第三章 魔法国家グラネール

20 ネオの古城

デュカスは低い丘の上の古城を見上げる。経年劣化した暗い灰色の城壁は不気味に感じた。

ここは周囲に荒れ地と原野しかない辺境地帯である。大昔に王族の誰かが別荘として建てたものらしいが彼はそれ以上のことを知らなかった。


訪れたことは一度だけある。ネオストラーニが病に倒れたとき見舞いに来たことがあった。まだ十かそこらだったと思う。左に目をやると遠くにフェリルの宮廷や王宮の白い姿が視界に入る。


屋根の浅葱色を目にしたとたん、何かが込み上げてくる──がこれは急いで抑え込む。いまは頭から払い除けなくてはならない。

随行の任務を負っているリヒトが尋ねてくる。


「リュックに何が入ってるんです?」


デュカスが小さめの黒いリュックを右肩にかついでいたからだ。


「お土産。俺が生まれる前からこの国の担当賢者だった人だ。子供の頃から世話になってる。いろいろあるが恩人には変わりない」


そう言うと彼は地面に魔方陣を張り、リヒトをともなって丘の上に移動する。陣より出でて城に歩んでいき、灰色の城壁に囲まれた鋼鉄の扉の前に来ると彼は立ち止まった。


右横の地表に魔方陣が浮かび上がり円陣の下から声が響いた。


『よう来たデュカス。私のいる部屋に直通できる。入りたまえ。が、エルフはだめだ。そこで待たせろ』


「彼の仕事なのですが」


『国連は信用できん』


デュカスがリヒトに目をやると彼は「わかりました」と一言述べてデュカスから離れた。前もってミュトスから言われていたのだ。たぶんお前は入れないと。

円陣のなかに身を入れてゆくデュカス。



デュカスとネオストラーニとの関係は簡単には言い尽くせないものがある。王立魔法学院に入学試験なしで通学することになったデュカスは問題児であった。


朝、彼は王宮を出ると学院施設には向かわず、よく森に出向いていた。森には言語を使える動物が住んでいた。そうした動物の数はごくわずかであるが森の奥に自治区を作り上げており、人間族の立ち入りは基本的に断られる状況にある。


そんななか、デュカスはごく自然な形でそこに立ち入り──正確には招待され──少年期の多くの時間を過ごしてきている。動物族の頂点にはドラゴン族が存在する。元来、人間族を嫌う種族である。

しかしデュカスはいつしか彼らが住まう領域にも招かれ、ある種の親交を得てきている。そこから他国の森にも出向くことも何度かあった。最長老ドルスとも十一の時に面会を果たしている。


このことはとうぜん国連機関、賢者会に伝わっており、それらはフェリル政府に対し、即刻、そのような動物族との付き合いをやめるよう通達を出していた。が、フェリル政府ははねつけた。我が国の王子の行動に口を出すなと。


政府内にも通達の正当性を評価し、従うよう勧めた勢力、個人は多い。そのどれもこれも、結局のところはネオストラーニが説得にあたり、ずっとデュカスの行動は黙認されてきた。


じつのところ、国王自身も強く息子の行動には疑念と不安を抱いていた。なぜならデュカスが着実に法力を増幅させていたからである。一方でネオストラーニはこの現象を自分の研究対象と見なしていた。


幼少期からずっとデュカスのうちなる魔法力、潜在力を観察してきた彼である。貴重な研究対象を抑制したくなかった彼は国王の疑念と不安を緩和させることに注力し、言わば調停役を担うことになる。

そうした彼の長年に渡る努力、献身は二年前の暴発によって水泡に帰すのだった。



魔方陣から上がってきた部屋は二階の大広間だった。部屋の隅に簡易なテーブルセットと中央に椅子がひとつ置かれてあるだけの殺風景な空間である。


デュカスは一応の環境チェックを行った。四方の壁、天井、床に感覚のセンサーを向けると防諜のガードの働きをする結界が張られてあることがわかる。城全体も結界で囲んであるのに実に入念だった。


彼はテーブルについているネオストラーニに歩み寄っていく。細長の顔立ち、天然にウェーブのかかった白髪混じりの長髪を後ろで束ね、いかにも研究に没頭し社交性に欠けた科学者のようなたたずまい。


「おみやげです。いちばん売れてるやつです」


リュックから青いカートン一箱を取り出したデュカスはそう言って第一担当賢者の前に置くと、

部屋中央にある椅子に座り、リュックからレッドブルの小さな缶を取り出して宙空に浮かべた。


「これは俺が飲むやつです。エナジードリンクというやつで」


缶を手に取るとプルトップをあけ、その場でごくごくと飲み干す。深い吐息をつくデュカス。そして空き缶をリュックに入れると胸元からタバコとジッポーを取り出し、みやげに持ってきた物と同じ銘柄の青い箱から一本抜き出すとジッポーで火をつけ、すぱすぱと吸い始めた。


ネオストラーニもその銘柄は知っていた。かつて吸ったこともある。輸入されても手に入る量が限られているので貴重品であった。


「嬉しいが残酷な仕打ちだ。去年輸入禁止になったからな」


「腐るものではないのでゆっくり吸っていってください」


「……で、本題は何かね」


取り出した携帯灰皿の中にタバコの灰をとんとんと落とし、デュカスは言った。


「怪物との戦いはあなたも見ていたはずです。何かしら助言を貰えるかと思ってきました」


「見てはおったが義務感からであって興味はない」


「そうでしょうか。あれの製造には魔法が使われていると思われますが」


「間違った使い方だ。私の分野ではない」


「しかし何かしら推測はできるのでは?」


「それはお前の仕事だろうに。仮説を立て考えていけばよい」


「相談に乗る気はないと」


「もはやお前の方が法力量は上だ。私を過大評価するな」


「戦闘において法力の量は絶対的な意味を持ちません。魔法士の価値は法力の質、クオリティにある……そう教えてくれたのはあなたです」


「昔の話だ」


「ある意味、あなたの存在の方が、俺にとっては親父よりも上なんです。学んだことは多岐に渡り、俺の土台となってます。あなたの意見を伺うのはとうぜんです」


ネオストラーニは顔をしかめた。明らかな不快を発散させる相手にデュカスとしては困惑するのみである。


「いらつかせるなあお前は……。お前が私をどう評価しようと賢者としての査定には何の関係もない。わかるか? お前の感傷など、毛ほどの価値もないのだ」


「でしょうね」


担当賢者とは別の言い方をすれば賢者会より送り込まれる派遣賢者である。そこには明確な境界線があり、冷徹な階級差を意味している。


ネオストラーニは我慢できないといった感じで青いカートンの包装を開封し、一箱取り出して封を切り、一本を抜き出してしげしげと眺めたあと、その一本をくわえた。彼がくわえた瞬間にタバコの先端に火が灯った。灯った火は一瞬、赤く燃え上がった。

吐き出された煙は宙空に広がり、漂う。


「それでも国王さえ生きておれば状況も違った。権力にあずかれたからな」


「充分に権力層の立場にありますよ」


「愚か者が。それは庶民の視点だろうが。私の言う権力とは権力者を従わせる権力のことだ」


「いやしかし賢者とはそういうものではないでしょう」



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