」

「にしても3万か。大阪にいたときは?」

「1万円」

「まあ、普通だな」

「……。その普通が私も欲しかった」

「「………」」

 直樹も妹を亡くしたこと以外は、ごく平均的な中流家庭で育ったので翔子が少し哀れになる。

「公務員の共働きでも3600万円は、きついな」

「……それで、終わりじゃなかった」

「「………」」

「他の金融機関からも請求が来て……家は差し押さえられた。………母は別の男の子供を妊娠して、出て行った。……父に100万円だけ、慰謝料を払って。私を置いて」

「「「…………」」」

「自己破産すればいいって思いますか?」

「ま…まあ、その道もあるし、任意整理とかさ」

「銀行が父の職業が公務員であることに目をつけていないと思います? 自己破産してもクビにはならないけれど、カッコは悪い。それに自己破産するほどの巨額の請求をせず、払えそうな額を、ゆっくりジワジワ回収してくるの。母が出て行ってから、父もやる気を失って無気力な仕事ぶりになったそうよ。かわいそうだからってヒマな部署に回されて出勤だけして。そのうち、お給料も差し押さえられるようになった。給料の差し押さえって全額じゃないんですよ。法定控除額を引いた4分の1。法定控除額とは国に納める税金や社会保険料なんかよ。フフ……国は、それでも税金は取るって言うの。それで、残った額が20万円なら5万円が差し押さえられる。残りで生活しろ、生活保護は受けるな、ってわけ」

「「「………」」」

「公務員だと年功序列で昇給するけれど、給与から法定控除額を引いた額が33万円以上になった場合、その全額が差し押さえられるのよ。だから、どんなに頑張って働いても月給33万円が天井、天井以下でも常に4分の1が引かれる……父がお酒に溺れるのに十分な理由だと思わない? 私はアルバイトと奨学金で大学に入った。私のバイト代は差し押さえられないの。でも、奨学金は、まだ返済してない」

「……大学院への資金は?」

 直樹の問いに、翔子は力なく笑った。

「フフ……父へ借金を肩代わりさせた人たちは、ほとんど逃げた。会社を倒産させたから関係ないとか、自己破産したとか。法人って解散させれば、それで終わり。社長個人を連帯債務者にしていても、社長の愛人の財産には手が出せない。子にも。彼らが個人的に貯め込んだ財産には手が出せない。だから同じように、グレーゾーン金利の過払い金請求でも、うまく計画的に倒産させれば、追えない。法律の壁が邪魔する。あ……私の大学院への資金の話だったわね……借りたわ。たった一人、父を破滅させたことを申し訳なく思ってる年寄りと、その息子を連帯保証人にしてね」

「「「…………」」」

「連帯保証人が危険なことは勉強しないとわからない。しかも、知っていても相続で罠にハマる。単純承認だと、被相続人のプラスの財産もマイナスの借金も、そして保証債務もすべて負う。プラスの財産の範囲でのみマイナスも弁済する限定承認は手続きが煩雑なうえに、相続放棄と同じで死亡日から三ヶ月でおしまい。後から知ったマイナスでも、知った日から三ヶ月で放棄できなくなるし要件が厳しい! ……何よりね! 何より!」

 また翔子が大きな声を出して言う。

「何より、ひどいのは連帯保証人制度よ!! しかも! 死んだ人が、何件、いくらの保証債務を負ってるか、はっきりわからない!! 土地みたいに登記されない! 預貯金みたいに検索できない!! 信用情報機関に登録されてない連帯保証人になってる借用書まで有効なのよ!! マイナスがどれだけあるか、わからないのに、たった三ヶ月の熟慮期間で終わり!! 自己破産する人の10人に一人が連帯保証人になっていたことで破滅してるの!! 世の中、間違ってる! だから、やっと、やっと私に幸運が来たの! ずっとずっと苦しかった私に! やっとクジが当たって!」

「「「………」」」

 翔子が鮎美にすがりついた。

「お願いだから、私を殺さないで!」

「っ…殺すって…」

「死ぬわ! 除名されたら死んでやる!!」

「………そんな……」

「小学校から何もいいことなかった! 今まで! やっと、やっと! なのに、ほんの少し! ほんの少し幸せだったのよ! 何も法律に触れてない! 奢ってくれるっていうから食べたのに! どうして今さら?!」

「…………」

「死ぬから! 除名されたら絶対死んでやる!」

「…………………」

 鮎美が困って黙ると、直樹が怒鳴った。

「なら死ねよ!!」

「っ…」

「君が、どれだけ不幸だったかは知らない。けれど、だからといって君の態度が間違っていることに変わりはない! 死ぬ死ぬというのならば死ぬといい!」

「っ…っ……せ…芹沢さん……助けて…」

「たす…けて、って……いや……あんた……都合良すぎ……今うちを脅迫しといて……」

「っ…助けて、おねがい……お願いします」

 翔子が土下座してきた。一瞬、鮎美は既視感を覚えて静江の土下座を思い出したけれど、翔子はより切羽詰まった顔で泣きながら足にすがってくる。もうプライドも意地も捨てて、しかも見捨てると本当に死にそうな顔で助けを求めてくる。

「あんたなぁ……、雄琴はんが、雄琴先生が怒るのも無理ないわ。せこすぎるねん、やることも、根性も」

「お願いします、お願いします、助けてください、お願いします」

「その土下座は660万、3960万のための土下座やろ」

「お願いです、助けて、死んじゃうから、もう限界なの、お願いします」

「………。なんで、あんたは自分を不幸にした制度を変えてやろうと思わんの? 連帯保証人制度、法律の壁? 全部、うちら立法府が変えられることやん」

「変えられるわけがない! この悪法は明治以来、ずっとあるの! 変えようとしても絶対に銀行が邪魔する! 国債を買ってる銀行が邪魔するのよ?! 変えられるわけがない!」

「ぅっ………たしかに経団連が……」

「自眠党と経団連が君臨していた政権なら、変えられなかったろうね」

 直樹が得意げに微笑して言う。

「今現在、眠主、供産、活力の3党で合同して、親しい友人や親族などの第三者に保証人を求めることを禁止する法案が国会に提出される見通しで可決されるはずだ。加えて金融庁と協議して、夏までには中小企業、自営業者への第三者連帯保証の原則禁止という指針を各金融機関へ通達する予定だし、あと数年かけて民法を大きく改正し、連帯保証人制度そのものを見直す予定なんだ。知らなかった?」

「……うそ?」

「まあ、法案の段階だからね。それを専門に研究している教授なら語るかもしれないけれど、法科大学院の授業には出てこないかもしれない。けど、君が面談で各党の担当と真剣に政治について語っていれば、きっと、知り得た情報だ。本当に君はバカだ」

「………」

「芹沢先生の言うとおりだよ。なぜ、変えようとしない? まして、その権限の一部を与えられたのに。見向きもしないで、目前の小さな利益と、手間無く歳費を得ることしか考えなかった。フ、除名されて死んだ方がマシかもな」

「っ……」

「けど、君の経験は素晴らしい観点を生んでいる。相続については、まだ具体的な改正案があがっていない。たしかに、被相続人が、どんな保証債務を負っているか、相続人は調べようがない。これを金融機関に土地登記のような制度で登録させ、登録していないものは無効、もしくは相続されないと決めれば、大きく問題は改善するし、誰しもマイナスの財産なんて相続したくないし、しないわけだから限定承認も今少し使いやすい制度にすることも重要だ。今までの自眠党政権では、これは銀行や経団連が邪魔してできなかったかもしれない。けど、ボクら眠主党なら可能だ」

 そこまで言った直樹が急に優しく翔子の肩に手をおいた。

「ボクたち、眠主党といっしょに頑張ってみないか?」

「……雄琴さん……」

 翔子の顔に希望が浮かび、直樹が男らしく優しく微笑みかける。

「眠主党に入ってくれるなら、君への懲罰はボクが何とかしてみる」

「え~……雄琴はん、めちゃ我田引水やん……」

 げんなりした顔で言った鮎美へ、鷹姫が携帯電話の画面を静かに見せてきた。そこには石永からのメールが表示されていて、パソコン画面を見てくれ、とあったので鮎美は執務机の前に座った。すでに石永からのメッセージが届いていて、彼女を自眠に抱き込め、とある。リアルタイムで石永の顔も映っていてゴーサインを出している。

「…………」

 さっきまで除名いうてたやん、コロッと態度が変わるなぁぁ……どう言うて抱き込むねん、好きですとでも言うんか……この手、雄琴はんなら使えるけど、うちやとダメダメや……抱き込め言われても無理や……、と鮎美が微妙な顔をしていると、ネット回線で鮎美の顔もウェブカメラを通じて見えている石永が再びメッセージを打ってきて、懲罰動議の発起人は私です。その私から議長へとりなしますから自眠党に入りなさいと言ってくれ、と来た。

「…………」

 卑怯や、ゲスや、脅して入党させんのかいな、まあ雄琴はんも同レベルやけど、と鮎美が迷っていると、どんどんメッセージが来て、早く言ってくれ何とかする、とある。

「……あーっ…えっと! うちが懲罰動議を言い出したんやから、うちから議長に話す方がええよ。うちから話してあげるから、嵐川はん、安心して、うちに任せい。……」

 鮎美は勧誘の文言が恥ずかしくて言えなかった。どうしても人としての羞恥心が騒いで政党政治家に徹しきれない。それでも翔子は振り返った。

「芹沢さん……助けてくれるの?」

「女の子の泣き顔は見とうないからね。あんた除名されたらホンマに困るんやろ?」

「はい、お願いします!」

「眠主党は参議院で90議席を占めている。現在、最大だ。君が眠主党に入ってくれるなら、他の眠主党議員も懲罰には賛同しないはずだよ」

「…………」

 翔子が直樹を振り返り、それから再び鮎美を見る。完全に迷っている顔で、どちらの党に入るのが自分にとって最大に有利なのか、不安そうに考えている。石永からメッセージが来て、自眠党も59議席ある。何より私が発起人だ。君が一から自眠党で勉強し直すと反省したから許したと言えば無所属の議員も賛同しやすい。眠主党では雄琴のスタンドプレーにしかならないぞ、と長文だったので、それを読む鮎美の目の動きで直樹が気づいた。

「芹沢先生、何か見てるね?」

「ぅっ…」

「なるほど、石永先生が生きたカンペだったわけか。お久しぶり。見えてますか?」

 直樹が近づいてきて画面に向かって手を振ると、石永は音声送信をオンに変えて言ってくる。

「元気そうだな」

「おかげさまで」

「……。お前と話すのは、どうでもいい。いずれ自眠が盛り返せば、こちらに来る気だろうからな。芹沢先生、画面とカメラを嵐川さんへ向けてくれ」

「はい」

 鮎美がパソコンモニターとウェブカメラを動かした。翔子と石永がネットを通じて対面する。

「嵐川翔子さん、失礼ながらお話は聴いていた。私は石永隆也、自眠党の2世議員で父は大臣も務めていた。悔しくも今は議席を失っているが、衆議院議員を2期務めている」

「…は……はじめまして…」

「率直に言おう。自眠党に所属してほしい。総選挙では負けたが、参議院では自眠党も59議席ある。何より懲罰動議の発起人は芹沢先生だ。嵐川さんが反省して一から自眠党で勉強し直すと言ったから許したとなれば、無所属の議員も賛同しやすい。眠主党では雄琴のスタンドプレーにしかならない」

「そうかな? 眠主党は90議席、過半数はないけれど3分の1は軽く超えてる。懲罰での除名には3分の2が必要だよ」

「この男は眠主党内でも、それほど信頼されているわけではない。いったん懲罰動議がなされれば、今までのことは世間の知るところとなる。そうなれば、はたして除名しないという眠主党の態度が国民に、どう映る?」

「彼女は今日まで不幸に耐えてきた。そのために小さな失敗をしたけれど、それは不法行為じゃない。過去に自眠党で、もっと大きな金額を誤魔化した人もいれば、眠主でも自眠でも不倫もあった。何より彼女を卑屈にさせた連帯保証人制度は眠主が改革する。彼女を旗印にしてね。そして参議院の議長は眠主党の竹村先生だ。芹沢先生は駆け出しの一年生にすぎない」

「芹沢先生は評判がいい。歯切れもいい。何より女性議員同士、男の出る幕はない。彼女たちが和解したというストーリーの方が説得力がある。発起人が取りやめたとなれば、懲罰動議そのものが無くなり、世間にも知れずに済む」

「「「………」」」

 男同士の熱い討論を鮎美たちは静かに見守る。

「それは、どうかな。ここまで燃え上がった火だよ。芹沢先生が尻込みしても、誰かが発起人になるさ。そして、彼女が自眠に入るなら眠主党の90議席は確実に敵対する」

「それは自眠も同じことだ。彼女が眠主に入るなら全力で戦う」

「っ…」

 わずかな希望を抱いていた翔子の顔が、また絶望の淵に沈み、小刻みに震えている。どちらへ所属しても対立陣営が攻撃してくるなら、もう望みは無いように思えた。鮎美は可哀想になって背中を撫でた。そして二人の男に言う。

「二人ともひどいやん! ぜんぜん嵐川はんのこと考えてない! 利用することしか頭にないやん! そんなんやったらカレー奢らせてメモってたのと同じや!!」

「「…………」」

「許すなら許すで、気持ち良う、さっぱりしよ!」

「「だが…」」

 異口同音しかけて、ネットを通じている石永が直樹に譲った。

「二つ問題があるよ。一つは、どの党に所属するか。このまま無所属では通らない。もう一つは、さっき署名が集まった書類を破いてしまったことだ」

「あれは………」

 鮎美は少し考え、閃いた。

「あれは破ったんやない。ちょっと体調が悪くて吐いてしもて、そのとき汚れて、どうにもグチャグチャになってしもただけや。って、ここにいた全員が記憶すればええやん。証拠もあるし、事実の一面や」

「なるほど……けど、所属政党は、どうする?」

「ジャンケンで決めよ。うちと雄琴はんでジャンケンして勝った方の党へ入る」

「「ジャンケンって……」」

「もともとクジ引きで選ばれたもんやん。恨みっこ無し、勝っても負けても、気持ちよく許す。悪いのは連帯保証人制度、嵐川はんは、うちと雄琴はんの二人で協力してフォローする。明日の朝にでも、みんなに詫び入れて話てみよ」

「……うーん……」

 直樹が悩み、画面に映る石永を見る。石永も迷っていた。

「ジャンケンか……」

「参議院の一議席を……」

「うちの懲罰動議の話、できれば無い方が参議院のみんなも国民の手前、ええんとちゃうの? 今なら議事録も無し、全部丸くおさまる!」

「「そうだな……」」

「よし、決まりや! いくで、ジャンケン!」

 鮎美が大きく振りかぶり、勢いに流され直樹も構える。

「ポンっ!」

「…くっ…」

 直樹はグーを出し、鮎美のパーを見て呻いた。

「うちの勝ちよ♪」

「……わかったよ」

 直樹が諦め、竹村へ説明に行き、まだ震えが止まらない翔子は鮎美と鷹姫が部屋まで送った。途中ですれ違った他の議員にも二人が和解したことがわかるように肩を抱いて廊下を進んだので、明日の朝までにはかなり知れ渡るはずだった。

「芹沢さん、本当に、ありがとうございます」

「もう、ええんよ。うちも同じ立場やったら世の中全部嫌いになりそうやもん」

「ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」

 涙ながらに礼を言う翔子を休ませて、鮎美は鷹姫と自室に戻った。鷹姫が問うてくる。

「芹沢先…、鮎美、さきほどのジャンケン、勝つつもりで挑んでいますね?」

「あ、わかる?」

「わかります。牧田さんに習ったことを応用して、雄琴先生に考える時間を与えず、とっさの防御心理を利用してグーを出させた」

「何でも勉強したことは使わんとね」

 鮎美は得意げに微笑んで、翔子が書いてくれた入党届を執務机の引き出しに片付けた。

 

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