32 取材
医療棟で精密検査を受けたあと、顔以外に包帯を巻かれていくデュカスのところへ、スマホにメールが届いた。確認するとジェナルドである。
【ご苦労。褒美として一日の滞在を許す。ただしフェリル以外でだ】とあった。【了解】とだけ打ち返信するデュカス。
すぐにその返信が届いた。なんだろうと思って見ると【そこは承知しました、だ】とある。
デュカスは【細かい】と打ち送る。返事はなかった。
やれやれとこぼしてタバコをくわえるデュカスだったが今度は近くにいた看護婦から「何やってるんですか! ここ病棟ですよ!」と叱られ強制的にタバコを奪われるのだった。
「精神の薬なんですよ」
「あーはいはい、そう言うんですよ喫煙者は。賢者さんなんでこの人を怒らないんです?」
いきなり振られたミュトスは困っていた。困るだけで何するでもないミュトス。デュカスが言う。
「看護婦さん……言いたかないが、その弾圧はもうじき終わりを迎えます。安らぎと正義の時代が訪れます」
「……たとえそうなってもここは別です。……ええ? なんですって? 正義?」
「やっぱホラ、犯罪抑止にはなってると思うんですよ、ええ」
「屁理屈ですね」
「ストレス緩和策ですから、非難するとしたら対案を提示してから非難してください」
「そんな立派な屁理屈は初めて聞きましたっ!」
彼女はそう言うと魔法で火を消し、ごみ入れにタバコを捨てた。
確かにここは病棟だ。デュカスはそう思い彼女の論理を認めた。それにそばにミュトスがいるのを彼は失念していた。これでよかったのだ。
すでに包帯だらけのデュカスはただひたすらに治療が終わるのを待った。
☆
デュカス一行(デュカス、リヒト、ミュトスの三名)が宮殿に戻り帰り支度をしているところへ、部屋の外が騒がしくなってきた。扉の外で番をしているミュトスが何やら集団と揉め、やり合う声が中まで聞こえてくる。
やはり中へ通せということだろう。面倒なことこの上ない迷惑な話である。基本的に戦闘系は社交性を削って法力を得たり鍛えたり維持したりするものなのだ。
デュカスは一旦セロナに拠点を移すつもりでいた。観光地でもあるのでここよりはずっと快適なはずである。
が、ミュトスが魔方陣にて移動してきてデュカスに告げた。
「どうも収まりようがない。人が増えていくばかりで」
「……国防大臣だけ入れよう。こちらとしても挨拶くらいはしとこう」
「わかった」
扉がひらいて国防大臣のブラウンだけをミュトスは連れてくる。
「おお、デュカス王子……、なんとお礼を申していいか……そのように傷つきながらも我が国のために……」
「よい結果となり何よりです」
「……しかし、恐れ入りますが、こちらとしても、国民としましても感情というものがあります。感情の行き場がないのです」
「俺は立場上王子でもあるので……窓口はフェリル政府なり国務省なりがあります。そちらへどうぞ。今後のことを踏まえてもそれが適切かと」
「わかりました。……あと、、申し上げにくいのですが私の家族に報道機関に勤めている者がおりまして、ぜひデュカス王子を取材したいと所望しております。どうかほんのわずかな時間で構いませんのでお時間を割いていただきましたら……」
ミュトスが先に述べた。
「フェリルでもそれらは断ってるのでね」
デュカスはしばし考えてから言った。
「それは映像ですか?」
「その方がよければどのようにでも」
「フェリル産タバコの宣伝がOKならこちらとしても受ける用意があります。……五分くらいであれば受けますよ」
ブラウンが困る番だった。
「去年の末にテレビCMを禁止する法案が通りまして……」
「俺のVTRは“報道”になりますからCMではありません」
「……」
沈黙の時が流れ、そのあと報道番組のクルーが三人、部屋に通される運びとなった。聞けばブラウンの娘婿が番組のプロデューサーということだった。夜の九時に放送するニュースのようだ。プライムタイムである。
フェリル王族用のガウンだけ取り寄せ、デュカスは肩に羽織る。頭には包帯が巻かれ顔には大きめの絆創膏が貼ってあり、あまりに痛々しいビジュアルだったからだ。
デュカスは用意された豪奢な長椅子に座り、取材するキャスターはふつうの椅子に座っている。気合いが入っているというか元々意識が高い性格なのか非常にモチベーションの高そうな人物である。
撮影の準備が済むと眼鏡をかけた男のキャスターが言った。
「まずは怪物処理について国民のひとりとしてお礼を申し上げます。ほんとうにありがとうごさいました。加えて今回の取材を受けてくださったことにもお礼を申し上げておきたいと思います」
「取材については、今後プリンシパンとフェリルは政治的な距離を縮めていくことになりますから国民の皆さんにご挨拶しておこうと思いまして、今回は受けることにしました。時間はかかるでしょうが経済的結びつき、文化的結びつきを強めていきたく思っております。未来に向け、フェリルを、フェリル国民を何卒よろしくお願い致します」
あまり反応はなかった。
「あまり時間もありませんので率直に質問を致したいと思います。国連議会において両国が足並みを揃えるとは具体的にどういったことを指すのでしょうか?」
ニュース番組だからな、とデュカスは思いつつ答える。
「中身はこれからすり合わせを行っていきます」
「決まってないと」
「当面はタバコ貿易に関して協力をお願いしています」
「それは……プリンシパン国民全体の支持を得られるとお思いですか?」
「いえ。ネガティブキャンペーンによりタバコのイメージは貶められてきましたから。簡単ではありません」
「勝手な押しつけとも受け取れます」
デュカスの空気が変わる。彼は一拍間を置いてから述べた。
「その弁はそのまま禁煙ファシストにお返しする」
「毒を撒き散らす行為をやめてくれと、相応の制限があるべきだと、そう主張しているだけです」
カメラの前にデュカスはスカイブルーの箱を掲げる。フェリル産タバコ最強ブランド〈ベルファスト〉である。
「ベルファスト。我が国の宝だ。タバコ栽培農家の血と汗の結晶、我が国の誇りの象徴だ。そして広い意味合いでは文化というものの象徴でもある。俺はこの文化のスポイルを許さない。……これ以上ファシズムの牙を我が国の誇りに向けようと言うなら、、いいだろう。ここに宣言する。俺は国連議会に乗り込んで、文化弾圧と戦う魔王として壇上に降り立つことを誓う」
ふたりの間に緊張感が漂う。
「……それは、、武力によって押さえ込むというふうにも受け取れますが……?」
「その通りだ。力無き正義は正義ではない。……Vはカットせず無編集で流せよ。……ただし、俺は文化の話をしてるんで、きちんと対案となるストレス緩和策を提示する……或いはタバコを必要としない世の中をまず作る、ということならそれは耳を貸す準備がある。何もせずして弾圧だけやろうとするからファシズムだと言っている」
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