21 憎しみの炎
ネオストラーニはタバコの煙を入念に味わい、それからおもむろに言った。
「……それは誰が決めたんだね? ではいまの身分に甘んじろと言うわけだ」
「一般的に言ってここの住民はみな、賢者に対して尊敬の念を抱いています」
「だから? 満足しろと。足るを知れと」
「俺に不満を向けても意味はないです」
「お前のせいで賢者会への昇進はなくなったんだがな……、いやわかってるさ、私自身に理由があることは。私には賢者が備えるべき力も人徳というものもない。それが最も大きな理由だ。が、決定的にしたのはお前の暴発を止められなかったことだ」
「そこにあなたの責任はありませんよ」
「お前がどう思うかは関係ない」
「何を求めてるのでしょう?」
「……高い身分だ。……腹立たしいことにお前は生まれながらにしてそれを手にしている…… さて、そろそろほんとうの用件を言え。助言など最初から求めてはおらんだろう」
「いえ第一の目的は助言ですよ。第二の目的が別にあります。あなたには、個人的に疑惑を抱いてます。俺の仮説ではカイオンは異界で製造されこちらに送り込まれた。あなたはカイオンの窓口で、こちらでの協力者の立場にあると」
「ほう、なぜだね」
「対面を経て、俺にはカイオンの向こうにリクサスが見えます。あなた自身が直接、開発や製造に関わっていなくとも、何らかの形で情報提供をしたのではないかと」
「じつに曖昧な、弱い根拠だ」
「ですから疑い、というだけです」
「仮にそうだったとしたらどうするのだね?」
「どうもしません」
「裏切り行為ではないか」
「いえ、それが結果として戦いの機会となるなら……フェリル王族としては何も問題はないです。戦いを提供してくれた功労者とも言える……ただどうも、、あの怪物には人間性があり、殺しにくさがあります。本人が望まない形での怪物化であったとしたら犠牲者ということにもなる……そこまで計算されたものなら大した製造者です」
「お前は頭がおかしいのか」
「代表にも言ったのですが、俺は魔法の極限を知りたい。その領域に行くためなら何だってやる覚悟です」
「なんになるんだ? それが」
「呪われてるんでしょう」
「衝動、ということかね?」
「そこからでしか、人生が何も始まらないということです」
「わからんなあ」
「疑惑が誤りなら否定して下さい」
「疑惑を口にするなら相応の根拠、証拠を示すべきだろう。話はそれからだ」
「賢者らしからぬ曖昧なご返事です」
「賢者賢者と簡単に言ってくれる……、派遣賢者は名ばかり賢者にすぎない。わかるか。この屈辱が。この絶望が」
「聖人は絶望したりしない」
「賢者は聖人ではない」
デュカスは黙した。
「我々は何の議論をしてるんだろうね?」
デュカスはただ黙って肉親に近い賢者を見つめた。
「そもそも議論に何の意味もない。……疑惑はジェナルドからも言われた……いや、賢者会の全員が私を疑っていることだろう。そしてお前は賢者会の命により呼ばれている……賢者会の使者というわけだ」
ネオは椅子から立ち上がり、デュカスを指差し、一度指を突きつけてつづけた。
「賢者会の犬が……!」
デュカスもそれを受けて、部屋の中央、椅子から腰を上げる。
「いえ俺個人として来てます。あなたが今回の件に関わっているのなら、怪物についての情報、彼を送り込んできた者の情報、そうした敵側に関する情報の提供によって、その罪は相殺されると思います。まだ間に合います」
「都合のよいことをまくし立てるものだ…… 罪? お前は私を裁く気か。何さまだお前は? ……慎重に事を運ぶ計画だったが、もうよい。デュカス、お前は邪魔だ。──出てこいカイオン」
デュカスの背後、突如現れた金色に輝く魔方陣からカイオンの巨体がせり上がってくる。空間が狭いので昨日より大きく見えた。部屋のほぼ中心にいるデュカスはふたりを相手にできるよう体の向きを変えた。
挟みうちにされている。左にカイオン、右にネオストラーニ。
デュカスはカイオンに顔を向け、静かに問う。
「こんな形でいいのか?」
怪物は答えなかった。極太の腕は伸びきり、指先もだらりと伸びたままだ。
「よくはないはずだ」
なぜそう語りかけたかというとカイオンに敵意がなかったからである。あるのは当惑と迷いだった。
「なぜならネオはお前の雇用主ではないからだ。そして、俺に関する情報収集にもう少し時間をかける計画だったはずだ」
ネオストラーニが叫ぶ。
「カイオン、言いくるめられるな! 倒せる時に倒しておくんだ!」
デュカスは見た。ネオストラーニのうちに禍々しい憎しみの炎が燃え盛っているのを。限りなく肉親に近い男がいま、自分を倒せと命じている。その目には殺意の光が輝く。
「いやネオストラーニ。こんな狭い場所では彼、戦いにくいですよ。技が制限されます。みなで闘技場あたりに行きましょう」
フェリルにも円形闘技場はある。更地も荒野もたっぷりとある。
ネオストラーニはいきなり両の腕を肩の高さまで上げ、かっとひらいた掌をデュカスに向けた。変化はない。
「やはりな……効かぬか」
拘束魔法であったが、これはこの分野の専門家であるデュカスには通じなかった。
そしてネオははっと何かに気づいた。城の外、すぐそばに知った人物が現れたことに。
「え?」と驚くリヒトのわきに賢者服を纏う男が立っていた。賢者会副代表のラックスであった。
「デュカスに頼まれたのでな。城の結界が揺らいだら来てくれと」
「そうだったんですか。何か予感があったんでしょうか」
「予感は我々もあった。デュカスの死、或いは……賢者の世界で封じるべき物事、というのをな」
憎々しげに顔を歪めるネオストラーニ。デュカスは衝突を予期し準備さえしていたのだ。やはり賢者会の犬だ、こいつは!
「ネオ、よした方がいい」
デュカスはどこか悲しげな声でそう言った。
「やかましい! カイオン、ふたりがかりでやればたやすい……!」
彼は攻撃するつもりだった。カイオンの攻撃がデュカスの隙を生み、そこへ賢者版のファウラーを放つ気でいた。ダメージの有無は関係ない、ただ直撃を食らわせたいだけだった。すでに彼の右腕には賢者の法力が充満している。
彼は攻撃するつもりでいた。しかし、事態はそう展開しなかった。まずカイオンがじっとしている。当惑と迷いを抱えたまま戦おうとしない。
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