18 資料から読む暴発の詳細

リヒトがデュカスの魔方陣で拠点となっている宮殿に戻るともうすぐ二時になるところだった。

部屋にミュトスは居なかった。

とりあえずカルタス議長が持ってきてくれたファイルに目を通さなくてはならない。


彼は宙を舞い、ソファーに行くと黒いファイルの読み込みにかかった。中身にはデュカスにまつわる情報がぎっしり詰まっている。


デュカスは別のソファーとテーブルセットの椅子を行ったり来たりしつつ精神集中を行っている。


怪物カイオンが潜んでいると思われる森にはプリンシパン政府が国連に依頼して派遣して貰った一二○名のエルフが散らばっている。何かが起これば彼らからすぐに連絡が来る手はずになっていた。


これまでのところ動きはない。デュカスは予感として今日は何もなかろう、と踏んでいる。相手には戦略を練る時間が必要である。

当面の敵、フェリルの王子を倒したとして、シュエル側には次があるからだ。


プリンシパン軍、フェリル軍と待ち構えている。これにも勝利はするだろうがダメージや消耗は避けられない。そのあとにデルバック軍と賢者会が控える。

こちらとしてもカイオン側に援軍が来るのか? 回復するまで休息をとるのか? 相手の背景がまだ不明なため何とも想定はしにくい。


デュカスとしてはどのような展開になろうと臨機応変に対応できるだけの心理的な余裕が必要だった。決戦を見越したとき、戦闘系魔法士としての余裕はなかったからだ。


まず自身の法力の制御にすでに多くのエネルギーを費やしている。彼の見立てでは互角に持ち込むためにはエネルギーの総量が足りないと見ている。待っているのはスタミナ切れというシンプルな現象である。

……どうしたものか。彼はずっと考えていた。


国連職員であるリヒトにとって、賢者会から追放刑を食らったフェリル王族というのは現在進行形のわるい意味合いでの伝説でもある。


改めて調査報告書を読むとその特異性には驚きを禁じ得ない。

デュカス自身の断片的な供述をまとめつつ綴られる二年前の出来事はあくまで表面的な内容にすぎないのだが、本人をそばにするとひどく重いものに感じられた。


人間性に問題はあれども間違いなくこの世界を動かす歯車のひとつなのだと確信させるのだ。

よくもわるくも歴史的な人物と自分は時間を共にしている──リヒトには不思議な感慨があった。そうなるべくしてなったような運命の導きを彼は感じている。



軍事国家フェリルの王子であるデュカス。彼は二年前、賢者会より無期限の追放刑を受け、現在の身に甘んじている。罪状は過失致死罪。事件の内容は魔法力の暴発による父親殺し。


当時十八歳のデュカスは些細なことから父親であるモロゾフ王と衝突。立会人のいない決闘によってその法力を暴発、王をこの世から消滅させてしまった。同時に直径約五キロに渡るクレーターを作り森林も消滅させた。


フェリル政府の主張によればフェリルでは決闘は合法であり森林破壊も領土内のことであって何ら違法性はないとしたが賢者会はこれを無視、国連議会を通すこともなく処分を決定する。こうして移民となったデュカスだが、処罰として移民となったのは実のところ彼だけである。


またこの時に取り沙汰された事柄に賢者たちからの疑問がある。


〈あの時点ではデュカス王子とモロゾフ王には明らかな実力差があり、今回の事故にはその結果の規模に対して疑念がある。何か第三者の関わりのようなものや、周知されていない法力の秘密があるのではないか〉というものだ。


このもっともな疑念に対する答えはデルバックで発行されている新聞〈バロウズ〉に当時、緊急連載された特集記事が詳しい。

シュエル中に轟く大事件に騒ぐ王侯貴族、賢者、一般の民らすべての住人を鎮静化すべく国連が当新聞社に資料を提供して書かせたものである。以下引用。


《秘密などというものはない。デュカスはそう思っている。その光景はいまとなっては遠い記憶の彼方にある。そのときデュカスは物理攻撃、放出系攻撃の両局面において王に敵わずとどめを刺されかけた。


モロゾフ王は自身最大の攻撃魔法を発動、黒々とした暗雲を上空に作り出した。黒い入道雲の群れが空一面を覆い、雲の内部が稲光に輝く。王はデュカスに雷を落とし、燃やし尽くすつもりでいたのだ。


しかしこのオールドスタイルな魔法はデュカスが地面より立ち上げた、赤みがかった巨大な半透明の壁によって無効化される。振り返ればこの大地を介して法力を放つ手法をとったことが誤りだった。


壁は防御の魔法であったのだが、つづいてこの流れのままに彼にとってはあずかり知らぬ未知の攻撃魔法がどういうわけか発動してしまった。


予期していなかった魔法の発動は法力解放の暴走を招き、立ち上がった壁は王をめがけて拡がりを見せ、やわらかなカーテンのようにひらめき、赤く攻撃色の色に輝いて王に襲いかかりその身を包んでいく。


それはまるで意志を持つオーロラが獲物を覆うように。

濃い紅の閃光のなか、王の苦痛にうめく声は痛々しい叫びとなり、伸びた顔は発狂の叫びの響きとともにこの世から消えていく。


デュカスはそのさまをただ見ていることしかできなかった。暴走した法力が大地を削り、身が沈んでゆく。


威力の範囲が広がり森が消えていき、彼は法力の放出が収まるまでのあいだ、標的を消滅させ尚も発動しつづける謎の魔法に恐怖した。それこそが、彼が初めて使った消滅魔法──“消滅法”とも呼ばれる、本来は賢者の技だった。》



リヒトは一旦読むのを止め、ファイルを閉じてデュカスを見やり、小さくため息をついた。王族というにはあまりに気品も優雅なものもなく、賢者の資質どうこうはまるきり関係ないように思わせる、人間のかるさといい加減さ。


戦闘系というのが唯一納得させるカテゴライズであって他に何ら思いあたるものがない。

……神はなんであの人物に才を与えたのか?と本気で神なるものの意志に疑問を抱かざるを得なかった。


とはいえべつに嫌悪のようなものはなく、好感がない代わりにこういう王族が世の中にひとりくらいはいてもいいのかなとは思う。


入り口のドアがひらき、ミュトスが部屋に戻ってきた。


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