33 交渉 1

「いやですから、毒を撒き散らすなというだけです」


「毒を必要とする人たちもこの世には存在するのですよ。……ま、取材はここまで。ご苦労さまでした」とデュカスが締めた。


取材は打ち切られ、デュカス以外は茫然としていた。ブラウン国防大臣は生放送でなかったことを天に感謝した。……しかしよくよく考えてみればあまり事態は変わりがないのかもしれない。



夕方の五時。セロナのリゾート地マトラスに移動したデュカス一行は高級ホテルの一室でくつろいでいる。ノウエルの帰還は明日の夕方か夜に設定した。


「ふたりはもういいよ。あとは旅行みたいなもんだから」

そう言うデュカスである。


しかしリヒト、ミュトスふたりとも帰投の指示が出ていないと主張した。国連とフェリル政府どちらもお目付け役を置いておかないと不安ということだろう。


しかしあまりそれは意味をなさないように思えた。つまりデュカスに睡魔が襲ってきていたからだ。興奮が鎮まり、精神の高揚から解放された神経が休養を求めている。早く眠りについてくれと。実は体の内部はぼろぼろに疲弊しきっているのだと。


デュカスはベッドに倒れ込み、こてんと眠りに入った。深い眠りである。死んだように眠る彼を見てリヒトもミュトスも気が楽になる。これで彼らもほんとうの意味でくつろぐことができるというものだ。



デュカスが目を覚ましたのは明くる日の十時だった。十六時間あまりの睡眠だった。しかし体の節々が痛みに叫んでいる。少し体を動かすと声が出そうになる痛みである。


彼はミュトスを呼び、応急の治療魔法を頼んだが、大して効かないので感覚を麻痺させる魔法に切り替えて貰った。これはこれであとで反動があるのだがとにかくいまを乗りきるには仕方なかった。起き上がるのにも苦労するほどなのだ。


感覚が麻痺してくるとかなり楽になる。筋肉痛といったレベルに落ち着いてくれた。とはいえ具合がわるいのでタバコを吸う気にもならない。食欲もわかない。


デュカスはベッドに座り、ぼうっとするより他なかった。

そんな折り、ベリルからスマホにメールが届いた。V表記の送り主である。メールをひらくと【セロナにいるんだろ? 闘技場で待つ】とあった。【OK】とだけ返信。


とりあえず冷蔵庫からオレンジジュースの瓶だけ取り出しコップに注いで飲む。

ベランダがあるので部屋を出て魔方陣を即座に張り、身を入れる。その頃には体もだいぶ回復してきていた。


脳がニコチンを欲してきている──元気になるとこれだ。そして回復傾向にあることの何よりの証左だった。



「お前は魔王にはなれんよ」


会うなりその人物はデュカスにそう言った。


──闘技場に到着すると経験したことのない厳しい結界が場内に張られてあり、驚いたデュカスであったが待ち受けていたのはベリルだけではなかった。初老の男が隣に立っている。白い軍服のような出で立ちで軍服には金色の装飾が施されてある。


ベリルが同伴しているのだから知り合いなのだろうと最初は思ったが違うようだ。ベリルは青い顔をして気まずい様子と恐怖感を漂わせている。


──つまりは黒幕か。


デュカスはそう理解した。そこで「お前は魔王にはなれんよ」の一言である。初めて出会う、底知れぬ法力が奥から隠しようもなく放射されており、デュカスの背中に冷や汗が流れ、おぞけが走る。しかし本質的には戦闘の相手でも敵でもないように見える。


もっと奥深くに響くもの……本能的な畏怖だ。未知なる法力、その異質さに畏怖している。


「案ずるな。敵ではない」


「敵ではないってあなた、、その法力は何です……? 威圧感はなはだしいんですが……」


「生まれ持ったものなんでどうにもできん……ひとつ訊くが、君が最優先する望みは何だ?」


「追放刑の解除になりますか」


「それではなく目標として」


「魔法の極限が知りたいです」


「……考慮しよう。まずはおめでとう。君は試験に合格した」


「? 何の試験です?」


「我々の試験」


「我々とは?」


「魔法世界を司る管理人だな。魔法界の膨大なエネルギーは全体が調和して初めて安定する。その安定の維持に尽力するのが我々の仕事だ」


「俺の何を試したのですか」


「最先端の人造兵士を倒せるかどうか、の結果と戦いの内容だね」


「……何のために」


「依頼に値する人物かどうかの判断材料にするためだ。実戦でやってみないと戦闘力のほんとうのところはわからない」


「何の依頼ですか?」


「さきほど言った世界の安定というものが崩れてきておってな。偏りが生まれている。その偏りが魔王を発生させる。……これが適度な数なら文明の代謝ともなるので許容できるのだが、いまでは魔王の発生が増えすぎて手に負えなくなっている。そうなると我々とて自然な衰えを待つしかない。……そこでだ。魔王が発生する前に、その人物が魔王化する前に、処理してほしいのだよ。そういう仕事を君に依頼したいのだ。君の法力を活かす仕事だ」


「……その仕事のデメリットは?」


「世界が安定するということ……つまり世界の力が均等化に向かうということはここが突出している状況は変わるかもしれん」


「突出しているのですか?」


賢者会代表は確かにその通りだが。


「フェリルとここの賢者会は突出しておる。わかりやすく言えば魔王クラスが九名いる。狂っとるよ。それでいて誰も頂点に立とうとしない……それゆえなのかもしれんが」


「まあそれは……九名もいますかね?」


「君ほどではなくてもシュトラウス、アストラの二名は意外かもしれんが秘めておるよ。使いこなせないだけで。……君の師匠とて衰えるまではそのクラス近くにいた」


意外な話である。


「思うにカイオンみたいなのを大量生産して対処してはどうです」


「ベストな状態は半年に満たない。製造コストが掛かりすぎる。君が気づいたように弱点もある」


「仮に報酬があるとしても依頼を受けるのは難しいです。リスク高すぎますよ」




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