23 話し合い

「戦闘系も似たようなものだ」


「元は軍人なのか?」


「裏は話せんと言ったろ」


カイオンがどっかと床に腰を下ろし、あぐらをかく姿勢をとった。デュカスの正面を向き、彼は問うた。


「俺からも質問がある、なぜお前はチームで戦おうとしない?」


「フェリル王族は基本的に単独で戦うスタイルをとる……ということと、正直な話、暴走することがよくある。フェリル王族の法力は敵味方関係なく攻撃し破壊を好む性質がある。歴史のなかで過去、そういうことを繰り返してきた一族でな。困った点だ。他人は理解してくれん」


「わかるよ」


「俺のあとはチームが来るさ」


「やる場所はどこが俺たちに向いている?」


「プリンシパンの闘技場か更地だろう。……明日にでもやるか」


「予定ではもう少しあとだったんだが。いや、ネオストラーニがそう提案して。全体の動きを加味した戦略を練っていたんだ。任せっきりだった」


「そういう感じだったな、、援軍はないのか?」


「気になるか?」


「こちらにとっては大事な点だ」


「こちらにとっても大事な点だ」


ああ、とデュカスは思った。いまの感じ、その口ぶりだと彼は単独なのだ。ベリルの話のあらましをそのまま受け入れ、完全に信じたとすると、カイオンはソミュラス政府、軍からは切り離されてここに来ている。


新たな雇用主の思惑で、おそらく命じられてここに来ている──賢者眼から見えるものとこれまで得た情報を合わせて鑑みると、このような推測ができる。何者なのかはさっぱりわからないが。


「どのみち俺はお前に集中するだけだ。援軍は他が担当するさ」


「ではデュカス」

カイオンは声を強めてそう言い、

「明日の朝、プリンシパンの闘技場で決着をつけよう」

とつづけた。


デュカスも即答した。


「決まりだ」


張りつめていた空気がわずかにやわらぐのをデュカスは妙な心持ちで感じ、逆に警戒を強めた。

……なんだ? 中の人間が表に出てきたこの感じ。

カイオンの纏う雰囲気は変わり、まるで、まるでそこに一個の人間が現れたようであった。


「しかし……なぜ王位を譲るんだ?」


唐突にその話題か。

「ふさわしい人物がいる」


「お前の過去について一通りのことは聞いてきてるし資料も読んだ。疑問だらけだ。……戦いに身を捧げて、それで何になる? 何が得られるんだ?」


デュカスはネオに告げたものとは違う答えを探した。彼は違う人格だから。


「王子としては責任が果たせる。個人的にはこころが安らぐ。この世に正しいものがあると、信じることができる。いまの俺にとってはそれが幸福というやつなんだ」


外観ベースが爬虫類であるカイオンの顔には表情というものがないのだが、彼は愕然としていた。


「いや……それは違う。お前は間違っている。人間とは自分の帰属する社会と折り合いをつけながら、それぞれにできる範囲で、欲望を満たそうとするものだ。それが幸福だ」


デュカスがテーブルに置かれたままになっているおみやげの青いカートンを手に持ち、ボシュッと一瞬で燃やし切った。煙すら立たない。灰皿に残った吸い殻と灰も同じように消滅させる。


「お前に説教されるとは思わなかったよ」


暗黒王子はリュックを右肩にかつぐと、カイオンに振り向くことなく床に魔方陣を描き、

「ごきげんよう」といって陣に身を沈めていった。


それを見届け、床から立ち上がったカイオンもまた同じように陣を張り、素早くこの古城をあとにした。



鋼鉄の扉の前に戻ると、リヒトがデュカスのそばに飛び寄ってくる。が声をかけられる雰囲気ではなかった。重く暗いものが表情に浮かんでいた。


彼を待っていたラックスが声をかける。


「よい結果とわるい結果とふたつを予想していたんだが、よい結果の方でよかった」


「……」


デュカスは黙っていた。何かを口にする気分ではなかったからだ。

「そう落ち込むな。お前はやるべきことをやった」


まだ黙っているのでラックスは話を事務的な内容に変えた。


「この城はあとで消去させるつもりなんだが、いいかな?」


「……まあ、中に研究資料やら何やらあるでしょうから、それを持ち出してからお願いします」


「もちろんだ。しかし微妙な案件になる。半分はフェリルの資産となるのかもしれん。そこのところはどうするね」


「どのみち重要な部分は賢者にしか解読できない内容でしょう。翻訳が賢者にしかできないのならまず賢者会が扱うのが筋となります。こちらがあれこれ言えるものではない。法的な面が気になるのなら議会と話して下さい」


「わかった。そのようにしよう。……ご苦労だった」


「ええ」と言うとデュカスはとぼとぼと荒野を歩いて行った。ひとりにしてくれ、と背中がそう語っていた。


そんなデュカスを見やりつつリヒトが言った。


「あの、中で何があったんでしょう」


「この件が済み、落ち着いたら賢者会の方でレポートをまとめ、国連に提出することになるだろう。君が立ち入る事柄ではない」


リヒトは理解した。城の中で起きたことは賢者会の内ないで闇に葬り去るつもりでいるのだ。関わってはならない案件ということ。

自分のような末端の手に負えるものではない。それはデュカスのくたびれきった様子を見れば明らかである。



ミュトスから見ても宮殿に戻ってきたデュカスはふつうではなかった。沈痛でもありピリピリと戦闘系らしいナーバスさを雰囲気で放ち、俺に近寄るなとオーラが語っている。


まっすぐにベランダへ行くデュカスを見やり、ミュトスはリヒトに尋ねた。


「何があった?」


「ラックスさんがぜんぶ見てますから……賢者会に問い合わせるか……少し待てば通達が出るようですから待つか。僕も知らないんです。外にいて」


ああ、そう……とそれだけを言ってミュトスは自分の椅子へ戻っていく。一応は千里眼で城を見てはいたのだが内部はさえぎられ見えず、やがてラックスが現れたので彼は察した。


賢者会が収集した情報のなかにはネオストラーニに関するものもあったのだろう。機密に近いそれを賢者会とデュカスは共有していたのだ。ラックスの登場は連係を意味していた。ならば自分が直接に関わることではない。


……それに、あの様子を見れば結果として何があったのかはわかろうというもの。固く閉ざしたデュカスの内面は、大事なものを失ったことを生々しく物語っている。深い喪失感を隠せるほどにはまだ成熟していない。つまり、古城の主はこの世から消えたのだろう。彼の目の前で。


ミュトスはそれだけを考えて、すぐに思考を切り替えた。総合的に鑑みればとうぜんの流れに見える。デュカスは血塗られた歴史を持つ国、フェリルの王子なのだ。血しぶきのなかに彼の人生はある。



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