34 交渉 2

「これは交渉なので報酬という言葉を使っている。こちらとしてはべつに脅迫でも構わない。フェリルの民など病原菌で死滅できる」


「何?」

穏やかではなかった。瞬間怒りを沸き上がらせるデュカスだったがここは抑えた。


「むろん肉弾戦というやり方でもよい。兵も召喚獣も無数におる。……そうはしたくない。だから報酬と言っている。三名。葬ってほしい。それができたなら追放刑は解除させよう」


「どうやって?」


「賢者界代表は世界の秘密を知っている。間接的にでも我々が命じれば断れんさ」


「そう言われてもすぐには信用できません」


「だろうな。だから彼に私の紹介の仕事に頼んだ」

と男はベリルに視線を送る。


額にべっとりと脂汗をかくベリルはずっと男から視線を外している。デュカスが問うた。


「ベリル、その方は信用に足る……にんげ……いや生命体なのか?」


「名は知らん……彼らはアシュトンと呼ばれている一族で……

俺たちが魂を扱えるのは彼らのおかげだ。ソミュラスは彼らと提携し表裏一体となることで魂を扱う力を得ている……、それに言っとくが、信用も何もどのみち力に差がありすぎる」


「その説明はいらん。この結界でわかる。閉じ込めるだけで俺を窒息させることが可能だ」


賢者にも脱出は無理と思われる。理解できない原理でできあがっている脱出不可能な檻だ。


「話が通じるんで助かる。どうだ?」


「断る選択はないと思うんだが」


「その通りだ。物事はスムーズに進めよう。わるい話ではない」


「その条件で請け負う」


「よろしい」


「質問がいくつかあります」


「何だね」


「二年前の暴発の件です」


「私の一存では語れん」


「それでは関わりを認めるのと同じですよ」


「複雑な話になる。まあ待て。会議を経ないことには、……おぼろげに言えば君ひとりの力ではない。これ以上のことは言えぬ」


「その話はわかりました。……別の質問をします。あなたはカイオンの雇用主だったんでしょう?」


「ああ」


「その経緯を知りたいです。彼は報酬はすでに得ていると言ってました。報酬とは何です?」


「平たく言えば彼の国民……彼にとっての国民の平等と安寧だな」


「というと?」


「ソミュラスはグラネールを属国にしたわけだが、国民を二等市民扱いにしたのだよ。例えば人造兵士開発の実験体は全員がグラネールの元軍人だった。他にも職業、昇進についても明確な差別がある……私が彼に接触し、君との戦闘を打診すると、その差別、格差がつづく状況を変えてほしい、平等にしてほしいとイリンクスは望んだのだ。我々はそれを条件として飲んだ。

……正確に言うと君との戦いに勝つことをこちらの条件としたのだが、我々が欲していたのは君、デュカスの戦闘データなので極限に至る戦闘をするだけで彼は役目を果たしたのさ。だから彼の望みを叶えることが決定している」


「そうですか。そういうことならよかった」


「よかった? 君には関係あるまい」


「俺には得るものがありましたから、彼に何もなかったとしたら残念ですよ。彼はいい戦いをした」


「確かに」


「あとネオストラーニの関わりがよくわかりません」


「ソミュラスの国王にこちらの窓口として誰が適任かを問うたら彼を紹介されたのだ。多少の関係はあったようだな。我々側に深い動機はない」


「ネオ自身の狙いは何だったのでしょうか」


「君の打倒……ことによっては賢者会の打倒につながる……と。そうした望みを彼は持っていた。……復讐のようなものだったのであろう。そう口にしたわけではないが、対面して私が感じたことだ」


計画に巻き込まれたということではなさそうだ。積極的な関わり方であったことが窺える。


「あなたの名を伺っておきます」


「言えぬ。称号のアシュトンでよい。……名前のみで呪術をかけられる魔法使いも世の中にはおるのでな。複数で現れるときには仮称を使う。……で、君は追放刑が解除されたとしたらどうするのだね?」


「向こうとこちらを行き来しつつ国民投票の準備ですね。賢者会を説得する必要もあります」


“アシュトン”はそれについては何も言わなかった。


「……ではまたな。私か、我々のなかの誰かが君の元を訪れることになる。気持ちの準備はしておいてくれ」


そう言うと左横に縦長に楕円形の闇の空間を生み出し、彼はその闇に身を入れていった。結界が薄れていくので入れ替わりにデュカスが自分の結界を張る。


比較にならぬ貧弱さなのが悲しかった。この分野でも鍛えなければならんなと思うデュカスである。


長いしじまが流れ、気まずい顔のままのベリルが言った。

「なんかすまん」


「いいよ。あれは……上位の生命体って感じだったな。おっとろしいなあ魔法界は」


「そう言うわりには楽しそうに見えるが」


「おおよその予想に合致してるからね。強大な相手と俺は戦う運命にあると。避けられないのなら立ち向かうしかない」


「……そうだったな、そう言えば」


デュカスとベリル、ふたりのつき合いはこの地で始まった。



──三年前。デュカスが観光でセロナを訪れた折りに、ふらっと闘技場に立ち寄って観客席から舞台を眺めているときだった。


突然、デュカスは見慣れぬ結界に包まれた。彼は内部で法力を立ち上げる。終戦協定後には友好国となっているセロナであるが禍根がまったくないわけでもない。


臨戦態勢をとり、彼が辺りを見回すとクリーム色のスーツを着た若い男が二メートルの距離をとって立っている。

忽然と現れたその男はじっとデュカスを見つめ動かない。


次の瞬間、デュカスは目を疑った。男の背後、一瞬黒い羽が見え、そして消え、ふたたび今度ははっきり現れると、折り畳まれた翼はひらかれ、また折り畳まれる。


そして翼は消えた。肉厚のある生々しい黒い翼はデュカスに畏怖を与えた。

「はじめまして」

男が言った。


黒々とした翼を持つ種族──幼少の頃から気を付けろと教育されてきたあの種族に違いない、とデュカスは思う。


「……魔族か?」とデュカスは訊く。


その曖昧な呼び名は意図をもって曖昧にさせてある単語である。魔族とはシュエルの人間が“魔界”と呼ぶ異世界に棲む、謎に満ちた種族を意味している。


魔法の力はさほど高くはない一方で、人間の魂を扱うことができるという彼らをシュエルの人間は恐れていた。伝聞によれば彼らは時折りこちらの世界に現れて重要人物と取引を行うらしい。


デュカスは警戒した。





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