25 友
「もうよいアゼンダ」
すると明るい海岸の風景は消え元の月が輝く夜の森に切り替わる。
女とベリルの中間位置に、修道服のような衣服を纏い、フード部分を深くかぶった人物が立っていた。
「そいつは大した情報は手に入れてない。過去の話だけだ」
「しかし」
「どこにも不利益につながるものはない」
「計画を阻害しかねません」
「彼には頼みたい仕事ができてね」
「……そうですか。そういうことなら」
女は戦闘態勢を解いて後ろに下がった。よくよく見ると化粧をしていないのにかなりの美形である。
ベリルは男に言った。
「仕事?」
「いろいろと想定外のことが起きて予定が変わった。そこで君に頼みたい仕事ができた」
「内容によるさ」
「いや、君の意志は関係ない。力づくでやらせるから」
そう言うと男はフード部分を払いのけ、初老とおぼしき顔をさらすとベリルに体の正面を向けかるく両腕を広げた。
なんだ?と構えるベリルの目の前で、男の体が縦に割れ、左右にめくれ上がり、中から黒みがかった半透明の物体があらわになる。人の形をした。次の瞬間にそれは完全に黒色となり、ぽっかりとそこだけ闇が生まれたような見た目となる。
ベリルが消沈した表情で弱々しく言った。
「わかりました」
再度言う。
「わかりましたから元に戻ってください。話しにくいです」
女も驚いていた。
月明かりが静かに三人を照らしている。森の中、距離を置いてエルフがふたり、梢にそれぞれ腰を下ろして息をひそめている。
彼らは三人の様子を窺っていたのだが、エルフのふたりは同時に姿を薄くさせていった。
茫然とした顔のまま身を固め、空気に溶けるようにしてふたりの姿はゆっくりと消えていく。森に、生命を孕んだような生温かな風が吹いてベリルの頬を撫でた。
☆
二三時になりデュカスが就寝の準備をしようと思った時だった。スマホのバイブが鳴りメールが届いている。送り主は【V】とだけ表記されており、これはベリルのことだ。
内容は【先日の湖で待つ】とだけ。彼はカイオンについて調べていたはずなので何か掴んだのかもしれない。もしくは国に帰って深く調査を行ったのかもしれない。ベリル側の事情はさっぱりわからないが、とりあえず味方なのは確かだ。デュカスとしては行かないという選択肢はなかった。OKと返信を送る。
いつものようにタバコを吸いにゆく体裁をとってベランダに行き素早く移動サークルを張って即座に丸い闇へと身を沈ませる。
彼は友人に会うからといって警戒を解くことはなかった。何が起きてもおかしくはない、ここは魔法世界なのだから。
☆
湖畔の通路に出たデュカスはすぐに気配で友人の位置を掴んだ。夜だが等間隔に街灯の小さな光があるので視覚でも捉える。ベリルは人間の姿で待ち受けていた。黒スーツが近くの街灯によってタイトなシルエットを浮かび上がらせている。
強めの結界をドーム型に張り、歩み寄っていくデュカスは賢者眼を働かせていた。ベリルの奥に畏怖の色が濃い。ふつうの心理状況ではない。単刀直入に指摘する。
「何かあったろ」
「……たぶんなんだが、さっき二時間くらい前に黒幕と思われる人物に会った」
「何かされたのか」
「いや。カイオンには接触するなと警告を受けた。いくつか話はしたがその人物については話せない」
「知った相手なのか?」
「微妙なとこだ」
「曖昧だな」
「いまはここまでしか話せん……それよりも一度ソミュラスに帰って調べてたんだ。カイオンの中身をな」
「そうか」
黒幕のことは引っ掛かるがそれは頭の隅に追いやる。カイオンの中身。それはありがたい情報だった。身を乗り出して耳を傾けるデュカス。
「といってもお前に有利となる材料じゃあない。単に過去ってだけで」
「いやいやそういうのから突破口が見つかることもある。ぜひ聞きたいね」
ベリルが堤防に上がって腰を下ろし、デュカスもそれにつづく。ふたりともあぐらをかいて座り、暗い湖に視線を送る。
「中身の名はイリンクス。歳は二八。隣国グラネールの戦闘系魔法使いだった男だ」
やはり軍人だったか。
「が、グラネールは四年前にソミュラスが滅ぼした。その際にイリンクスはうちの人材として引き取られ……結論を言えば生物兵器開発の実験体として使われた。実験体は十数名いたんだが彼が唯一の成功例だった……というわけだ。大まかな話にしてるから細かいところは省いてる」
「他の実験体はどうなったんだ?」
「処分された」
「屍(しかばね)の上にあいつは立ってるわけだ」
「そうなる」
「何が違ったんだろう。何が成功とそうではない例を分けたんだ?」
「結果論だが潜在能力なんだろうな。法力、戦闘力がずば抜けていた」
「なるほどなあ……それが本人によかったのかわるかったのか」
言いにくそうに躊躇しつつベリルはつづける。「あと……」
「うん?」
「彼だけが王族だったんだ。イリンクスは王子だったんだよ」
「……!」
「軍の機密なんでなかなかに苦労した」
「中身は王子なのか……!」
「まあ元だけど。王族は排除され自治区になってるから」
正直なところまったく予想していない事実であった。むしろ王侯貴族は最初から省いていたカテゴリーである。となれば余計にカイオンの中身に対する興味は増した。
デュカスはシンプルに切り出した。断られるかもと思いながら。
「……細かいところを聞かせてくれないか。どういう経緯でそうなったのか」
「役に立つのかな」
「明日戦う相手なんだ」
大した間もなくベリルは答える。そうなった経緯は黒幕から短く聞かされていて把握していたからだ。
「……わかった」
彼とて内心では、基本的に軍事機密なんで話すのはまずいんだが、と思っている。しかし自分を含めて今回の件の全体像を考えると彼はそうするしかなかった。
自分もデュカスも相手にしているものが大きすぎるのだ。それと比較すると機密は小さなものでしかない。ベリルは彼なりに覚悟を決めて語り始めた。
☆
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