24 会議とベリルの戦い

夕食を終えるとデュカスはリクサスとアルテックという若い人物を呼び寄せた。アルテックは特務機関の特殊情報分析官でデュカスの同級生だった男だ。


みながテーブルにつくとデュカスが言った。


「イレギュラーなことが起きないかぎり、たぶん明日の朝、決戦がある。どういう過程でそうなったかは後でわかる。リクサスに特に指示はない。総帥の指示に従ってくれ」


「ああ、」と答えるリクサス。


「アルテックはこっちに来てプリンシパンの軍部に協力する……という形をとりつつ、情報の管理をやってほしい。操作になるかもしれん。勝手な憶測やフェイクニュースが出ないようにな」


「よからぬ勢力がいるのか?」

小さめのシャープなデザインの眼鏡をしたアルテックはそう尋ねる。


「ネガな連中はどこにでもいる。この国は犠牲者を出してる。そのことと俺とカイオンの交渉というのは相反する面がある。これは難しい面だ」


「確かに。……交渉したんだな」


「相手の情報を引き出すためだ。こっちは何も知らないわけだから。でも遺族やら同僚やら上司は感情の面で嫌なもんだろう」


「無視していいような」


「現時点ではフェリルとこの国の関係はよくはない、そのことを忘れないでほしい。今後よくなるとしても時間がかかる」


「まあ、な……わかった」


「国防大臣と国防長官には話を通してるんで、フェリルにいるように振る舞ってかまわん」


ミュトスが「待てデュカス」と口を挟む。

「そこまで神経質になる必要があるか? 情報の大元は賢者会が持ってるんだ」


「協力はし合うが互いに信用しきってるわけじゃない。賢者会は俺に依頼しておきながら持ってる情報のすべてを俺に伝えたか? 違うだろ。それに情報は二次三次と流れるなかで主観が入るものだ」


アルテックが小さく手を上げて言った。

「あー、ミュトスさん、国はごくフツーに操作やってますから、まあここは俺に任せて下さい。スルーして下さい」


ミュトスは不機嫌になって黙った。管轄外のことなので彼はスルーすることにした。


ここへ来てタイミングを見計らったようにしてリクサスが尋ねる。

「どこでやるとは言わんのか」


「現れたから俺がそこに赴く、という形の方がいい。……それに、可能性としては違う場所になることだってあるわけだ」


「なぜ」


「カイオンはおそらく自分の意志で来ているわけじゃない。誰かの命令で行動は変わるかもしれない。決定事項じゃないんだ」


「そういうことか」


「直感では黒幕がいることは確信してる。黒幕が魔王で召喚獣をともなって現れ三対一なんて状況だってありえる」


それはシャレにならない状況である。かるいジョークを含ませたつもりだったのだがみなはしんと静まり返っている。アルテックが明るい声を響かせた。


「いやー、王子が魔王なんてワード使うとリアリティがありすぎて困るね、タチのわるいジョークだよね、リヒトそう思わない?」


急にふられたリヒトはよくもわからず同調した。

「タチわるいですこの人は」


「だよね」とアルテック。


デュカスはふははと笑っていた。実のところフェリルの公的機関ではデュカスの幼少期よりずっと“王子は将来、魔王になるに違いない”と言われてきていたのだ。それは表面的には集団が作り出すネタなのだがどこか真実を突いているだけに面白さもあり、ネタとしてはレジェンド的な趣(おもむき)を有している。


「話は終わり。みんなから何もなければこれで解散」とデュカス。


何もなかったので彼はそそくさとベランダに行った。デュカスがいなくなったのでリクサスはミュトスに言った。


「城で何があったんだ?」


「私も知らん。ラックスが現場にいたから彼が把握してる」


「上の方ではあまりよくない噂が広まってる」


「仕方ないさ。時間が立てばいろいろ気づくことは出てくる。いまは我々はいったん忘れよう、そのことは」


「おそろしく重要なことのような気がするんだが」


「賢者会預かりのようなものなんでどうしようもない。また……たぶんつらいのはデュカスだろうから。我々が立ち入るべきではないだろう」


「その感じだと、帰ってきた時はふさぎ込んでたのか?」


「暗く、ピリピリしておった」


ふん、とため息をつきリクサスは椅子から立ち上がり、黙って帰途につく。

ふとミュトスがリヒトとアルテックに目をやるとふたりが親しげに話し込んでいるので、このふたりは気が合うのだな、と彼は思った。


──それにしても不思議なエルフだ。

ミュトスはリヒトが内に秘める魔法力の核が時間を追うごとに変化していっていることに感心していた。彼の目には核のちらちらとした小さな輝きが、虹色の光に見えていたのだ。



プリンシパンの森の奥深く、別の魔法世界の住人、ベリルが辺りを警戒する様子で立っている。戦闘態勢をとり闘気を溜めあらゆる事態に備えた。彼はいましがた故郷からここシュエルに移動してきたばかりだった。


周囲に不穏な気配があり、それは近づいてくる。距離が詰まると気配は殺気となり、次の瞬間、殺気は破裂した。


闇夜のなか黒スーツの男が高速で動き、幾つかの交錯のあと彼は止まる。ひらけた場所にて相手の姿を確かめるためだ。細くしなやかな肢体、やはり女である。闇夜であれベリルの視界には敵の輪郭は明確に捉えられていた。


「どこの誰だ?」ベリルは訊く。


「さあね、あんたデュカスに接触するつもりだろ」


厚い雲から明るい月が顔を覗かせる。月明かりが森を照らした。


「だったら?」


「なぜ加担する」


「取引相手だからな」


「死なれては困る?」


「加担するとそっちは困るのか。面白い」


ベリルの背後からぬるっと何かが現れる。何者かが。戦闘服を纏う軍人の外観、しかし頭部を見れば眼だけが緑色に輝くマスクマンのような外観の人造モンスターである。ベリルが分身の能力にて生み出した、魔法界ではナイトと呼ばれる戦闘用の分身だ。


「醜いビジュアルだ」女が言った。


「こうなったら殺るまで止まらないぜ」


「そいつにやらせて安全になったら魂を抜くのか」


「抜くのはあくまで優れた魂。お前のなんかいらないよ」


分身が動く。揺らめいて、消え、揺らめいて消え。女を射程に捉える──

が、その瞬間に周囲の景色が闇夜から昼間の眩しい海岸、砂浜の景色に変わる。ベリルは足元に砂地を体感した。


「イリュージョンか……」


魔法界では定番の技だ。有利な環境にする、驚愕させ隙を生む、特にこの分野に優れる使い手によっては相手を精神崩壊に追い込む、などの効果を狙った魔法である。

標的が体感するかどうかは使い手のクオリティに大きく依存しているため誰もが使いこなせるものではない。これはよくできていた。そして──


突然高さ二○メートル近い大波が勢いよく立ち上がり、飛沫を散らしながらベリルに襲いかかってる。海のかたまりが突進してくる。


さて、と彼が思った時だった。


海の壁から巨大なサメが出現し突撃してくる。幻影のはずだ。別の角度から本体が攻撃してくる流れと読むベリル。しかしそうではなかった。

サメの背後に女はいた。


両の腕に攻撃魔法をたぎらせ、幻影に乗り幻影に隠れて襲いかかる女。

ベリルはぎりぎりで気づき両腕を宙で交錯させた。空間と空間をねじる技だ。かつてデュカスから教わった技である。


ズン、という音とともに女に重い衝撃が与えられる── すぐにサメも大波もどこかに消えてしまい、しらじらとした海岸の風景が広がるのみになった。


女は無事だ。砂浜に仁王立ちしてベリルを睨みつけている。


ベリルは疑問に思う。

手応えはあったのだ。

防御? 或いは他の誰かによる防御?


男の声が響いた。


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